新着トピック

マンガ酒場【13杯目】男子大学生たちのぐだぐだ宅飲み◎ルーツ『たのしいたのしいぼくらののみかい』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。13杯目は、男子大学生たちのぐだぐだな宅飲み風景を描いた、ルーツたのしいたのしいぼくらののみかい』(2014年~15年)をご紹介しよう。

『たのしいたのしいぼくらののみかい』

 何しろタイトルからしてアホっぽい。言ってることが小学生レベルだし(小学生は飲み会やらないが)、ひらがなオンリーというところも頭悪そう。というか、もしかして酔っ払って知性を失った状態を表現しているのか。

 オープニングは、男子大学生3人がコタツでうだうだゲームなどしている場面。そこにもう一人の仲間がやってきて、「行くかー買い出し」と腰を上げる。スーパーで白菜や豆腐など鍋の材料をカートに入れ、続いてお酒コーナーへ。まずそこでの会話が圧巻だ。

「酒じゃ酒じゃ~」「坪井何飲む今日」「酒とあらばなんでも」「まず発泡酒350 1ダースいくぞ」「たまにこれバラケないか不安にならない?」「俺いっかいバラかした事ある」「うそ どうなった!?」「レジのおばはんにすげぇにらまれた」「焼酎でいいか」「麦? いも?」「甲類にしよう」「ウーロン的な茶もいるな」「よく分かってないだろ」「なんなの甲類って?」「氷あんの?」「ない」「蒸留の方法が違うんよ」「じゃあそれ取ってくる」「お願い」「へー」といった具合に、同時発話で複数のやりとりが入り乱れる【図13-1】。

【図13-1】「発泡酒」と書いて「ビール」と読む。ルーツ『たのしいたのしいぼくらののみかい』(幻冬舎)1巻p6より

 文字だけだとわかりづらいが、コマ割りしたマンガで見ると、非常に自然。そうそう、4~5人の会話ってこんな感じだよなーと納得させられる。演劇でいえば、青年団を主宰する平田オリザの手法に近い。ただし、淡々としつつも人間心理の深奥を覗かせる青年団の舞台と違って、こちらの会話はひたすらくだらない。

 いざ飲み会が始まると、くだらなさに拍車がかかる。「久しぶりだぁー飲むの」「どのぐらい?」「中6日」「先発ピッチャーか」(中略)「安かった割にまともな豆腐だねこれ」「まずい豆腐ってめったになくないか?」「うまい豆腐ってのも食った事ないけど」「当たり外れのはばが狭いよな」「そういった意味で言うとカレーみたいな食いものか?」「いやカレーは五回に一回は外れる」(中略)「水菜全部入れちゃうよ」「水菜って完全に“草”だよな」「最初に食ったやつは狂気に取りつかれてたんだろうか」……みたいな会話が延々続くのだ。

 いわゆる説明セリフやストーリーを進めるためのセリフがない。というかそもそもストーリーらしいストーリーがない。たまに別の場所で飲むことはあっても、だいたいいつもの部屋でいつものメンツでぐだぐだ飲んでるだけ。特にオチがあるわけでもない。

 そんなマンガ面白いのか? と思われるかもしれないが、これが面白いから不思議である。いや、これを面白く読ませる作者のシナリオと演出の力がすごいのだ。中身はないけどリアリティはあって、共感を呼びつつ妙な可笑しみのある会話をゼロから構築するのは容易ではない。非常に高度なことを、そうは見えない形でやっている。何でもないようなことが一番難しいことだと思うのだ。

「この前の日本酒まだあるよ」「おおいいね」「じゃあウィスキーでも一本買っとくか」「一番安いの」「氷ある?」「ない」「いつもないな」「製氷皿がないんだ 100均の買ったらバッキバキに割れて」「マジか」「あ コーラ飲みたい俺」「炭酸水とかある?」「そんな高級なもんあるわけないでしょ」「うん まぁ だろうな」「ポップコーンとえびせん」「なんでそのラインナップなんだ」「量が多いから」なんて会話の“男子大学生感”にもシビれる。

 これだけ毎度飲んでいながら、酒のウンチクがまったくと言っていいほど出てこないのもすがすがしい。合コンのようなそうじゃないような「謎の飲み会」帰りにまたいつもの部屋に集まってさらに飲む。「飲み放(ほ)なのに全然放題感なかったよな!」「『飲んで良し』ぐらいの自由度だった」「なんかビールもぬるいしよ」「あれ発泡酒混ぜてたよね」「俺も思った」「でも仮に発泡酒だったとしても区別付く舌が俺にない」「酔っ払えば全部一緒だ」「分相応といったところか」という意識の低さが逆に尊い【図13-2】。

【図13-2】酒のウンチクは語らない(語れない)。ルーツ『たのしいたのしいぼくらののみかい』(幻冬舎)1巻p28より

 ちゃんとしたバーに入ったことがなく、もちろんカクテルの知識もない。それでもバーっぽい感じで飲もうとして缶入りのソルティドッグやウイスキーやナッツを買って帰り、照明を落として雰囲気づくり。ジャズでも流したいところだがCDは持ってなくて、パソコンの「サンプルミュージック」に入っていた一曲をリピートする。あれやこれやと精一杯カッコつけて「中々バーっぽい感じ出てんじゃねー?」「空想上のバーだけどな」と言い合う。そんな彼らの飲み会は本当に楽しそうで、うらやましくも懐かしい。

 大学生であるからには授業に出たりバイトしたりもしているらしいが、そうした場面は描かれない。ふと就活の話題が出て場の空気が一気に重くなるも、「やめよやめよその話は! 酒がまずくなる!!」と、とにかくひたすら飲む。筆者の時代と違って3年生時にはもう就活が始まる今の大学生は、のんきに飲んでばかりはいられないのかもしれないが、人生の一時期にこういう無駄に見える時間があってもいい――と個人的には思う。

 ちなみに、単行本は①とナンバリングされているものの、2巻が出た形跡がない(電子でも出てないっぽい)。どういう事情か知らないが、そのへんの適当さもまた、この作品にはふさわしい気がするのだった(が、続きがあるのならぜひ読みたい)。

 

 

記事へのコメント
コメントを書く

おすすめ記事

コメントする