マンガ酒場【15杯目】日本酒ラブなアラサーOLの恋の行方は!?◎はるこ『酒と恋には酔って然るべき』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。15杯目は、日本酒大好きなアラサーOLの恋の迷走を描いた、はるこ酒と恋には酔って然るべき』(2018年~連載中)をご紹介しよう。

『酒と恋には酔って然るべき』

 主人公・藤井松子は32歳の会社員。かれこれ3年ほど彼氏はおらず、周りは結婚、出産ラッシュで飲み友達も減ってしまった。今の楽しみは、戸棚に常備するご当地カップ酒での一人晩酌。「ワンカップはおっさんの飲み物なんて言わせない これからはワンカップOLの時代です」とうそぶきながら、気楽な一人暮らしを満喫している。

 そんな松子の隣の席に異動してきたのが、クールな後輩男子・今泉(27)。マイペースで部署の飲み会にも参加しない彼を気遣って声をかけたら、「飲み会嫌いなんです オレ ここで一番下っぱだから色々めんどくさいし 時間のムダですし」と身もフタもないことを言う。「じゃあサシ飲みとかどお? 面倒事もないし たまにはグチ言い合ったりしてもいいじゃない?」と誘ってみたら、「…いいですけど…」とローテンションの返事。が、サシ飲みで酔った彼が見せた笑顔が意外にかわいくて、思わずギャップ萌えしてしまう。

 そこから二人の恋物語が始まる……かと思いきや、この今泉がどうにも腹の内の読めないクセモノだった。思わせぶりな年下ツンデレ男に振り回される松子だが、彼女は彼女で恋愛体質には程遠いサバサバ系で、二人の仲は進みそうで進まない。というか、飲み会で後輩のやり手女子が露骨に今泉に迫っているのをそっちのけで、たまたまその日入荷していた入手困難な銘酒「新政No.6 Xタイプ」に感涙している(比喩ではなく本当に泣いた)のだから、何をかいわんや【図15-1】。

【図15-1】「新政No.6 Xタイプ」に感涙する松子。はるこ『酒と恋には酔って然るべき』(秋田書店)1巻p141より

 松子の中では、明らかに男(恋愛)より酒なのだ。一人で過ごす大晦日、元カレとの残念な年越しを思い出し「料理も恋も冷めてしまっては味気ない その点 日本酒はね! 熱々でもぬるめでも冷えてもおいしいからね!!」と日本酒リスペクトしながら、おでんにぬる燗でご満悦。元旦には樽酒風味のカップ酒をオシャレなグラスに注いで、わざわざ買ってあった食用金箔をトッピング。立春には、予約してあった「立春朝搾り(立春の朝に搾った生酒)」をいそいそと受け取りに行く。とにかく酒のためなら労をいとわず、うまい酒とうまい肴があれば幸せな松子であった。

 その間、今泉と一緒に初詣に行ったり、彼が家に来たりとチャンスはあったが、お互いの誤解やはぐらかしもあり、一瞬いい感じになってもコントみたいなオチがついてしまう。そうこうしているうちに今泉は例の後輩女子と付き合い始め、松子も飲み屋で知り合った酒の趣味が合うスマートな年上男・伊達(35)と付き合うことになる。

 今泉と伊達というタイプの異なる二人の男に、後輩女子や伊達の同期の飲み友達の女性などが絡み合う多角形のすったもんだは、ラブコメとして絶品。今泉の松子いじりとその返し、同期のアネゴ的存在・白石(しろいし)とのボケとツッコミの会話も最高で、遊び人の名取、白石推しの若手男子・新庄ほか、周囲のキャラも存在感あり。そう来たか、という予想の斜め上の展開には思わずニンマリしてしまう。

 しかし、それにも増してすごいのが、松子の酒への愛である。あふれる酒ラブを熱く語って、「藤井さんて そんなに酒好きなのに酒の仕事に就かなかったんですね」と言われれば、「んー…好きだからこそ? 何の責任もしがらみもなく純粋に楽しみたいっていうか?」と答える。会社で「見てこれ! かわいいでしょ~」とスマホの画面を見せる松子に、通りすがりの同僚が「藤井さんペットでも飼い始めたの?」と尋ねるも、見せていたのは季節限定の月見酒ボトルの写真だった【図15-2】。

【図15-2】酒のボトルの写真を同僚に見せまくる。はるこ『酒と恋には酔って然るべき』(秋田書店)4巻p56より

 今泉とのキス未遂事件があり、同時に仕事の都合で渡米していた伊達からの一時帰国予告メールが届いてさあどうなる!? というところでスマホを確認した松子が「当たった~~っっ!!?」と叫んだのは幻の酒「十四代」の購入権当選通知。ついさっきの今泉とのキス未遂など、どこかに吹っ飛んでしまった。そりゃ今泉が「もう藤井さんなんか一生 酒瓶と添い寝でもしたらいいんじゃないですか?」と言いたくなるのも無理はない(とはいえ、今泉は今泉でやっかいな男ではあるのだが……)。

 作中には全国各地の実在のお酒が多数登場し、味わいだけでなくスペックや名前の由来、蔵元の歴史なども語られる。熱燗からシャーベット状に凍らせたみぞれ酒までの温度による味の違い、出汁割りやソーダ割り、ヨーグルト割りなど、ひと工夫した飲み方についての情報も満載。レンジで燗酒にするときに中身の温度を一定にする方法などの実用ネタもあり、日本酒入門マンガとしても好適だ。

「酒と恋には酔って然るべしなの!! どちらも気持ちよく酔える瞬間なんて一瞬の夢…」と言いつつ、恋に右往左往する松子の不器用さは好感度高し。感極まると滂沱の涙を流し、ついでに鼻水を垂らす飾らないところもいい。恋の行方がどうなるかは読んでのお楽しみであるが、酒に関してはブレない松子。そんなシーンはないけれど、「お酒と俺とどっちが大事なの?」と言われたら、悩みながらも酒を取るに違いない。

 

 

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