ホームメイド・スイートホーム

小さな島を舞台にした掴みどころのない2人の恋模様 #1巻応援

ホームメイド・スイートホーム 中村ユキチ
sogor25
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小さな島の役所で働く穂高大志、44歳。一級建築士でありながら現在は土木課に勤務しており、一人暮らしの家事も完璧にこなす。どうも過去に何か秘密があり、建築事務所を辞めたのにも理由がありそうなんだけど、淡白な振る舞いからあまり考えの底が見えない人物。 そして突然孤島に現れた女性、嶋燈子、28歳無職。私有地にテントを張って居座り、「ここに家を1人で1から建てる」と嘯く。どうやらそのために会社も辞めてきたらしいけど、貯金自体はしっかりとあり、冗談で言っているわけではない様子。 という全然違う意味で掴みどころのない2人が出会い、燈子の"家を建てる"という目的のために距離感を近づけたり遠ざけたりしながら進んでいくラブストーリー。 端から見れば掴みどころのないキャラクターの2人なのに、物語が進むごとにモノローグでお互いの心の中が描写されて、何を考えているのか、過去にどういう秘密があったのかが徐々に明かされていく感じが新鮮で面白い。今のところは奔放な燈子に当てられてなのか穂高のほうが心を徐々に開いていっている感じがあるのだけど、1巻の終わり方を見るとまだまだ大きく物語が動いていきそうであり、また穂高・燈子それぞれの過去について完全に明かされたわけではないので、ここからどう進んでいくのか楽しみな作品。 1巻まで読了

魔女先輩日報

甘酸っぱいだけでは終わらない"魔女先輩"との恋愛物語 #1巻応援

魔女先輩日報 餅田まか
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どこにでもある普通の会社に勤めるOL・星野は実は魔女。といっても、物を魔法で動かしたりほうきで空を飛んだりする以外は普通に会社で仕事をする普通のOL。そんな彼女と、彼女の後輩・美園とのほんわかラブコメディ。 …というのが試し読みを読んだ印象だったのですが、続きを読んでみると少しだけ印象が変わってきます。作品の世界は魔女が人間社会の中で共存しているのですが、どうも身の回りに"普通に"いるというわけではないようで、魔女に対してちょっとした偏見をもっている人もいる様子。そのうえ静はちょっと気が弱くて他人の押しに流されやすく、それによって苦労していることも多々あり。なのでラブコメ的には意外とビターな展開も多く、でもだからこそ魔女がいるというちょっと不思議な世界観を純然なファンタジーではなく"この世界のどこかで実際に起こってそうな物語"という感じで受け取れる気がします。 1話のページ数が短くてちょっとTwitterマンガっぽい雰囲気がありますが、それを理由に試し読みだけで見切ってしまうにはもったいない、酸いも甘いも織り込んだ物語です。 1巻まで読了

落園の美女と野獣

異なる呪いに囚われた美女と野獣のファンタジー #1巻応援

落園の美女と野獣 由貴香織里
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美しい女性をさらって殺してしまうと野獣が出るという言い伝えのある森に禁を破って入ってしまった少女・ベル。ただの御伽噺だと訝しむベルだったが、目の前に本当に野獣が現れ、ベルを追って森に入ってきた母親をさらって行ってしまう。数年後、ベルの目の前に再び野獣が現れたことから物語が動き出す。 二度野獣と対峙することになるベルであったが、一度目の遭遇の後に伴侶を亡くした父親に監禁され、人の目にに触れない生活を送ることになる。元々自分が特異な髪の色をもって生まれたことを気にかけていたベルが、最愛の母親を失い、父親からも自身の過失を咎められたことにより、快活だった性格が見る影もなくなってしまう。特に母親がベルから野獣の目を逸らせるために言った「この子は美しくない」という言葉が呪いとなってベルの心に刺さってしまっている。一方、ストーリーが進んでいくと、野獣・キリルは実は城の王子で従者もろとも何かしらの呪いを受けて異形の姿になったことが示唆される。この"呪い"の掛かった両者が再び相まみえることで新たな化学反応を生み出していくファンタジー。 1巻まで読了

アニウッド大通り

アニメ屋父ちゃんと家族の80年代

アニウッド大通り 記伊孝
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

Dr.スランプにうる星やつら(1981年)、マクロス(82年)、キャプテン翼やクリーミィマミ(83年)、そして風の谷のナウシカは84年……僕らが夢中になった80年代の、あの時のアニメ。 今になって気付くのは、それらを創っていたのは、実は誰かの「父ちゃん」だった、ということです。 アニメ屋の「父ちゃん」がいる日常って、どんなだろう……。そんな興味を漫画にしたのが、この『アニウッド大通り』です。 ★★★★★ 主人公の父は、TVアニメの演出家(監督)。かつてガンダムの名作回に関わり、今では有名作品を手掛ける父は、あまり家に帰らないけれど、家では子煩悩で愛妻家。子供と自作のゲームで遊び、TVを楽しみ、普通の父親が教えないようなことを教えてくれます。 そんな父を持つ主人公の小五男子は、みんなとバカをやりながら、ノートに次々と漫画を描く日々。そして父の仕事を見て、アニメや映画への憧れを持つようになります。 友達との遊びや二年生の妹との毎日は、懐かしい80年代の団地の風景。しかし妹は物凄く絵が上手かったり、父譲りの壮大な制作を兄妹で行ったりと、普通とはやはり、ちょっと違う。 こんな風に未来のクリエイターは生まれるのかな……と、ちょっと羨ましくもあり。 主人公の日々には、今までにない出会いがある一方、周囲に少しの変化があり、おバカ男子ではいられない寂しさが次第に訪れます。 時を同じくして父も、作家性が世間に受け入れられず、干されるように。「映画」に思い入れがある彼は、「巨匠が投げ出した映画作品」の代役を提示され、心が揺れます。そして……。 ★★★★★ よくよく見ていると、出てくる作品から年代がある程度絞られてきて、リアリティがあり、歴史物語としても楽しめます。 書籍版の巻末に入っている漫画は、作者の記伊孝先生が宮崎駿監督の「東小金井村塾」で学んだことを記したエッセイ。作者のギリギリ具合と現場の熱気が面白い! 最後に、この作品は記伊孝先生の個人出版。kindleで出版したものを星海社が書籍にしています。kindle版は2020年2月現在11巻に対して、書籍版3巻はkindle版6巻まで収載とのこと。単行本の早期対応を待望!

戦争は女の顔をしていない

生きている内に一度は読むべき名著

戦争は女の顔をしていない 小梅けいと 速水螺旋人 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
兎来栄寿
兎来栄寿

ノーベル文学賞を受賞したジャーナリストであるスヴェトラーナ・アレクシェービチさんが500人以上の従軍女性に取材して書いた原作を、『大砲とスタンプ Guns and Stamps』などでも戦争の裏側で直接の戦闘行為を行わない人々の闘いを描いた速水螺旋人さんが監修し、『サフィズムの舷窓』のキャラクターデザインや『ビビッドレッドオペーション』のコミカライズを行なっている小梅けいとさんがマンガにする。 企画の勝利、と言う他ない作品です。ちょっと普通には思い付かないですし、思い付いてもやらない、そんなことをやってのけてこのクオリティで出してしまったことに敬服するしかないです。 こうして本にされることが無ければ絶対に意識もしなかったであろう戦時下の数々の事柄。様々な部隊、部署に女性でありながら従軍した者たちの実体験からくる生々しい苦しみの証言が今回マンガにされたことでより克明に伝わってきます。 兵士の服は誰がどのように洗っていたのか。 女性兵士はなぜ脚が緑色になるのか。 なぜズボンがガラスのようになるのか。 戦火の中での彼女たちが感じる幸せとは何なのか。 その過酷な答はすべて読めば解ります。 「戦争はなんでも真っ黒よ  血だけが別の色  血だけが赤いの……」 といった、心に深々と刺さる生々しいセリフも溢れています。 戦争は手段に過ぎず、双方が望まずとも起こってしまうこともあります。それでも、なるべくその手段を取らなくて済むように、かつて先人が味わわねばならなかったこの悲哀と辛苦をこの先の時代に生まぬように、人類が知識として未来へ伝承していかねばならない大切なものが詰まった本です。 『アンネの日記』や『夜と霧』などと同様に読み継がれて欲しい、あらゆる人に一読を推奨したい名著です。

ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ

日本の文化と文法に精通しすぎたイタリア人のマンガ

ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ ペッペ
兎来栄寿
兎来栄寿

初めてトニー・ヴァレントさんの『ラディアン』を読んだ時、「絵のみならず日本の少年マンガの文法をここまで取り入れた作品をヨーロッパの作家が描く時代かー!」と驚愕しました。 最近は海外のマンガも沢山読めるようになってきましたが、当然ながらその国のテイストが強く出ている作品が基本的に多いです。その上で、完全に日本マンガナイズされていた『ラディアン』は衝撃的でした。 そして、この『ミンゴ』に関しては同様のことが今度は日本の青年マンガの文脈をしっかりと汲み取った上で為されていることに感嘆しました。 主人公のちょっと残念で、でも一念発起して頑張ろうとする姿に苦笑しつつ憎めず応援したくなる感じや、友人の無茶苦茶な振る舞い、ヒロインの絶妙なかわいくなさは正に『アフロ田中』などを読んでいる時の感覚そのもの。 絵はもっと上手くなると思いますが、今くらいの画力が平成前半位の青年マンガ感を生み出すのに一役買っていて丁度良い気もします。 テラスハウス出演のイケメンイタリア人が描くマンガの内容がこれ、というのもまた物語として面白いです。本人が主人公で実写化するなどしたらまた話題になって面白そうですけどね。

高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁

優雅で楽天的な日本野球

高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁 渡辺保裕 長谷川晶一
影絵が趣味
影絵が趣味

ネット連載でも楽しく読んでいたんですけども、やっぱり実際に本になると、もういちど読みたくなってしまいます。 それにしてもノムさんの亡くなった同じ年に伊藤トモの漫画が世に出るというのは因果なことです。やっぱり伊藤を使い潰したというイメージは拭い切れないですからね。そうなってくると、伊藤トモは不運な男だった、となりそうなものですけど、この漫画は何故か『幸運な男』と題されている。 まあ、漫画内でも野村監督は、めちゃくちゃ悪そうな風貌で描かれています。巻末の対談では、それでも抑えぎみに描いたと言っていましたけど、やっぱり悪そうなジジイにしかみえない(笑) でも、いつでも、どこでも、伊藤トモはノムさんのことを悪く言わないんですね。追悼のインタビューでも ~あまりほめられた記憶がないですが、1度、新人の時にねぎらってもらった試合があって。それは今でも忘れない。5月の中日戦で、勝てはしなかったが9回くらいまで無失点で。次の日に野村監督に『ああやっていけば必ずこの世界で成功できるから』と声をかけてもらって、非常に勇気づけられた~ と言っています。 あるいは、野村監督の25年ぶりの謝罪では ~僕はあそこで代えられたら嫌でした。マウンドを降りるほうが嫌でした。投手は先発したら完投するのが当たり前です。何球投げようが関係ないです。先発として最後まで投げるのが使命だと思います。何とも思っていませんよ、監督~ もう、これだけで泣けてしまいます。 選手の酷使を美談にすり替えるな、という声があるということももちろんわかります。選手は酷使されるべきではない、これは間違いのないことでしょう。でも、そのいっぽうで、伊藤トモのようにマウンドに執着する投手がいてもいいと思うのです。むかしの野球はとても野蛮で、近年ではそれが改善されつつあり、今年の春のセンバツではつい球数制限が導入されて、めでたし、めでたし、というはなしでは必ずしもないと思うのです。じっさいに高校球児から球数制限に反対する声だってありました「僕が最後まで投げられなければチームが負けるから」と。 選手はたしかに酷使されるべきではない。ただ、あれはしてはいけない、これはすべきではない、といった制約が日本の野球をせせこましくしていることもひとつ事実ではあるでしょう。球数制限のような流れは、今後さらに強くなってゆくことでしょう。でも、かつて日本野球は優雅で楽天的だった、ということも忘れたくないなあと思うのです。最高のピッチャーが9回裏に、最高のバッターにホームランを打たれて、でも、ふしぎと笑顔になってしまう、そんなような。 でも、まあ、野球そのものがどんどん窮屈でシビアになってゆくなかで、野球の楽天性をもっとも強く体現している漫画があるうちは、優雅で楽天的な日本野球は滅ぼないでしょう。『高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁』も見事なまでに優雅で楽天的な日本野球を体現しています。最後のページで、それまで若い頃の姿で描かれていた伊藤トモが、とつぜん老けた現在の姿になって言うのです「ラッキーなんだと思います。ただ、それだけです」もう、この野球漫画的な楽天性にあふれた演出には涙を禁じえませんでした。

Shrink~精神科医ヨワイ~

「もっと精神病患者が増えればいい」というセリフの真意

Shrink~精神科医ヨワイ~ 月子 七海仁
兎来栄寿
兎来栄寿

マンガ好きにとっては「シュリンク」というと、書店でマンガを買った時に本を覆っているビニールのカバーをまず想起してしまいます。が、本作のタイトルである『Shrink』が意味するのは精神科医のこと。 純粋に英語で精神科医を表すのであればpsychiatrist、therapistといった語の方が一般的でありshrinkと言ってしまうとやや侮蔑的な意味もこもってしまうのですが、それでもしばしば使われる語彙です。 特に、海外ドラマでは本当によくshrinkが登場します。親族やペットの死、仕事や恋愛での痛手などメンタルにダメージを与えられることが起きたらすぐにshrinkのところに行くのが当たり前だそうです。それによって、精神病の人の数は日本より遥かに高いんだとか。 翻って日本では精神病の人の数は表向きは少ないですが、実際にはストレス大国であり同じような水準でカウントしたら精神病の人は海外より高い割合で存在するのではないか、そういう意味では精神科にかかる人が増えて精神病と判定される人が増えた方がより人々は幸せになれるのではないか、という問題提起をしてくれるのがこの作品です。 「微笑みうつ」を「新しい自分として生き直すチャンスをくれる病」と非常に前向きに捉える視座にはなるほど、と思わされました。 パニック障害や自閉症など、聞いたことはあってもまさか自分がそうだとは微塵も思ってなかった、という人も世の中には多いことでしょう。本作を読むことで、精神科医にかかるかからないに関わらず少しでも生き易くなる人が増えれば良いなと思います。

こころのナース夜野さん

「本当のその人」を取り戻すささやかで優しいお手伝い

こころのナース夜野さん 水谷緑 山登敬之
兎来栄寿
兎来栄寿

『精神科ナースになったわけ』、『大切な人が死ぬとき ~私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた~』など、医療系エッセイマンガを著してきた水谷緑さんが5年間の取材を通して描き出す、新たなる精神科ナースの物語です。 絵柄はとてもかわいらしいのですが、描かれている内容はとてもシリアスで重みのあるもの。幻覚が見える人、幻聴が聴こえる人、リストカットする女の子………… なるほど、こういう場合はそういう風に対応するのか、得心するところもあります。もし自分が担当医だったらどうするだろう、突然のショッキングな事態にこんなに上手く立ち回れる自信はないな、と考えてしまうようなエピソードも多々描かれます。 でも、世の中には確実にこういったことで苦しんでいる人が今この瞬間にもおり、そしてこのように尽力している精神科の方々がいるのだろうと考えさせられました。 「本来のその人になっていく。私たちはそのささやかなお手伝いをする仕事だ」 という節が心に残ります。 誰しもが心のバランスを崩して、本来のその人でなくなってしまうことがある世界。その中で、無言でそっと抱きしめてくれるような優しさがここにあります。その優しさの存在に、ただ本を読んだ身ではありますが感謝せずにはいられないのでした。

ハックス!

「野生のプロ」が出来るまで。

ハックス! 今井哲也
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

ニコニコ動画のタグで「野生のプロ」って、ありますよね?無名だけれど、凄い技術力の動画に付されるタグ。 この『ハックス!』は、そんな「野生のプロ」が誕生する瞬間を描いた物語です。 ★ ★ ★ ★ ★ 高校に入学した阿佐実みよしは、新歓で見たアニメに感動と既視感を覚え、アニメーション研究部へ。 新歓アニメフィルムの保護を訴える美少年・児島に教わった既視感の正体は、「前半だけ伝説」の商業アニメ。第一話を観て興奮したみよしは翌日、衝動に任せてパラパラ漫画を描いてきて、それを映像技術に詳しい児島が動画にし、ニ⚪︎動(にまるどう、と読んでね)にアップ。すると…… ……すごい!観られてる! この感動を足がかりに、みよしは動画を、もの凄い勢いで描き始めます。 面白いのは、みよしの才能がアニメーションの面白さと「手の速さ」であること。ひと月で6本のパラパラ漫画を描きつつ、出来た作品からフィードバックを得て質を上げていく様は、最高のOJT。 彼女、結構「現場」向きかも知れません。 文化祭で上映するアニメ制作に突き進むみよしと児島。しかし、やる気はあったが煮え切らない部長、部外者だけれど部長と遊び、邪魔な先輩、逆恨みで難癖をつけてくる人……マイペースなくせに意外と他人のことを考えてしまうみよしは、モヤモヤしてしまいます。 果たして文化祭アニメは完成するのか?そして例の新歓アニメの製作者の謎は……? ★ ★ ★ ★ ★ 部室に残っていた本格的な機材や、かつての製作の遺跡、フィルムに埃が映り込む感じなど、生々しい感触があるこの作品は、同時期のアニメ製作漫画『空色動画』を「スーパー系」とすれば、「リアル系」と分類できるでしょうか。(スパロボ的分類) ニコニコ動画の当時のネタっぽい物が出てくるのも面白く、細かな見所の多い作品になっています。 アニメ製作の面白さを描きつつ、何かに打ち込む人と何もせず腐る人のコントラストが複雑な感慨を与えてくれる、骨のあるドラマ。古びない普遍性のある作品です!