鳥山明さんのいなくなった日【夏目房之介のマンガ与太話 その28】

鳥山明さんのいなくなった日【夏目房之介のマンガ与太話 その28】
『DRAGON BALL』

 2024年3月8日、NHKBSからの取材依頼メールで、初めて鳥山明さんの訃報を知った。3月1日、68歳での逝去。ショックでしばらく頭が真っ白になった。昨年来戦後漫画の巨星が立て続けに鬼籍に入ったが、彼らについては私も割と冷静だった(みなもと太郎さんを除けば、だが)。私の中で鳥山さんは、いわば巨星たちが築き上げた戦後マンガ出版(紙)の最盛期を象徴する作家であり、しかしそれに相応しい評価がいまだなされていない人だった。お会いしたことはないが、大好きな作家でもあった。言葉もない、というのが正直なところだ。が、そうもいっておれないのが「マンガ批評家」の哀しいところで、何とか自分を奮い立たせて書かせていただく。鳥山明が巨大な存在なのは、日本人なら何となく感じ取っていると思うが、誰も具体的にどう巨大なのかを語ってくれないので、聞かれても好きか嫌いかとか、子供の頃読んだとか答えるほかない。あと、世界中で知られてるとか。でも、彼は日本漫画の規模を当時戦後最大に押し上げた「週刊少年ジャンプ」を牽引した作家であり、同時にアニメ、ゲームなど多メディア展開で市場を膨張させた中核商品だった。
 鳥山明の代表作をあげるのは簡単だ。週刊少年ジャンプ連載の『Dr.スランプ』(1980~84年)と『ドラゴンボール』(84~95年)。たった二つだ。が、この二作の連載期間に、日本のマンガ市場規模は、83年の少年少女誌+青年誌=9.93億円から、95年の15.98億冊と、1.4倍に膨らんでいる。要因の一つは80年台後半青年誌の急伸だが、91年で少年少女、青年誌ともに伸びが止まり、以後横這いとなる。そして『ドラゴンボール』終了の翌年、96年以降急降下する。おそらく日本の漫画出版市場は、膨れ上がった風船のように、これ以上伸びない限界に達していたのではないだろうか。

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 また、80年のジャンプは308万部。95年は653万部。漫画雑誌でこの部数は断トツで、少なくとも日本では過去にない。また95~96年は漫画を含む出版市場のピークだった。95年出版総売上2兆5,897億円のうち、漫画は5,864億円(22%)。以後、雑誌売上は毎年前年比割れを続け、2018~19年に底をうつ。電子出版の急速な伸びで回復基調に入るのが2020年以降である。最盛期の売上だけみると漫画は出版全体の2割強だが、97年の販売部数では出版全体の約37%を漫画が占めている。言い換えれば漫画は薄利多売の大量生産商品だったのである。いずれにせよ、ジャンプが600万部から滑り落ちた年と、出版全体が縮小して不況に入る年は一致している。漫画の急落が出版全体の不況を招いたのかどうかは、因果関係がよくわからない。しかし、きっかけであった可能性はあるかもしれない。いずれにせよ出版流通の構造的問題として考察する必要があるのではないかと私は思う。
 鳥山明に戻れば、出版の商業的側面を支えた商品であった漫画の、最も売れた雑誌を支えてきたのが鳥山明の連載だったともいえる。この時期のジャンプを支えた三大連載といえば『ドラゴンボール』『幽遊白書』(90~94年)、『スラムダンク』(90~96年)だが、これらが一斉に連載終了した。この頃、次世代作家が育っていなかったため急落した、というのが96年にジャンプ編集長になった鳥嶋和彦の談話である。*1
〈一見部数がどんどん上がっていった時期に、新人の連載が次々に失敗したけっかなんです。雑誌として、新陳代謝がうまくいかなかったというのが最大の問題だったんですね。〉「創」前掲 P 17〜18
 
 と、これから佳境に入らんとするところで、今月はおしまいなのだ。読者には本当に申し訳ないのだが、まず仕事場の山のような漫画と資料を整理して35箱段ボールに詰めて送るという作業をしていた。その直後、使っていたWindowsが突然おかしくなり、いくら書いても原稿が消えてしまい、さらに風邪をひいて寝込んでしまったのだ。今は借りたMacでこれを書いているのだ。
 ほんとはここに、どおんと鳥山さんの絵を出して、読者諸君にその繊細な細部に至る線を脳内で模写して欲しかったのだが、Macだと勝手がわからない。まことに個人的な理由でお詫びのしようもないが、今回はこれにてご勘弁願いたくお願いたぁてまつりまするゥ〜〜。

 

  •  
  • *1 ^ 「創」1998年12月号「漫画市場の曲がり角 『少年ジャンプ』編集長ロングインタビュー」鳥嶋和彦、竹熊健太郎

 

記事へのコメント
名無しミナモ

立て続けに色々な事が起きて大変だったのですねぇ‥
人間 健康が第一ですお身体を大事になさってくださいね。

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