この連載コラム、今まで読んできてくれた方々には言わずもがなですが、紹介する漫画について特定のジャンルとかテーマとかは基本的にないです(ついでに言うと、打ち合わせとかも一切なく、締切日になると「今回これで書きました」と原稿が編集メールアドレスに投げ込まれるという恐怖新聞方式で作られています)。ですがまあ、「他の人が紹介しなさそうなものをなるべくやろう」という鳥なき里の蝙蝠を目指す気持ちはあるものでして、特に新作で「これは他の人と紹介被ったりしそうだな……」と思うとつい避けてしまったりするのですが、それで「あっやっぱ紹介しとけばよかった。タイミング逃したわ」と後悔してしまうこともあるわけですね。というわけで今回の紹介は、単行本が出たばかりのheisoku『春あかね高校定時制夜間部』です。いや、この人の前作『ご飯は私を裏切らない』、バンバン紹介されて続刊もバンバン出るんだろうと思ってたんで紹介しそびれたんですよ……。
本作の連載は『ヤングエースUP』22〜23年で、タイトル通り定時制高校夜間部を舞台にした青春群像劇です。この舞台設定がミソですね。定時制高校というもの、現代日本の高校ではメインストリームではなく(文科省の「高等学校教育の現状について」によれば、全高校生中で定時制の生徒が占める割合は現在2.4%)、あまり知られているとは言い難い世界です。ですが、単行本あとがきによれば作者は実際に定時制高校中退だそうで、細かい描写に解像度の高さを感じさせます。
そして、現実の定時制高校がそうであるように、本作に登場する生徒も、現代日本の高校生の主流からは外れている人が多いです。分かりやすいのは鉄黒よしえ(40歳)。13歳のときに精神病院に入院し、そのまま両親が亡くなってしまったことから、数年前にNPOの支援を受けて退院するまで入院しっぱなしだったという経歴の持ち主です。病気に加え腰痛なども出てきて精神も肉体も悲鳴を上げており、将来にガチ目で希望がないながらも高校生活を結構エンジョイしています。
谷原ゆめ(16歳)は、海外のスカルTシャツを集めるのが趣味の、中学での不登校経験者。人前に出たりするのが極端にダメで、ドタキャンで逃げてしまうのが常習になっています。
そんなゆめと小中学校が一緒の幼なじみな雨森みこ(ただしゆめは高校に入るのに1年ブランクがあるため、高校ではみこが先輩)は、家族が反社で刑務所入りしていることが地元で知れ渡ってしまっていることから、当人は特に何かをしているわけではないのに「絶対に関わってはいけない不良」扱いで、小中では「不良のコミュニティ」にさえ属せず常に独りだったという子。人懐っこい笑顔の裏に、人がしてくれたごく些細な親切の幾つかを心の支えにしているという繊細な面を持っています。
このへんのキャラ、別に奇をてらってるわけではなく、一昔前だと「勤労学生」というイメージがあった定時制って、現代では主流から少し外れてしまった人たちの受け皿になっている面が大きいんですよね。東京都立大学子ども・若者貧困研究センターの調査報告書「定時制・通信制高校生の貧困」によれば、定時制高校の生徒のうち不登校経験者が39.1%、心療内科等に通院歴のある生徒は9.2%などとなっています。作中でも「ここにはな 中学のクラスに一人か二人はいる不登校だとか保健室登校だとかのおとなしい奴らが県内全域から集う」というセリフがあったり。
で、本作の主人公である山岡はなおは、服飾デザイナーになることを夢見る15歳。父親がギャンブルとアルコールの依存症で、暴力は振るわないことくらいしか良い点がない機能不全の貧困家庭に育っており(先の調査報告書によれば、生活困難層の生徒の割合も全日制の17.9%に対し定時制は38.4%と倍以上多いです)、昼間は弁当屋で働きながら高校に通う勤労学生です。明るくて誰とも仲良くできるタイプですが、自分の境遇のことは客観的に見れてて、よく一緒に登校する友達であるよしえに将来について語る時なんかはかなりシビア。
こういう感じで、キャラはみんな色々と難しい問題をかかえてままならない人生を送ってますし、安易な解決もないんですけど、しかし話は決して暗くもない。よしえさんも時折心からの笑顔を見せられるようになったりします。
もっと世の中のこと恨んだり怒ったりしてもいいとも思うんですが、まあ怒るのにも怒るための才能とか自信とかが要りますから、できなくても悪いことじゃない。そんな子たちの高校での日常風景が沁みます。1巻完結となっておりますが、作者サイトによれば「売れ行きが良い場合は続きを描くことができます」とのことなので、これを読んでいる人はとりあえず買っていただきたい。俺はこの子たちの高校生活がもっと読みたいんすよ……。1〜3話は公式サイトで読めますので、とりあえずまずそれ読んでくだされ。