「海外マンガ」をマンガ家5人でワイワイ語る夜(入門編)──西尾雄太編

写真 ただ(ゆかい)

CONFUSED!』の作者であるサヌキナオヤ氏と日頃から交流のあるマンガ家4人が集まり、おすすめの海外マンガについて語るイベント、その名も「海外マンガ」をマンガ家5人でワイワイ語る夜(入門編)。今回は西尾雄太氏がおすすめする海外マンガのお話です。

アニメーション界で活躍する作家たちが起ち上げた仏発のリトルプレス「リアリスツ」に注目

西尾雄太氏と森敬太氏

 西尾雄太さんです。小学館の『アフターアワーズ』が全3巻でておりますが、そちらが国内外で大好評ということで。

西尾 まずまずってところですね(笑)。でもいろんなところで海外出版してもらえたのは嬉しいですね。

 『水野と茶山』という作品がKADOKAWAから上下巻で来年1月発売ですね。そんな西尾さんのおすすめ海外コミックはなんでしょうか?

西尾 僕はほとんど絵柄や作風に関しては海外マンガの影響はないので、単にいちファンとして今年買っておもしろかったマンガを紹介したいと思います。一つ目といいつつ5冊あります。エディション・レアリスツという、今年の夏くらいに起ち上がったリトルプレスがありまして、そこの第一弾コミックになります。判型は文庫本サイズになるのかな、ちょっと変形になるので違うんですけど。

西尾 それぞれ100〜200ページくらいのコミックが収まっていて、全部フランス語なので、詳細に語れるほどではないのですが。

サヌキ 全部描き下ろしなんですか?

西尾 そうですね。だからけっこう準備期間もあったと思うんですけどね。

サヌキ 一気に5冊リリースされたんですか?

西尾 そうです。

真造 ジャンルはなに?

西尾 SFコミックだったりとか、サスペンス調のものだったりとか。

 描き文字もいいですね。

西尾 ちょっとオルタナっぽい感じですよね。

西村 日本のマンガっぽくもありますよね。

西尾 そうですねコマ割とか。確かに時間の経過などは日本のマンガに近いですね。これ5冊で出すことにどんな意味があるのかというと、それぞれの作品の中にそれぞれのキャラクターがイースターエッグ的に差し込まれているんですね。作家同士も横の繋がりが強いようです。
そもそもこのレアリスツという集団は、フランスのゴブランという有名なアニメーションスクールの卒業生たちなんですね。卒業した後、5人のうちの2人がCRCRというアニメーションスタジオを作るんです。

西尾 彼らはアニメーションを作るときはこのCRCRの名義を使うんですが、アニメーション以外にもイラストや実写、CM制作などにも才能の幅を広げていて、そのひとつの形がこの「レアリスツ(Réalistes )」なんです。

 軽やかでかっこいい動きをしている人たちがいるってわけですね。

西尾 そうですね、それぞれインディペンデントで活躍していて、集まるときは集まってこういうものを作るんですね。その中のジョナサン・ジョブルコンドというアフリカ系フランス人の作家さんのことがめちゃくちゃ好きなんですね。緊張感と躍動感に満ち満ちた、ほれぼれするような美しい線を描くひとで。

『Errance』Jonathan Djob Nkondo

サヌキ この人たちはもともとマンガを描いていた人たちですか?

西尾 向こうの大学なので、そもそも高校からいきなり専門の大学に行くというわけでもない人もいて、役者からアニメーションの学校に行ったりしている人もいてジョナサンは大学に入る前はディズニーランドで着ぐるみのバイトを1年間やっていたそうです。

サヌキ フランスの本屋さんに行けば『レアリスツ』は買えるんですかね?

西尾 全部売り切れちゃったみたい。こういうインディペンデント系の作品を扱ういくつかの本屋さんに卸していたみたいだから、運がよければ余っているってところもあるかも。

かつしか 西尾さんはこれを何で知ったんですか?

西尾 もともとフランスの音楽が好きだったんですよね。フランスのエレクトロミュージックを20年くらい夢中になって聴いてるんですけど。

 長いですね(笑)

西尾 C2Cという4人組のターンテーブリストの集団がいて、彼らが2012年にリリースした「Delta」って曲のミュージックビデオをCRCR(『レアリスツ』5冊のうちの4人)が作っていたんです。そのミュージックビデオを見た瞬間に夢中になっちゃって、参加している作家達の名前をTumblrで検索して、片っ端からフォローして今に至る感じです。

森 貪欲ですね。

西尾 向かっていかないと見つからないものばかりなんで。

 海外マンガって往々にしてそういうもんですよね。情報が少ないので。

西尾 口に出していれば通じるもので、「ジョナサンが好きだ好きだ」とSNSで言いまくっていたら、彼から「新刊出たから送るよ」ってメールがきたんですよ。そこからちょこちょこと付き合いがあるので、口に出しているとたまにそういうギフトがあるんだなと。

 それは非常にグッとくる話ですね。ちなみにこの5冊で一番好きなのは?

西尾 『Tous Genres Confondus』で、この5冊の中で一番現代的な作品ですね。

『Tous Genres Confondus』 Paul Lacolley

森 現代的というのは?

西尾 テーマです。絵もすごくリアリスティックで、両親とお兄さんが画家みたいで、彼もすごく描き込みが多くて。海外のFC2チャットでエロいのがあるじゃないですか、あれでボディビルディングしている様子を配信して、お金を稼いでいるムキムキのスキンヘッドの女性の話なんですけど。

森 日本の出版社に持っていったら八割がたはねられるネタですね。

西尾 彼女が可愛がっている犬が胃がんになっちゃって、そこで獣医のナヨっとした男と関係ができて……

 そういう話には見えないくらい激しい絵ですよね。

西尾 でもすごくいい絵がたくさんあるんですよ。ハローキティのブランケットにくるまってターミネーター2を観ているシーンとか、人間性の奥行きを感じさせる描き方がありますよね。絵が上手いからこそ描けるんですよ。

サヌキ これってもう売り切れだから、どうやっても手に入らないんですか?

西尾 海外の本屋に行って探すくらいですね。今後も何らかの形で出版されるかと思うので、それを見逃さないでいただければ、おもしろい本に出会えるのではと思ってます。

 なるほど、情報は自らキャッチしに行けという教えですね。

ガールズラブを瑞々しいタッチで描く、弱冠23歳のティリー・ウォルデン

西尾 自分で言うのも恥ずかしいのですが、僕はガールズラブっぽい作品を描いておりまして。海外のガールズラブの作家さんで、いま非常に注目度の高いティリー・ウォルデン(Tillie Walden)という方がいるんです。彼女は弱冠23歳ですが、これが長編にして3冊目かな? だいたいこういうグラフィックノベルって300〜400ページの描き下ろしの作品が出版されるんですけど、彼女の作品はものすごく内容も濃い。日本語版が出ている『スピン』という作品は、大学の卒業制作で描いたみたいですね。

森 アイズナー賞を獲った作品ですよね。アイズナー賞というのはマンガのアカデミー賞なんて言われていて、その言い方もなんか違うんじゃないかと思ってますけど。みなさま是非読んでみてください。

西尾 その『スピン』の後に描かれた『ON A SUNBEAM』という500ページの大作があります。

森 これとてもいい表紙ですね。

西尾 いいですよね、これもアイズナー賞を獲ったのかな? なんらかの賞になった作品だと思います。これはかなり濃厚なジュブナイルSFでした。この作品の出版から1年も経たずに発表されたのが『ARE YOU LISTENING?』です。

『ARE YOU LISTENING?』と『ON A SUNBEAM』

森 どういうペースで描いてたらそういう事態になるんでしょう?

西尾 もう、わかんない(笑)恐ろしいとしか言いようがない。

森 中身を見てみましょうよ。

西尾 これは描き下ろしですね。『ON A SUNBEAM』はウェブで連載していたものを出版したものですけど、この『ARE YOU LISTENING?』は完全な描き下ろしだと思います。前作がかなり濃かったので、今回はもうちょっと軽い感じの作品になるのかなと予想してたんですけど、ぜんぜんそんなことなくって。冒頭はロードムービーっぽい始まりですけど、ほとんど村上春樹の世界だと思っていただけたらと。

森 家出して出会った二人が旅に出て……みたいな、ロードムービーっぽい感じの。

西尾 そうです! それぞれが抱えている不安や問題みたいなものが、テキサスという土地に影響を与えていって、どんどん画面がアクロバティックになっていくんですよね。最初は男性の影がユラユラと映りこんでいたりとか、ちょっと不穏な感じがするだけですが。どんどん画面が暗くなる。

森 心象風景が混ざってきた感じですかね。大前提として、これって日本語版が出てないですよね。西尾さんはどうやって読んでいるんですか?

西尾 これは翻訳のカメラ機能を使って(笑)。

西尾 渡りきると橋が落ちたり、火山みたいな土地に家が垂直に建っていたりするようなありえない現象があらわれて、さらに影の男たちに追われる展開に。

西尾 ティリー・ウォルデンはこれまで細いペンで描いていたんですけど、この『ARE YOU 〜』は鉛筆で描いていて、ストーリーに呼応するようにダイナミックなビジュアルに仕上がっています。

森 ロードムービーと思いきやって感じですか?

西尾 先述したように登場する男性が終始不気味に描かれていて、その理由というのが、主人公の女の子がいとこの男の子に性的暴力を受けた過去があるんですよ。それをきっかけに生まれた不信感や家族との間にできた溝によって家出をしてしまったというところに繋がっていくんです。

森 よく、スマホ片手に読みましたね。こんなに分厚い作品を(笑)

西尾 ティリー・ウォルデンって、出身がこの作品の舞台にもなったテキサスなんです。主人公二人のルックスも今現在のティリーにすごく近い「短髪・ジンジャーヘア・眼鏡」という出で立ち。ちゃんと作品を読み込めてないんですけど、実際のところ彼女のパーソナルな部分を相当反映した作品なんじゃないのかなと思っていて、今後は海外のレビューなども漁ってみようかなと思っている次第です。

森 これは日本語版の出版に期待ですね。1冊出ているからそこまで難しくはないような気もしますが。

かつしか 『スピン』はまんま自分のお話でしたよね。この『ARE YOU 〜』にも女性の恋愛的な部分が出てくるんですか?

西尾 彼女たち二人ともが同性愛者だという話ですね。『ON A SUNBEAM』も同性愛者とXジェンダーしか登場しません。

森 ずっと自分と向き合って1年で1冊のペースで描き上げているのはすごいですね。大変な人ですね。

西尾 身を削って描いているんだと思います。

年に一度、SNS上で盛り上がるイラストのお祭り#Inktoberとは?

西村 ティリー・ウォルデンインスタグラムを見ていたら、落書きなんかもたくさんアップしているじゃないですか。すごいですよね。

西尾 つい先日「インクトーバー(Inktober)」があって、それで31枚描いていましたね。

View this post on Instagram

3

A post shared by Tillie Walden (@tilliewalden) on

 

森 インクトーバーっていうのは?

西尾 オクトーバーと掛けた言葉で、10月中に毎日1枚ずつ絵を描いて、インスタグラムだったりSNSにあげようというものですね。

西村 『Mini Meditations on Creativity』というタイトルの小さい本があったの知っていますか? 世界の人たちの名言にティリー・ウォルデンがイラストをつけている。

西尾 去年のやつは本になってますが、今年のものはまだこれから本にするみたいですね。

西村 僕、それ持っているんですけど、すごく良かったです。マンガではないですが、イラストとしてもすごくいい絵を描きますよね。

西尾 瑞々しくてまるで果実のような魅力的な絵を描く人ですよね。この作品を出したFirst Secondという出版社もすごくいいですよね。この出版社をチェックしているといい作品に出会えるかなと思います。

 じゃあ、ティリー・ウォルデンに関してはFirst Secondという出版社と個人のインスタから主に情報が発信されているということですね。

サヌキ あとインクトーバーもおもしろいですよね。西村君も投稿してたよね?

西村 昔ちょっとだけ投稿したかもしれない。

サヌキ SNS上でのイラストレーターやマンガ家同士の遊びのようでおもしろいですよね。「#Inktober」というハッシュタグで追ってみるといいと思います。

西村 お祭りみたいだよね。

西尾 べらぼうに上手い人は何時間かでものすごい絵を描いてあげてます。ちなみにですが、ティリー・ウォルデンの好きなマンガ家は冨樫義博だそうです。

おすすめ記事

コメントする