テッド・チャン「息吹」を彷彿とさせる(かもしれない)SF作品は『快楽天BEAST』から生まれていた—火鳥『快楽ヒストリエ』を信じよう

テッド・チャン「息吹」を彷彿とさせる(かもしれない)SF作品は『快楽天BEAST』から生まれていた—火鳥『快楽ヒストリエ』を信じよう

 先日発表された「ベストSF2020」の海外編、1位をテッド・チャンの短編集『息吹』が取りましたね(https://www.hayakawabooks.com/n/n30660c637145)。チャンという作家を知らないという方のために説明をしますと、グレッグ・イーガンと並び現代SF作家の最高峰と呼んで誰も文句を挟まないだろう、すっげえ人です。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』の原作「あなたの人生の物語」の作者としても知られています(というか、1〜2年に1本くらいのペースで短編しか発表しないという超寡作な人なので、デビューしてから30年経つのに、単行本は『あなたの人生の物語』と『息吹』の2冊しか出ていません)。

 『息吹』、実際良い作品集でして、特に表題作の「息吹」はとてもよい。筆者もいちおう『S-Fマガジン』にたまに記事書いたりすることがある程度にはSFファンなのですが、自分にとっての2021年時点での海外短編SFオールタイムベスト5を選べと言われたら、

・テッド・チャン「息吹」

・シオドア・スタージョン「孤独の円盤」

・ジョン・スラデック「教育用書籍の渡りに関する報告書」

・コニー・ウィリス「マーブル・アーチの風」

・ジョー・R・ランズデール「ババ・ホ・テップ(プレスリーVSミイラ男)」

という感じで間違いなく入れます(「プレスリーVSミイラ男」、タイトルだけ聞くとC級バカ映画みたいですが、「クソのような余生を送る老人が、尊厳を取り戻すために戦う」という激アツな話です。『ファンタズム』のドン・コスカレリ監督でほぼ忠実に映画化されてるのでそちらもあわせてぜひ見ていただきたい。クソバカかつ幻想的で感涙必至なラストシーンは『ゾンビコップ』のラストに匹敵します)。

 ……ここでちょっと愚痴はさみますけど、ウェブ上ではSFファンは妙に肩身が狭いというか、「アシモフ・クラーク・ハインラインの御三家といった古典から始めて◯冊読め」とか「SFはラノベなんかとは違う」とか言ったりするいけ好かない生き物のように言われがちですが、実際の所そういう人あんまいませんでホント。いやそういう人がゼロとは言わないんですけど、コミケの徹夜組みたいなもんで、「奴らは真のSFファンじゃない」みたいな切断処理をする気はありませんが、しかし界隈でも少数な存在ではあります。あと、つい最近もツイッター上で、「もっと小説を読んでくれ…。できればラノベではなく、もう少し文章の整ったものを…。〇〇とか〇〇とか、あるいは翻訳ミステリやSFもいいぞ」というツイートがややバズってたという事件がありまして、こういうのSFファンとしてはいい迷惑なんですよ。SFファンが「SFの文章は整ってる」とか思ってるわけないだろ! そういう人種なら『キャッチワールド』(注)とか絶賛しねえよ! 「アイデアは最高、構成と文章はゴミ」みたいなのを喜んでムシャムシャ食う、モルカーで言ったらテディみたいな奴らがSFファンですよ(言い過ぎた。「文章とかも整ってる、バランスの良い作品が普通に好きだよ……」という人も多くいます)。

(注:イギリスのSF作家、クリス・ボイス(1943〜1999)のデビュー作(1975年)。法華宗によって支配されており、その中枢である屋島の僧院は直接核攻撃を除く全ての攻撃に耐え、1万2千人の僧侶が住んでいて、あと法華宗の僧兵には殺人許可証が与えられているという未来の日本から、何か知らんが地球に攻撃してきたアルタイル星系へ向かって宇宙船「憂国」がカチコミかけにいくというメインストーリーに、ウィリアム・ギブスンやブルース・スターリングに5年以上先駆けた本格サイバーパンク要素を加え、さらに悪魔召喚とかブッシュマンとかも融合しているという、凄すぎとしか言えないSF。なお、凄さの代償として、訳者が原書を読むのを一度断念しかけたという話があるほどに「読みやすさ」等がすべて犠牲になっており、ポジションとしては沢田マンションとかシュヴァルの理想宮とかに近いです。Amazonレビューが星5だらけなのは生存者バイアスとしか言いようがない)

 無駄にエキサイトしてしまいましたが、そういうわけで今回は、その名作「息吹」を彷彿とさせる日本の漫画を紹介しましょう。火鳥『快楽ヒストリエ』です。

 本作の連載は2016〜18年の『COMIC快楽天BEAST』。同誌は名前で分かるとおりエロ漫画雑誌ですが、本作にR-18要素はありません。そう、本作は、古賀亮一『ゲノム』やG=ヒコロウ『みんなはどぅ?メガキューブ』、すがわらくにゆき『おれさま!ギニャーズ!!』などといった傑作を生んできた「エロ漫画雑誌に載ってるエロくない作品」枠の新星なのです。

 内容について紹介していきましょう。本作は一話完結の歴史漫画です。取り上げる題材は、神話時代から未来まで、日本の話もあれば欧米の話もありとバラエティーに富んでいます。一点、他の歴史漫画と違うのは、すべての話にエロ漫画が絡んでいること。例えば、日本神話におけるイワナガヒメや、『創世記』における「禁断の果実」はエロ漫画のことであったとされます。作中で自ら「聖書の記述と矛盾しない」と書かれているように、見事な解釈です。

『快楽ヒストリエ』1巻14ページ、133ページより

 『三国志』の序盤で黄巾賊が掲げた「黄天當立(黄天まさに立つべし)」のスローガンは「紙が黄色くなるほど快楽天ビーストを読んで當におちんちんが立とうとしている」という意味だと解釈されますし、パイオニア10号に載せられた金属板も、宇宙の友人へ送ったエロ漫画だと解釈されます。

『快楽ヒストリエ』2巻14ページ、122ページより

 ナスカの地上絵とエロ漫画の関係性についても、「『痴情絵』って言いたいだけだろ!」と思わせつつ、説得力のある(?)考証も付け加えています。

『快楽ヒストリエ』2巻126ページより。『キン肉マン』では地上絵の一つが水洗便所で用を足すシーンだと解釈されてたし、日本の漫画界、古代アンデス文明の人たちに殴られても文句が言えない気がしてきました

 そして、連載時の最終話である、2巻に収録の「望郷編」。これがなんと、概ね「息吹」です。マジで。これに関しては実際に読んで確認していただきたいということで詳述は避けますが、「息吹」の主人公がラストで語りかけるメッセージと、本作「望郷編」最後のコマでのメッセージ、言ってることはだいたい同じなんですよ。エロ漫画雑誌のギャグ枠がこれだけ豊富なものを生み出したという事実は奇跡です。それに匹敵するものがあるとしたら、SFをはじめとした様々なジャンルが同様に豊富なものを生み出したという奇跡くらいなものでしょう。

 「息吹」を読んで感動したという方、騙されたと思って『快楽ヒストリエ』を最後まで読んでみてください。わたしにはそう伝える権利があると思う。

 信じよう。

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