マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第18回は[デブ編]、ままかり『デブとラブと過ちと!』(2019年~連載中)の主人公・幸田夢子をご紹介しよう。
タイトルからして「デブ」と称されている夢子。それはもう押しも押されもせぬ立派なデブである。ぽっちゃりを通り越し、顔も体もまん丸な完全体のデブ。毒親っぽい母親のせいもありコンプレックスの塊で性格も暗く、自分なんかが生きていてもいいことはないと思い詰めたか、飛び降り自殺を図って病院に担ぎ込まれた。ところが、何とか意識が戻ったと思ったら記憶を失っていることが判明。しかも性格までが激変していた。
「これが……私…!? 超かわいい」
大嫌いだったはずの自分の顔を見て、まさかの自画自賛。客観的に見て二重アゴどころかどこがアゴかもわからないデブであることに変わりはないのに「肌が白くて瞳は仔犬のように潤んで…あらサクランボ? やだ唇だった! まるで眠りから醒めた白雪姫みたい! か~わ~い~い~」と一人で盛り上がる。そう、以前とは正反対の超ポジティブな自己肯定感の塊に変身していたのであった【図18-1】。
とにかくこの夢子のポジティブぶりがすさまじい。記憶がないまま会社に行っても、まったく臆することなく「ご心配おかけしました――! ワタクシ幸田夢子 復帰いたしました!」と髪をかき上げる“美女しぐさ”で明るくあいさつ。以前は黙って座っているだけだった会議でも「私に素晴らしいアイデアがあるの!」と自信満々に発言。隣の席のブリッコ女子をランチに誘おうと群がる男子社員に向かって「はいはいモメないの! そんなに私と食事がしたいなら みんなまとめて行ってもいいわよ」と仕切りだす。ありえない食事量に呆れた男子に「そんなに食うからデブなんじゃ…」と言われても「しっかり食べてるからこのプロポーションを維持できてるの!」と一蹴。ブリッコ女子が「うらやましいな~ 私 たくさん食べるとすぐ顔が丸くなるから…」とカワイコぶれば、「大丈夫! 男はね ちょっとポッチャリくらいが好きなの」とウインクしてみせる【図18-2】。
現実に同じ職場にいたらちょっとウザい気はするが、そこはマンガ。ここまで突き抜けてると、周りにも「幸田さんって実は面白い人なんだね」とキャラとして受け入れられ、そのポジティブさに勇気づけられる人も出てくる。「だって隠しきれないじゃない!? 私の美のオーラは…!!」「私って何をどうしたって“かわいい”か“美しい”にしかならないの!! これってもう才能よね!?」「私のチャームポイント? 見ればわかるでしょ? 全身よ!」と名言を連発し、陰口を叩いていた女子たちにも「私のこのボディと顔は神様からの贈り物なの 嫉妬するのはわかるけど あなた達にもそれぞれ素晴らしいところがあるはずよ もっと自信持って!」と謎の励ましを送るほど。ネガティブだった以前の自分に対しても「むしろ前の私に教えてあげたいの! 私という存在の素晴らしさを… 世界がこんなに輝いていることを……!!」というのだから、もはや怖いものなしだ。
新製品の原材料を確保するため、上司とともに北海道の農家に交渉に行ったときには、食いしん坊キャラが功を奏す。農家のおじさんに「よし子!?」と見間違われて、それがかわいがっていたブタの名前だと知っても怒るどころか「きっとものすごく可愛いブタだったんだわ」と思えるスーパーポジティブな発想には頭が下がる。
同じデブでも気の持ちようで人生は変わる。まさに生まれ変わったかのように、仕事に恋に前向きに突き進む夢子。しかし、本作はそれだけでは終わらない。夢子の自殺未遂が、実は殺人未遂の疑いがあるというのだ。しかも、その容疑者として夢子が思いを寄せる若き副社長が浮上。真相を突き止めるためには記憶を取り戻さねばならないが、それは夢子にとって過去のネガティブな自分とも向き合うことになる。さらに、副社長と夢子の上司である切れ者課長との間にも何か因縁があるらしく……。
夢子という強烈なポジティブデブキャラによるラブ&お仕事コメディにサスペンス要素がトッピングされ、読みごたえマシマシに。最初に刑事からの電話で「自殺ではなく殺人未遂かも」と聞かされた夢子は、身に覚えがないながらも「私のことを取り合った男達の誰かが『俺を選ばないならお前を殺して永遠に俺のモノにしてやる』的な…?」「その男達に思いを寄せていた女性に嫉妬されて…って可能性も――?」「美しいって…罪…」と、それすらもポジティブな妄想にしてしまうのだからすごい【図18-3】。
実際、可愛い系の副社長と切れ者課長、シブい刑事に囲まれる夢子のポジションは、逆ハーレムと言えなくもない(決して夢子を取り合っているわけではないが)。腹黒かと思われたブリッコ女子も、夢子のポジティブオーラに当てられて、本音で付き合える仲に。「幸田さんの手ってぷにぷにだね…」と言われて「気持ちいいでしょ? 男なら二度と放したくないと思うわよね」とマジレスする夢子を見ていると、己の価値観を揺さぶられる。
作者あとがきに初回ネームの絵が掲載されているのだが、その夢子はちょっとぽっちゃりぐらいで普通にかわいい。そこで担当に「ビジュアルが中途半パですね…」と言われて今の夢子が生まれたという。確かに最初のキャラだったらこれほどのインパクトはなかっただろう。担当グッジョブ! そして、そのあとがきにも登場している夢子いわく、「こうして私ができたのね! 今のほうが断然かわいいわ!」。どこまでも自己肯定感アゲアゲの夢子なのだった。