マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第17回は[メガネ編]、西川魯介の初期作『屈折リーベ』(1996年)のヒロイン・大滝篠奈(おおたき・すずな)にスポットを当てる。
高校2年生の篠奈は、ある日突然、1年生男子・秋保宣利(あきう・のぶとし)に「好きです」「俺とつきあってくれませんか」と告白される。見知らぬ後輩からのいきなりの告白に面食らい「…何故私なのだ」と聞く篠奈に、「そりゃあ 大滝先輩がメガネっ娘だからっスよ」とシレッと言う秋保。さらに「俺 メガネの女の子でなきゃ ほんとダメなんスよ」と明るく断言。「変態だ」と引きまくる周囲をよそに、「メガネっ娘って美しいっスよ 美しくなるんスよ!」「ああっ 柔肌と硬質なフレームの調和による至上の美!」などとメガネっ娘の素晴らしさを力説するのだった。
この時点で相当どうかしているが、そんな猛アピールも篠奈は意に介さず、うざい後輩をグーパンチで撃退(文学少女風の見かけによらず、なかなかの武闘派)。仲のいい友達に「告白されたのなんて初めてでしょ けっこ満更でもないんじゃない?」と冷やかされても「確かに初めてだが何らの感興もわかぬわ」と表情を崩さない。「彼氏できるチャンスだったかもよ」と言われても「くだらん そんなもの必要ないし欲しがる奴の気が知れぬわ」と切り捨てる。それでもまとわりついてくる秋保には「変態と恋に堕落(おち)る気なぞ皆無!」と取りつく島なし。そんな篠奈の妙に古風でいかめしい言葉遣いとクールビューティぶりにグッとくるメガネっ娘好きも多いのではないか【図17-1】。
というか、それより何より秋保のメガネフェチぶりがハンパない。メガネとは「かける人間の内面のさらなる延長」であり、「心を拡大して映し出す投影器(プロジェクター)」であると主張し、あげくの果てはメガネっ娘を称えるポエムを詠む。とはいえ、メガネなら何でもいいわけではなく、「フレームはセルかメタル! ツーポイント(フチなし)は不可っス 色は黒もしくは濃い色調のヤツでなくちゃ」と、こだわりを見せる。一方、「眼鏡なら他にもいるだろう 何故 私をつけねらう!」との問いに対する彼の答えは「そりゃあ 入学(はい)って初めて見たメガネっ娘が先パイだったからスよ」って、「(ひな鳥の)すりこみかッ!?」と篠奈がツッコみたくなるのも無理はない。
無視されても殴られてもめげずに求愛を続ける秋保に、少しずつほだされていく篠奈。「篠奈先パイはセルフレームのが似合うと思うんスよ」とプレゼントされたメガネを(紆余曲折ありつつも)かけてみたりして、二人の仲は接近していく。ところがそこに「メガネじゃない」という理由で秋保にフラれたことを根に持つ女子・唐臼(からうす)が現れ、篠奈に過激な攻撃(比喩ではなく爆弾を仕掛けたりガトリング銃で鉄球を撃ってきたりの物理攻撃)を加えてくる。「あんたなんかたまたまメガネだっただけじゃない!!」って、気持ちはわかるが、相手は重度のメガネフェチだからなぁ……【図17-2】。
はたして二人の恋の行方やいかに――という、まさにタイトル通り「屈折した愛」炸裂の学園ラブコメ(「リーベ」とはドイツ語で「愛」のこと)。メガネフェチというテーマも(メガネだけに)屈折しているが、キャラクターの性格や会話も相当に屈折している。篠奈と秋保の関係も時にこじれて、「…結局 私じゃなくて『眼鏡の女の子』が好きなんだろ たまたま最初に見たのが私だっただけで 必ずしも私じゃなくてもいいんだろ!」「眼鏡掛けようが外そうが私は私なのに…眼鏡外したら即 対象外か!? そんなに眼鏡でなきゃ駄目なのか!?」なんてセリフも飛び出す【図17-3】。秋保は秋保でメガネを外した篠奈の顔が脳裏にちらつき「いかん! メガネじゃなきゃダメなのにっ!!」「たとい それが篠奈先パイでもメガネレスに欲情するなんて愚劣だ!」と本末転倒な悩みにのたうちまわる。
ストーリー後半は意外とベタに泣かせる展開もあり、ある意味「一途なラブストーリー」としても読める作品だが、作者みずから「本邦初の純粋メガネっ娘まんが」と称するだけあって、とにかくメガネっ娘愛がダダ漏れだ。あとがきに〈一般に流布しているステロタイプなメガネっ娘像への異議申し立てとか「ただ女の子がメガネかけてるだけ」な哲学の無いまんがへの平手打ちとか何かそのような曲がった情念を込めました〉と記されているとおり、秋保が語る“メガネっ娘論”は作者自身の魂の叫びでもあるのだろう。
そもそも作者は、知る人ぞ知るメガネっ娘キャラの第一人者。というか、男性キャラも含めて登場人物のメガネ率が異常に高い作家である。近作『裏の家の魔女先生』にしても、主要キャラは全員メガネ。主人公がメガネじゃない作品を描いたときには、編集者に「メガネじゃなくていいんですか?」と聞かれたというほどのメガネ好きだ。当連載でも当然取り上げねばならぬと思いいつつ、ほぼすべての作品の主要キャラがメガネなので、逆にどの作品のどのキャラを取り上げればいいのか迷っていた。
そんななかでも、やはり本作はメガネっ娘そのものをテーマにしている点で、他とは一線を画す。少年誌連載ということもあり主人公は秋保のほうだが、画面の端々から“好きなことを思いっきり描く喜び”みたいなものが、ひしひしと伝わってくる。インテリくさいギャグは好き嫌いが分かれるかもしれないが(個人的には大好き)、メガネっ娘好きなら絶対読むべき作品であり作家である。