ソラニン

ソラニン

芽衣子さんと種田くん。付き合って6年目、同棲して1年。この国で芽が出たばかりのボクらは、いったいどんな花を咲かせるの…?限りなく不透明なイマを生きる、僕らの青春狂奏曲!!
太郎(TARO)

太郎(TARO)

吉野太郎はプロボクサーでありながら、信用金庫に勤めている。職場でこのことを知っているのは、先輩の森崎みほだけ。森崎は懸命な太郎がついつい気になり、放っておけない。プロデビュー戦でKO負けした太郎の第2戦目の相手は、インターハイ準優勝の経験を持つ早見卓で…。職業・銀行員。5時からボクサー。拳に賭けた男の戦いがはじまる!!
RAINBOW 二舎六房の七人

RAINBOW 二舎六房の七人

昭和30年7月。水上真理雄をはじめ、凶悪犯とされる6人の少年たちが、湘南特別少年院に送られてきた。教官から虫ケラのように扱われ、屈辱的な身体検査を受けた後、彼らは二舎六房という部屋に入れられる。そこには桜木六郎太という年長者がいて…。俺たちは生き残る。いつか必ず外(シャバ)に出る!昭和30年、湘南特別少年院の二舎六房に入れられた7人の少年たちを描く、壮絶な時代の青春群像!!
チャイルド★プラネット

チャイルド★プラネット

登場人物:諸住究(高校生。パソコン通信をやっている。あだ名はモロキュー。)森直樹(究の同級生。高校生徒会長。)長谷部羊子(アメリカンスクールに通う。国籍は日本。)あらすじ:ある日、諸住究が予備校に行く途中に列車の爆発事故が起こる。この爆発事故以来、大人たちが次々と死んでいく。その死に方もみな奇妙で、おかしなことを口走り、その後血を吐いて死んでいくのである。これは原因不明の伝染病であり、列車の事故によって横浦市全体に蔓延してしまったものであるらしい。そして、究の母親も感染し倒れてしまう。クラスメイトの森直樹と街で出会った長谷部羊子に助けら れ、母親を病院に連れていこうとするのだが、間に合わないのであった。▼大厄災▼第1話/赫い電車▼第2話/鳩ポッポ▼第3話/お医者さんごっこ▼第4話/犬のおまわりさん▼第5話/ルーレット▼第6話/先生は手術中▼第7話/若葉マーク▼第8話/ゾウさん●登場人物/諸住究(主人公の平凡な高校生)森直輝(主人公の友人でエリート生徒会長)長谷部羊子(ハーフで元気のいい女の子)
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名無し
2020/08/15
閲覧注意かもしれない初期代表作
雑誌掲載後に回収騒ぎになったという「遭難クッキング」のエピソードが気になり読んでみました。タイトルで何となくお分かりかと思いますが人肉を食べてしまう話です。当時発売された単行本では未収録だったそうですがこちらには収録されています。しかし思っていたよりギャグテイストが強かったので覚悟した割にはすんなり読めてしまいました。それよりも他のエピソードの方が個人的にエグかったです…。 幼少期に父親から虐待されたトラウマから他人の顔色ばかり伺うようになってしまったマイナス思考の美人教師が主人公で、嫌われたくない一心で勘違い行為に走ります。初めは地味な男子生徒の言いなりになっていましたが、実は好かれていることが分かると態度が一転し、今度は自分が虐める側になっていきます。行為がエスカレートしていき上記の「遭難クッキング」以外の殺人行為にも手を染めていきますが、この辺りはまだギャグっぽさがあるので「やっちゃったよ…」という気持ちで読んでました。だんだん嘘がバレそうになってきて追い詰められてからの方が見ていて辛かったです…。山崎紗也夏さんは「サイレーン」でも殺人鬼の心理を描くのが上手いなと思ったのですが、こちらでも同じような感想を持ちました。まさに原点なんですね。
ムジナ

ムジナ

登場人物/ムジナ(修行中の忍者。忍者としての生き方に悩む)ゴキブリ(ムジナの父親。自分が生き抜くためダメ忍者を装っている)シロベ(下忍。首領の駒としての生き方に疑問を持ち里を抜ける)あらすじ/皆からゴキブリと呼ばれるダメ忍者の親父をもつムジナ。「この親にしてこの子あり」の如く、修行中のムジナもぱっとしない。ゴキブリは、首領のために死ぬ生き方の悲しさを秘術とともにムジナに教え、後日、任務中に囮として使われ死ぬ。ゴキブリの妻・アヤメは復讐のために首領に近づく。以前から、首領のために死ぬ生き方に疑問を持っていたシロベが里を抜け出す。このシロベの始末をムジナが所属する組に命じられた。死んだかに見せかけたシロベを発見したムジナ。口封じのためにシロベに殺されそうになり、追いつめられたムジナは、父・ゴキブリに教えられた秘術を使おうとする。▼第1話/鎌鼬(かまいたち)▼第2話/鮟鱇(あんこう)▼第3話/でんでん太鼓▼第4話/秘術▼第5話/月▼第6話/馬追虫(うまおいむし)▼第7話/抜け忍▼第8話/察気術(さっきじゅつ)▼第9話/鯣(するめ)▼第10話/糞(くそ)▼第11話/陰(ほと)▼第12話/猿(さる)▼第13話/簪(かんざし)▼第14話/死装隠れ▼第15話/再び秘術◆その一/手裏剣◆その二/忍び刀登場人物/ムジナ(卍衆の忍び、下忍の中でも劣等生)陣内(首領の息子、ムジナの友人)ゴキブリ(ムジナの父親、出来の悪い下忍)
ソラニン

ソラニン

芽衣子さんと種田くん。付き合って6年目、同棲して1年。この国で芽が出たばかりのボクらは、いったいどんな花を咲かせるの…?限りなく不透明なイマを生きる、僕らの青春狂奏曲!!
バッテリー

バッテリー

夏の甲子園大会、決勝戦。西東京代表の国分寺南高校は9回裏に逆転サヨナラ負けを喫したものの、春のセンバツ優勝に続き、夏も準優勝という成績を収めた。その原動力になったのが、海部一樹と武藤洋介という超高校級のバッテリーだ。ドラフトを前にし、2人のもとに名門・東京イーグルスのスカウトがやって来て…。甲子園をわかせた黄金バッテリーがプロに入団。プロ野球界にフレッシュな旋風を巻き起こす!!
同じ月を見ている

同じ月を見ている

ある夜、ひとりの少年が1本のペンを手に、少年院から脱走した。その男の名は水代元。2年前のある忌わしい事件の犯人として捕まり、少年院に収容されていたのだ。元は、幼い頃から絵を描くのが好きで、人の心の中に浮かんでいることを絵にできる不思議な少年であった…。数えきれないほどの不幸を背負いながらも、全身全霊で真実の愛を貫き通す男・ドンが見せる、切ないほどたくましい青春像!!

人気クチコミ

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名無し
2019/11/18
ダンディズムが溢れ出す野球漫画
cameraかわぐちかいじ先生と言えば 「沈黙の艦隊」「太陽の黙示録」など、 国家問題・国際紛争レベルのテーマを扱った大作を 幾つも描かれた巨匠だ。 その巨匠が描いた野球漫画「バッテリー」。 最初は「え、かわぐち先生がスポ根物を描くの?」 と戸惑った。 とりあえず読み始めたら、 「沈黙の艦隊」の登場人物の海江田と深町を そのまんま野球選手にしたようなバッテリーが 主人公のようだった。 なのでああ野球が舞台だけれどスポ根ってわけじゃないんだ。 もしかして沈黙の艦隊の海江田や深町のキャラを 先生自身が気に入ったので、そのキャラを使って息抜き的に ゴラク作品を描く気にでもなったのだろうか。 などと思った。 海部は沈黙の艦隊の海江田をそのまま投手にしたような 天才肌で何を考えているかわからない男だったし、 武藤は深町をそのまま捕手にしたような 武骨な男だったし。 あのキャラを使った野球漫画ってのも面白いかもね、 くらいに考えていた。 プロ入りした海部が 「自責点ゼロ、失点したら引退」 を宣言し、 徐々にそれが現実的になっていく展開を読んでも 「風呂敷を広げまくる野球娯楽漫画か」 くらいに感じていた。 天才児・海部と努力家・武藤がそれぞれ成長して、 クライマックスは二人が桧舞台で勝負して、 とかになるんだろうな、と。 良い意味で裏切られ、自分の読みの浅さを思い知らされ そして感動した。 まさか、ラストに向かって、こんなにもダンディズムが 溢れる話になっていくとは思わなかった。 なんせ国際問題をリアルに描き切った大先生なんだから、 それに比べたらたかが球技を舞台にしては、どうやっても スケール的に小さい話で終わらざるを得ないと思っていた。 もちろんプロ野球の世界で「自責点ゼロ」を貫くことが とてつもなく困難な偉業であることはわかるが、 所詮は漫画なんだし、達成しました、大団円です、か 達成は出来ませんでした、これも人生です、か、 どっちかで終わるんだろうな・・くらいに考えていた。 だがそれだけじゃない、かわぐちかいじ先生流の ダンディズムが溢れ出しまくるいい終わり方だった。 面白かった。さすがは、かわぐちかいじ先生。
ナベテツ
ナベテツ
2019/11/10
愛するという一つの例として
まだ少年と呼ばれる頃に、何も知らずにこの作品を買って読みました。マセガギと言われても仕方ないし、母親にこっぴどく叱られたこともあります(それでも捨てられたりはしなかったんで良い親だと思います) 恋愛が甘い物である、ということは流石に否定出来ません。ただ、二人が一つ屋根に暮らすということは、終わらない「日常」に暮らすということでもあります。そこは決して天国ではないし、息が詰まるようなこともある。 それが「愛」という感情によって始まることだと、この作品はかつての少年に見せてくれました。恋人は決して美しいだけの存在ではない。自分と同じように肉体を持った存在であり、そのことで苦しめられることもあるんだと、異性のことを何も知らなかった頃に学んだものでした。 バブルの頃、恐らくこの作品のような生き方は現実感を失っていたのではないかと思います。今の時代にはどうでしょう。若者が貧しくなっている現実もありますが、こんな関係からは恐らく逃避するんじゃないかとも思います。ただ、作中に登場する人達は、自分自身を取り巻く日常に対して必死で生きています。誰に笑われても構わない。唯一人のために生きているという現実は、自分のためだけに生きている人間には、まっすぐで美しいものに映ります。 この時期スローニンやDADAを描いていた吉田聡先生にとって、明らかに異なる作品であり、ある年代にとっては忘れられない作品だと思っています。
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