はなおとこ
花男
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あらすじ

ク-ルで常識的、成績優秀な小学3年生の茂雄は母親とふたり暮らし。夏休みを迎え、さあ、これから塾だ、がんばるぞ!というその時、母の花織から、夏休みの間、父のもとに行って暮らすようにと言われたからびっくり。何といっても父は、プロ野球の選手になるといって家を飛びだし、30歳となった今もその夢を追い続けている「夢追い人」なのだった。

しょうねんはこうやをめざす
少年は荒野をめざす
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あらすじ

【あの少年は私 今もあの青い日向で世界の果てを見ている】浅葱中・名物トリオの一人、狩野都。小説を書き、いつも不思議な雰囲気を漂わせる狩野は周囲から浮いてはいるものの、管埜と小林と3人で学校生活を楽しんでいた。しかし時は受験シーズン。否応なしに現実を突きつけられる日々の中、狩野は黄味島陸と出会う。彼は狩野の心に棲み続ける少年にそっくりだった…。揺れ動く青春と影、第1巻。

荒野から荒野へ

本作は『月刊ぶ〜け』(集英社)1985年9月号から87年9月号に連載された。初回掲載号の巻末にある編集室からのコメントで本作は「初の長期連載をめざした本格学園ロマン」と説明されている。ここから学園モノであった前々連載作『月下の一群』の好評(パート2が出るぐらい人気作だったようだ)を受けて企画された連載だと想像できるが、実際『月下の一群』の話数を越える長期連載となった。 それまでの作品で培われた技量や心理描写が存分に発揮された、初期の吉野先生の総決算的作品である。 幼い頃の狩野都は入院生活をしていた兄の目であり足であった。狩野は自分と兄の区別をつけられなかった。兄が亡くなる5歳まで、狩野は少年だった。女子中学生である今も、少年でいたいと願っている。狩野は黄味島陸と出会う。陸は5歳の狩野が少年のまま成長したような姿をしており、狩野は陸に理想の自分を見出す。理想の自分がすでに存在するのなら、現実の自分は存在しなくていい。そう感じた狩野は逃げ出す。陸を殺さないために。 これが序盤のあらすじである。以降は狩野だけでなく陸の内心も明かされ(陸もまた、複雑な内面を持つ少年である)、より広い範囲にリーチするテーマを持つようになる。 自分は少女だったことはない。だから何を言っても的外れになる気がする。ただ現実の自分という存在への疑問というのはきっと誰にだってある一般的なもので、それはいつまでも続くと思っている。すごく雑にいうと、「これ自分じゃなくても代替可能だなー、ならそもそもいなくても大丈夫じゃね?」みたいな感じ。 スペシャルになることがない人、言ってしまえばほとんどの人は、その問いに対する答えを持っていないはずだ。それがどうしたと問いそのものを蹴っ飛ばす、現実に在る自分を認める、ないしは諦めるかしかない。(もっとも、この問いが見えないぐらい他の事柄に追い込まれてるという場合もあるのだけど、それは本作で描かれる領域の外にある別の途方もない問題) (以下は既読者に向けて書いているので、知りたくない人は次の段落まで飛ばしてください) この物語の結末でも、狩野は逃避の果てに現実の自分だけが自分であることを受け入れざるをえなくなる。その表情から晴れやかさは読み取ることは出来ない。得られたのは「書き続けよう」や「書き続けたい」という自発的な意志でなく、「書き続けなければならない」という運命。荒野を冒険して行き着くのも、荒野なのだ。これは狩野よりうんと歳をとった自分の方が重々承知するところだったりする。吉野先生も『瞳子』(小学館、2001年)のあとがきで「年齢を重ねると少しずつ人生の謎は解けていきますが、だからといって不安が無くなるわけではないし、情緒が安定するわけでもありません。」と書いていた。 ではこの物語は、狩野の足跡は、何も意味がないものなのか? 以下はマーガレットコミックス版「少年は荒野をめざす」1巻(集英社、1995年)のカバー折り返しにある吉野先生のコメントの引用である。 「川の向こうで、自分と同じように不器用に、しかし必死に戦っていて、たまに手を振ると手を振り返している。対岸の戦友、『狩野』はそんな少女でした」 狩野は荒野にいる読者のひとりひとりに手を振っている。それが誰かの胸に深く届いて、荒野を行く・耐える力になる。自分はきっとそうあってほしいと願っている。 なお先述した「現実の自分いなくてもいいんじゃないか」問題、これについて答えは出せないと書いたが、実はひとつの解答が終盤でサブキャラクターにより語られている。この答えのやさしさはとても吉野先生らしいと思うし、自分に出来る最大限ってそれだよなと思ったりする。 絵について書くと、吉野先生的ベーシックが一旦の完成をみたのが本作だろう。冷たさを覚えるような、おそろしいほど美しく繊細な絵である。 特筆したいのが本作終盤に顕著なソリッドな線で、緊張感のある物語と合わさり特有の魅力がある。この硬質さは吉野作品ではあまり見られない傾向で、本作の独自性をより高めている。 余談ですけど当時の『ぶ〜け』はぶ〜け作家陣として内田善美先生や水樹和佳先生、松苗あけみ先生がいる上に、総集編にくらもちふさこ先生や一条ゆかり先生が掲載されているみたいな、画力の天井がはちゃめちゃに高い雑誌でした。そういう状況が吉野先生の絵をより研ぎ澄ましていったのでは?と自分は考えています。 本作で描かれる現実の自分/理想の自分といった一対、あるいは閉じた関係・世界は『ジュリエットの卵』や『エキセントリクス』など以降の吉野作品で度々取り上げられたテーマである。特に『ジュリエットの卵』は吉野先生自身がインタビューで「「少年は荒野をめざす」の主人公がわりと女を否定するところから描きはじめたキャラクターだったので、今度は全面的に肯定するところから描いてみよう」(『ぱふ』1990年1月号、雑草社)と語っているように本作での試みの変奏として描かれはじめており、発展的にこのテーマに挑んでいると思う。 他のテーマで見逃せないのが、時が経ち少年から少女・女に収束していく違和感や、女であるゆえに起きる問題への戸惑いや怒りだ。本作では狩野が陸から女として扱われない、しかし他人からは女として扱われてしまう、そのうまくいかなさを際立たせる意味合いが強いからか、切実ではあったが大きくはフィーチャーされていなかったように思う。このテーマは以降の『ジュリエットの卵』や『いたいけな瞳』収録の「ローズ・フレークス」、そしてなんといっても『恋愛的瞬間』……これらの作品で真摯に向き合われることとなった。 つまり、本作は初期作品の総決算であると同時に、以降に描かれるテーマの萌芽を含んだ作品で、吉野先生のキャリアを見通せるマイルストーンである。 個人的には、青少年期を扱ったこの物語自体が完成と未完成が両立する青少年的性質を持つ、この一致が色褪せない理由なんだろうなと思っております。うまく言えませんが……

pennzou
pennzou
うちにおいでよ
部屋においでよ
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あらすじ

ある日、ミキオは、いきつけの居酒屋でピアノを弾いている文と知り合う。文のピアノに合わせミキオは歌をうたい、盛り上がったその日、ミキオは文を家まで送るが、そのまま文の家に泊まってしまう。“文にもう一度会いたい”と思ったミキオは、居酒屋で待つのだが……。

パイナップルARMY
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あらすじ

ニュ-ヨ-クの街角で、ある1人の刑事が何者かにひき殺された。そしてまた、彼の遺族である娘たちも何者かによって付け狙われていた。姉妹たちは、自身の身を守るために民間軍事援助組織(CMA)の戦闘インストラクタ-であるジェド・豪士に護衛を依頼するが…

純(ジューン)ブライド
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あらすじ

「好きだ」の先にある、リアル恋物語! 「好きだ」という思いが成就したところで、恋愛が終わるわけじゃない! では、恋愛の先にあるもの… それは何だろう? 彼女にフラれ、荒れた生活を送る茶縞を訪ねてきたのは、元同級生の織田純子。互いに惹かれあう二人は、同棲生活を始めることになったが…? 青春の恋の喜びと切なさ、男と女の心の葛藤を、青春の巨匠が描く! 80年代後半、ヤングサンデー誌上で話題沸騰した、リアル同棲物語!!

愛するという一つの例として

まだ少年と呼ばれる頃に、何も知らずにこの作品を買って読みました。マセガギと言われても仕方ないし、母親にこっぴどく叱られたこともあります(それでも捨てられたりはしなかったんで良い親だと思います) 恋愛が甘い物である、ということは流石に否定出来ません。ただ、二人が一つ屋根に暮らすということは、終わらない「日常」に暮らすということでもあります。そこは決して天国ではないし、息が詰まるようなこともある。 それが「愛」という感情によって始まることだと、この作品はかつての少年に見せてくれました。恋人は決して美しいだけの存在ではない。自分と同じように肉体を持った存在であり、そのことで苦しめられることもあるんだと、異性のことを何も知らなかった頃に学んだものでした。 バブルの頃、恐らくこの作品のような生き方は現実感を失っていたのではないかと思います。今の時代にはどうでしょう。若者が貧しくなっている現実もありますが、こんな関係からは恐らく逃避するんじゃないかとも思います。ただ、作中に登場する人達は、自分自身を取り巻く日常に対して必死で生きています。誰に笑われても構わない。唯一人のために生きているという現実は、自分のためだけに生きている人間には、まっすぐで美しいものに映ります。 この時期スローニンやDADAを描いていた吉田聡先生にとって、明らかに異なる作品であり、ある年代にとっては忘れられない作品だと思っています。

ナベテツ
ナベテツ
ネオ・ファウスト
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あらすじ

学園紛争のさなか、人生に失望していた一ノ関教授は悪魔・メフィストと取引きをし、魂と引き換えに新しい人生を手に入れた。過去の記憶を失くし、青年として生まれ変わった一ノ関教授は、資産家・坂根第造に拾われるが…。

この世の最高の享楽とタイムリープと。

懐かしい気持ちで読み返したがこのネオ・ファウストは男性なら一度は読んでおいた方がいい。 誰しもが一度は妄想するであろう世界とその幕引きがわかりやすく描かれている今作では、男というものがどれだけ愚かかが(特に坂根や一ノ関を見ていると)非常によくわかる。 「享楽」という単語も初めて読んだ小学生の頃の自分には理解できず広辞苑で調べた懐かしい記憶。 享 が読めなかったんだよなぁ…ともかく享楽を描いた作品なのです。 また、この作品には現代への影響が非常に強烈だったことがいくつかの点から想像できる。タイムトラベルものは当時も多くあったがこういう使い方はさすが。 「時をかける少女」みたいな今で言う"タイムリープ"ものも当時は"タイムトラベル"と呼ばれていたなぁ。 ドラえもんのタイムマシンが多くの人達の妄想を掻き立てたように、いい大人となった男性の妄想を掻き立てる作品。 そしてもちろん手塚先生の最高傑作の一つ、と言いたいのだが惜しむらくはちゃんと完結していないところ。 手塚治虫の最後の作品となり未完のままとなったものの、全2巻として売られているのももう納得するしかないのだ。 (電子版に最後の続きのネームが入ってて涙出そうだった。本当に悔やまれる)

さいろく
さいろく
みそっかすちばてつや
みそっかす
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茜は名門一家上条家の三女。体が弱かったため、しばらく田舎の草介おじさんのもとに預けられ、療養生活を送っていた…。そして6年後、自由奔放なおてんば娘に成長した茜が上条家に帰って来た!行く先々で大騒動を巻き起こす茜だが、その心は誰よりもやさしく、思いやりに満ちている。明るく強く生きる茜からたくさんの勇気をもらえる物語――。

ごばんがいをあるこう
五番街を歩こう
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あらすじ

初子、文沙子、都。五番街で繰り広げられる愛のかたち。それぞれの想いが辿り着く先は…。オムニバス形式で綴られた表題作のほか、「月夜のつばめ」を収録。

「歩こう」の心地よさ

単行本タイトルはシリーズ名であり、このシリーズは1987年に週刊マーガレットにて掲載された。シリーズはそれぞれ「金魚草のこころ」、「紫陽花の陰に猫はいる」、「カルミア」というサブタイトルが充てられた3話から成る。単行本には短編「月夜のつばめ」(1988年発表)も収録されている。ここでは「五番街を歩こう」シリーズについてのみ記す。 岩館作品を熱心に読めていないため見当違いかもしれないが、シリーズ3話全てに結婚という概念が登場するのが本作の特徴だ。結婚する・しない、結婚後の行き違い、別れた後が物語の要素になっている。それは直接的にあるいは形を変えて登場人物の心に陰を落としているが、物語の最後には解決をみる。この解決は風が通ったような心地よさをもたらし、どこか楽になれた気がしてくる。また、登場人物の悩む内容には読者にとってもわかりポイント(現時点でそう思っているでもよいし、もし登場人物と同じ立場だったら確かにそう思うだろうなーでも構わない)があり、それも心地よさに作用している。 五番街という地名はおそらくニューヨークの五番街(Fifth Avenue)からとったネーミング。ネタ元の街並み通り、作中の街も当時の都会的なビル街となっているが、たまに出てくる庶民的なアイテム(ちくわとか……)やあんまりかわいくない猫にくすりとさせられたりもする。これらの要素は突き詰めると矛盾しているように思えるが、あまり世界設定にはこだわるなということだろう。こだわらない分、物語に集中できる効果もあるかもしれない。 岩館作品に共通しているあまりにも繊細で美しい絵も大きな魅力だが、たまにあるコメディチックな表情付けや演技もほっと一息つけて良い。 前述の通り、本シリーズは結婚という概念の存在感が大きい。つまり、所謂大人の世界を描いている。それが週刊マーガレットに掲載されていたと考えると驚いてしまうが、「五番街を歩こう」~「月夜のつばめ」以降は週マでの作品掲載がないことから、岩館先生の描きたいものが変化していっていると捉えることもでき (作品世界と混同するのは良くないが、3話の終盤の台詞にそのニュアンスを感じる)、そういった意味では過渡期の作品であるかもしれない。前後の作品を読み、その変遷について考えるのもいいだろう。自分はそうしてみようと思います。

pennzou
pennzou
ばらのために
薔薇のために
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あらすじ

大学受験に失敗した枕野(まくらの)ゆり。それを皮切りにボーイフレンドにはフラれ、たったひとりの身内である祖母も亡くなるという不幸に見舞われる。ところが、祖母の遺書により、死んだと思っていた母親が生きていたことがわかる。しかも、母親は有名女優で、兄弟が3人もいるというものだった…!!

ラフ
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あらすじ

大和圭介(やまとけいすけ)の目標は競泳日本一。二ノ宮亜美(にのみやあみ)の目標は飛びこみ日本一。反発しあう二人の仲は、まだまだ未完成(ラフ)なのだ!!

しょうたのすし
将太の寿司
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あらすじ

関口将太は一流の寿司職人を目指し、東京の名店・鳳寿司で働く18歳。まだ寿司は握らせてもらえない。ある日、中退した高校の同級生、藤原美智子が店の常連である父とともにやってきた。ほのかな恋心を寄せる将太。しかし美智子は、高校卒業とともに結婚するという。彼女に最高の寿司をプレゼントするため、猛特訓の末、究極の「型」をマスターする将太。将太の寿司職人としての人生が始まった。

疾風伝説 特攻の拓
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彼のように、強くなりたい!!ボク、浅川拓の学校での立場は、いつの間にか”いじめられっ子”っていうやつに決まっていた。そんな最低な毎日の中で出会った秀人くんの、圧倒的強さ!「ボクも彼みたいに強くなりたい。」そう思ったからボク、今日からツッパリデビューします!!