2019年の夏に発売されるや、たちまち評判となった和山やまの『夢中さ、きみに。』。単行本デビュー作ながら、すでに「ブロスコミックアワード2019」大賞受賞、フリースタイル「THE BEST MANGA 2020 このマンガを読め!」1位に輝くなど、2019年最大の注目マンガと言っていい展開を見せている。
これだけの作品を描いた作者の和山やまは、いかなる人物なのか。作者自身のこと、作品のことについて、メールインタビューを行なった。
──どのようなきっかけでマンガ家を志したのか、というところから、この作品でデビューするまでの経緯を教えてください。出版社への持ち込みなどはやっていたのでしょうか。また、今は専業でマンガを描かれているのでしょうか。
漫画を描くことに興味を持ち始めたのは、高校2年生の頃でした。
当時初めて「BL」というジャンルに出会い、夢中になってBL漫画を読んでいくうちに、私も自分の中にある「萌え」を漫画で描いてみたいと思うようになりました。最初は1ページ漫画を描いてSNSに載せたりして、遊びのつもりで描いてましたが、高校3年の進路に迷った時に、本格的に漫画家を目指したいと思ったんです。
それで漫画の勉強ができる大学に進学しました。今思えば、当時私が描いた漫画どころか絵すら見たことがなかった両親が、成功するかどうか分からない漫画家への道を、よく二つ返事で後押ししてくれたなぁと、今更驚いてます。「やりたいならやれば?」と。一番はやりたいことをやらせてくれた両親に感謝したい気持ちです。
話はズレましたが、それから大学2年の終わり頃に、持ち込みではなく新人賞に漫画作品を応募しました。持ち込みをする度胸はなく、新人賞に送るだけ送って、私の漫画は今どのレベルにあり、どれだけ通用するのか力試しの気持ちで応募しました。ありがたいことにそれは入選という形で賞をいただきました。それから担当がつき、その雑誌で描かせていただいた読み切りが、漫画家として初めて原稿料を頂いたお仕事となりました。大学3年の頃だったと思います。
それからは連載を目指してネームを描く日々でしたが、私の力不足でなかなかうまくいきませんでした。どういう風に描けば担当さんに認めてもらえるんだろう、何を描いたら読者に読んでもらえるんだろうと、だんだんと自分が描きたいものを見失ってました。もちろん新人なので、自分が描きたいものを自由に描かせてもらえるわけではないということは分かってましたが、根性がなく、普通にめげてしまいました。
その頃に「息抜きに発散したいなぁ」と思いまして、「うしろの二階堂」という漫画を描いてpixivに載せました。誰かに読んでもらおうという気持ちは全くなく、好きなものを自由に描きたいという気持ちで描いたものでしたが、それが沢山の方に読んでもらえてすごく嬉しかったです。それと同時に、世の中何がウケるか分からないなぁと、少し気が楽になったというか、自信がつくようになりました。
これを機に、他の出版社様からも声がかかるようになりましたが、やはりずっとお世話になっている担当さんに面白いネームを描いて認めてもらいたい!という気持ちが底にありました。しかしふと、この雑誌と私の作風ってそもそも合ってないんじゃないか….と新人ながら偉そうに、3年目にしてようやく気づき、これからは別の形で漫画を発信していこうと、気持ちを新たにしました。
そこでコミティアという同人誌即売会で漫画を発表してみようと思いました。私が好きなチューリップというバンドの『夢中さ君に』という楽曲からヒントを得て、私も誰か夢中になるようなキャラクターを描いてみたいと思い、『夢中さ、きみに。』というタイトルで同人誌を頒布しました。その作品を読んでくれたコミックビームの編集様が「これを単行本化しませんか」と声をかけていただいたのがきっかけです。
現在は学校で給食業務に就きながら漫画を描いています。そろそろ3年になりますが学校自体が廃校になるらしく、2020年春には辞める予定です。これを機にこれからはもっと漫画に専念できるので、より気を引き締めて頑張っていきます。
──マンガ家を目指す上で特に影響を受けた人はいますか。『ライチ☆光クラブ』のイラストを多く投稿されていたので、やはり古屋兎丸さんなのでしょうか。
やはり雷に打たれたような衝撃を受けたといいますか、一番大きく影響を受けたのは古屋兎丸先生ですね。高校生の頃に『ライチ☆光クラブ』を拝読して以降、私自身が描く絵も少女漫画タッチだった絵柄がガラッと古屋兎丸チックになっていきました。絵柄を真似して描いてみたり、同じキャラクターを描いてみたり、本当に土台から変えていったような感覚です。私が中学生や高校生の年頃の男の子のキャラクターを好きになったり、自分の描く漫画の題材にしたりするようになったのも、古屋兎丸先生の漫画を読んでからだと思います。そのようなお方に、拙作『夢中さ、きみに。』の帯のコメントを書いてくださり、夢よりも夢のようです。コミティアの会場でも優しくお話をしてくださり、本当に昔も今もこれからも変わらず、ずっと尊敬する先生です。
他にも影響を受けた作家さんは、絵の部分だと伊藤潤二先生や小林まこと先生の描かれる絵が大好きで、今でも漫画を描くときは意識しながら描いたりしてます。特に小林まこと先生の『柔道部物語』は教科書にしてるほど大好きな作品です。
他にも野中英次先生の『ドリーム職人』だったり、中原アヤ先生の『ラブ★コン』での笑いのパートが大好きで、キャラクターが真顔でふざけた言動を取ったりするギャグのスタイルは、私も未熟ながら学ばせていただきたい部分です。あと、私は人物の上唇を黒く太めに描くのが癖なんですが、これは完全に松本大洋先生の影響ですね。
多くの作家さんから素晴らしい部分を沢山学ばせていただいておりますが、私も今後誰かに「これいいな」と思ってもらえるような強みを一つでも持てたらいいなと思います。
──林くんや二階堂くんのキャラについては、そのまんまのモデルがいるわけではないにしても、彼らが生まれるきっかけになるような原体験があったのでしょうか。
キャラクターに基本モデルはいないんですが、先ほども述べましたチューリップの「夢中さ君に」という楽曲のように、私も読者の誰かが夢中になってくれるようなキャラクターを常に描きたいと思っています。二階堂に関しましては、大学生の頃に新人賞に応募した漫画に対し「伊藤潤二っぽいね」と講評で言われたことがきっかけで、あえて伊藤潤二風キャラを描いてみようと思って描いたのが二階堂でした。中でも意識したのは「双一くん」というキャラクターです。
──このマンガを読んでいると、人間に対する細かい観察の蓄積を感じます。たとえばP14の、幼児(妹)がクレヨンで手のひらにまでぐちゃぐちゃに描き殴っているコマ。パッと読み飛ばしてしまいそうなところにまで、描写が詰め込まれているというか。普段から街を歩いていても、ちょっとしたことが目についたり、何かを観察してしまいがちになるタイプなのでしょうか(もしそうだとしたら、それはマンガ家として意識してやっていることなのか、あるいは昔からの性分なのか)。
細かい人物の動きは描くのが好きで、誰も気づかないような、でも一人くらい気づいて
指摘されると嬉しくなる、という楽しみがあってつい描いちゃいますね。
(P.5の1コマ目、奥にいる男子たちの一番右端の男子がふざけて友達を蹴ってる部分など)
ただの通行人にしてもただ前を見て歩いてるだけではなく、スマホを見てたり、お店の看板を見ながら歩いたり、ケーキの箱を大事そうに抱えて歩いてたり、一人一人「この人はどこに向かっているのか」と考えながら描くのが好きです。
自覚はなかったんですが昔からあまり喋らない性格で、家族と出かける際に車に乗ってても途中親が後部座席を振り返り、「乗ってる!?」と乗車確認をされるくらい、置物みたいな人間だったと思います。そのぶん会話を聞いたり、車のシートカバーの模様を見たり、外の景色を眺めたりする方が好きでした。人の会話や動き、歩き方、クセなどは多分無意識に観察しています。ドラマなどでも、場が静まり返るシリアスなシーンで役者さんの手先がついピクッと動く瞬間など、そういった無意識に出る部分なども好きで注目してしまいます。漫画家として意識して観察するという感覚はあまりないですね。
──マンガの中を流れる時間がとてもゆったりしているというか、ちょっとした動作でもしっかりコマ数を使って描いているように感じます。たとえばP.125からP.126までの表情の微細な変化とか。「マンガの中の時間の速度」についてはどれくらい意識しているのでしょうか。
「漫画の中の時間の速度」は全く意識したことがなく、1コマ1コマ、人物の動きや変化をわかりやすく描くことを意識してます。
鳥山明先生の『ドラゴンボール』では、戦闘シーンでもキャラクターの動きが丁寧にわかりやすく描かれていますよね。空中で相手を叩き落としたあと、相手が落下するよりも速いスピードで地面に向かい、地面に手をついて逆立ちの状態で、落ちてくる相手を蹴り上げる….みたいな、一つ一つ、キャラクターがどこにいて、何をして、どうなったか、っていう一連の動作をすごくわかりやすく読者に伝えてるんです。そこがすごいところで、読みやすさ、画面の見やすさってすごく大事だなと、『ドラゴンボール』で知りました。なので私もストレスなく読めるような漫画の画面を意識していつも描いています。
──作品のそこかしこに「テンションの高くない、さらっとしたギャグ感」が漂っているように思います。こういうギャグは意図的に入れているのでしょうか、それとも「ついつい入れたくなる」というものなのでしょうか。
テンション高めのギャグは、他の方の漫画だったりお笑いなどで見る分には好きなんですが、自分で描くとなるとやはり気恥ずかしさを感じてしまいます。先ほども名前を出させていただいた野中英次先生のギャグなんかは「池上遼一先生タッチの絵のキャラクターがふざけている」という、落ち着いたシュールな面白さがあり、私もそこを理想としています。あとシリアスな場面だったり、恋愛に流れそうになるとついついギャグを入れてしまいます。でもギャグは一番自信がない部分なので、もっと磨いていきたいですね。
──「うしろの二階堂 恐怖の修学旅行編」のラストで明かされる「アレ」について。僕は電子書籍で読んだので、該当ページまで戻って拡大した瞬間にゾッとしたのですが、実際あれは電子書籍で拡大表示されることも見越した上で入れた仕掛けなのでしょうか。
怖がらせてしまい申し訳ありません。あれは拡大されることは全く考えてなく、先ほども言ったような、気づく人に気づいてもらえたら嬉しい、という気持ちで描きました。
でもこれはさすがに言わないと誰も気づかないかな…?と思って、最後に「実は…」と説明を入れてしまったんですが。気になるのは、最後まで読む前にあの時点であの霊の存在に気づいた読者は一人でもいたでしょうか。
──『夢中さ、君に。』が評価されたり増刷されたりする中で、感じたことがあれば何でもお答えください。
最初は正直、同人誌版の『夢中さ、きみに。』を買えなかった方や、以前からSNSなどで私を見てくださっている方だけに届ける気持ちでいました。しかし予想以上に老若男女、幅広く色んな方が読んでくださり、「こんな人いたんだ」と私のことを少しずつ知ってもらえるようになりました。そこには嬉しさと、正直恐怖心もありました。しかしこの作品は私自身楽しく描けて、読者も楽しく読んでくださったので、私はこのスタイルでいいんだ…とホッとする思いもありました。いつも応援してくださる読者の皆様へ、恩返しの気持ちでこれからも作品を届けていきたいと思います。