先日、渡辺電機(株)氏がnoteで連載しているエッセイ漫画「55歳独身ギャグ漫画家 父子家庭はじめました」が、単行本『父娘ぐらし』として発刊されました。筆者は中学生の頃から同氏の漫画のファンでして、一回同人誌の表紙画をお願いしたこともあるくらいなのでもちろん予約して買ったのですが、それにしても、あのアナーキーでブラックなギャグ漫画を描いていた人が、面白育児エッセイ漫画を描くとは……と昔からの読者としてはちょっと驚いたところは正直あります。『父娘ぐらし』の登場人物紹介でも「とても子どもに見せられない下品で毒々しいギャグを描いていて」と自ら書いているくらいの作風の人ですからね。
あーでも、榎本俊二も『榎本俊二のカリスマ育児』とか描いてますし、アナーキーなギャグ描く人の方がこういうの適性あったりするんでしょうか。
とまれかくあれ今回は、筆者にとっての初渡辺電機(株)作品であり、ファンになるきっかけとなった『土星のプリンセス』を紹介しようと思います。初出は『コミックドラゴン』(角川書店)93〜94年、単行本は全1巻です。
本作のメイン登場人物は、タイトル通り土星の王女(本作においては、土星の環が氷の粒の集まりというのは「ウソ」で、環の表裏にはビッシリと約1兆人の土星人が住んでいることになっています)である勅使河原そりすと、宇宙規模の人気を誇る若手小説家K・G・とらうと、彼が連載している月刊『ぷにぷに』の編集者・カテーテルの3人です。このトリオが土星を目指して宇宙を旅する様子が基本のストーリーとなります。
そもそも、なぜこの3人が旅をすることになったのか。とらうとはペットを枕にしてゴロ寝の体勢でないと執筆ができないという体質なのですが、飼ってたペットのバルカン犬・パトラッシュが死んで執筆ができなくなってしまったので、宇宙ペットショップで売られていたそりす(なぜ売られていたのかは最終話でひっどい理由が明らかになります)を『ぷにぷに』編集部のオゴリで新たなパトラッシュとして購入したというのがそもそもの始まりです。そりすは自分をペット扱いするとらうととカテーテルの二人に、「自分はパトラッシュなんかではない、土星の王女、勅使河原そりすだ」と高らかに宣言するのですが、二人は平伏するどころか、あにはからんや、そりすをブチ殺してキモを食べようとし始めます。土星人のキモは不老長寿の薬として有名なのだそうです。そして、食われてはたまらんと必死のそりすの口から出た言葉は、「キモを洗って土星に干してきたまんま忘れてました」でした。とまあ、このように昔話「猿の生き肝」(いま調べたら、これ古代インド説話がもとで、東アジア全般から東欧やアフリカのザンジバルにまで類話がある世界的に知られた話らしいですね)みたいなやり取りの末、土星までの旅を紀行文にして『ぷにぷに』で連載することを目的に、3人の道中が始まるというわけです。
この導入で分かるかと思いますが、いきなり知性体をブチ殺してキモを食おうとするくらい登場人物みんなに倫理観が基本ないので、ひっどい(褒め言葉)ギャグが連発されます。分かりやすい例として、第3話を取り上げましょう。この回で舞台となるのは「水惑星すっぽん」。かつてはすっぽんナベ業者の養殖場だったが、すっぽんたちが進化を遂げ、人間に代わって独自の文明を作り上げているという星です。
この星を支配するすっぽんに高名な作家として招待されたとらうと&カテーテルは、名物のすっぽんナベで歓待を受けることに。待ってましたと躊躇なくぱくぱく食うとらうとに対し、カテーテルは「だってコレ…… みなさんと同じすっぽんの肉でしょ」と、目の前でコミュニケーションを取ってる相手の肉を食うのはちょっと……という態度を見せます。するとすっぽんは笑って、「同類の肉を調理するなんてそんな野蛮な すっぽんナベとは言っても使っている肉は他の動物ですよ」と、すっぽんナベ業者の子孫を食肉用家畜人として使っている様子をアピール。驚いたカテーテルが「センセー ダメですッ それ人肉ッ」ととらうとを止めにいきますが、彼の反応は「なに人肉ッ!」「どーりでウマいと思った おかわりー」とひっどいもの。
その直後、レセプション会場を家畜人のレジスタンスが襲撃、とらうとは拉致され、家畜人のおかれた状況を広く宇宙に知らしめるように頼まれますが、その返事は「アー お安い御用」「来年度版のグルメガイドに載るよう手を打とう」です。
その後とらうとは、レジスタンスにすっぽんの肉で作ったすっぽんナベを食べさせられ「人肉よりうまい」ということに気づくと、レジスタンスを捕らえにきたすっぽんにもそのナベを食べさせて、すっぽんは「我々すっぽんの肉ってこんなにウマかったんだ」「人肉より全然うまいぞ」「やっぱオレ達って食べられるための生き物なんだなあ」と自らの使命に目覚めてめでたしめでたし……。
いやー、ひっどいですね(褒め言葉2)。藤子・F・不二雄の名短編「ミノタウロスの皿」的なモチーフのSFですが、同作のようなビターな感じはなく、ひたすらに毒々しいギャグに徹しております。そして、他の回も基本的にこのようなひっどいノリです。本編とはあまり関係のないところで地球も滅びます。
また、タイトルや人物の名前で分かる人は分かると思いますが、本作、過去のSF作品に対するオマージュも多いです(単行本あとがきでも書かれています)。タイトルはE.R.バローズ『火星のプリンセス』が元ネタですし、勅使河原そりすという名前は同作のヒロイン「デジャー・ソリス」が元ネタ、第1話の扉絵も、武部本一郎による創元推理文庫版の同作カバーイラストが元ネタといった具合で、各話サブタイなんかも、例えば第1話「ブラボー土星人」はアメリカのSFドラマ『ブラボー火星人』、第7話「九百人の土星人」はR.A.ラファティ『九百人のお祖母さん』が元ネタです。あとがきで「ワカラナイ人も意に介さず読み飛ばしていただいて結構です」と書いている通り、本筋的な部分には関係ないので、この辺のネタが分からないと本作が面白くないということはないのですが、SFファンならその辺も追加で楽しむことができます。
なお、そこまでアナーキーじゃないのがいいという方には、根強いファンも結構多い『ダンジョン退屈男』がオススメです。同作はもともと『Wizardry ダンジョン退屈男』のタイトルで、その名の通りコンピュータRPGの金字塔『Wizardry』シリーズの世界観をもとに、凄腕なのを隠してダンジョンの浅い階で昼行灯生活を送っているミフネ(シリーズ3などに登場したモンスター。このゲームには「外人のカンチガイ日本」的エッセンスが入っており、「ローニン」「ハタモト」といったサムライ系のモンスターがいまして、ミフネはその最上級クラスになります。名前の由来は三船敏郎です)を中心に、人型モンスターのダンジョン内での日常を描いた割とほのぼの(まあEVILな冒険者とかがサクサク殺されたりはしますが)ホームコメディとなっております。『Wizardry』自体を知らなくても、サキュバスとかバンシーとかいったファンタジー基礎知識があれば概ね問題なく読めると思います。ご一読あれ。