マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。
そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。3杯目は、異世界ファンタジーと酒の雑学をミックスした異色作『ドランク・インベーダー』(原作:Rootport・漫画:吉田優希/2022年~連載中)をご紹介しよう。
主人公は大学生の松尾トウジ。就活の面接で「学生時代に一番打ち込んだことは何ですか?」と問われて「お酒を飲むことです!!」と満面の笑みで答えるほどの酒好きだ。そんなバカ正直さが災いして、秋になっても内定ゼロ。「正直就職先なんてどこでもいいんです 偉くなりたいわけでも金持ちになりたいわけでもない…俺はただ心穏やかにお酒を飲んでいられれば充分なんです」とバイトをしていたバーのマスターに愚痴をこぼす【図3-1】。
そんなある日、トウジは「内閣府国家安全保障局異世界対策本部」の本部長を名乗る女に拉致される。異世界対策本部とは、東京・八王子に出現した異世界に通じる門(ポータル)を管理し、異世界との交渉に当たる組織。異世界の人々を酒で籠絡し、その土地や資源を手に入れようという日本政府の「酒神計画(プロジェクト・バッカス)」において、無類の酒好きであり酒の知識も豊富なトウジを親善大使とすべく白羽の矢を立てたのだ。
ターゲットは異世界の女王ドロシー・ブエンディア。見た目は少女だが百余年にわたり当地の王国を支配する“不老不死の魔女”である。心から酒を愛し、「酒は“芸術”」「人を幸せにするための飲み物」が信条のトウジにとって、酒を侵略の道具にするなど許しがたい蛮行だ。ましてや、そんな少女を酒漬けにしようなんて言語道断。しかし、自分が断れば「酒で誰かの人生を狂わせることに良心の呵責を感じないやつ」がその任に就くかもしれない。それよりも自分がうまくやれば「あの子を守れるんじゃないか?」と考えたトウジは、覚悟を決めて大役を引き受ける。
……という設定と導入はいささか強引に映る。が、そこから先は酒好きの琴線に触れるネタが満載だ。女王との顔合わせも兼ねた昼食会で出された酒は、ビールもワインもゲロまず。それもそのはず、魔法はあれど科学技術は未発達の異世界の酒造技術は中世レベルだった。だからこそ、現代の酒の力で侵略できるという話になるわけだが、そこでトウジが異世界の人々に現代の多種多様な酒を紹介する場面は、我々現代人にとっても興味深い。
酒の歴史、発酵の仕組み、醸造酒と蒸留酒の違いなど、酒の基礎知識を図解入りでわかりやすく伝える。蒸留酒の中でもアイリッシュ、バーボン、ラム、テキーラ、ウオッカ、ジン、それぞれを実在の代表的銘柄を挙げつつ解説【図3-2】。果実酒の作り方やビールの分類、さらには酒税の話題までぶっ込んでくる。酒税についてはストーリー上も重要なポイントとなっており、ただのウンチクにとどまらない。イッキ飲みの危険性や酔いつぶれた場合の処置についてもエピソードの中でさりげなく説く。異世界エンタメでありながら、酒の情報&啓蒙マンガにもなっているのだ。
トウジの懸念をよそに、女王ドロシーはじゃんじゃん酒を飲む。が、いくら飲んでもビクともしない。不老不死の魔女と呼ばれるだけあって、実は酒にもめちゃくちゃ強いのだった。見た目と裏腹に女王としての統治力も圧倒的。そして、彼女が不老不死となった理由、トウジが用意する酒を飲む理由が、徐々に明かされていく。そこには、意外なほどにヘビーな運命のドラマが秘められていた。それを知ったトウジの葛藤、ドロシーへの命懸けの進言とその場面で出した酒に込めた思いを語るシーンは胸を打つ。
そんなトウジの“酒の美学”の原点は、祖母の教えだ。世界中を旅行して、日本に帰るのは梅酒を仕込む初夏と梅酒が仕上がる秋だけという自由人。トウジの父を児童養護施設から引き取り養子にしたので血のつながりはないが、トウジに酒の奥深さを教え、バーテンダーのバイトに就かせたのも祖母だった。
大学生になったトウジをバーに連れて行き、シャーリー・テンプルを2つ注文する。「俺まだ18歳よ?」と言うトウジに祖母は「騙されたと思って飲んでごらんなさい」。マスターの目を気にしながら恐る恐る口をつけたトウジは「美味しい…小学生が好きな味だ」と驚く。そう、シャーリー・テンプルはノンアルコール・カクテルなのだった。
「バーっていうのはね 本当はお酒の飲めない人でも楽しめる場所なのよ」と祖母は言う。そして、「関西風で」と注文したもうひとつのシャーリー・テンプルを「今度はこっちを飲んでごらんなさい」と言われて一口飲んだトウジは「これお酒じゃん!!」と、また驚く【図3-3】。関西ではシャーリー・テンプルにリキュールを使う場合もあるという。それを知らずに、関西で下戸の人にシャーリー・テンプルを飲ませてしまったら?
「飲み方次第でお酒は人を傷つけも救いもする だったらきちんと知識をつけて誰かを幸せにする飲み方をして欲しい なぜなら――お酒は“芸術”だから」
微笑みながらそう語る祖母は最高にカッコいい。年齢も年齢だし、旅先での事故や病気を心配する家族はもう海外旅行はやめてくれと諭す。しかし、ドロシーの過酷な人生を知ってしまったトウジは祖母に味方する。「死も人生の一部だろ? 世の中には望んだ“死に方”を…“生き方”を選べない人だっているんだ だからさ…お祖母ちゃんの“生き方”を俺は否定したくない」と一席ぶつトウジもまたカッコいい。
そんな折、異世界では強大な軍事力を誇る帝国がドロシーの治める王国に侵攻を企て、風雲急を告げる。門を通れるものしか異世界には持ち込めないため、軍事援助は難しい。そこでトウジがひねり出したアイデアは、やはり酒に関わるものだった。
酒で戦争を止めることができるのか!? 異世界ものながら政治や経済の要素も絡んで展開する物語は、妙にリアルな部分もあり。怪しげなキャラも次々登場してきて、まったく予断を許さない。強めの酒を飲みながら読みたいパンチの効いた野心作だ。