面白い!! 最新のイスラエルのコミック事情

*イスラエルでは、アメコミ、バンド・デシネと同様に日本の「マンガ」を一つのジャンルとして位置付けている。今回の通信では、現地の状況に習い、アメコミ、バンド・デシネ、日本のマンガなどを総じて呼称する場合、「コミック」とする。

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イスラエルのコミック?

 イスラエルのコミックやコミックアーティストと聞いて、どれほどの日本人が何かイメージを浮かべることできるだろうか。残念ながら、日本ではイスラエル発のコミックを書店で見かけることは難しい。おそらく現在、アマゾンや書店で見ることができるのは、原作エトガル・ケレット、作画アサフ・ハヌカの「ピッツェリア・ カミカゼ」ぐらいではないだろうか。

 

図版1『ピッツェリア・ カミカゼ』
(原作エトガル・ケレット、作画アサフ・ハヌカ 
河出書房新社  訳 母袋夏生  2019年11月 )

 

一方、外務省主催の日本国際漫画大賞では、2016年に原作ボアズ・ラヴィ、双子のアサフ・ハヌカとトーメル・ハヌカによる作画の「the Divine(聖なるもの)」が、2019年には原作ニムロッド・フリードマン、作画ガイ・レンマンの「Piece of Mind(心のかけら)」が大賞を受賞をしている。

 

図版2『the Divine(聖なるもの)』
(原作ボアズ・ラヴィ、作画アサフ・ハヌカ、トーメル・ハヌカ
First Second Books, 2015年7月)
図版3『Piece of Mind(心のかけら)』
(原作ニムロッド・フリードマン、作画ガイ・レンマン
Free Lines, 2018年)

 

イスラエルのコミックが日本のマンガ市場で取り扱いが少ない理由として、日本の海外マンガ市場の規模が小さいということもあるが、中東の国イスラエルが距離的に日本から遠いのも現実であろう。しかし、イスラエルのコミック界には世界的なウィル・アイズナー賞(アメリカの著名なユダヤ人コミック作 家 Will Eisner が設立した賞)やヨーロッパの賞を受賞した魅力溢れるコミックアーティストたちが存在する。今回は、イスラエルの建国の歴史と深く結びついてるイスラエルのコミックの歴史、現在のコミック市場、イスラエル人アーティストとは?イスラエルのコミックの傾向、最後にイスラエルの海外コミック事情についてお話ししていく。

イスラエルのコミックの歴史

 イスラエルのコミックは、イスラエル建国(1948年)前の1930年代から始まったと言われている。パレスチナの地に移住をしたユダヤ移民たちが、それぞれの母国で慣れ親しんだコミックを持ち込んだことに遡る。移民が持ち込んだコミックは、新聞の4コマ漫画から始まり、1950年代から1973年まで発展をしてきた。しかし、第4次中東戦争(1973年勃発)から1991年までは、戦争による経済状況悪化によって、イスラエルの文化・芸術 におけるあらゆる領域の活動が縮小したと言われている。一方で、1991年以降、アサフ・ハヌカやルトゥ・モダンがウィル・アイズナー賞を受賞したことで、イスラエルのコミックに再び脚光が集まったのである。

イスラエルのコミック市場

 イスラエルのコミック市場の規模は、日本、ベルギー、フランス、アメリカと比べると、小さい。テルアビブ南部にあるイスラエルカートゥン美術館の元キューレーター アサフ・ガムゾー氏によれば、イスラエルの保守的な出版業界がコミックは子供にとって高価なものだと考え、文字中心の本を出版してきたことも要因の一つだったという。しかし、最近ではイスラエルのコミック市場の状況も2つの理由によって変わりつつある。まず、最近ではイスラエルの大手の出版社もコミックの市場の再評価を始め、コミックの出版プロジェクトを検討し始めているという。なぜなら、ルトゥ・モダンやアサフ・ハヌカなど世界的に活躍するアーティストの成功が出版社のコミックへの再評価の後押しをしているからだ。二つ目に、イスラエルの子供たちは早い年齢からスマートフォンに親しみ、紙媒体から離れている一方、最近の傾向として、アマゾンの進出とManga Toonなどのインターネット配信のコミックが子供、ティーン、20-30代の層に普及している点がある。これらの状況の変化から、ここ数年のうちに、イスラエルのコミック市場が拡大の方向に向かうのではないかと見られている。

日本の「マンガ」のイスラエル市場への参入

 イスラエルのコミック市場拡大のもう一つの要因として指摘されているのが、日本のアニメや「マンガ」の存在である。1990年代から、日本のアニメはイスラエルの子供たちに人気を得ていた。他方で、日本の「マンガ」については、ここ15年ほどの間に英語に翻訳された「マンガ」がイスラエルの若者の間で急速に人気になった。マンガを読んでいる読者層の影響はまだ見られていないが、ここ数年のうちにイスラエル人アーティストが描く作品に日本の「マンガ」の影響が出てくるのではないかと見られている。なぜなら、今後のイスラエル人アーティストの中には、日本の「マンガ」スタイルに馴染んできた若者がコミックを描くようになるからである。現在は、アメコミとバンド・デシネのスタイルの折衷が多いが、今後のイスラエル人アーティストのスタイルの変化が楽しみである。

イスラエルのコミックアーティストとはどんな人たち?

 イスラエル人のコミックアーティストは現在3つのグループに分けられる。ミッシェル・キシュカ、ドゥドゥ・ゲヴァ、ウリ・フィンクなどが第1世代と呼ばれ、今日のイスラエル・コミックの礎を築いてきたアーティストたちだ。第一世代の特徴として、ミッシェル・キシュカやウリ・フィンクは、それぞれの作品だけでなく政治的風刺画を描くことでも有名な人たちである。

 

図版4『Second Generation: The things I didn’t tell my father
(第2世代:父親に話さなかったこと)』
(ミッシェル・キシュカ、Europe Comics. 2016年1月)

 

第2世代は第1世代を師として育った人たちで、ここにバヴアがクラファンで出版を目指しているルトゥ・モダンやアサフ・ハヌカ、ギラッド・セリクターなどがいる。

 

図版5『Farm 54(ファーム54)』
(原作ガリート・セリクター 作画ギラッド・セリクター 、
Ponet Mon Ltd. 2011年5月)

 

現在、第3世代として、第1世代や第2世代が指導する学生たちによるHUMDRUMという若手グループや、”Misdeeds”といったプロジェクトが存在する。これらのグループやプロジェクトでは、ヤニーブ・トーレム、アヤ・タルシール、ノア・カッツ、オバディア・ベニシュー、ドール・コーヘンが活躍をしている。また、バヴアと作品を制作したノガ・オハヨン、アミット・リモン、ノア・ペレッドなども挙げられる。

 

図版6『Ration De Combat(戦闘配給)』
(オバディア・ベニシュー、WARUM 2016年8月)

 

イスラエル・コミック市場の発展途上の状況に、コミック一本で食べていける人は非常に少ない。そのため、第2世代、第3世代のアーティストたちは副業を持つ人が多い。例えば、ルトゥ・モダンやアサフ・ハヌカはアート系の大学で教鞭をとる傍ら、作品を制作している。第3世代では、タトゥーアーティストとして生活費を稼ぎながら、作品を制作している人も少なくない。またアーティストたちはベッツァレール・アート・デザイン・アカデミーや、シェンカー・テクノロジー・アンド・デザイン・カレッジなどの芸術系の大学で(ビジュアルコミュニケーションのコース)学んでいる人が多い。アーティストの中にはユダヤ教を信仰する宗教者もおり、信仰と自らのアイデンティティをテーマにした作品なども存在する。

 

 

図版7『הלך (Way Farer 遠い道) 』
(ヤニーブ・トーレム Gnat Micro Press 2021年3月)
トーレムはこの作品の中で、自らの宗教的アイデンティティを取り上げ描いている。

イスラエルのコミックの傾向 <体裁>

 まず、イスラエルの公用語はヘブライ語である。ヘブライ語は右から左へと文章を書くので、ページ送りが英語版や日本語版と逆になっている。イスラエルのコミック本のサイズは一律ではなく、A4サイズなどもあり、日本の統一されたサイズとは全く異なっている。特筆すべきは、ほとんどのコミックがカラー印刷で制作されている。ルトゥの『トンネル』もフルカラーであるが、色による多彩な表現がイスラエルのコミックには存在する。

イスラエルのコミックの傾向 <スタイル>

 イスラエル・コミックのスタイルの特徴は、フランスやベルギー出身のユダヤ人が持ち込んだバンド・デシネと、アメリカ出身のユダヤ人が持ち込んだアメリカン・コミックス(以下、アメコミ)をベースに2つのスタイルが折衷的に発展してきた点にある。つまり、イスラエルコミックには、バンド・デシネやアメコミのような伝統的なスタイルが存在しないのだ。それぞれのアーティストによって、その折衷の度合いは異なり、その度合いがアーティストの個性になっている。拙著『だれも知らないイスラエル』で、ルトゥ・モダンも伝統がないからこそ、特定のスタイルに従う必要がないことを述べている。
 この折衷スタイルについては、イスラエルが移民の国であるということも一つの要因ではないだろうか。1948年に建国したイスラエルには、世界に離散していたユダヤ人が移住をした。例えば、国家建設を目指し移住した東欧・ロシア出身のユダヤ移民の後には、建国直後の第一次中東戦争によってイスラエルに逃げ込んだ北アフリカ・アラブ諸国出身(イラク、モロッコ、アルジェリア、エジプト、イエメンなど)のユダヤ移民、そのほか、北米・南米出身、東欧・西欧出身、エチオピア出身、アジア出身のユダヤ人が移住をしてきた。一口に「ユダヤ人」と言っても一枚岩的な集団ではなく、むしろ様々な文化的背景を持つ「ユダヤ人」がイスラエルには暮らしている。このような多文化的な環境も、一つのスタイルにこだわることのない折衷的なスタイルの後押しをする要因になっているのではないかと考える。

イスラエル・コミックの傾向 <物語>

 イスラエル・コミックの物語の傾向として、作家の日常や自伝的な物語をグラフィックノベルとして描いているものが多い。例えば、アサフ・ハヌカの『Realist(リアリスト)』は、9コマの中に、彼が日常で感じてはいるが意識の表層に上がってこないものを描いている。アサフはバヴアのインタビューで、「悲しいことや、複雑な経験から生まれた感情は繰り返し蘇り、そういう気持ちを作品にしています。このような感情を作品にすることは、自分にとってセラピーのようで、自分でも気づかなかった無意識の部分についての理解が深まった時、自分の感情が解放されます。」と述べている。同様に、ギラッド・セリクターも、「自分にとって、グラフィックノベルとは、記憶と日記の中間のものになり得ると思います。グラフィクノベルを媒体として使うことで、日記に記憶を書き留めるかのように、そこにあった情景や生々しい感情を形を崩さずに形にすることができます。」と述べている。一方、第3世代のアーティストでは、 アヤ・タルシールも兵役時代の自身の経験をコミカルな絵柄で描いている。一方で、ルトゥ・モダンのように、イスラエルという特殊な場所だからこそ浮き上がる家族という普遍的なテーマをフィクションやファンタジーで描くアーティストもいる。しかし、どちらにしてもイスラエルの日常がアーティストの物語作りに計り知れないほどの影響を与えていることは明らかなようだ。

 

図版8『Deux Ans (Two Years 2年間)』(アヤ・タルシール、Editions Cambourakis, 2020年)

イスラエル人アーティストはどこでコミックを出版する?

 イスラエル・コミックのもう一つの特徴として、イスラエル人アーティストたちは自分達の作品の出版をイスラエルに限定して考えていない点がある。これは日本のマンガ家にとって考えづらいことだ。例えば、ルトゥ・モダンはウィル・アイズナー賞を受賞した『Exit Wounds(エグジット・ウンズ)』を最初フランスで出版し、その後イスラエル、アメリカ、中国、ロシアで出版をした。さらにアサフ・ハヌカの『Realist(リアリスト)』も最初はイスラエルのビジネスマガジン「カルカリスト」に掲載されたものの、書籍としての刊行はフランスが最初であった。同様の傾向は、第3世代のアーティストたちにも見られる。彼らの海外での出版を後押しする要因として、1)成熟した欧米のコミック市場、2)作品のトピックに対するイスラエル社会の反応への考慮があるようだ。イスラエル人アーティストにとって、いまだ発展段階のイスラエルのコミック市場より、規模の大きい欧米の市場での出版がより魅力的に見えるのは納得のいくところだ。しかし、アーティストの誰もが海外で出版ができるわけではない。例えば、「Misdeeds」のように、複数の若手アーティストたちが自分達の作品を一冊の本にまとめイスラエルで共同出版をすることもある。

 

図版9『エグジット・ウンズ(Exit Wounds)』
(ルトゥ・モダン、Drawn and Quaterly, 2008年12月)
図版10『MISDEEDS:Israeli Comic Anthology(ミスディーズ)』
(オメール・ホフマン、ヒラ・ノアム編著 Gnat Micro-Press 2020年)

 

そして、海外で出版するもう一つの要因がとてもイスラエル的なのだが、作品のトピックに対するイスラエル社会の反応への考慮もあるようだ。イスラエル社会には、人々が触れたがらないホロコースト、軍、戦争による犠牲、宗教などのタブーなトピックが存在する。作品がこのようなテーマを扱う場合、最初の出版場所を海外に選ぶ場合もある。例えば、自爆攻撃で亡くなったかもしれない年の離れた恋人を探す年若いガールフレンドとその恋人の息子を描いたルトゥ・モダンの『エグジット ウンズ(Exit Wounds)』や、詩人である姉ガリートの短編集をもとに彼女の幼少期〜青年期、そして兵役時代に経験したパレスチナ人宅の家屋破壊を描いたギラッド・セリクターの『 Farm 54(ファーム54)』もそれぞれフランスとイギリスが最初の出版場所となっている。以上のように、イスラエルのコミック市場とイスラエル社会の特殊な状況が、イスラエル人アーティストたちの作品作りや出版に影響を与えていることがうかがえる。

売れているマンガの傾向 3種類のコミックが共存

 テルアビブのコミックショプ「The Dying Lake」を訪れると3種類のコミックを見ることができる。1つは、イスラエル人アーティストの作品だ。現在の売れ筋は、30代女子のSNSにおける恋愛事情を描いた作品や、イスラエルが占領する被占領地パレスチナのイスラエル人入植地で思春期を過ごしたアーティスト本人の回想録、そしてルトゥの『トンネル』だそうだ。

 

図版11『בנות טובות הולכות לגיהנום (英語タイトルGood Girls Go to Hellsいい娘が地獄に落ちていく)』
(トハール・シェルマンーフリードマン、Kinneret Publishing House 2023年2月)
イスラエルが占領する被占領地パレスチナにあるイスラエル人入植地で過ごしたアーティスト自身の経験を描いた作品

 

もう1つが、アメコミやバンド・デシネなどの海外コミックだ。先ほどもお話ししたが、ヘブライ語は文章が右から左へと書かれるため、イスラエルで英語、フランス語、日本語の作品のヘブライ語翻訳出版はコストがかかる。そのため、英語版の輸入コミックが非常に多い。日本の「マンガ」も欧米からの輸入ものが入っており、作品によっては一冊が4000円ほどの値段で売られていた。お店のスタッフにヒヤリングをしたところ、日本のマンガは、「奇妙な・気味の悪い・ホラー・キュート」の4つがキーワードになっていると話していた。作品としては、伊藤潤二氏の『富江』、藤本タツキ氏の『チェンソーマン』、松本大洋氏の『ピンポン』や谷口ジロー氏の作品に人気があるとのことだ。
       
 余談ではあるが、テルアビブで買い物や食事をしていて日本人だとわかると、「日本のアニメが好きだ」と言われることが度々あった。年齢は20代から30代で、「ポケモン」「ドラゴンボールZ」「ワンピース」などのアニメをイスラエルで見ていたという。また毎年春と夏には、エルサレムのコンベンションセンターでAMAIやCAMIというアニメ・コスプレのイベントがあり盛況の賑わいを見せている。

 今回は、少しでも日本の読者に遠いイスラエルのコミックに関心を寄せてもらうことができたらとイスラエルのコミック事情についてまとめてみた。この原稿を書いている頃、こちらではネタニヤフ首相に反対するデモクラシー擁護の大きなデモが毎週行われ、さらにレバノンから、シリアから、ガザからのミサイル攻撃があった。あらためて、イスラエルのコミックが、移民国家としてのイスラエル社会や、パレスチナ占領、イスラエルとアラブ諸国間との紛争などの文脈の上に作られてきたのかを実感する機会であった。このような日常と非日常の距離がとても近いイスラエルだからこそ描ける物語が存在するのだろうし、同時に家族、愛、人生、自分とは?といった普遍的なトピックを取り扱う作品も生まれてくるではないだろうか。

 


 

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