ブサイクなんじゃない、美しさが隠れているだけ! ——『魔法自家発電』の巻

ブサイクなんじゃない、美しさが隠れているだけ! ——『魔法自家発電』の巻

「わたしは美しくない」という感覚は「比較」という行為がもたらすものである。

自分の容姿を誰か/何かと比較したときに「わたしは劣っている」と感じる気持ちが「美しくない」という結論を導き出す。比較する意思がそもそもなかったり、比較する対象がなければ何も感じずに済むのだが、まあ人間なかなかそうはいかない。

今回ご紹介する物語も、比較の恐ろしさを描いたものだ。まずは以下を見て欲しい。

自分以外の人間をみんな醜いって思ってみるんです

できるだけ口に出してみたりもして

自分をわざと騙してみるんです 唯一無二だと思い込みたいの

同じ顔の人間は二人も必要ないですよね

これは、作中に登場する40代の女優が語ったことなのだが、ちょっと病んでいるんじゃないかと思うくらいの比較魔っぷりである。彼女は、自分の美しさを信じ抜く方法として、全ての人間を醜いと思い込んでいて、中でも自分とよく似た息子を徹底的に否定してみせる。幼い子どもにとって、親は自分の世界そのものだ。他に逃げ場がない状態で「お前は美しくない」と言われ続ければ、それは確実に内面化されてしまう。

というわけで、母親から呪いをかけられて育った「戸窓井」は、高校生になる頃には、自分をけだものだと思い込むまでになっている。まっくろで、きたなくて、毛むくじゃらのけだもの。ちなみに、彼の目には、周囲の人間もちょっとけものっぽく見えている。「あの人もけものだ/あの人もなかなかにけものだ/でもこんなに数がいるっていうのにあいかわらず僕が一番の けだものだ」……それは自分以外の人間をすべて醜いと思いたい母親の願望を見事に反映するものだ。

 

そんな戸窓井の前に、ある日突然かわいい天使が現れる。かわいいだけじゃない。一緒にいると自分が浄化されていくかのように感じる、心優しい天使だ。彼はちょっとでも長く天使と一緒にいたいと思うようになるが、問題は「天使に見える」という現象もまた戸窓井の幻覚によるものだということである。

この天使の正体は、戸窓井とは別の高校に通う「希子」。彼女は、戸窓井から天使に見えると言われてひどく困っている。なぜなら彼女は美しくないから。そばかすが目立っていて、髪の毛もけっこうボサボサだ。

「幻覚見えてるってわかってるのに顔見せに行くなんて詐欺みたいなもんだ」とか「きれいな人っていいな/好きな人を喜ばせてあげられるんだもんね」とか言っている。地味女子の自覚は十分だ。

戸窓井の中ですっかり「盛れてる」状態になっている希子の葛藤は、誰もが共感するところだろう。いいイメージを抱かれているのに、それを自らぶち壊しにするのは、勇気がいる。本当の自分を知られたときのリアクションも怖い。このままかわいい天使でいられたら、どんなにいいことか。

しかし希子は、自分のことよりもまず、彼の呪いを解きたいと願う(いい子!)。天使の自分なら、母親の呪いを無化できるくらいの言葉をかけられるのではないか。そう考えた希子は、戸窓井とこんな会話を交わす。

「……あなたには自分が獣に見える呪いがかかっています/目を閉じて下さい/次に目を開けた時あなたの呪いは解かれ私もいなくなります」

「えっ…お別れなんですか?」

「そうです もともとこのために私はここに来ました 帰らなきゃ」

「…さびしいです/これからも/何回も/会いたい…」

「——さびしくないですよ あなたには人が集まってくるようになりますから/目の前の人のこともちゃんと見えるようになりますからね/それじゃ目を開けて下さい」

このシーンの後、戸窓井は醜いけだものからイケメン男子になり、希子は元の地味女子に戻ってしまうわけだが、それでもいいから戸窓井を救うと決めた希子を見て、友人女子は「私は/希子が天使に見えるっての/わかる時があるけどな/幻覚——っても/希子のことは最初から正確に見えてたってことじゃないのかなー彼は」と語る。いわゆる内面の美しさというやつだ。希子自身は気づいていないが、希子を大事に思う人たちにはそれがちゃんとわかっている。

で、最終的にこのふたりがどうなるかというと、呪いが解けたあとも変わらず……というか、これまで以上に仲良くなる。「羽はどこに隠したの?」なんて言いながら、希子との放課後デートを楽しむ戸窓井がかわいすぎて思わずキュンとなる。

つまり、彼女の美しさは幻覚として処理されず、「隠された」ものとして戸窓井の中で存在し続けるのだ。美しくない君も好きだよ、といったお為ごかしではなく、美しさはいまもなおこの人のどこかに隠されているのだ、という解釈がブサイク女子マンガとして秀逸すぎる。牽強附会と言われても、この解釈は大事にしたい。それによって救われる人が、きっといるから。

『魔法自家発電』谷 和野

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