最近SNSでも話題になる「編集」さんとの「打ち合わせ」とはどのようなものなのか

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年も離れた異性の、しかも畑違いの新米編集者に戸惑う中堅(崖っぷち)漫画家の話です。電子化、脱出版化の過渡期である今だからこそな漫画ですね。

既存の慣習に問題提起をしながらも、人それぞれの思いと取り組み方があるというのを、ユルくではありますがじっくり描かれています。ただ感動させるだけで終わらず必ず笑いを混ぜてくるので読みやすいです。ただし打ち切りを告げられる話はやはり読んでてつらい気持ちにさせられます……

青木U平青木U平先生の作品は「酩酊!怪獣酒場酩酊!怪獣酒場」しか
読んだことがなかったので
マンガに、編集って必要ですか?マンガに、編集って必要ですか?
を読んで随分と驚いた。
ああ、こういう漫画も描く先生なんだ、と。
ユル系というのか雰囲気漫画というのか、
この漫画独特の時間の流れに包まれて
ごく自然に自分の思考も流されていっていまう。
ただ流水に流されているというのではなく、
時々、なにかがコツンコツンとぶつかったり、
水温が急に変わったりもする。
けして快感だけを感じる流れではないし、
流れて流されて心が洗われるというわけでもない。
けれどもなんだか、こういう流れは嫌いではない。
また読んで、流されてみたくなる。

私は「フリンジマンフリンジマン」しか読んでいませんでしたが、まったく毛色が違いますね。
仕事にかかわる色んな人とのコミュニケーションコミュニケーションの中で、感情を搔き立てられたり、新しい考えが浮かんだりする。それらを物語の大部分を占めるモノローグによって一人称で展開されていくので、ときどき会話が予想外の方向に転がっていくのが面白い。
気づいたらがっつり感情移入させられていて、そしてまんまとミスリードされてる(笑)

漫画って主観と客観のバランス取りが難しいと思うんです。
ある程度は作者に「主観的過ぎて」飛びぬけているものがあって
普通じゃなくて驚く部分がないと作品はつまらない。
かといってあまりにも「主観的過ぎて」だと、
なんだよこれ、わけわかんねーよ、となって
読者に受け入れられない。
そこらへんを編集の方が適度に客観的に修正して
万人に受け入れられる作品に仕上げる。
これが、少し前までの漫画編集のスタイルだったのでは
ないかと思ったりしています。
その逆もあるかもしれませんが。
その上で現実には、作者と編集者、主観と客観、
それぞれの定義すらが場合によっては
180度違ったりする場合もあるような感じもします。
さらに「面白い」と「売れる」とが一致するとも限らない。
面白い漫画、もしくは売れる漫画を作る作業ってのは
大変なんでしょうね。
だったらとにかくその大変さを漫画にしてやろう、
っていう漫画なのかな、とも感じました。

漫画って主観と客観のバランス取りが難しいと思うんです。 ある程度は作者に「主観的過ぎて」飛びぬけているものがあって 普通じゃなくて驚く部分がないと作品はつまらない。 かといってあまりにも「主観的過ぎて」だと、 なんだよこれ、わけわかんねーよ、となって 読者に受け入れられない。 そこらへんを編集の方が適度に客観的に修正して 万人に受け入れられる作品に仕上げる。 これが、少し前までの漫画編集のスタイルだったのでは ないかと思ったりしています。 その逆もあるかもしれませんが。 その上で現実には、作者と編集者、主観と客観、 それぞれの定義すらが場合によっては 180度違ったりする場合もあるような感じもします。 さらに「面白い」と「売れる」とが一致するとも限らない。 面白い漫画、もしくは売れる漫画を作る作業ってのは 大変なんでしょうね。 だったらとにかくその大変さを漫画にしてやろう、 っていう漫画なのかな、とも感じました。

漫画って主観と客観のバランス取りが難しいと思うんです。 ある程度は作者に「主観的過ぎて」飛びぬけているものがあって 普通じゃなくて驚く部分がないと作品はつまらない。 かといってあまりにも「主観的過ぎて」だと、 なんだよこれ、わけわかんねーよ、となって 読者に受け入れられない。 そこらへんを編集の方が適度に客観的に修正して 万人に受け入れられる作品に仕上げる。 これが、少し前までの漫画編集のスタイルだったのでは ないかと思ったりしています。 その逆もあるかもしれませんが。 その上で現実には、作者と編集者、主観と客観、 それぞれの定義すらが場合によっては 180度違ったりする場合もあるような感じもします。 さらに「面白い」と「売れる」とが一致するとも限らない。 面白い漫画、もしくは売れる漫画を作る作業ってのは 大変なんでしょうね。 だったらとにかくその大変さを漫画にしてやろう、 っていう漫画なのかな、とも感じました。

@名無し

本当に私もそう思います。主観と客観のバランス取り難しい…。
若くて勢いがある作家は「主観的すぎる」部分が飛び抜けてて、編集さんがうまいこと舵取りすれば売れる、重版、に繋がった気がします。
でもこれも少し前までの話。
今は若い段階で、ネットなど他と比べて売れそうなものを考える機会が多い。
「面白い」自体も、100年山に篭って人と全く違う古文を読んでた、なんて人はそうそう出てこないから浅い。(もちろん作家なので追々深く調べれば「面白さ」も「驚き」も作れます)
編集なしで作者⇄読者でもいいんじゃないか。
作者の客観と編集の客観が同一じゃない不満を持ったまま作品を作らなくてもいいかもしれない。
その他色々…。編集って必要なのか…?自分自身何回も考えました。
大変だと思います。少なくてもヒト二人分は意見があって必ず対立する、もしくは同調する。
マンガに編集って必要なのか私もわからんのですが、この漫画は今必要と思いました。作者目線、編集者目線、どちらも共感できます。いや、共感したいんですよね〜。

SNS等の発達で、旧来の読者アンケート等による
読者の作品批評以外の作品評価の手段は生まれつつある。
けれども、生の意見がダイレクトに受発信されるように
なったからといって、それが正しい評価だとは限らない。
今更に「声なき声が聞こえる」などと言うつもりもないが
多数意見や熱意の高い意見が正解だとは限らないのだから。
一つの漫画に対して正しく批評し改善点を指摘する意見は
必ず生まれて発信されるとは限らない。
だからこそフィルターを通すことの意味が重要なのだと思う。
結局は少数意見や伝達力に劣る意見の中からも
有益な意見を汲み取る能力が必要となる。
ただ、そのフィルター機能が必ずしも編集者である必要はない。
創作者である作家が編集者機能をも兼ね備えていることもありえる。
ただ、常識的に考えれば創作活動でイッパイイッパイの作者に
編集能力の発揮まで求めるのは難しい。
そういう意味で、今しばらくは現代的なSNSなどを
うまく活用したうえで作家に対する的確なアドバイスを
出来る能力のある編集者が必要とされる状況は
ここ数年は続くのではないだろうか。

本当に私もそう思います。主観と客観のバランス取り難しい…。 若くて勢いがある作家は「主観的すぎる」部分が飛び抜けてて、編集さんがうまいこと舵取りすれば売れる、重版、に繋がった気がします。 でもこれも少し前までの話。 今は若い段階で、ネットなど他と比べて売れそうなものを考える機会が多い。 「面白い」自体も、100年山に篭って人と全く違う古文を読んでた、なんて人はそうそう出てこないから浅い。(もちろん作家なので追々深く調べれば「面白さ」も「驚き」も作れます) 編集なしで作者⇄読者でもいいんじゃないか。 作者の客観と編集の客観が同一じゃない不満を持ったまま作品を作らなくてもいいかもしれない。 その他色々…。編集って必要なのか…?自分自身何回も考えました。 大変だと思います。少なくてもヒト二人分は意見があって必ず対立する、もしくは同調する。 マンガに編集って必要なのか私もわからんのですが、この漫画は今必要と思いました。作者目線、編集者目線、どちらも共感できます。いや、共感したいんですよね〜。

本当に私もそう思います。主観と客観のバランス取り難しい…。 若くて勢いがある作家は「主観的すぎる」部分が飛び抜けてて、編集さんがうまいこと舵取りすれば売れる、重版、に繋がった気がします。 でもこれも少し前までの話。 今は若い段階で、ネットなど他と比べて売れそうなものを考える機会が多い。 「面白い」自体も、100年山に篭って人と全く違う古文を読んでた、なんて人はそうそう出てこないから浅い。(もちろん作家なので追々深く調べれば「面白さ」も「驚き」も作れます) 編集なしで作者⇄読者でもいいんじゃないか。 作者の客観と編集の客観が同一じゃない不満を持ったまま作品を作らなくてもいいかもしれない。 その他色々…。編集って必要なのか…?自分自身何回も考えました。 大変だと思います。少なくてもヒト二人分は意見があって必ず対立する、もしくは同調する。 マンガに編集って必要なのか私もわからんのですが、この漫画は今必要と思いました。作者目線、編集者目線、どちらも共感できます。いや、共感したいんですよね〜。

@名無し

>>作者の客観と編集の客観が同一じゃない不満を持ったまま作品を作らなくてもいいかもしれない。
重い意見ですね。
その不満を読者にゆだねるわけにもならないわけですし。

SNS等の発達で、旧来の読者アンケート等による 読者の作品批評以外の作品評価の手段は生まれつつある。 けれども、生の意見がダイレクトに受発信されるように なったからといって、それが正しい評価だとは限らない。 今更に「声なき声が聞こえる」などと言うつもりもないが 多数意見や熱意の高い意見が正解だとは限らないのだから。 一つの漫画に対して正しく批評し改善点を指摘する意見は 必ず生まれて発信されるとは限らない。 だからこそフィルターを通すことの意味が重要なのだと思う。 結局は少数意見や伝達力に劣る意見の中からも 有益な意見を汲み取る能力が必要となる。 ただ、そのフィルター機能が必ずしも編集者である必要はない。 創作者である作家が編集者機能をも兼ね備えていることもありえる。 ただ、常識的に考えれば創作活動でイッパイイッパイの作者に 編集能力の発揮まで求めるのは難しい。 そういう意味で、今しばらくは現代的なSNSなどを うまく活用したうえで作家に対する的確なアドバイスを 出来る能力のある編集者が必要とされる状況は ここ数年は続くのではないだろうか。

SNS等の発達で、旧来の読者アンケート等による 読者の作品批評以外の作品評価の手段は生まれつつある。 けれども、生の意見がダイレクトに受発信されるように なったからといって、それが正しい評価だとは限らない。 今更に「声なき声が聞こえる」などと言うつもりもないが 多数意見や熱意の高い意見が正解だとは限らないのだから。 一つの漫画に対して正しく批評し改善点を指摘する意見は 必ず生まれて発信されるとは限らない。 だからこそフィルターを通すことの意味が重要なのだと思う。 結局は少数意見や伝達力に劣る意見の中からも 有益な意見を汲み取る能力が必要となる。 ただ、そのフィルター機能が必ずしも編集者である必要はない。 創作者である作家が編集者機能をも兼ね備えていることもありえる。 ただ、常識的に考えれば創作活動でイッパイイッパイの作者に 編集能力の発揮まで求めるのは難しい。 そういう意味で、今しばらくは現代的なSNSなどを うまく活用したうえで作家に対する的確なアドバイスを 出来る能力のある編集者が必要とされる状況は ここ数年は続くのではないだろうか。

@名無し

わかります。いきなり編集はいらない!とはならないですね。
多数意見が正解とは限らないという考えにも同意です。
自分で制作して自分で売ってらっしゃる漫画家もいますが漫画製作者全員がそれをできるとも思えません。
SNSの活用もうまくいけば作者のモチベーションになりますが、うまく行かなかったら作品にモロ影響出そうですね。想像でしかないですが。
SNSを全くみない作者もいると思います。
編集って必要なのか必要じゃないのかもこれだけ考えられますし、じゃあどんな編集が必要なのかにフォーカスフォーカスずらして考えてもめちゃくちゃ多数の意見出てくると思いました。

>>作者の客観と編集の客観が同一じゃない不満を持ったまま作品を作らなくてもいいかもしれない。 重い意見ですね。 その不満を読者にゆだねるわけにもならないわけですし。

>>作者の客観と編集の客観が同一じゃない不満を持ったまま作品を作らなくてもいいかもしれない。 重い意見ですね。 その不満を読者にゆだねるわけにもならないわけですし。

@名無し

自分で言ってて重い意見かも、ってなってますw
捉え方によっては個人のワガママだろって言われるかもしれませんが;

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