写真 ただ(ゆかい)
『CONFUSED!』の作者であるサヌキナオヤ氏と日頃から交流のあるマンガ家4人が集まり、おすすめの海外マンガについて語るイベント、その名も「海外マンガ」をマンガ家5人でワイワイ語る夜(入門編)。第3回は西村ツチカ氏の回です。
イラン出身のマルジャン・サトラピ『ペルセポリス』と『鶏のプラム煮』
森 西村君といえば、最近画集がでましたよね。
西村 『西村ツチカ画集』というのが10月31日に出ました。
森 西村君の絵のスタイルを確立するのに影響を受けた海外のマンガ家というと?
西村 一番影響を受けているのはトーベ・ヤンソンです。今日ムーミンコミックスを持ってこようと思っていたんですけど探し出せなくて。なので、今日は大好きなマルジャン・サトラピ先生の作品を持ってきました。
西村 彼女は、イラン人の方で『ペルセポリス』という自伝的なマンガがあるんですが、これを読んだらサトラピ先生がどんな人なのかっていうのがわかるようになっています。おおまかに言うとイランからフランスに渡り、そこでダビッド・べーさん(フランスのバンドデシネ作家)の元に身を寄せてマンガを描きはじめて、後に映画も作られている人です。
森 すごく社会的な内容で、上下2巻の作品ですね。
西尾 アニメ化もされてましたよね。
西村 僕、最初はアニメの絵がかわいいなと思って好きになったんですよね。
森 いつぐらいですか?
西村 2006年くらいに観ました。
森 改めてみるとかわいい絵ですね。
西村 マンガの絵は素朴で、アニメはもっとブラッシュアップされていて、パスで描いたような線なんですよ。
森 マンガの方はもっと温かみのある線ですね。
西村 まさにエッセイマンガといった感じのテイストで。
森 これってイラン革命の話ですよね。
西村 はい、かなり血なまぐさい話です。『ペルセポリス』の後に『刺繍』という作品を出して、その次に出たのが『鶏のプラム煮』という作品です。この作品は、ナーセル・アリというタール奏者が主人公なんですけど。
森 タールって弦楽器ですよね。
西村 このナーセルが気に入っているタールが、ある日ぶっ壊れてしまい、それが原因で「演奏できないなら生きている意味がない」と言って自殺するんですね。
森 ほう。
西村 その自殺というのが、メシを食わずに死ぬという方法なんです。
森 それはまたクラシカルな……
西村 その彼が死ぬまでの一週間を描いた作品です。だからナーセルがベッドで寝ているだけなんですよ。そこにいろんな人が訪ねてきたり、これまでの人生を思い返したりして。最初の1話に死ぬシーンがあって、そこに至るまでの話を描くのかなと思いきや、実はストーリーがかなり入り込んだ内容で10回くらい泣かされる話なんです。
森 そうなんですね。
西村 実は僕、サトラピ先生の『ペルセポリス』がすごく好きだったので、過去にマネしてマンガを描いたことがあるんですね。
森 『ヒロジが泣いても笑っても』ですね。『なかよし団の冒険』という徳間書店から出ていた西村君のデビュー短編集に収録されていました。いま電子書籍が太田出版から出てます。
西村 ゴリゴリにパクってますよね(笑)
森 ゴリゴリですね。
西尾 でも点描とかは、ツチカさんのオリジナルって感じがしますね。
西村 そうですね背景で点描入れるのは、アニメの方からパクってる感じです。
森 絵柄においてもかなりストレートに影響を受けたんですね。
西村 すごく好きですね。
森 マネをしようと思うときって、じっと絵を見て描くのか、それとも雰囲気を似せることを意識して描いていくのか、どっちですか?
西村 雰囲気で。頭の中に焼きついている絵柄を描きだしています。
森 気がついたら「あれ? これって誰かの絵だ」ってなることも?
西村 いや、なってる自覚はあるんですけど(笑)、描いている間はそれがパクリではなく新しく見つけた最高のスタイルだと思ってやっているので、描き終わった後にはじめて「ああこれ、自分のスタイルじゃないかも」とやめてしまいます。
森 やめてしまうんですね。
西村 だから『ペルセポリス』のマネは、この一作だけでやめました。
西尾 それはいつ頃描いたんですか?
森 新小岩の100円ショップでバイトしていた頃ですよね。
西村 小岩の99円ショップです(笑)。だからデビューするちょっと前ですね。24歳くらいかな。『鶏のプラム煮』も最高なのでぜひ読んでください。
森 そうですね。『ペルセポリス』も『鶏のプラム煮』もどちらもまだ買える本なので、ぜひ。
さりげないかわいさが読者を惹きつける韓国人マンガ家、イ・ユニ
西村 あともうひとつ紹介したいのが、韓国人の作家さんです。
森 かわいらしい絵の人ですね。
西村 さっき西尾さんが紹介していたfirst secondという出版社から出ているアメリカ人作家の本を持ってこようと思ったんですけど、海外マンガというテーマのわりに、みんなが持ち寄った作品がアメリカとフランスだけに偏りすぎてしまうと思い、多様性を重視して韓国の『眼鏡をかけたガウル』を持ってきました。
森 そこまで考えていただいてありがとうございます(笑)
西村 この作家さんはイ・ユニ(Lee Yoon hee)さんと読むかと思うんですけど、セリフも韓国語なので何を言っているのかさっぱりわからないんですね。
森 そうですよね。ハングルって読めないですよね。
西村 英語だとなんとか読めたりもするんですけど。ただ、このマンガはストーリーがとても素朴で簡単です。
森 この作家さんはどうやって知ったんですか?
西村 この作品をポポタムで購入してから好きになって、彼女のインスタグラムをフォローしはじめました。
森 この表紙の犬が主人公なんですか?
西村 犬が主人公で、もう1人の主人公がこの犬を飼っている少年です。この少年が犬と一緒に楽しく暮らしていたんですが、突然家出をしてしまうんです。家出する時、自分がかけていた眼鏡を犬にあげて「僕の代わりとして暮らしてくれ」と頼むんです。
森 えっ!?
西村 この犬が少年の代わりとして暮らしはじめるんですけど、家族は犬が少年の代わりをしていることになぜか全く気がつかず、少年の誕生日に犬を祝ってあげたりするんですよ(笑)。その間も少年は家出して彷徨っていて……この犬と少年のストーリーが交互に描かれている作品です。
西村 この犬はすごく人間社会に溶け込んでいるんですけど、ちょっと切ない話なんですよね。少年が受けていた想いを犬が代わりに受けたりして。学校へ行くといじめられたりもするんですよ。児童文学として最高の話じゃないかと。
真造 シンプルだけどすごくいいですね。
西村 アナログで線画を描いているんですけど、処理のしかたがとてもモダンでかっこいいです。
森 ハングルがわからないとなると、どうやって……
西村 そうですね。だから、今言ったことが全部ウソの可能性もあります(笑)
森 全く違う物語の可能性もあると。
西村 違う可能性ありますよね。絵を見るとむちゃくちゃいいシーンだろうなっていう場所もセリフが何言ってるかわからないなんてこともあったりしますし。
西尾 海外マンガって、そのまま真っ直ぐの時系列として進んでいると思って読んでいたら、実は過去の話だったりってありませんか? 枠外が黒く塗られてたりしないから。
森 そうですね。日本と海外では描き方のルールも違いますよね。
西村 この作品はマンガとして読みやすい作品だと思います。サヌキ君の専門はアメリカだから、気合い入れて英語のセリフを読めばわかるんじゃないですか?
サヌキ なんとなくはね。ただ、さっき西尾さんが言ったように時系や夢の中だったりとかひとつでもフェイクが入ると途端にワケが分からなくなってしまうんです。『サブリナ』って作品は話題だったので原書を買って読んでみてたんですけど、全然わからなくて、途中でギブしました。
森 最近、日本語版が出ましたよね。
西村 『サブリナ』はめちゃ面白かったですよね。
森 重要作品ですね。
西村 これもいいシーンなんですよね、猫が……
森 これくらいなら翻訳しようって思いません?(笑)
西村 きっと「オマエ、本当にそれでいいのかい…?」って言ってると思います(笑)。
サヌキ セリフがわからなくても、それが海外マンガを読まない理由にはならないってことやね。臆さずに買っていきましょう。
森 この作品、決め絵がいやらしくなく、それでいてめちゃくちゃかっこいいですね。
西村 ふだんはイラストのお仕事をよくされている方らしいんですけど。マンガはこの作品と今年の1月に出たこの『13歳の夏』の二冊だけしか出てないようです。
森 児童書のような雰囲気もありますね。ほんとに絵がうまいですよね。
西村 色もフルカラーなんですけど、そんなにバキバキに色を使っているわけではないし、さりげなくかわいいです。韓国語で話しているので何をいっているのかわからないけど、絵を見ているとなんとなくわかるんですよ。きっと話は単純で、家族で旅行で海へ行ったら、そこにクラスの男の子がたまたまいて、しかもアンニュイな表情をしていると……とにかく夏からはじまって冬で終わる淡い恋心を描いたストーリーってところまでわかりましたね(笑)。これもいつか日本語に翻訳してほしい作品です。
森 この方の作品って言葉もわからずページをめくっていても、それはそれで楽しい気分になれるような気がしますね。
西村 だいたい海外マンガを読むときって、そうやって楽しんでるだけなんですけど。
サヌキ それでぜんぜんいいと思いますけどね。
森 日本語版で読みたいけどなー。
西村 めっちゃ翻訳されて欲しいんですよね。イ・ユニさんの本は。
森 もし、出版関係の方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひ企画を持っていってくださいよ。西村君が帯文を書きますから。
以前公開された記事はこちら
第1回 サヌキナオヤ氏
第2回 西尾雄太氏