こんにちは。国府町怒児(こうまちぬんじ)と申します。
突然ですが、迫力のある爺さんっていいですよね。
老いてなお衰えない活気に惹かれるんでしょうか。
私は、真・中華一番!に出てきた面点王(めんてんきんぐ)ラコンを見ていつもそう思います。
中華一番!とは
中華一番!は、1995年から週刊少年マガジンで連載された料理漫画です。
名前に中華と付くとおり、舞台は19世紀の清朝です。
主人公の天才料理人、劉昴星(リュウ・マオシン)が中華料理での対決をしながら旅を続けるストーリーとなっています。
個性的な料理人達の存在や、料理を味わった審査員の表情などのインパクトは強烈で、料理に詳しくなくても十分楽しめます。
1997年から1998年にかけてアニメ化もされています。
一度、姉妹雑誌のマガジンSPECIALに移行した後、週刊少年マガジンにカムバックし、その際にタイトルを真・中華一番!としています。
今回紹介する面点王ラコンは、真・中華一番!に登場します。
面点王ラコンとは
面点王ラコンは、点心料理を得意とする裏料理人です。
いきなり分からない単語を噴出させてすみません。
点心とは、食事の間に摂る少量の食べ物のことで、中国では菓子や間食、軽食の類は全て点心と呼ばれます。
具体的には、饅頭や杏仁豆腐、餃子、焼売なんかも点心に当たります。
裏料理人とは、「料理で人を支配する」という旗印の下に集まった裏料理会の料理人です。
難しかったら単に悪い奴くらいの認識で大丈夫です。
で、このラコンが4vs4の料理対決で敵サイドとして出てきます。
対して主人公サイドは「点心作りの若き天才」と称されるシェル。
料理テーマは饅頭。
まさに点心の頂上決戦。激戦必至ですね。
ラコンの特徴
じゃあこのラコン、どんな人間なんでしょうか。
一言で表すと、プレミアム爺さんです。
歴史と希少価値が尋常じゃない。
まず、歴史です。
ラコンの生まれた白羅家というところは、点心の起源となる一族です。
「白羅家――それは三国時代蜀の諸葛孔明につかえた料理人を祖とする”面点一族”……!!」
(『真・中華一番!』5 巻 10p)「一般に点心作りの祖とされる梁の昭明太子もその血を引くといわれる……!!」
(同 10p)
という記載があります。
めちゃめちゃ古い。
西暦200年辺りから続いていることになります。
そして希少価値についてなんですが、この白羅家、ラコンで最後らしいです。
「五十年前『面点王』と称されたラコンを最後に血は絶えたときいていたが……」
(同 10p)
とあるように、ラコンが子孫を残さなかったことで白羅家は打ち止めとなりました。
ラコンさんモテなかったのかな。
個人的には結構かっこいいと思うのですが、付き合うには癖が強すぎるというのも納得できます。
あ、もちろん実力も折り紙つきです。
「点心道を極めに極めその実力は皇帝さえ認めて召し抱えた」
(同 11p)
と、広大な中国の中でも一級品の腕前であることが分かります。
ラコンの用意した1600年の歴史を持つ生地
ただ、ここで問題があります。
ラコンの持ってきた饅頭用の生地についてです。
点心対決が始まると、ラコンは持っていた壷からおもむろに生地の欠片を取り出します。
「老面(ラオミエン)といって、作った饅頭の一部を、次の饅頭のために取ってあるものらしいです。
「代々継ぎ足してきた秘伝のタレ」の生地バージョンみたいなものですね。
これが1600年前から連綿と続けられてきているので、熟成されて最高の生地になっているみたいなことを言うんです。このラコンは。
最初は1600 年というスケールの大きさに圧倒されて「そうなんだあ」と思ってました。
でも何度も読んでる内に、「これ本当か?」と訝しむようになってきました。
怪しいと思うポイントは以下の3点です。
①:1600年の時を経て酵母が生き続けているという点
②:熟成された酵母ほど皮を豊かに膨らませ味に深みを与えるという点
③:蜀漢老面を練り込むと生地がとんでもない膨らみを見せる点
どうも現実感がないんですよね。
そこで、この生地が実際にあり得るのか検証してみることにします。
怪しいポイント①:1600年の時を経て酵母が生き続けているという点
ラコンのセリフにこんな言葉があります。
「この生地は我が白羅家始祖の三国時代より伝わる――”蜀漢老面”!!即ちすでに一六〇〇年の時を経て生き続ける究極の酵母じゃ・・・・!!」
(『真・中華一番!』5 巻 31p)
私は思いました。
「えっ?酵母って酵母菌でしょ?菌ってそんなに長生きするのか?」と。
確かに、一部の原生生物に寿命という概念がないことは聞いたことありました。
でも、酵母菌ってそうなのでしょうか?
WIRED NEWS というニュースサイトの2008年の記事によると、南カリフォルニア大学の研究チームが、遺伝子操作と摂取カロリーの制限によって、酵母菌の寿命を通常の10倍に延ばすことに成功したとのことです。
10倍になった酵母菌の寿命は、10 週間。
通常は、1週間で死滅してしまうようです。
ちょっとラコンさん!
「生き続ける」って何なんですか!
1600歳の酵母菌がいるように受け取っちゃいますよ。
「紡ぎ上げられた」とか「連綿と繋がる」とか生命のリレーを意識した言葉にしないと誤解しちゃいますよ。
とはいえ、1600年経過していることは確かですからね。
こちらの受け取り方がよくなかった可能性もあるので、強くは糾弾できないです。
結果:△(酵母菌の寿命は10週間だが、世代交代により1600年経過させることは可能)。
怪しいポイント②:熟成された酵母ほど皮を豊かに膨らませ味に深みを与えるという点
ラコンは「熟成された酵母ほど皮を豊かに膨らませ味に深みを与えるからよ」(『真・中華一番!』5 巻 30p)と言っています。
熟成にそんな色々な効果ありますかね。
第一、熟成されるのは酵母じゃなくて生地じゃないんですかラコンさん。
論点は、「1.熟成で味に深みが出るか」と「2.熟成で皮がより膨らむか」という2点です。
そこで、酵母菌の働きを詳しく見てみました。
酵母菌は二種類の呼吸をします。
一つは、人間や動物と同じように、酸素を使って二酸化炭素を出す呼吸です。
この呼吸は空気(酸素)を必要とするところから、好気呼吸といわれます。
もう一つは、酸素を使わずに有機物(スクロース)からアルコールと炭酸ガスを生成する嫌気呼吸です。
この嫌気呼吸が、発酵作用とも呼ばれ、熟成に関わっています。
酵母による熟成は、ビールやパン、ヨーグルトや味噌などで広く用いられています。
1600 年というスパンでの研究は確認できませんでしたが、
発酵の効果により時間経過と共に風味が変わっていくという現象は実際にあります。
なので、「1.熟成で味に深みが出るか」については概ね正しいと言えます。
「2.熟成で皮がより膨らむか」についてはどうでしょうか。
『そもそもサイエンス5 食べものはなぜくさるのか』によると、
「パンをつくるときは、酵母菌がつくり出す二酸化炭素によって生地をふくらませます」とあります。
饅頭も基本的には同じです。
二酸化炭素の量がものを言うわけですね。
しかし、基本的には熟成活動をしているときの酵母は活動がゆっくりになり、二酸化炭素を生み出す力は弱まるはずです。
つまり、「2.熟成で皮がより膨らむか」には疑問符が付きます。
『リンゴの天然酵母を育てて、発酵に使ってパンを焼いた!その成果と味は…』という実際に酵母を育てたブログ記事では、むしろ二酸化炭素の泡は1週間辺りをピークに弱まっていくという報告もあります。
ラコンさん!
真実の中にしれっと誤情報を混ぜないで下さいよ!
そういうのが一番怖いのでね。
結果:△(熟成により風味は変わるが、熟成によって皮の膨らみが促進されることはない)。
怪しいポイント③:蜀漢老面を練り込むと生地がとんでもない膨らみを見せる点
最後は、老面を練り込んだ途端に生地がすごい勢いで膨らみだす現象についてです。
次のコマを見て下さい。
膨らんでますねえ。
先述の通り、これは老面の効果とは関係ありません。
②の皮を膨らませる部分が誤りなので、③も誤っているということになります。
味方のレオンは「す すさまじい膨張だ・・・・!!これが一六〇〇年生き延びた酵母の秘力か・・・・!!」(『真・中華一番! 5巻』32p)と言ってますが、騙されてます。
すさまじい膨張を見せたとすれば、老面に混ぜたものの中に、たまたまベーキングパウダー的なものが入っていたのではないでしょうか。
もしくは1600 年も世代のサイクルを回している内に、酵母が突然変異しているか。
いずれにしても、通常の酵母の活動のせいだとは考えづらいです。
ラコンさん!
どうやってあんな生地を膨らませたんですか。
特に何もしてないんだとしたら、新種の酵母かもしれませんよそれ。
結果:×(実際には蜀漢老面を練り込んでもとんでもない膨らみは見せない)。
まとめ
トータルでの結果は、2△1×でした。
実際に1600年かけて蜀漢老面を作っても、正直同じようにはならないだろうというのが結論です。
とはいえ、そういった大げさな演出も中華一番の醍醐味ですので、
これからもフィクションとして楽しんでいこうと思います。
大げさな演出で思い出しました。
最後に、ラコンの前に敵側として出てきた錦毛虎(きんもうこ)のロウコのいい表情を貼っておきます。
骨を直接食べないでくれ。
参考資料
『フリー写真素材フォトック』(最終確認2017/7/13)
『真・中華一番! 4巻』 1997 小川悦司 講談社
『真・中華一番! 5巻』 1998 小川悦司 講談社
『wikipedia 点心』(最終確認2017/7/13)
『そもそもサイエンス5 食べものはなぜくさるのか』 山崎慶太 著 大橋慶子 絵 2017 大月書店
『酵母菌の寿命が10倍に:人間に応用できる部分とできない部分』WIRED
NEWS 2008(最終確認2017/7/13)
『職人醤油 醤油知識 酵母菌』(最終確認2017/7/13)
『パン酵母の品質を支配する要素』石井隆一郎 生活衛生Vol. 1 (1957) No. 2 P 57-69
『酵母で熟成されるチーズに関する研究』津郷友吉 ・張堅二 日本畜産学会報Vol. 41 (1970) No. 9 P 445-452
『酵母の増殖』鈴木昭紀 日本釀造協會雜誌Vol. 69 (1974) No.1 p.21-24
『リンゴの天然酵母を育てて、発酵に使ってパンを焼いた!その成果と味は…』(最終確認2017/7/13)
『天然酵母の寿命 半年放置した天然酵母は使えるのか?』
『老面馒头~~~用流传千年的传统方法制作天然酵母』(最終確認2017/7/13)
『中日辞書 北辞郎:検索 老面』(最終確認2017/7/13)
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