台湾漫画は真に自由なのか? ~奨励された台湾アイデンティティ作品と、「反浸透法」、台湾でしか出せなかった漫画~、――そして台湾漫画の未来

台湾漫画は真に自由なのか? ~奨励された台湾アイデンティティ作品と、「反浸透法」、台湾でしか出せなかった漫画~、――そして台湾漫画の未来

 ただいま台湾の百合漫画『綺譚花物語(きたんはなものがたり)』の日本語版を出版するべく、クラウドファンディングに挑戦中の翻訳者、黒木夏兒(くろきなつこ)です。タイトルからお察しの通り、本作は吉屋信子の『花物語』へのオマージュ。昭和11年の台中市を主要な舞台として、少女たちの葛藤を描いています。

 こちらのクラファン、11月8日の夜に無事に成立し、日本語版の出版が決定いたしました!

 成立後も11月15日まで実施中ですので、ご興味をお持ちの方は、是非、『綺譚花物語』のクラファンページをご覧ください。発売後の価格よりも若干お安く、しかも非売品の美麗なクリアファイル付きで日本語版をご購入いただけます。また、出版記念イベントには原作者の楊双子さんと作画の星期一回収日さんがともにオンラインでご参加決定済み、他にクラファンでのみ申し込み可能な超絶詳しくマニアックな100ページ超えのフルカラー聖地巡礼ガイドブック付きコースもございます。『綺譚花物語』クラファンの紹介はマンバ通信の別記事にも掲載されております。

 そして先日この『綺譚花物語』は、台湾の文化庁にあたる「文化部」が主催する台湾漫画の賞「金漫奨(ゴールデンコミック賞)」で「年度漫畫奨(今年の漫画賞)」を受賞しました。作画の星期一回収日さんにとっては三度目の、原作の楊双子さんにとっては初めての金漫賞受賞となります。本当におめでとうございます。

 この受賞の際、楊双子さんが行ったスピーチでは、台湾漫画が長年「現実の台湾」を描くことを禁じられていたことにも触れていました。そして今ではそれが一転し、「台湾」はむしろセールスポイントになっていることについても。

 前回のこの記事でもちらりと言及した「文創」。そして台湾史を描いた漫画の紹介の際に触れた「台湾アイデンティティ」。最終回となる今回は『綺譚花物語』の誕生にも繋がったこのキーワードと、漫画を含む台湾文化の急激な隆盛の背景にあるクリエイティブ産業を支える「表現の自由」、そして台湾漫画の現在とこれからについて語っていきたいと思います。これまでも毎回かなり長い原稿を書いてきましたが、今回は更に長くなりそうなため、章立てしてみました。それではどうぞ。

1、表現の自由こそが台湾の存在価値
2、台湾アイデンティティ作品と「文創」~海外市場に於ける台湾の存在感アップ作戦~
3、台湾でしか出せなかった漫画と、今後の台湾漫

1、表現の自由こそが台湾の存在価値

 これまでことあるごとに「台湾には表現の自由がある」ことを私は主張してきました。台湾の表現の自由は、「表現の自由がなかった」時代の果てにようやく獲得されたものであり、だからこそ台湾では表現の自由が非常に重んじられてきています。

図版1:現役政治家や建国の偉人を堂々と風刺の対象にできる台湾の漫画。

 しかし、かくも表現の自由を尊重している台湾に於いて、表現の自由に影響を及ぼす懸念のある法律が、実は2020115日に施行されました。「台湾に対し敵対的な国外勢力」が、台湾の選挙を通じて、台湾の未来に影響を及ぼすことを禁じるための「反浸透法」です。
 「台湾に対し敵対的な国外勢力」による指示の下で台湾選挙に対する介入や遊説、デモなどが行われた場合、その実行者には5年以下の懲役に加え合計で台湾ドル1000万元(日本円換算でざっと3500万円ほど)以下の罰金が科されることになりました。かなり強固な抑止力を持った法律だと言っていいでしょう。

 台湾の選挙に対する中国の介入はこれまでもなかった訳ではありません。でした。割と知られているのは、選挙に際しての台湾人の帰郷に対し中国政府が飛行機をチャーターしていた、というもの。
 台湾の選挙は、不正投票や票の操作、開票時の不正を防ぐための規制が多く、戸籍のある場所での当日の直接投票でしか投票ができないため、選挙のたびに台湾国内では帰省ラッシュが起こります。当然、海外投票も不可能なので、投票のためには帰国の必要が生じるのです。そして、中国にビジネスで来ている台湾人なら当然親中派のはずだ、という思い込みの下、親中派政党を勝利させるため、中国は台湾人ビジネスマンを投票帰国させる飛行機をせっせとチャーターしてあげていたのでした。

 もっとも台湾人ビジネスマンは割と、それはそれ、これはこれ、という人が多く、中国によるチャーター機で帰国しても、むしろ投票先は中国と距離を取る政策を主張する政党、というパターンが多かったようですが。
 他にも、国民党の元兵士たち、日中戦争中に村々から強制連行される形で兵士になり、そのまま台湾に来る羽目になり、結婚という形で台湾社会に溶け込むこともできないまま年老いてしまった「栄民」と呼ばれる人たちは、近年になって故郷の女性と結婚し、中国から呼び寄せる場合が増えたのですが、呼び寄せられたこの女性たちが親中政党を作ろうとするケースが出てきて、問題視されています。台湾に生きる女性の政治参画自体は非常に望ましいのですが、親中政党の結成は台湾政界にとって想定外の事態でした。

 また、メディアの親会社に中国資本が入り込むことで、報道内容が中国寄りになる、という問題も生じています。投票率の高い高齢者が慣れ親しんでいる、新聞やテレビといった昔ながらのメディアに中国の影響が浸透することで、高齢者の意識が中国の都合のいい方に誘導される、という問題は、ここ数年で浮かび上がってきました。

図版2:2020年の総統選挙翌日の台湾の四大新聞各紙の一面。よく見ると日付の表記法も、中華民国の年号を意識していたり意識していなかったりといった違いが見受けられます。

 もっとも高齢者自身は別に中国大好きという訳ではなく、単純にこれまでの人生で積み重ねてきた既得権益を守ってくれそうな保守政党に投票していて、その保守政党が利益を守る方法として採用している政策がたまたま親中派路線なのだ、というのが一番正確なところのように見えます。このため、既得権益にあまり縁のない若年世代でリベラル政党に投票している人であっても、かたくなに保守政党を拒否している訳ではなく、親中政策を止めてさえくれれば保守政党も投票先の選択肢のうちに入れる、という考えの持ち主はいるのですが。

 こういった状況を背景に、「反浸透法」は世論による大きな反対を受けることなく成立しました。ただし成立を妨げるほどの大きさこそなかったものの、この法律が「茶色の朝」への第一歩になることを懸念する声はありますし、 同年71日に香港で施行された「香港国家安全維持法(国安法)」と共通する要素が含まれているのも確かです。

 中国で報道の自由がさらに狭まり、個人による発信すら制限を受けようとしている今、その点だけをクローズアップすると、まるで「台湾も中国と同じ土俵にまで堕ちてしまった」かのように見えます。

 とは言えこの法律はあくまでも、「台湾に対し敵対的」だと見做される範疇を最小限にまで絞り込み、恣意的な運用と適用ができないようにしてあります。そして何よりも今や台湾は法治国家であり、白色テロ時代のように政府がこの法律を乱用し、ただ単に時の政府と異なる見解を持ち方針に疑問を抱いただけの相手をもことごとく売国奴と見做し、やみくもに嫌疑を掛けて台湾国民を虐げることはないのだという信頼関係が国民との間に成り立っているからこそ、懸念の声が大きくなることはなかったのです。

 国に対する国民の信頼は一朝一夕で得られるものではありません。台湾は信頼を得るための努力を怠りなく続けてきました。「国安法」に対して香港市民は懸念を抱き、「反浸透法」に対し台湾国民は一定の理解を示した、この差異はそれゆえに生まれています。加えて、台湾人自身がある程度成熟した民主社会を築いており、この法律に便乗して私的に敵対者狩りを始めたりするようなレベルにはないということも大きいように思います。

 また結局のところ、この「反浸透法」は、自由の価値を理解していない者が自由を一方的に利用すること、それによって自らに都合よく事を運ぼうとすること、この二つを禁じたに過ぎません。自由の価値を知らない者には、自由を語る資格も自由を利用する資格もない。現時点でこの法律が念頭に置いている存在は具体的には中国な訳ですが、自由の価値を否定している時点で中国には、台湾が所持している自由という土俵に上がる資格など元よりないのです。
 その意味でこの法律は「資格なき者は去れ」という法に過ぎず、台湾に於ける表現の自由に対する影響を論じる対象ではそもそもないのだと、現時点では考えてよいはずです。

 加えて香港の自由が「国安法」によって陥落し、政治関連書籍をブックフェア会場で取り扱うことを出展者が躊躇ったり、民主派活動家の著作が図書館では閲覧も貸し出しも不可能になるなど、中華圏に於ける表現の自由が全体的には極端な縮小傾向に走りつつある現在、台湾は唯一その創作物が表現の自由に基づいて生まれたものなのだと名乗れる立場にいます。これは台湾にとって比類なき強みであり、商品価値だと言えます。表現の自由があることは、中華圏に於ける台湾の独自性であり、それは世界に於いて台湾が示せる台湾自身の存在価値でもある。そこを考えても、現時点で台湾が表現の自由を投げ捨てるメリットはない。
 ただし、それはあくまでも「現時点に於いては」であり、懸念が懸念のままでは終わらずに、この法律が台湾の表現の自由を崩壊させる蟻の一穴になってしまうかもしれないことを台湾人は常に念頭に置き、この法律が存在する限り観察を続ける必要があるでしょう。

 翻って日本はどうでしょうか?
 日本では表現の自由がある程度、法律で保障されている。だが、それ以上に、表現の自由が同調圧力によって脅かされている。これが日本に於ける表現の自由の現状だと私は思っています。そして、この「同調圧力」を日本人自身が克服しない限り、日本ではゾーニングを含めこれ以上の表現規制がされるべきではないと考えています。
 台湾にも同調圧力がない訳ではありません。しかし、同調圧力は不要で不当なものであるという認識があり、それに従う必要はまったくないのだということがきちんと周知徹底されている。そして何より「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という意識が確立されている。だからこそ台湾では、ゾーニングも一律にではなく、個々の店舗の自主判断に任されています。

 前回紹介した、日本からの輸入BL本がキスシーンしかない小説含め一律に18禁扱いでシュリンクされていた件。あの店舗は、日本人向け住宅地や日本人学校に近いデパート内にある日系の一般書店で、利用客にはBLを含めたサブカルに強い興味を持つコア層ではない人々の方が多いことが想定されました。だからあの店はそういったゾーニングを行なったのでしょう。

図版3:18禁扱いでシュリンクされていた「ロスト・コントロール」。原作はこれまで台湾のどの通販サイトでも18禁扱いになったのを見たことがなく、表紙にも成人向けと印刷はされていない本です。この日本語版も日本では別に年齢制限のある書籍ではありません。

 また通販サイトでは基準が厳しめになる場合があって、「親を失った未成年の少年と、その保護監督者である弁護士」のカップルを描いた台湾オリジナルのBL小説が、台湾版アマゾンと呼ばれる通販サイトの博客來(ボーカーライ)では18禁扱いになり、18歳以上である旨を申請して入った先のページでも、書影にわざわざ18禁の文字が合成されていました。この本は、版元の運営する通販サイトでは18禁扱いではなく、表紙にも本来18禁の文字はないし、内容も別に強姦や脅迫、洗脳、ストックホルム症候群といった要素が含まれている訳ではない、たまたま保護者と被保護者の関係になった二人が恋に落ち両想いになるストーリーですが(一線を越えるのは高校卒業前)、博客來は問題視したようです。

 他にやはり繁華街にあって家族連れの利用が多く、児童書と絵本の在庫が非常に多い総合書店では、BL漫画本が日本作品の翻訳版も台湾オリジナル作品も、漫画コーナーの奥に設けられた18禁コーナーに置かれていました。
 しかし、実はそこから500メートルほど離れたアニメイトに行けばそれらの本は別に18禁扱いにされることなく、普通に棚に並んでいて中学生も購入可能なのです。同じく500メートル圏内の雑居ビル内にあるBL専門店でもそれは同じです。

 そしてアニメにもBLにも同人誌にも興味のない人が、アニメイトやBL専門店を訪れて「あの書店では18禁扱いでシュリンクしている本を、なぜこの店では中学生に販売しているのか?」などと問題視することもありません。やったところで「今後二度と当店をご利用いただけないことを残念に思います」と対応されて終わりになるはずです。

 日本はその段階に至っていない。だから、その本が、その本を必要としている人の手に届かなくなる可能性が高い。ならば、同調圧力が歴然とありその圧力を拒むことが困難な今の日本では、ましてや「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という意識に達してすらいない今の日本では、今以上の規制はゾーニングを含め、されるべきではない。私はそう考えています。

2、台湾アイデンティティ作品と「文創」~海外市場に於ける台湾の存在感アップ作戦~

 国連にも加盟していない台湾の存在感は、長らく世界にとってさほどのものではなく、それは台湾が民主化してからも同じでした。日本に於いてすらも台湾の認知度は数年前まで決して高くはなく、ガイドブックコーナーで中国の各地、香港と来た後、なぜか韓国、そしてフィリピンやベトナムが挟まり、タイ・バンコク、の隣に台湾のガイドが置かれているのも決して珍しいことではありませんでした。

 しかし、そんな台湾が認知度を上げるのにぴったりの風潮が、世界の市場で1990年後半から起こりつつありました。それが「クリエイティブ産業」の振興です。

 自国の商品に独自性を付与することで類似の他国製品との差別化を図ったり、コンテンツ産業に政府が補助を出して人材育成や新作を下支えしたりするこの動きは、既に知名度と独自性の高いコンテンツや製品が多かった日本に於いては、「クリエイティブ産業」の振興促進よりは、むしろ既存の「クリエイティブ産業」の成果を日本の魅力として最大限に政府が活用する「クール・ジャパン」に結びつきました。その一方、これまで日本のドラマやアニメ、漫画によってコンテンツ市場を席巻されていた他のアジア各国では「クリエイティブ産業」振興策が取られ、韓国ドラマやタイBLなど各国独自のコンテンツが続々と誕生し、アジア市場に於ける存在感を増して、これまでの日本作品による独り勝ち状態を徐々に塗り替えていきつつあります。
 そして台湾もまた2000年代初頭の陳水扁総統の下、2002年に発表した「挑戦2008:国家発展重点計画(20022007)」の中で、「人文要素と経済を結合させ、文化産業を発展させる」ことを目標とした「文化創意産業発展計画」を立案し、この動きに参入しました。台湾「文創」時代の幕開けです。

図版4:「台湾独自」を題材とする「台湾アイデンティティ漫画作品」は、台湾のクリエイティブ産業計画である「文創計画」をきっかけに誕生し、どんどん増えています。『いきたいわん!台湾旅行同好会』(秋田書店:著者、ハヤシ、2021年6月初版)は、台湾人作家が日本で発表した台湾アイデンティティ作品。女子高生たちが台湾の美味しいもの巡りをすべく超弾丸な南北縦断旅行に挑む本作は、「台湾なんて退屈」という台湾人留学生や、かつて台湾に住んでいたことがある少女など、キャラの立ち位置と視線が多彩。『陰間條例(いんかんじょうれい)』(著者、Salah-D)シリーズは、台湾ではおなじみの神様「七爺八爺(チーイエ・バーイエ)」*が主役。2009年から同人誌で発表され、今なお本編は商業出版されていないにも関わらず舞台化までされた人気作です。舞台版をコミカライズした『陰間條例 冥戦編』は黒白文化から2020年12月に出版。『神之郷』上下巻(蓋亞文化:著者、左萱、2015~2016年)は台北から少し離れたベッドタウンな桃園市にある大渓の街を舞台に、街全体のハレの日である旧暦6月24日の「関帝誕(かんていたん)」(義に篤いことから商売繁盛の神様として祀られる関羽の誕生日)の祭りに向けて準備を進める人々の人間模様を描いた作品で、デジタルカタパルトから日本語版が配信中。さらに台湾ではこの夏に実写ドラマが放映されました。2018年1月に出た蠢羊さんの同人誌『府城少女力吃上游(府城少女食い倒れ観光)』では、台南市の文創街おこしプロジェクトから生まれたキャラクターである「府城少女」たちが、台湾を舞台にした漫画『棒球人生賽(ベースボールは人生ゲーム)』のキャラクター「湯德灰(モチーフは湯德章)」と「トマス・B」(モチーフはトマス・バークレー宣教師)の二人と共に夜市で屋台巡り。
*七爺八爺は地獄の仲良し獄卒コンビ。諸説ありますが、八爺がある時溺死してしまい、七爺も後追いで首吊り自殺したのを閻魔が哀れみ、二人セットで獄卒にスカウトした、という話が台湾ではポピュラー。背が低く顔が黒っぽいのが溺死した八爺、背が高く顔が蒼白で舌がだらんと出ているのが縊死した七爺です。

 台湾は中華圏にありますが、そのほとんどの歴史に於いて、台湾独自の路線を歩んできています。日本にとっての沖縄や北海道のように。アメリカにとってのハワイのように。

図版5:台湾の歴史は漢民族によるものだけではありません。イギリス人青年が割譲前の19世紀末に台湾の山岳地を旅する幻想譚『柯普雷的翅膀(コプレーの翅)』(蓋亞文化:著者、AKRU、2009年1月初版)や、17世紀の台湾と日本を舞台に「浜田弥兵衛事件」を題材としてオランダ人と台湾原住民族であるシラヤ族、そして日本人とを描いた『蘭人異聞錄』(蓋亞文化:著者、Kinono、2015年~)。『蘭人異聞錄』も第二巻が先日、台湾の金漫奨で「年度漫畫奨」を受賞。

 このため台湾には文化だけを見ても、元々の住民であるオーストロネシア語圏の人々が長年に亘って育んできたそれぞれの部族の文化がありますし、明代から移り住んできた漢民族の文化があります。漢民族の文化もタイムカプセルのように、それが伝来した当時の姿を今なお留めているものもあれば、台湾という土地の条件に合わせて独自の発展を遂げていたりもします。清朝末期からはイギリスや日本も影響を及ぼし、中華民国の文化も初期は雑誌などのメディアを通して、戦後はダイレクトに流入します。加えて国民党政府との関係が深かったアメリカ文化も最先端のものとして生活のあちこちに取り入れられて行きます。

 また中華人民共和国で、既存の価値観を破壊する「文化大革命」が起こり、中国の伝統的な文化が、洗練されたものも土着のものも一緒くたに消されていく中、台湾では国民党政府の下、原住民族の伝統的生活様式なども含めた従来の台湾文化が一律に辺境の田舎臭いものとして軽んじられ、正統派な中華文化の履修と継承が礼賛され奨励されるという台湾の「文化大革命」が行われていました。

図版6:台湾の伝統芸能である、福建から伝来し台湾語で演じられる人形劇「布袋戯」を描いた二作。戦前の全盛期から、他の娯楽に客を奪われた斜陽時代を経て、台湾アイデンティティの一つとして見直されつつある現代までを描いた歴史劇でもある『龍泉俠大戰謎霧人(龍泉侠と謎霧人)』(蓋亞文化:著者、漢寶包- Hambuck -、2014年7月初版。日本語版はデジタルカタパルトから配信中)。『過氣英雄傳(時代遅れな英雄伝)』(黑白文化:著者、米雷、2020年12月初版)はテレビ放映用シリーズの作成を行う現代の『布袋戯スタジオ』を舞台に、新たな布袋戯を生み出している人々の姿を描いた舞台演劇のコミカライズ。布袋戯や歌仔戯(コアヒ・台湾オペラ・台湾風京劇)などの台湾伝統芸能も、白色テロ下では制限を受けていました。またこれらの伝統芸能は台湾語で演じられますが、台湾語の使用自体も白色テロ下では制限されて来たため話者が減り、特に台湾北部ではヒアリングができない者も多いので、現在はテレビやDVDには台湾華語の字幕が付けられています。野外などでのライブ上演では字幕がないため内容が理解できない人も多く、若い観客も伝承者も育たないという日本の伝統芸能と似たような悩みも。『巧藝奇縁(縁を繋ぐも匠の技)』(蓋亞文化:著者、LONLON、2015年~)は道教の寺院である「廟」の修復がテーマ。台湾各地で見られる、至る所に精緻な彫刻の施された華麗な廟は、建築された時代の技術と中華文化の粋を集めた伝統工芸品といっていい建築です。

 民主化後の台湾では、それまでは触れることすらできなかった二二八事件や日本時代を振り返ることができるようになります。それはこれまで「中国の辺境、鄙の地」であり、メジャーな中国史の中ではちらりとしか登場しない脇役に過ぎなかった台湾が、台湾を主役とした台湾史を持っていることを意識し、単なる中国の脇役ではない「独自の文化と歴史を持つ台湾」という誇るべきものへと昇格していく動きとなりました。

図版7:台湾の自然も、台湾アイデンティティ作品のテーマの一つ。『雲之獸 來自遠古的守護者(雲の獣 いにしえよりの守護者)』(蓋亞文化:著者、漢寶包- Hambuck -、2020年11月初版)は台湾博物館にいるユキヒョウの標本とその先祖たちを主人公とした、まだ人間が森に入る前の時代から現代までのユキヒョウたちのファミリーヒストリー(2021年の金漫奨で「政府漫畫奨(政府漫画賞)」を受賞)。『再見信天翁(また会おう、アホウドリ)』(原動力文化:著者、LONLON、2019年9月初版)は、台北市野鳥学会のメンバーによる、傷ついた野鳥の保護と治療、そして再び彼らを彼らが生きる世界に放つまでの活動を描いています。日本時代を描いた台湾漫画の回で紹介した『採集人的野帳』も、日本時代を描いた歴史漫画であると同時に台湾の自然を描いた漫画でもあります。

 一種のナショナリズムであるこの動きと、海外市場での存在感アップという国威発揚が目的である「文創」とは、非常に親和性の高いものです。国内での自給自足率アップと外国製品の排除より、海外市場に於ける自国製品の存在感アップに重点を置かれているため一見わかりにくいのですが、クリエイティブ産業「文創」とは、そもそもイギリスで始まった当初から、国産品振興のための政策でした。

 しかしここである意味幸いだったのは、台湾製品に付与されるべき独自性の基盤となる「台湾アイデンティティ」が決して一枚岩ではなかったことです。
 「台湾アイデンティティ」の中には、日本時代以前の清代から長年に亘って「非原住民化」を強いられ続けてきた台湾原住民が自分達のそもそもの姿と文化、誇りとを取り戻そうとする復権運動も含まれていました。台湾の複雑な歴史は、「台湾人」とは何か、の定義をも一言では言い表せられないものにしていたのです。

 この国家としての台湾の複雑性が、「文創」と「台湾アイデンティティ」に含まれるナショナリズムをも、決して単純な「台湾スゲー」にはさせ得ませんでした。そして台湾の文創産業自体も、海外市場で戦えるよう商品にバックボーンを付与するためだけに台湾アイデンティティを消費するのではなく、むしろ台湾に於ける社会運動の一部、これまでの台湾社会に於ける様々な不足分を補うためのツールとして文創産業が活用されていると言っていい状態になりつつあります。

図版8:台湾の文創に関する日本語資料は、『TAIWAN FACE GUIDE FOR 台湾文創』『TAIWAN EYES GUIDE FOR 台湾文創』(トゥーヴァージンズ:監修、小路輔、2018年12月と2020年10月初版)の二冊がおすすめ。活動内容やジャンル、携わる人々の幅広さがわかります。

 一方、2009年に「CCC創作集(Creative Comic Collection 創作集)」が創刊されたことで、台湾漫画も文創産業時代に足を踏み入れました。実際には「国家発展重点計画」の中で既に漫画とアニメも振興対象として言及されているため、ようやく漫画にも順番が回ってきたということになります。
 この時期、実は台湾漫画は瀕死の状態でした。白色テロ下で自由な創作活動を封じられ、日本漫画の模倣に走るしかなかった台湾漫画ですが、それでも民主化へ向けて徐々に規制が弱まる中、単なる手描きコピーの時代は終わってオリジナリティが芽生え始め、鄭問のような作家が生まれてきてはいたのです。しかし、民主化以降なだれ込んできた日本漫画の戦後42年間分蓄積されたコンテンツは、それらの漫画家の大半からあっさりと読者を奪い取っていきました。
 一部の漫画家の作品はこの時期に日本進出を果たしていたのですが、それらも90年代末期からの出版バブル崩壊で日本人漫画家すらマイナージャンルの描き手が次々と作品発表の場を失って消えていく中、ほとんどが淘汰されます。

図版9: 1994~1995年にムービックから刊行された台湾漫画『梵天変』(著者、高永)全三巻。台湾版は大然出版社から1990~1992年に刊行。シリーズものの第一部なので、本作単独ではあくまでも第一部完。隋が興る前の南北朝時代、仏教信仰が隆盛を極める中国。仏弟子阿難陀が昔、兄である仏敵提婆達多の魂を封じた経典「梵天経」を探しに西域へ赴いた青年、劉玉。彼は自分が阿難陀の転生であり、倒すべき提婆達多は現世での兄だと告げられるのですが、その背後には提婆達多を邪魔ものと見做す仏弟子たちの陰謀がありました。さらには阿難陀の魂が二つに分かれて転生していることが明らかになり……。この時期の台湾の少女漫画は、絵柄こそまだ日本作品の影響が顕著に見受けられますが、ストーリー面では既に独自路線を進み始めています。

 また元々紙の漫画雑誌が少なく、デジタル移行前で個人が作品を発表できる場もほぼなかった当時の台湾では、漫画家とコンテンツの育成以前に、その環境が新たな描き手と作品の誕生自体を阻害していました。
 台湾独自のコンテンツ、他国の漫画家では描けない作品、そしてそれらの発表の場と、その描き手。2000年代の台湾漫画界はこの四つを至急生み出す必要があった。そういった状況下、見つめ直されつつあった「台湾史」「台湾文化」「台湾の自然」を題材にした漫画を描く場として「CCC創作集」が誕生したのです。つまり、CCC創作集をきっかけとして生まれ始めた台湾アイデンティティ作品とは、実はその誕生に政府が大きく寄与していたジャンルだと言えます。

図版10:CCC創作集第二期全26巻。「国家発展重点計画」の中に含まれていた文化芸術や歴史資料のデジタルアーカイブ化とそれを用いた学習計画を執行中だった台湾の国立アカデミー「中央研究院」は、2009年にこの計画の一環としてCCC創作集を創刊しました。台湾独自の文化や歴史を題材とした漫画やイラスト小説を制作し、その創作過程でのデジタルアーカイブ活用ともども、計画の成果として提示しようという目的で創刊されたCCC創作集は、最初の四冊が同人誌即売会やブックフェアなどで無料配布され、新しい台湾漫画の見本として活用されます。その後、2012年に中央研究院は計画の執行を終了し、これまでの成果を永続的なものにしようという新たな計画に着手。この段階でCCC創作集は蓋亞文化から有償雑誌として発行されるようになりました。

 さて、これは「表現の自由」とは対極にあるのではないでしょうか?
 国益のためのコンテンツ振興政策。作品テーマは検閲を受けるまでもなくあらかじめ、こういうもの、と定められたお仕着せ。これは「金は出すが口も出す」という姿勢ではないのでしょうか?描き手たちは「御用漫画家」ではないのでしょうか?そしてこれは本当に台湾漫画の振興に繋がるのでしょうか?

 結論としては、繋がりました。
 これは、ただし「奇跡的に上手く行った」と言った方がよい気がします。「CCC創作集」のこの編集方針は、仕事にありつくために漫画家自身がそもそも描きたかったものを捨てて台湾アイデンティティ作品を描くといった忖度をも生みかねないものだった。台湾アイデンティティ作品が、誰も見向きもしないつまらない官製漫画、政府による単なる自己満足の駄作、利権ビジネスの温床へと堕さなかったのは、作り手全てが漫画好き(オタク)であり、表現の自由を徹底的に守り抜けたからこそだと言えます。

図版11:台湾アイデンティティ作品の分野では、妖怪や、心霊現象を扱った作品率も高め。『妖怪台湾』(聯經出版:著者、何敬堯、イラスト、張季雅、2017年~)シリーズは、一巻目の日本語版刊行が決まっているそうです。『婆娑島妖事錄(台湾怪異録)』(聯經出版:著者、提克-TICKER-、2021年3月初版)は、養母に苛め殺された少女の霊の妖怪や、猫や犬の死体を使って人間が作る使い魔など、台湾では馴染み深い妖怪が日本時代を舞台に活躍するオムニバスで、表紙は猫鬼(化け猫)の少女。実は全編、アナログの水墨画で作画されています。『百鬼夜行誌』(時報出版:著者、阿慢、2013年~)は台湾や日本の妖怪、怪奇現象を百物語的に描いたホラーで、現在までに6冊が刊行。かわいい赤鬼に騙されて読むと、けっこうえげつない怖さがあります(実は『婆娑島』と同じ妖怪も出てくるのですが、テイストの差がすごい……)。『鬼要去哪裡?(幽霊さん、あなたはどこに行きたいの?)』(遠流出版:著者、韋蘺若明、2019~2020年)は幽霊と会話ができる少年と少女が、様々な事情を抱えた死者と出会い彼らを見送る物語。この作品のように、幽霊や神々と言った異界の存在との交流を描いた作品も多く、『綺譚花物語』や原作の楊双子さんのデビュー作『水面の月を掬う人』もそういった要素を持っています。また異界の存在を目にすることが可能な人間が探偵役を務め、殺人や誘拐などの刑事事件を解決するタイプのサスペンスも人気。『不可知論偵探(不可知論探偵)』(獨步文化:原作、薛西斯、作画、鸚鵡洲、2021年~)はそれとも一味違い、生け贄殺人事件の捜査にアドバイザーとして参加することになった道士の青年が主人公の民俗学ホラーサスペンスです。

 他の文創産業と同じく、台湾アイデンティティ作品も当初想定された枠を超え、自由闊達に発展を遂げていこうとします。計画の根底にある「人文」、「人が創り出した文物、文明」の範囲は広大ですが、それに対し政府が資金援助の対象になる「文物、文明」の範囲を区切るといったことは一切なかった。このため作家側も資金援助を得るためにおもねってわかりやすい題材を選んだり、表現を控えるといったことは一切なく、台湾アイデンティティ作品にどこまでも真っ直ぐな発達を促すことができました。

図版12:文創商品の対象となる「人文」も色々。日本時代に刊行されていた雑誌の表紙絵を使ったクリアファイルや、故宮博物院の資料に残されていたかつての皇帝によるメモの筆跡を使ったマスキングテープなど、歴史や博物館の収蔵品、伝統芸能や行事はポピュラーな題材ですが、街中の看板を題材にしたシールや、台湾観光旅行を双六のように楽しめるカードゲームなど、台湾の全てが対象に成り得ます。Tシャツブランド『TAIWANIZE』は台湾のアニキ文化や窓に付ける防犯用の飾り模様鉄格子など「日常の中の台湾っぽいもの」をデザイン。台湾ではおなじみの給水塔や屋上(違法)増築のある雑多な屋根の上の景色をイラスト化した『ROOFTOP’S LIFE@TAIWAN』シリーズは文具や日用品に幅広く展開中。
タピオカミルクティーもキーホルダーになったり、『Mori Shu』ではウサギで表現されたり。
図版13:台湾アイデンティティ作品の対象となる「人文」も範囲が広く、葬祭儀式や、コンビニの台頭で消えゆく雑貨店(柑仔店―カムアーディエン―)といったものも題材に。『送葬協奏曲(別れのソナタ)』(蓋亞文化:著者、韋蘺若明、2020年2月初版)は葬儀社を舞台に、孤独死や特別清掃といった社会問題、エンバーミング、泣き女、牽亡歌陣といった風習まで、「死」にまつわる様々な物事を取り上げています。『用九柑仔店』(遠流出版:著者、阮光民、2016~2019年)はドラマ化され『いつでも君を待っている』のタイトルで日本でも放映。文創商品ともども、これまではダサさと見做されてきたものの多くが、「レトロ台湾」として見直されて新たな価値観を産み、スクラップアンドビルド中心だった街づくりにも、レトロ建築の保存と再生の割合が増えるといった動きにも繋がっています。

 また、この時期は、同人誌市場の台頭や、デジタル移行による様々なプラットフォーム誕生により、個人での発信を含めて作品発表の場がそれまでに比べて大幅に増えた時期でもありました。このため、「CCC創作集」以外にも作品発表ルートは常に確保されていましたし、台湾アイデンティティに縛られることのない創作もまた可能だったのです。

図版14: Facebookページでの連載の後、時報出版から単行本が刊行されている『棒球人生賽(ベースボールは人生ゲーム)』(著者、蠢羊、2019年~、最新第六巻が2021年10月19日発売済み)。台南の夜市で働いている少年には、実は星飛雄馬並みの投球センスが! コーチにスカウトされ高校野球を始めるものの、野球が面白くなってくるにつれ、徐々にそれまでとの生活の両立は困難になってきます。同人誌『府城少女力吃上游(府城少女食い倒れ観光)』に出演した「湯德灰」「トマス・B」の二人は、主人公のライバル校の選手。また『日安,帕頌先生(ようこそ、パズルハウスへ)』(著者、墨里可-MORIKU-、2017年8月初版)は雑誌『ACCC浪漫』での連載後、作者自身がISBNを取得して個人出版した作品です。

 結果、台湾アイデンティティ作品の誕生を受けて、台湾漫画自体がこれまでの「日本漫画を源流とした発達」という枠組みから大きくはみ出していくことになりました。取り上げる題材や絵柄、漫画文法も、「日本漫画流」に限定されることなくアメコミやバンドデシネ風のものになったり、またはバンドデシネ風題材をアメコミ風キャラデザと日本漫画風コマ割りで描く、バンドデシネ風コマ割りの中に日本漫画風コマ割りが取り入れられている、といった複合的な作品も誕生するなど、独特な発展が見られるようになっていきます。

図版15:新しい絵柄の台湾漫画達。『來自清水的孩子(清水から来た少年)』(慢工文化:原作、游珮芸、作画、周見信、2020年~)は全四巻予定。太平洋戦争期の日本時代に少年時代を送った少年は、青年時代を迎えると白色テロに巻き込まれて、離島の刑務所で思想改造を施されることに。少年時代に通った学校の先生は、助詞の使用がやや不自由。日本風に改名した台湾人であることが、この前のページで明かされています。日本語版出版が決定済み。アニメ映画が日本でも公開された『幸福路上(幸福路のチー)』漫画版(大塊文化:原作、宋欣穎、作画、羅荷、2021年~)は単なる映画のコミカライズではなく、映画には入りきれなかったエピソードも盛りだくさん。『Fudafudak閃閃發亮之地:Formosa環保小農奮鬥記(まばゆく輝ける地:フォルモサの環境保護農家奮闘記)』(前衛出版:著者、林莉菁、2019年12月初版)は、台湾原住民族の伝統的な暮らしと台湾の自然とがこれまでの台湾開発によって破壊され続け、その開発にストップが掛かった今もなお回復に至っていないことを描いた作品。「Fudafudak(まばゆく輝ける地)」とアミ族が呼んでいた海岸は、日本時代に「杉原湾」と新たな名を付与され、近年ではリゾートホテル建設計画とそれに伴うホテルのプライベートビーチ化が持ち上がります。大規模な反対運動が起こり、最終的にホテル開業は断念されましたが、建設済みの建物が住民と浜辺との間に壁のように聳えている状態は今も変わりません。

 とは言え、その一方で台湾の漫画市場に於ける主流作品とは相変わらず日本の漫画です。2021年現在なら『呪術廻戦』が二次創作対象としても人気ですし、『鬼滅の刃』のコスプレをした子供たちは台湾のハロウィンでも大勢出現したようです。『名探偵コナン』の映画も台湾では毎年7月末に字幕付き日本語音声で封切られる定番の夏休み映画(2020年の『緋色の弾丸』は2021年に日本と同時公開されました)。加えて近年は中国のプラットフォーム上で発表されたオンライン漫画*も大量に流れ込んできています。

*ネット上で繁体字変換するだけで不自由なく読める中国オンライン漫画は、日本作品と違って翻訳コストが掛からず、その分読者の金銭的負担も少なくなります。この点を考えると、今後は日本漫画の中でも台湾に翻訳輸入されるのはアニメ化レベルのヒット作だけとなる可能性もあるでしょう。日本との人口比から初版部数も日本に比べてかなり少ない台湾市場では、各出版社がこれからのヒット作を先んじて輸入しようと青田買いにしのぎを削っていましたが、今後はそういった需要が消えていくかもしれません。
図版16:2020年8月に新宿南口の紀伊國屋洋書店内にオープンした台湾書籍コーナー。日本国内に居住する台湾人の利用を念頭に置き、台湾の紀伊國屋書店店舗に於ける売れ筋商品を中心とした品揃えで棚が構成されたこの時点では、漫画コーナーに台湾漫画はほぼなく、ラノベBLコーナーにも日本と中国作品の進出が著しいことが見て取れます。

 2012年に有償雑誌としての発行に移行したCCC創作集は、その後、売り上げの低迷と販売部数の低下を受けて、2015年に発行された第20号を最後に休刊しました。しかしこの段階では台湾アイデンティティ作品はまだまだコンテンツとしては脆弱。このため台湾アイデンティティ作品の作成をサポートすべく、中央研究院のデジタル文化センターが文化部のバックアップを得た上で、月刊誌としての2年間の発行計画を立て、2017年に復刊が行われます。復刊したCCC創作集は2019年に「文化容策進院」に移管され、2020年の第26号を最後に紙版での発行を停止、同年8月からは無料で閲覧できるWEB雑誌として新たなスタートを切りました。

図版17:CCC創作集トップページ。今週の更新作欄にある『貓與海的彼端(猫と海の彼方)』は『綺譚花物語』の作画担当、星期一回収日さんの新作(2021年10月オンライン連載開始)。台中市郊外の「眷村」で育った主人公は、小学校時代、クラスに馴染めず息苦しい日々を送っています。そんな彼女に初めてできた友達は、クラス替えで隣の席になった少女。それでも初めての友達相手でも、自分の本心を伝えられない時はあって……。本心を口にできないことで相手を失望させてしまう不安から隅で黙りこくっていた時、こんな言葉が掛けられます。「言えないことがある時は、猫の言葉で話そうよ」。第二話まで掲載中。ストーリー原案は陳巧蓉。

 WEB雑誌版「CCC創作集」では今も新たな作品が次々に発表されていますが、そこからは徐々に「台湾アイデンティティ」を真っ向から扱った作品が減りつつあります。
 だからと言って台湾漫画が再びその特徴を失って、かつての源流である「日本漫画」風へと回帰しかけているのかと言えば、そういうことは全くありません。むしろ台湾アイデンティティ作品は「CCC創作集」を既に離れ、台湾漫画の一スタイルにまで昇格し、自らの力で発表の場を切り開いていけるまでに成長した。そして台湾漫画自体も、台湾アイデンティティ作品という枠に縛られず、台湾アイデンティティを下敷きとして存在する台湾社会を描く、もしくは表現の自由がある台湾社会を下敷きとした幅広い表現、という新たな段階へと進化したのだと考えていいでしょう。

 ただし、「台湾漫画」は前にも述べた通り、まだまだ台湾の漫画市場に於いてメジャーな漫画ではありません。海外での評価は高く、海外翻訳もされているものの、台湾国内に於いてはむしろ意識高い系の読者が好む「台湾ニュー漫画」の位置にあり、その流通は一般書店の漫画コーナーではなく、漫画専門店や、こだわりを持った店主のセレクト書籍で棚が構成されているタイプの店舗が中心になっていることも事実です。とは言え、台湾漫画の現状の基盤となっている「文化創意産業発展計画」の目的自体が、海外市場に於ける台湾漫画の知名度と価値を高めることにあり、国内市場はそもそもターゲットではなかったことを思えば、これは当然の結果であり想定の範囲内のはずです。

図版18:少女の姿で現世に降臨した媽祖と道士の少年が、1999年の大地震以来怪異の侵略を受けるようになった台湾で活躍する『冥戰錄』(未來數位:著者、韋宗成、2010年~)は現在第十二巻まで刊行中。一巻二巻のリライト版である『天妃現世 上下巻』も出ています。媽祖*を題材としている、という点では台湾アイデンティティ作品の範疇ですが、萌え系のキャラデザとアクション満載な内容から普通に少年漫画としても人気を得、キャラクターが色々な場所でコラボするなど知名度も高い本作。ヒロインである林黙娘(リン・モーニャン)は「台北のセンター街」と呼ばれる若者の街「西門町」の公式看板キャラクターも務めているほど。キャラクターの一人が『陰間條例』の舞台にゲスト出演した他、本作自体も「歌仔戯(台湾オペラ)」版が上演され、更には現在アニメ化企画が進行中。
*媽祖は海上交通の安全を司る女神。台湾へ移民する際、船が無事に台湾へ着くようにと媽祖像を携える人が多く、何事もなく到着した後はそれぞれの入植地で祀られたため、台湾には非常にこの女神さまの廟が多いです。実は日本でも水戸光圀が勧請し海上交通の難所だった北茨城市の天妃山神社のご祭神にしていたのですが、幕末にご祭神は弟橘姫に変わりました。

3、台湾でしか出せなかった漫画と、今後の台湾漫画

 今後の台湾漫画、そして台湾の書籍市場そのものの今後の風潮を示唆するのではないかと思える一冊の漫画の出版が、昨年2020年の台湾では行われました。

『被消失的香港(消失「させられた」香港)』:著者、柳廣成

図版19:蓋亞文化、2020年7月初版

 この漫画は香港を描いた作品でありながら台湾で出版され、香港では店頭販売すらできない状態にあります*。作者は2021年に香港を離れ、台湾での生活を始めました。

*越境出版というべきこの状況はこれまでもあり、政治的に敏感な題材を扱ったもの(中国ではそもそも出版できないか、出版されていても部分的にカットされた不完全版)の他、中国の創作プラットフォームで発表されたBL小説も、台湾での出版が盛んです。中国で出版済みのものであっても、ラブシーンをカットしていない完全版は台湾繁体字版としてしか出ていなかったり、またそもそも著者が台湾出版社に直接原稿を送付して台湾でのみ出版されているBL本、さらには台湾と日本の同人誌即売会でのみ活動する中国BL作家による個人サークルもあります。創作プラットフォームで作品がロックされる事態が相次ぐ現状を見るに、今後ますますこういった作品は増えていくかと思われます。フランスでのみ出版された中国漫画もありますが、「外国勢力との結託」と見做される危険が出てきた現在では、中国が「自国の一部」だと明言している台湾での出版であれば、文句のつけようもなく一番安全だとも言えます。また香港での漫画の出版状況、販売網の状況などについては、2021年11月3日に開催された「おもしろ同人誌バザール」「大香港研究会」さんが発行した突発コピー誌『それでも描くんだ。香港の自主性あふれる漫画家たち』にかなり詳しく情報が載っております。

 香港では20193月から始まった「反送中」デモ。警察の対応は次第に暴力的なものとなり、香港デモ隊は6月半ばからは、怒りを現す黒で身を包むようになっていきます。そして20201月の台湾総統選挙では、蔡総統の再選を目指す与党民進党が投票前夜に総統府近くの凱達格蘭大道(ケタガラン通り)*で開催した応援大会の会場に、香港から多くの黒衣の若者が訪れていました。

*総統府の真正面から東へ向かう道路で、10車線ある幅の広さから様々な大会などの会場として利用されることが多い通り。凱達格蘭大道という名称は、名前はかつて台北周辺に居住していたものの既に固有の文化や歴史、言語などの継承が途絶えてしまい、民族コミュニティとしては存在が確認できなくなってしまっている台湾原住民族「ケタガラン族」から取られています。ここではこの前日の昼間、野党国民党による韓国瑜総統候補の応援大会も開かれていました。

 香港の選挙の中で唯一、ほとんどの枠を市民が直接投票で選ぶことができる「区議会議員選挙」*1124日に終え、返還以来最高の投票率で大勝利を収めたばかりの彼らは、それでも香港の行く末を決して楽観視せず、最後の応援大会で「香港独立」の旗を振り、応援大会が終わった後の路上で、香港の現状を訴えていたのです。

*香港の選挙の中では最も民主的な区議会議員選挙でも、479議席のうち27議席は市民による直接投票の対象にはなっていません。また立候補段階で候補者に制限が課せられ、ジョシュア・ウォンは立候補ができませんでした(これ以外の選挙では、市民が直接投票で選べる議席枠は半分以下)。そして、この時に当選した388人の民主派区議会議員も、20215以降、次々に辞職を余儀なくされています。これは202071日の「香港国家安全維持法(国安法)」施行以降、香港の公務員や立法会議員に義務付けられていた「香港基本法、国安法、中国政府」への忠誠の宣誓が、20215月から区議会議員に対しても義務付けられることとなったためです(更に「忠誠心」の有無は宣誓によってではなく、香港政府によって恣意的に判断される旨や、免職された場合これまでの議員報酬などを返還させられる可能性が示唆されたため、経済力に乏しい若手の民主派議員は、免職される前に自主的に辞職するしかなくなりました)。

 台湾にとって香港は、坑道のカナリアのような存在です。一国二制度はそもそも台湾との統一のために中国によって考案されたものでした。もし中国と統一するという未来を台湾が選んだ場合、現在の台湾人が最も懸念するのは、民主化によってようやく勝ち取った自由と民主主義が再び失われ、中国共産党による新たな白色テロ時代が開始されることです。台湾の自由と民主主義を守る砦となるはずだった一国二制度。香港での実施は、台湾に適用する前のテストのようなものでもあったのです。それがあっさりと踏みにじられたことで訪れた香港の自由と民主主義の危機は、台湾にとって決して他人事ではありませんでした。

図版20:応援大会会場で香港から来た人々が掲げていた旗。彼らのスローガンは当初の「反送中」から、「五大訴求、缺一不可」に変わり、「光復香港、時代革命」を経て「香港独立」になっていました。
図版21:応援大会終了後、道端で香港民主派カラーである黄色のプラカードを掲げ、一国二制度の末路を台湾人に示してみせる香港人。この日はデニス・ホーも壇上で蔡さんの応援演説をしていたような気がするんですが裏付けが取れなかった。
図版22:偶然にも2019年8月の台湾からの私の帰国日は、香港デモ隊が空港を占拠した日。桃園空港ではフードコートなどにスタッフが巡回し、香港便のキャンセルに気付いていない乗客がいないか確認の声掛けが行われていました。

 香港で行われたデモに対する警察の暴虐はまさに第二の天安門事件であり、一国二制度は中国が気まぐれに投げ与える自由の中でしか成立し得ない程度の信用に値しないものであること、中国政府が自発的に民主化を選ぶこともあり得ないのだということを半年以上の長きに亘って台湾にまざまざと突きつけ、中国と距離を取ろうとする方針の蔡政権の継続を台湾人自身が選択するに至らせたのです。

図版23: 2019年夏、台湾大学正門付近の地下道に設けられた、デモ隊を応援する大規模なレノンウォール。7月26日に有志によってゲリラ的にまず設置されたものの、無許可展示ということで僅か2時間後に一旦撤去されます。レノンウォール自体が、そもそもゲリラ的に匿名設置される場合が主流ではあるのですが、立ち止まって眺める人が続出し通行が滞る事態になったこと、中国からの来台者との間でいざこざが発生したことなどが原因で、短時間での撤去に繋がりました。その後、今度は正式にこの地下道の北側半分について使用許可を取り、スタッフがガードするといった措置も講じた上で、8月2日から21日まで改めて設置されます。足元には大判のポストイットとペンが用意され、見学者がメッセージを記してレノンウォールに参加できるようになっていました。

 その後、2020年7月に香港では「国安法」が施行されます。香港人が心に抱き続けてきた懸念、映画『十年』で彼らが描いた不吉な予感は、その予想よりもはるかに早く現実のものとなりました。香港返還の8年前にあたる1989年に起こった天安門事件に、世界は衝撃を受けなかったでしょうか?
 香港人は衝撃を受け、1997年に中国のものとなる運命が決まった香港から多くの人が脱出し、様々な方法で欧米諸国のパスポートを手にする状況が続きました。香港人の不安と恐怖を目の当たりにしながらも、香港返還という決定を覆すためには誰も動こうとはしなかった。

 1945年の日本降伏後、台湾は中華民国へと返還されます。この時のことを描いた書籍の邦題は『裏切られた台湾』ですが、原題は『売り飛ばされた台湾』でした。香港もまさに『売り飛ばされた香港』ではなかったでしょうか?
 一国二制度という鎧をまとい、中国に自由と民主主義をもたらす白馬の騎士の如く、万雷の拍手で送り出された香港は、香港自身の自由と民主主義をまず守り抜こうと最前線で孤軍奮闘した挙げ句、返還から僅か23年で息の根を止められてしまった。この本は、まさにそのタイミングで「台湾で」出版された本です。

図版24:「なんでだ? デモなのに」「マスク、ヘルメット、ゴーグルの基本装備すら装着してないなんて」「万一、警察が催涙弾を撃ってきたら?」「警官隊にそんなに近付いて大丈夫なのか?」「わかってるのか? 死体になって海に浮くかもしれないんだぞ?」「……あ、そうだ」「今いるここは台湾なんだった」(『被消失的香港』P76、77)

 台湾の自由は一朝一夕に生まれたものではありません。そして決して盤石でもない。その薄氷のように脆い自由の上に成り立っている台湾漫画は、だからこそ台湾社会を描いていようがいまいが、台湾社会と密接に繋がっている。

 台湾漫画とは何なのか。台湾的なものを題材として描いている、台湾の気配が画面から感じられる、そういうものだけが台湾漫画なのか?

 台湾が自由で民主的な社会であるということを前提として生まれてくる全ての作品が、台湾漫画なのだと私は思います。台湾漫画は今後ますます多様化し、その多様化の根底には表現の自由がある。そして世界が台湾漫画に対して求めるものも、作品を通してそれを感じられるか否か、が今後は主流となってくるのではないでしょうか。

「台湾漫画も自分達も鳥籠育ちの鳥で、今、改めて飛び方を学び直している」。

 これは楊双子さんのスピーチにあった言葉です。そして彼女はこうも述べています。

「台湾漫画はファンタジックな世界を――現実とも、台湾アイデンティティとも無関係なものを描くことができる。しかしそれと同時に、台湾漫画は台湾人自身の物語を描くことができるようになった。それを避ける必要など断じてなくなりました」。

 ファンタジックな物語だからと言って、現実から完全に乖離することなどできるのでしょうか? 創作は、必ずどこかで現実と繋がっている。現実を敢えて書かないか、現実を反映させるかの違いはあっても、そこには必ず「現実」が浮かび上がり、読者はそれを読み取ります。

図版25:「争取100%自由(100%の自由を勝ち取れ)」。これは1989年4月7日に亡くなった台湾の民主化運動家、鄭南榕の主張。1987年7月15日の戒厳令解除後も、台湾はまだ決して自由になった訳ではありませんでした。4月7日は今では台湾の「言論の自由の日」となっています。そして思想と言論をも内乱罪の対象に含めていた刑法第100条が修正され、この法の適用対象が「実際に行動を起こした者」のみとなった1992年5月16日こそが戒厳令が真に解除された日だと認識されるようになりつつあります。

 描いてはならない題材などない。描いてはならない表現などない。これこそが台湾漫画の最大の強みです。無限の大空がそこにある限り、飛び方を学ぶことはいつでもできる。手遅れになることなど決してないのです。

図版26:白色テロの時代、警察や憲兵は市民にとって恐怖の対象でした。現在の台湾では、事件捜査に奔走する警察官を、時にはその日常の姿まで含めて描いた作品が多く生まれています。ヨーロッパ風の街を舞台に、天才児の登用計画で警察官僚になった幼い少女と、犯罪者の登用計画で捜査官になった元指名手配犯な部下たち、そして女性警官が活躍する『特務同盟』(東立出版:著者、飄緹亞-プユティアルト-、2015年~)は、現在四巻まで刊行中。『走在陣的路上(八家将の歩く道で)』(開拓動漫:著者、衛謙里、2020年5月初版)は台湾のお祭りなどで神々に扮する「八家将」のパフォーマーである青年と警官が主人公。捜査中に交通事故に遭い昏睡状態に陥った警官は、気が付くと魂だけが八家将青年の彼女である女性の身体の中に。「女体化」してしまった状態にもかかわらず普段通り「男」の感覚で仕事に励もうとする警官。その無謀な行動から恋人の「肉体」を守るため捜査に付き合ううち、八家将青年も事件に巻き込まれていきます。版元である「開拓動漫(ファンシーフロンティア:FF)」は台湾の二大同人誌即売会の片方。CWT(コミックワールド台湾)が割と女性向けと言われるのに対し、こちらは割と男性向けと言われます(とは言え、実際はサークル一般参加者共に、どちらにも参加しているパターンが多め)。開拓動漫は『陰間條例』など同人誌で発表された作品の出版に進出。『陰間條例 総集編』の出版時はまだ公式同人誌という扱いでしたが、現在はISBNを取得し、一般流通が可能な書籍として発行されるようになっています。
記事へのコメント

すごいボリュームだ。
なにかのななめ読みか又聞きで、フランスでも助成金みたいなのを受けて執筆しているBD作家が居る、という話を聞いたことがある。「政府が芸術に対して支援をする割合が日本に比べて高い」ということだったと思うんだが、台湾のマンガにもそんな背景があったんだなぁ。

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