マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第2回は[デブ編]、瀬戸口みづき『めんつゆひとり飯』の保ヶ辺勉(ほかべ・つとむ)にご登場願おう。
デブといえば食いしん坊、食いしん坊といえばデブ。それはもうビールに枝豆、ナポリタンに粉チーズぐらい切っても切れない間柄だ。そんな相性バツグンのキャラ属性を見事に体現するのが、瀬戸口みづき『めんつゆひとり飯』の保ヶ辺勉である。
同作の主人公は、あらゆる料理をめんつゆで済ませる面倒くさがりのOL・面堂露。一方、同期入社の社長秘書・十越(旧姓本出)いりこは、出汁も鰹節を削るところから始める本格派。名は体を表す対照的な2人を中心に多様な食のシーンを描く4コマ連作集である。
冷凍フライドポテトを使った肉じゃがを筆頭に、面堂さんの料理はとにかく適当。でもそれがやけにうまそうで、細かいことにこだわらない簡単レシピは実用的だ。手間暇かけずにいられない十越さんより、ある意味、面堂さんのほうが料理上手とも言える。
そんな面堂さんの会社の先輩が保ヶ辺さんだ。炭水化物と肉と油をこよなく愛するナイスガイ【図2-1】。入社当時はやせててイケメンでモテモテだったのに、女がらみで何かひどい目にあったらしく、そこで悟りを開いてしまった。
「女がオレを裏切っても肉と油は常にオレを幸せにしてくれる」
以来、カツサンドをおかずにのり弁を食べ、食欲の落ちる夏にはそうめん6把を一気食いしてまだ物足りないという食生活で、どこに出しても恥ずかしくないデブキャラに。
「油と糖質が嫌いなデブがいると思うかい?」
「一緒に行こうぜ 糖質の向こう側へ」
「この宇宙に意味もなく生まれたものなんかひとつもないように 米にかけちゃいけないものなんかひとつもない」
「体に悪いものは…心に沁みるんだ」
「オレ一生育ち盛りだから」
……など、ダメな食生活をいい感じに肯定する名(迷?)セリフを連発する。そのドヤ顔がちょっとカッコよく見えるからさすが元イケメンというべきか【図2-2】。“いいこと言ってる感”を醸し出す要素として、オシャレっぽいメガネとあごひげも見逃せない。デブキャラとメガネキャラの両面を兼ね備えたパフォーマンスは、作中で文字どおり大きな存在感を発揮している。
一般に食いしん坊というと意地汚いイメージがあるが、保ヶ辺さんの食いっぷりはいっそすがすがしい。普通の人の丼が保ヶ辺さんにとっては茶碗。繁忙期の残業中のエネルギー補給のため一升炊きの炊飯器を会社に持ち込む。「軽くつまめるもの」がケンタッキーのパーティバーレル。たこ焼きは50個で1人前の認識。数人分はあろうかという牛肉炊き込みご飯を一人でペロリと平らげる。
面堂さんの中には〈心の十越さん〉がいて適当料理にいちいちツッコミを入れてくるのが楽しいが、保ヶ辺さんの場合は心の中の3人の保ヶ辺さんが全員一致で肉と油を推してくるからタチが悪い。歯止めが利かないどころか「悪魔のおにぎり(天かすおにぎり)」に“追いバター”を提案してくるのだった。
元モテ男だけあって妙に気が利くところがあり、職場の花見に薔薇の形に盛った大量のローストビーフを持参したり、バレンタインデーにもらったプレゼントにはきっちりお返しをする。保ヶ辺さんに好意を寄せる同じ課の後輩OL・舞ちゃんには、ホワイトデーに最高級のラードの塊とバターを贈った。
いやいや、ホワイトデーにラードとバターって! と、ツッコみたくなるところだが、舞ちゃんのバレンタインプレゼントが霜降り和牛だったのだから、コール&レスポンスとしては成立している【図2-3】。
この舞ちゃんがまたどうかしていて、好きになった相手にストーカー級にのめり込むタイプ。本当は少食でサッパリ系が好きなのに、保ヶ辺さんに好かれたいがために無理してカツ丼大盛りを頼んだりする。「食の好みって大事だし それがきっかけで付き合う人もいるくらいだし」という乙女心はわかるけど、面堂さんいわく「保ヶ辺さんに合わせられる女子はいないよ いても大食いアスリートだよ」。
それでもめげない舞ちゃんは、大食い、こってり系好きのふりを続け、バレンタインデーが来るたびに段ボールいっぱいのチョコかけおかきや業務用マヨネーズを花束のように束ねてプレゼント。「保ヶ辺さんのコレステロールと舞ちゃんの頭が心配」と面堂さんが言うとおり、この2人は「混ぜるな危険」かもしれない【図2-4】。
登場人物たちの料理に対する認識の差は大きいが、お互いツッコミは入れても否定はしない。「こってりでもサッパリでも胃袋は喜ぶから!!」と言う保ヶ辺さんのように、手間暇かけた料理もめんつゆ簡単料理もカップ麵もレトルトも、みんな違ってみんないい。その包容力が本作の美点である。
なかでもやはり保ヶ辺さんの食に対する愛は別格(料理に対しては十越さんが別格)。花見で面堂さんが作ってきたおにぎりをうまそうに食べる保ヶ辺さんを見て、嫉妬の炎を燃やす舞ちゃん。その視線を気にして「今だけちょっとまずそうに食べて」とささやく面堂さんに「なんでだよ!嫌だよ!メシに失礼だろ!!」と即答する保ヶ辺さんは、言葉の本当の意味でカッコいい。そりゃ舞ちゃんも惚れるわけだ。
実は作中で保ヶ辺さんがジムに通い始めていきなりやせるエピソードがある。入社当時のイケメンに戻って女子社員たちが色めき立つが、本人は意に介さない。しかし舞ちゃんは気が気でなく、「痩せた保ヶ辺さんは確かにカッコイイけど 私は中身を好きになったんです/だから太っててモテない方が都合がいいんです」と本音を吐露。幸い(?)ジム通いをやめた途端に元に戻ったが、キャラとしても太ってるほうが断然いい。
芸能人のデブキャラも、やせたら魅力がなくなることが多い。実在人物の場合は健康問題もあるが、デブにはデブのよさがあることを保ヶ辺さんが教えてくれる。