みなさんはラブコメマンガは好きでしょうか。私は学生時代はあまり好きではなく、いや、本当は好きなくせにジャンプの話をしてて『I’s』の話になっても「ああ、そんなのもやってたね」とか興味ない風を装ったりしてましたが、今となっては火曜10時に『僕ヤバ』更新がある時は仕事の予定をそれに合わせて調整して、9時59分になったらトイレの個室に入って最新話を読み悶絶したりしているラブコメ好きの悪い大人になりました。そう、大人になってしまったのです……。ラブコメマンガの登場人物を現在の自分と重ね合わせるにはだいぶ無理があり、せいぜい過去の経験としか結び付けられない(しかも結び付けるほどの経験もたいして無い)ため、第三者として俯瞰で見るのが基本スタンスとなった年齢になってしまいました。『僕ヤバ』の市川京太郎に対して、「市川は俺だ! 俺なんだ!」とナランチャになることができず、「早く山田に告白しろ! 抱けえっ! 抱けっ! 抱けーっ! 抱けーっ!」とノスタル爺になってしまうのです。市川と山田には幸せになってほしい……(参照:ラブコメ未満からついにラブコメへと至った『僕の心のヤバイやつ』3巻)。
人は年齢を重ねていくものです。キラキラした10代から20代、30代となっていくにつれて、一般的な恋愛マンガの主戦場がどんどん遠くなっていきます。40代やそれ以上のための恋愛マンガは無いのでしょうか。いいえ、あります。ずっと前からあります。それが『黄昏流星群』なのです。
『黄昏流星群』がどんなマンガなのかというのは、単行本1巻の冒頭から明確に提示されていますので、それを引用させていただきます。
四十歳を越え多くの大人達は、
死ぬまでにもう一度、
燃えるような恋をしてみたいと考える。
それはあたかも黄昏の空に飛びこんでくる流星のように、
最後の輝きとなるかもしれない。
この熱い気持ちを胸に秘めつつ、
落ち着かない日々を送る大人達を
我々は……
黄昏流星群と呼ぶ―――
(『黄昏流星群』1巻5ページより)
1巻冒頭から40代以上の中高年向け恋愛マンガであると作品テーマが提示されており、そこから1mmもブレずに単行本にして64巻(2021年7月現在。8月30日に65巻発売予定)、連載期間にして26年も続いているのは本当に凄いことです。作者の弘兼憲史先生は『島耕作』シリーズがあまりに有名ですが、1995年からずっと26年も連載が続いている本作も、もう1つの代表作と言っていいはずです。しかし、掲載誌が小学館のビッグコミックオリジナルという「オヤジ雑誌」なこともあり、残念ながらその知名度は島耕作シリーズほどではなく、そもそも作品の存在を知らなかったり、知っていても読む機会が無かったり読まず嫌いしている人も多いのではないでしょうか。そんな方のために、『黄昏流星群』という作品の面白さをプレゼンさせていただきたいと思います。
1.『黄昏流星群』の作品構造について
まず最初に『黄昏流星群』という作品の構造についてですが、短いものはわずか1話から3話程度、長いものでも単行本1冊分の9話で終わるオムニバスストーリー(なお、Wikipediaには「最大10数話、最小2話」という誤った情報が書かれていたため修正しました)となっており、単行本1冊で必ず物語が全て完結するように収録回を調整してあるため、どの巻からでも気軽に読むことができるようになっています。そのため、ちょっとした暇潰しにちょうど良いのか、病院の待合席やラーメン屋やスーパー銭湯などの中高年がたむろしそうな場所によく置かれています。仕事で田舎に行った時に適当に入った国道沿いのラーメン屋で、注文をしてからたまたま手にしたコンビニ版コミックスがラーメン屋が舞台の回(3巻収録「星より秘かに」、14巻収録「煮星メンのかほり」)で、期せずして最高のロケーションで読めたのは貴重な経験でしたね。余談ですが、傀と呼ばれる謎の最強雀士に敗北する者たちを描いた近代麻雀の現役最長連載作であるオムニバス麻雀マンガ『むこうぶち』は、必ず単行本を跨いで次の巻に話が続くという『黄昏流星群』とは逆の方式になっています。出版社の方針なのか作者の方針なのかは分かりませんが、同じオムニバス作品なのに全く真逆の構成にしているというのは興味深いものですね。
2.『黄昏流星群』登場人物の年齢がすごい!
次に黄昏流星群の内容についてですが、この世に数多ある若者の恋愛を描いた人気ラブコメマンガとは一線を画しており、先程述べた通りに主人公もその恋愛相手も50代以上のことが多いです。主人公の男女比はおよそ2:1で、主人公およびその恋愛相手の最年少は15歳、最年長は85歳(※13巻収録「六芒星奇譚」柿沼村の妖女・中村ゆかり:推定年齢1200歳は例外としておきます)で、平均年齢は男性は57歳、女性は48歳となっています。なお、作中では正確な年齢が不明なままのキャラも居るため、あくまで私が分かる範囲で独自に集計したデータではあることはご承知おきください。弘兼憲史先生の画業40周年+『黄昏流星群』連載20周年の時に、単行本1巻から最新50巻までのセット購入者への全員プレゼントとして「熟女オール下着トランプ」が作られたそうですが、登場した熟女の名前や年齢が書かれていたそうですので、そのトランプを入手できればより正確なデータが取れるかもしれません。
(参考記事:『黄昏流星群』全巻購入者に熟女だらけトランプ進呈!先着で複製原画も – コミックナタリー)
そんな中高年が繰り広げるオムニバス恋愛マンガということで、「中高年向け『BOYS BE…』」とでも覚えてくれればその作風が分かりやすいのではないでしょうか。
『黄昏流星群』最年少ヒロイン・水森美生15歳。さすがに15歳と性行為はマズイので、手も触れない純愛物語でした。
3.『黄昏流星群』登場人物の関係性がすごい!
一般的な恋愛マンガが「学生」という枠に囚われがちな中で、主人公の年齢を大きく上げたことでその枠からは抜け出して自由度は広がっているように思えますが、今度は逆に「不倫」という行為が頻繁に登場するのも『黄昏流星群』の特徴です。年齢的に既婚率も高く、どちらかが既婚の場合はそこから恋愛関係になったらどうしても不倫は免れることが出来ませんからね……。それはもう、息をするように不倫不倫アンド不倫。とはいえ、主人公やその恋愛相手がどちらも配偶者と死別していたりバツイチだったりすることで不倫ではないケースも意外と多く、それは60代や70代になるとなおのこと。そのため調査前の印象よりも不倫率は低く、作品全体の不倫登場率はおよそ40%(※筆者調べ)となっています。
また、現在および過去に対象の父や母と行為をしている「親子丼」など、自分や恋愛相手の近親者とも関係がある・あったという「◯◯丼」も多数あります。母娘丼(54巻収録「虚星の真実」)、父子丼(3巻収録「星よりの使者」、22巻収録「星の遺産」)、兄弟丼(46巻収録「白色矮星のあなた」、61巻収録「星クズの町」)、姉妹丼(63巻収録「夢の星空」)と、ちょっとした定食屋を凌ぐ丼モノの品揃えです。
その中から私がピックアップしたい丼モノは、18巻収録「邂逅する惑星」です。飛行機事故によって実感の無いままに突然夫を亡くした若い未亡人の話なのですが、事故の15年後にメル友のワイン仲間と出会ったら、なんと夫に瓜二つだったのです。事故を利用して行方をくらませていたか記憶喪失にでもなっているのではないかと疑う(臀部の痣を確かめるために性行為もしてしまう)のですが、実は亡夫は養護施設育ちで一度も会ったことが無い生き別れの双子が居たため、同じ顔ながら全く別の人生を歩んでいた男が居たということでした。結果的には兄弟丼(双子丼)となってしまったわけですね。この話をワインに喩えて物語を締めるのが実に美しいのです。
おそらくはこの言葉から逆算して物語を作り上げたのでしょう。このように、『黄昏流星群』は物語を美しく締めてくれるため、とにかく読後感の良さが印象的です。
なお、近親相姦については「過去にされてトラウマになった」などがあるくらいで、現在進行形で使われることは無いあたりは、ハッピーエンドを基本とする『黄昏流星群』的にも禁忌(タブー)になっているようです。
4.『黄昏流星群』は物語のバリエーションの広さがすごい!
一般的な現代の中高年男女の恋愛話だけではなく、時代劇あり、時事ネタあり、近未来SFあり、ホラーありと、とにかく多種多様な物語が作られています。他にもCHAGE and ASKAの元メンバーで現在はソロで活動しているASKA氏の「C-46星雲」という楽曲にインスパイアされた話(39巻収録「C-46星雲」)があったり、マルチエンディング方式(33巻収録「流星メール劇場」)にも挑戦していたりと、とにかく物語のバリエーションの広さがエグいです。単行本が64巻も出ているのに、読んでも読んでも飽きることがないというのはシンプルにすごいことだと思います。
近未来SF要素については、高齢化が進んだ近未来の日本で役割を失った老人が安楽死できる薬をめぐる話(12巻収録「死滅する星」)の舞台が「1999年に描いた、2017年という近未来」になっていたことで、それを現在の2021年という、作中設定と比較したらさらなる未来に読むことでアンバランスさが生じているのは興味深かったですね。時計型電話はともかくイヤホンが有線なのかよ!とか、新幹線型山手線!とか。
時事ネタについては、最近ものでは老人がボケ防止に始めたポケモンGOならぬ「妖精キャッチャー」というスマホゲームにハマる話(57巻収録「妖星奇譚」)の他に、63巻以降ではコロナ禍も描写されています。2021年2月に「相談役 島耕作」の主人公・島耕作が新型コロナウイルスに感染したことは大きな話題になりましたが、島耕作に先んじて2020年9-10月掲載の話(64巻収録「同星ハウス」)では主人公やその恋愛相手が新型コロナウイルスに感染してPCR検査で陽性が出ています。
(64巻収録「同星ハウス」180ページより)
また、先程登場人物の年齢の話をした時に、13巻収録「六芒星奇譚」に登場する柿沼村の妖女(推定年齢1200歳)についてはサラッと流してしまいましたが、このような現実では存在しないであろうと思われる人智を超えたオカルト要素も多数登場します。タイムスリップなんて何度も起きている(15巻収録「我が愛しの剣星」、23巻収録「星界哀歌」、44巻収録「冬の金星」、46巻収録「未来の星」)ため作中ではメジャーなオカルト現象と言える方で、他にも超能力者・天使・幽霊・サンタクロース・生き霊・死に神・守護霊・五里霧・幽体離脱・悪魔・神様・悪霊・夢魔(インキュバス)・描いたマンガが実体化、雪女、アンドロイド、弥勒菩薩、口裂け女、などなど。そして、これだけ物語を作りながらキャラクターの再登場はほとんどありません。例外は、40巻収録「天使に星の砂」 、44巻収録「冬の金星」、64巻収録「星寂の街」の3本に登場したおっさん天使コンビくらいでしょうか。
ちなみに、これはキャラクターの再登場とは少し違いますが、男性キャラは名前の最後の文字が「介」(合計19人)や「平」(合計9人)である確率が少し高いです。弘兼憲史先生のネーミングのクセなのかもしれません。もし『黄昏流星群』の二次創作をしようと思っている方が居る場合はこれを意識すると、より「『黄昏流星群』っぽく」なるかもしれませんね。
また、これはキャラクターではなく舞台の再登場ですが、作中にファミレスが登場する場合はJonathan’sをもじった「yonathan’s」や、Denny’sをもじった「Renny’s」「Jonney’s」「Jonny’s」であることが多いです。どちらも都心部に店舗が多いイメージのあるファミレスですね。サイゼリヤやガストの方が日本国内の店舗数は多く、価格帯もやや庶民的で若者にも馴染み深い印象ですが、それらはほとんど登場しない(「GESTO」が1回だけ登場)あたりは、ある意味では中高年向けのリアルなのかもしれません。
5.『黄昏流星群』は男女の恋愛だけに留まっていないのもすごい!
一般的によくある男女の恋愛だけではなく、性的マイノリティである同性愛者をテーマにしている回も多数あるのも特徴です。そう、恋愛というのは男と女の間にだけ発生するのものではないのです。53歳にして初めて自分がゲイだと目覚めた男のそこから激変する人生を描いた話(9巻収録「ソドムの星」)や、レズビアンカップルが子供を欲しがることで関係性が変化してしまう話(41巻収録「星子(せいし)のロンド」)、偽装結婚したゲイとレズビアンの夫婦が隣に越してきた夫婦と4人で特殊な関係に収まる話(47巻収録「未来予想図 星団」)、レズビアンの女性がトランスジェンダーのため身体は男だけど精神的にはレズビアンな男性と結ばれる話(57巻収録「テストステロン星団」)、元数学者の老人が異世代ホームシェアで同居することになった男子大学生に惹きつけられてしまう話(64巻収録「同星ハウス」)など、物語の種類と同じく恋愛の形も多種多様です。
そんな様々な恋愛の形の中から私がピックアップしたいのは、同棲しているダッチワイフのリカを真剣に愛している男の話(54巻収録「星田一夫さんの幸福」)です。男とか女とかそういう枠に収まらず、ダッチワイフとの恋愛物語だってあるのです! 木製のデッサン人形で性行為の体位を示した本に性癖を受け付けられた男女の話(42巻収録「性星活の知恵」)はありましたが、それはあくまでデッサン人形と性行為をする妄想をしていただけなのに、こちらはとうとうダッチワイフそのものとの恋愛ですからね。
この星田一夫さん、この後に末期ガンであることが発覚するわ、突然お見舞いで部屋に訪れた社長と同僚にダッチワイフと同棲していることをからかわれるわ、傷心で海辺へドライブに出掛けたらオヤジ狩りされるわ、そのついでにリカを燃やされてしまうわと、散々な目に遭ってしまいます。
愛するリカを失って生きる気力を無くした星田一夫さんのために、社長と同僚が尽力して、人生の最後にある「幸福」を得るのですが、その結末が美しく、これぞまさに「魂の救済」といった趣です。黄昏流星群は、様々な設定の向こう側に名作がよりどりみどりですので、ぜひ読んでみてください。
6.『黄昏流星群』はハッピーエンド率の高さがすごい!
『黄昏流星群』の圧倒的なハッピーエンド率も大きな特徴ですので書き残しておきたいです。これだけ様々な物語がありながら、怪談モノなど以外はほとんどがハッピーエンドで締められています。中には別離や死亡という形で終わるようなものもありますが、別れてそれぞれの道を歩むことがそういう形の幸せであったり、肉体的には死亡しても魂は救済されていたりと、とにかく徹底的に読者のストレスを除外して円満に終わる物語ばかりになっています。
私が一番好きなハッピーエンドは、53巻収録「星の流れのように」です。喫茶店の女性店員が常連で元映画監督の老人に惹かれる話なのですが、なんだかんだでその老人が実は自分の母親とも昔関係があって、もしかしたら自分の父親かもしれないけど、それはそれとして後見人になって死に水を取ることになります。この老人は85歳という黄昏流星群恋愛相手の最年長記録でもあり、自分の娘かもしれない若い女性と幸せな余生を過ごせるというだけでもう充分過ぎるほどハッピーエンドだろうに、ここで最後に何の伏線も無く突然、映画好きの石油王が物語に乱入します。
老人が大昔撮ってた映画を大層気に入って金に糸目をつけずに権利を買い取ってくれるという、わずかラスト3ページで怒涛の急展開&過剰な追いハッピーが舞い込みます。オーバーキルならぬオーバーハッピー! この都合の良さこそが『黄昏流星群』の真骨頂! 物語終盤での急展開ハッピーには、他にも「行方不明だった夫の保険金が」「父の手紙に貼ってあった切手に希少価値が」などで大金が転がり込むパターンの他に、「NK細胞のおかげでガンが治った」などもあります。幸せって良いものですね。
7.『黄昏流星群』唯一のデメリット
これだけ多種多様な恋愛物語を楽しめる素晴らしい作品なのですが、その作品構造上、重大なデメリットとして紹介せざるを得ない点もあります。それは、わりと高い確率で中高年の性行為が描写されることです。一般的な恋愛マンガだったら、若い男女の性行為やそれに類するシーンが描写されるのは、読者の目を引く大きなメリットとなっていることでしょう。物語に多少強引にでも挿入されるお色気描写のことを「サービスシーン」と呼ぶくらいですからね。しかし、黄昏流星群ではそうはいきません。登場人物が中高年どころか老人・老婆と言ってもいい年齢であることも多く、そんな自分の両親やそれ以上の年齢である老人の全裸や性行為が描かれているのを読むのはなかなかの苦痛と言ってもいいでしょう。これは玉に瑕どころか玉に致命傷、ドタマにヘッドショットと言ったところかもしれません。それだけでもう「そんな漫画は読みたくない」と拒絶する人が居てもおかしくないですし、正直そんな人にあまり強く勧められません。しかし、「子供しかるな 来た道だもの 年寄り笑うな ゆく道だもの」という言葉もある通りに、人間は誰もが年齢を重ねて子供から年寄りへとなって行くものです。中高年も、老人も、いつか必ず自分がその立場になるものなのです。自分が中高年になってから、「自分と同年代」である中高年の恋愛というものに耐性をつけようとして慌てて読み始めるよりは、中高年の一歩手前の段階から読んで心の準備をしておくのも良いのではないでしょうか。まぁそんな勧められ方をしたところで、まだ若い方にとっては「ナンノブマイビジネス」(自分にとっては関係の無いこと、という意味)(夜に影を探すようなもの、という意味ではない)かもしれませんが……。