マンガ酒場【4杯目】酒好き女子の懲りない日々◎市川ヒロシ『二日目の酔い子ちゃん』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。4杯目は、酒好き女子の懲りない日々を描く『二日目の酔い子ちゃん』(市川ヒロシ/2018年~19年)に注目だ。

 

『二日目の酔い子ちゃん』

 

 グルメ雑誌「月刊ノムクー」編集者の中村よいこ(27)は、大の酒好き。飲みの誘いは脊髄反射でOKし、飲み始めたら止まらない。翌日午前中からラーメン店の取材なのにゴキゲンで「にゃはははパンカ~イ!!」とパンカイ(乾杯の意)を繰り返し、2次会のカラオケにまで行こうとして同僚にタクシーに投げ込まれる【図4-1】。

 

【図4-1】ゴキゲンにパンカイするよいこ。市川ヒロシ『二日目の酔い子ちゃん』(双葉社)1巻p21より

 

 翌朝、スマホのアラームで目覚めるも、どこで鳴っているかわからない。耳を澄まして音の出所を探ると、なぜか冷蔵庫の中にキンキンに冷えたスマホが。二日酔いで痛む頭をスマホで冷やしながら身支度を整え、何とか取材先のお店に向かう。そこで出されたラーメンを食べて、「んーっおいしいっ!! アタシこんなに美味しいラーメン食べたの生まれて初めてですっ!!」と絶賛。「特にこのスープ!! 胃に染み渡るスープ!! まさに神スープ!!」とスープまで完飲して店主を感動させる。本人も「やっぱ二日酔いの日のラーメンに勝るモノなし…」と大満足で、これぞウィンウィンの関係と言うべきか。

 高熱を出した編集長の代わりに同僚女子と二人で大御所グルメライターに連載の依頼に行ったときは、あまりの感じの悪さに堪忍袋の緒が切れる。「絶対に酒は飲むなよ…」「あのヘンクツなハセガワ先生に失礼があったらウチの雑誌は終わりだからな…」と釘を刺されていたにもかかわらず、日本酒苦手な同僚女子がむりやり飲ませられそうになったところで「アタシが飲みます」とお猪口を差し出す。

 ぐびぐびぐびぐび飲む彼女に「ほぉ~なかなかいい飲みっぷりじゃないか」と先生もご満悦。そこで、いい感じに酔っぱらったよいこは、せっかくの料理も一口しか食べずお高くとまっている先生にマイルドな説教をかます。そして「あ…すみません 生意気なこと言って…これじゃもうウチでは書いてもらえませんね…」「な・の・で!! せめて今日は楽しく飲みましょ~!!」と酒を注ぐ。ああ、連載依頼の接待は失敗か……と思いきや、次のページにはお銚子を何本も空けてすっかり意気投合した二人の姿が!【図4-2】

 

【図4-2】相手の懐に入るワザがすごい。市川ヒロシ『二日目の酔い子ちゃん』(双葉社)1巻p156より

 

 結果オーライというか怪我の功名というか、彼女の素直で陽気な酒が仕事の上でも吉と出ることしばしば。前述のラーメン店のケースでも、お世辞ではなく腹の底から出た言葉だからこそ、店主の心に響くのだ。行きつけのバーの女店主は彼女の長所として「誰にでも興味を持って接することができること」を挙げ、「だからきっとみんなあの子と飲みたいって思っちゃう アタシもバーのマスターとして見習わなきゃね」と笑う。タイトルどおりの「酔い子」であり「良い子」でもあるのだった。

 しかし、しょせんはだらしない酒飲み。そんないい話ばかりではない。だいたい朝起きたときには昨夜の記憶がなく、二日酔いに苦しんでいる。ある朝は、キッチンに焼き魚と煮ものと小鉢の完璧な朝食が用意されていた。自分で作った覚えはないし、そもそもそんな料理スキルはない。一緒にハシゴ酒した友達か最後に寄ったバーの女店主が作ってくれたのかとも思ったが、二人ともそういうことをするタイプではない。では、いったい誰が!?(答えは1巻収録の本編でご確認を)

 ビールフェスの取材に行ったときには片っ端から飲みまくってベロベロになり、ジェンカのようなダンスの先頭に立って踊り出す。またあるときは、翌朝9時の新幹線で大阪取材に行かなきゃいけないのに、同僚の送別会(といっても隣の部署に移るだけ)でビール一杯だけのつもりが気がつけば赤ワインをデキャンタから直飲み【図4-3】。2次会にも行って深夜帰宅後、目覚ましを3つかけて眠るも起きたときにはすでに9時を回っていた。当然、取材は遅刻だが先方の都合で取材時間を遅らせることになり、これまた結果オーライ。よいこは運も良い子なのだ。

 

【図4-3】飲みだしたらもう止まらない。市川ヒロシ『二日目の酔い子ちゃん』(双葉社)2巻p66より

 

 酒飲みのダメな部分にあえてスポットを当てながら、よいこのキャラが素直すぎて憎めない。こう見えても「取材スキルも文章力もずば抜けてる」(編集長談)というから、それで許されてる部分もあるだろう。どれだけ酒を飲もうが、社会生活に支障を来さなければ問題なし。二日酔いで苦しんで「今日は飲まない!」と決めたのに、夜にはやっぱり飲んじゃってた――なんて行動には共感しかない。

 共感といえば、有休を取って平日休みとなった日を「捨て休日」と決めて、部屋で昼間からビールを飲むエピソードもいい。「昼ビールが美味しい理由は…優越感と罪悪感がいい具合に入り混じってるからだと思う…」とのセリフに共感する人は多いだろう。冷蔵庫にあったもので適当に作ったつまみもうまそうだ。

 職場の同僚や飲み仲間はもちろん、行きつけのバーで隣り合った女子、相席居酒屋の男性客、偏屈な大御所ライター、初めて入った飲み屋の常連のおっさんまで、誰とでもすぐに打ち解けてしまうよいこのコミュ力もすごい。数ある酔っぱらいキャラの中でも「一緒に飲んだら楽しそう」ランキング上位に入ることは間違いない。

 

 

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