イスラエル発のグラフィックノベル!2度のウィル・アイズナー賞受賞者ルトゥ・モダンの『トンネル』を翻訳出版クラファン中 !

イスラエルでグラフィックノベルの制作をしているバヴアがルトゥ・モダンと出会ったのは、2020年の夏だった。その頃、私たちはイスラエルで制作した4つの作品とエッセイをまとめ、本を出版する準備に追われていた。その本は後に『誰も知らないイスラエル:「究極の移民国家」を生きる』(花伝社2020年)と名付けられ刊行されたが、私たちは、ぜひイスラエル人アーティストをこの本の中で紹介したいと考えていた。なぜなら、日本から遠いイスラエルにも素晴らしいグラフィックノベルが存在したからだ。例えばイラク系ユダヤ人としてイスラエルの日常を批判的な視点から描くアサフ・ハヌカ(彼は双子のトーメル・ハヌカと共に2016年外務省の国際漫画大賞を受賞)、詩的な絵柄で独特な世界観をもとにイスラエルを描くギラッド・セリクター、そして今回ぜひ翻訳出版をしたいルトゥ・モダンがいたからだ。ルトゥ・モダンの名前は日本ではあまり耳にする機会がないかもしれない。しかし、彼女の作品がこれまで受けてきた海外での評価と世界15ヶ国語に翻訳出版されてきたことを考えると、とても不思議な気がしたのだ。そして何より、バヴアがルトゥの作品に魅かれたのは、ルトゥが描こうとしているイスラエル社会の多様性と私たちがイスラエルで描こうとしているものが似ていたからだ。イスラエル社会の多様性については、次にご紹介する「イスラエルのマンガ事情(仮題)」でぜひお話ししたいと思う。

 

図版1 ルトゥ・モダンの写真
図版2『だれも知らないイスラエル「究極の移⺠国家」を⽣きる』(バヴア、花伝社、2021 年)

 

今回、バヴアがクラウドファンディングでぜひ翻訳出版をしたいルトゥ・モダンの『トンネル』は、イスラエルのパレスチナ占領を背景に、大人になった娘が、父親がかつて目指していた秘宝発掘を実現しようとする物語だ。シングルマザーとなった娘ニリは、息子を連れ、認知症を患い考古学者として一線から退いた父親の代わりに、神がモーゼに与えた十戒を刻んだ石板が入った秘宝「契約の箱」の発掘をしようとする。この「契約の箱」を発掘する場所は、第三次中東戦争(1967年)以来、イスラエルが占領しパレスチナ人が暮らす被占領地ヨルダン川の西岸地区だ。この秘宝探しには、ニリの弟で考古学者のブロッシ、父親の元部下で今では大学の考古学部門のトップのラフィ、占領地に暮らすユダヤ系入植者やパレスチナ人の兄弟達が、ニリと同様に、「契約の箱」の発掘を目指し、時に出し抜き合い、時に手を貸し合うーこれが物語の大きな流れとなっている。

 

図版3『トンネル』英語版表紙(Rutu, Modan, Drawn and Quarterly, 2021)
図版4秘宝「契約の箱」の埋葬の歴史(『Tunnels』p.48)

 

ではルトゥ・モダンの作品はなぜ世界を魅了するのか?

ルトゥの作品には、地域を選ばず人々の心を掴む2つの特徴、一つはイスラエル・パレスチナという複雑な場所・状況から描く普遍的なテーマ、二つ目は深い物語とシンプルな絵柄から生まれる「余白のある読み方」があると思う。ルトゥは、『トンネル』でアンビバレントな人々の繋がりを描いている。ここで言うアンビバレントな人々の繋がりとは、繋がりようのないと思われている人々の間に生まれる人間関係や、強い絆があると思われている家族にも存在するしがらみや不和などである。この物語では、前者として、イスラエル人 対 パレスチナ人、ニリやブロッシなどの世俗者 対 宗教的な入植者たちが存在する。後者では、ニリとブロッシの姉弟の間のギクシャクとした関係が描かれている。子供時代、父親の秘宝発掘に同行していたニリに対して、幼いことを理由に留守番をさせられてきた弟ブロッシには父親と発掘の経験を共にできなかった寂しさがある。さらに「契約の箱」のありかを示す碑文の読み方を覚えてしまい子供の頃から神童と呼ばれたものの考古学者にならなかったニリと、かたや、姉のように神童とは呼ばれなかったものの考古学者となったブロッシとの間には、ギクシャクとした雰囲気が流れている。この様な関係が、父親の元部下で発掘の手柄を独り占めにし、名誉を我が物にしようとするラフィへの協力にブロッシを掻き立てたのだ。

 この様な人々に繋がりを作り出すのが秘宝「契約の箱」だ。「契約の箱」は人々に異なる「利益」を想像させ、ポジティブな協力だけではなく、出し抜きや騙し合いなども含めた多様な関係性を生み出していく。しかしこのような人々の繋がりには、自分とは異なる他者への理解が必要だ。そうでなければ協力も、騙し合いも存在することができないからだ。そしてこれは人々の対立が見えやすいイスラエルとパレスチナという特殊な場所であるからこそ、人と人との繋がりという普遍的なテーマをより深く捉えることができるのであろう。

 

図版5 主⼈公ニリ、⼊植者、パレスチナ⼈達がトンネルで初めて出会った場面(『Tunnels』p.130)
図版6 発掘に⾏くニリと⽗親、⼀⽅でお留守番をする弟の場面 (『Tunnels』p.44)

 

さらに、このような普遍的なテーマを描くルトゥのイラストは、フランスの漫画タンタンやアメリカ人アーティストのエイドリアン・トミネを彷彿とするような写実的でシンプルな絵柄である。彼女の複雑な物語の展開を考えれば、人々に湧き上がる感情をよりドラマチックに描く方法もあると思う。しかしルトゥは、キャラクターの感情を抑えたシンプルな描き方をしている。この落差はどのような効果を持つのであろうか。このような描き方は読み手の私たちに「余白を持った読み方」を提供するのではないかと考える。例えば、漫画や映画では、作品が持つビジュアルイメージに物語が縛られる傾向があると思う。映画『ハリー・ポッター』では、同名のキャラクターは、主人公を演じた俳優のビジュアルイメージに容易に結びつけられ、主人公に沸き起こる感情は映像に映る俳優の演技と合致し、観る側の想像力を働かせる余地は非常に少ない。しかし、ルトゥの感情を抑えたシンプルなキャラクターの描き方と物語から生まれるキャラクターの豊な感情との落差は、イラストというイメージを持ちながらも、小説を読むように自己との対話を促進する「余白を持った読み方」を可能にするのではないだろうか。

 今回はルトゥの『トンネル』を普遍的なテーマや余白のある読み方から紐解いて見たが、彼女の作品の面白さはそれらだけではない。物語に登場する様々な個性あるキャラクターたちや意外性のある物語展開も大きなポイントだ。この様な魅力に溢れたルトゥ・モダン。しかし彼女の作品はまだ日本で一冊も翻訳出版されていない。ぜひ多くの方にクラウウドファンディングに参加をしていただき、ルトゥ・モダンの『トンネル』を手に取って見ていただきたい!と切に願う。

 


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