普通の家族が崩れる怖さ『母親を陰謀論で失った』

『母親を陰謀論で失った』

母親を陰謀論で失った』(原作:ぺんたん、漫画:まきりえこ)は、ぺんたんさんの描いたnoteに脚色を加えたエッセイマンガです。新型コロナウイルスの感染が拡大していた2020年、母親がYouTubeで配信されるコロナに関する「陰謀論」に染まってしまい、親子としての関係を絶つことになってしまったぺんたんさんの経験がまきりえこさんの淡々とした線で独白のように描かれます。どこにも解決に糸口が見えないエピソードを通じて、普通の家族が崩れる恐ろしさが自分にも訪れるのではないかという恐怖に襲われます。

2020年、コロナの感染拡大の恐れの中でステイホームを強いられた私たち。登場人物のナオキさんの母親はそのとき、近所の人から勧められた「コロナは意図的にばらまかれている」と訴えるYouTube動画をみて、陰謀論の世界へ足を踏み入れます。大学卒業後、上京して東京で働くナオキさんには最初はその動画が送られてくるだけでしたが、ある日母親を「陰謀論者」と呼んだことをきっかけに、母親から直接電話を受け、罵倒されます。

『母親を陰謀論で失った』(ぺんたん,まきりえこ/KADOKAWA)より

そこからナオキさんと「陰謀論」の付き合いが始まります。ナオキさんの素晴らしいところは、自分とまったく違う考えを持つ陰謀論を信じる人の話も聞いてみようという態度です。インターネットで陰謀論について調べるだけでなく、音声SNSで彼らが集まって話しているところに顔を出し、「お互いがお互いを認め合ういい雰囲気を感じられた」と指摘します。例えば家族に「ワクチンは有害だ」と周囲の人に訴えて聞いてもらえない人がこうした雰囲気のところでその発言を認められれば、このコミュニティの意見に傾くだろうなと思えてしまいます。

自分を認めてくれるコミュニティの中で、事実に基づかない情報や不安をあおる情報の拡散に飲みこまれてしまったナオキさんの母親。ナオキさんは母親を理解しようとし、直接会って話もしますがもう母親にナオキさんの声は届かない。本来親しい間柄であるはずの家族の中で、あるひとつのことについて考えがまったく分かれてしまい、関係を続けるのが難しくなってしまうのです。

エッセイには、ナオキさん以外にも家族が陰謀論に染まった人が登場します。ナオキさんの母親を含め彼らに共通するのは誰もが悪気があるわけではなく、家族のため特に子供のために善意からその情報を広げようとしていることです。コロナやワクチンが有害なものだと思い込み、その有害なものから家族を守りたいと思っての行動なのです。そうした善意からの行動であるがゆえに、かえってナオキさんらを苦しめることになっています。

母親を陰謀論で失った』の最後には、一連の流れをナオキさんの母親側の視点から描くエピソードが収録されています。新型コロナの感染拡大というニュースにさらされる中で近所の人からの勧めで「コロナは意図的にばらまかれている」という意見を知り、関連するYouTube動画で学ぶ。この重要な真実を子供たちにも知ってもらわなければと熱心に伝えるも、どうしても理解してもらえず子供に背を向けざるをえない――。

ナオキさんは「母親には母親の世界がある」と考え、「母親を失う」というかたちで決着をつけることになります。関係の修復は困難そうに見え、非常に後味の悪い物語ですが、コロナ禍で起きた物語のひとつとして覗いてみる価値があります。

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