マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第10回は[デブ編]、伊藤理佐『おいピータン!!』(1998年~2018年)のメインキャラ・大森利夫である。
『おいピータン!!』は、食を媒介に男と女の機微を描くオムニバス形式のショートコメディ。さまざまなカップルが登場し、誰もが「あるある」と思うような生活感あふれる恋愛模様を絶妙にすくい取りつつ、そこに食べ物に関するネタを絡める。2022年1月から『チューネン娘。』など他の伊藤理佐作品との合わせ技で『おいハンサム!!』としてドラマ化もされた。その一連の物語のなかで中心となるのが、食にはちょっとこだわりのある太めの会社員・大森さんと、交際相手のOL・渡辺さんだ。
大森さんと渡辺さんが付き合うようになったきっかけは、おでんである。「おでんはな まず大根 つみれ 昆布なんだよっっ/あとあったらスジね」というマイルールを持つ大森さんが、後輩の渡辺さんを飲みに誘う。といっても、ひっつめ髪にメガネをかけて堅物そうな渡辺さんに対して下心があったわけではなく、たまたま残業で2人だけになったから何となく誘っただけである。ところが、屋台のおでん屋で彼女が注文したのは、なんと「大根とつみれと昆布と/あったらスジ」だった。しかも、ビールの好みも同じで、ドライは認めず、サッポロかキリン、なければ焼酎を頼むところも同じ。あまりの一致ぶりに、自分にとっての「いい女」は「こいつかも……こいつだったりして……」と大森さんが思うのも無理はない。
一方の渡辺さんから見た大森さんの印象は「家康みたいな人」。でっぷりとした体型が家康のイメージに結びついたのだろう。実はハンサム好きな渡辺さんにとって、ルックスで惹かれる相手ではない。が、最初のデートで彼が「扉をあけたとき次に来る人をちゃんと気にする人」とわかって思わず胸キュン。さらに2回目のデートでまたおでん屋に行くと、今度は渡辺さんのほうが「この人 さっきからわたしが食べたいのと同じもの言うの」と感動に震えることになる。そして、決定打は帰りの電車での事件。他の乗客に絡む酔っぱらいを、停車時のドアの開閉時間を見計らい、おみやげのおでんごと見事に車外に放り出した大森さんの勇姿にすっかり惚れ込んでしまう【図10-1】。
そうなればもう「あばたもえくぼ」というやつで、友達に「彼のどこに『男』を感じる?」と聞かれて「ラーメンやでスープまで全部飲むとき」と答える渡辺さん。実際、大森さんの食べっぷりは素晴らしく、昼飯にカレーライスと天丼をダブル食いし、寿司屋のシャリを食べ尽くし、風邪でも食欲がなくなるどころか栄養あるものを食っちゃ寝で逆に太ってしまうほど。健康のことを考えてダイエットを始めたら性格が悪くなってしまい、すぐに断念するエピソードもあった。もはや「デブ」は彼の人格の一部というか全部というか、デブじゃない大森さんは大森さんではないのである。
何しろ渡辺さんも「わたしのカレはデブです」と言い切ってるし、健康診断の結果も「肝臓D」「脂質代謝E」「糖代謝B」の「DEB(デブ)」。食べ物の匂いに超敏感で、会社の同僚OLが家で煮込んでるカレーの匂いを材料まで嗅ぎ分けて「さ……さすがデブ……!!」と感心される。秋でも家では半そで半ズボン、夏はワイシャツの背中にハート形の汗がにじむ。
ことほどさようにデブネタには事欠かない大森さんだが、ただ太ってるだけじゃない。セクハラしてきた売れっ子イラストレーターを殴った部下の女子社員と二人でそのイラストレーターのところに謝罪に行った大森さんは、帰り際に「ところで ここらへんでおいしいラーメン屋ってどこですか?」と聞く。「こんな時にも食物(たべもの)の話かよ/デブデブデブ」と心の中で毒づく女子。しかし、おすすめされた店で二人でラーメンを食べたあと、悪い顔で笑いながら「アイツ仕事きっていいから」「近所で『うまい』と思ってるラーメン屋がこれじゃセンスないからさ」と大森さんは言うのだった【図10-2】。
その決然たる態度に、つい「かっこいい」と思ってしまう女子。そう、大森さんは見た目はデブでも中身はなかなかの「いい男」なのである。この一件や前述の電車の酔っぱらい撃退事件のほかにも、大森さんのいい男エピソードは枚挙にいとまない。クリスマスに渡辺さんのためにブッシュドノエルを自作し、残り物でささっと作る料理も上手で、たまたま道を聞かれただけの人にも親切にする。仕事相手への手土産のセンスはバツグンだし、今さら聞けないことをさりげなく聞き出したりと仕事の面でも優秀なのだ。
月に一度しか来ない餃子の屋台を追いかけて夜の町を爆走する大森さんに遭遇した「男は見た目」主義の元カノは、「彼女のために餃子の屋台を今もハラ出して追いかけるあんたはカッコイイもの!!」と、別れたことをちょっと後悔したりもする。乱暴で感じ悪い宅配便の配達員が、一人で部屋にいた渡辺さんを脅かしたのにキレて、次に(午後指定なのに午前中に)来たときに全裸で玄関口に出て、「いつもすみませんが 今シャワーあびててね/ムリするとこういうコトになりますんで よろしくたのみますね」と仁王立ちで圧をかける姿には、渡辺さんも「かっこいい」と惚れ直した【図10-3】。
宮崎駿監督の『紅の豚』ではないけれど、カッコイイとはこういうことさ! ……と断言していいのかどうかイマイチ自信はないが、少なくとも渡辺さんにとって、カッコイイとはこういう男のことなのだ。二人の結婚3年後から始まる続編『おいおいピータン!!』(2018年~連載中)でも、大森さんはデブかっこいい。