「違和感」のあるブサイク女子には気をつけろ!——『鈴蘭』の巻

「違和感」のあるブサイク女子には気をつけろ!——『鈴蘭』の巻

少女マンガに登場するブサイクヒロインは、ほぼ例外なく自分の見た目に関する「考え」を吐露する。自分の顔がどんな風に嫌いか。本当はどうなりたいか。それがキャラクターの性格を形づくっていく……自分に自信がなかったり、世の中を激しく恨んでいたり、逆に、開き直って超明るかったり。ルッキズムとの格闘を経て完成されるブサイク女子の性格・性質は、物語を推進させる大きな力になる。

しかし、広い少女マンガ界を見渡してみると、ブサイク女子は、美醜をテーマにしていない作品にも登場している。美醜を扱っているわけでもないのに、なぜわざわざブサイク女子を登場させるのか。その理由のひとつに、他の登場人物なり読者なりに、なんらかの「違和感」を抱かせるため、というものがある。「あの子、ちょっと様子がおかしくない?」……そう思わせるためのシグナルとしてのブサイク表現が、少女マンガ界には確かにあるのだ。今回はそんな違和感系ブサイク女子のサンプルとして、渡千枝『鈴蘭』をご紹介したい。

『鈴蘭』渡千枝(ぶんか社)

本作の主人公である「美乃」は、裕福な家庭ですくすくと育ったひとりっ子。かわいくて、勉強ができて、友だちも一杯いる。特技は水泳で、アメリカまでトレーニングに行ったりしている。才色兼備。非の打ち所がないお嬢様だ。

そんな彼女を「お姉さま」と呼ぶ少女がいる。名前は「すず」。

しかし、すずは美乃の実妹ではない。彼女は、ある台風の夜、美乃の父親によって突然連れて来られ、以降、一家と生活をともにしている。父親によれば「亡くなった友人のお嬢さんでしばらくうちでお預かりすることになった」らしいのだが、美乃はすずに対し、憐れみではなく、言いしれぬ恐怖を覚える。なぜなら、みんなの前と、美乃の前とで、まったく態度が違うから。要は「表の顔」と「裏の顔」があるのだ。たとえば、すずは、美乃お気に入りのぬいぐるみに異様なまでの執着をしめす。

美乃「ご ごめんなさい これだけはだめなの/他のならいいのよどれでも……/なんならこれ全部すずさんにあげるわ」

すず「それがほしいって言ってんだヨ!!/ケチケチしくさりやがって!」

みんなの前では「お姉さま」とか言ってじゃれついてくるのに、家では、ぬいぐるみ一個もらえなかっただけでこのキレっぷり。完全にヤバい奴だ。すずの豹変に困惑しながらもどうにかぬいぐるみを守りきった美乃だが、後日このぬいぐるみは、部屋から持ち出され、犬小屋の中から、ボロボロの姿で発見される。

すず「お姉さま/ぬいぐるみのことはほんとうに気の毒だって思ってるわ/せっかく あこがれの先輩からもらったバースデープレゼントなのにね」

美乃「どうしてそこまで知ってるの……!?」

すず「お姉さまのことはなんでも知ってるのよあたし/いつまでもいい気になってんじゃねェヨ!」

明言こそされていないが、犯人はすずで間違いない。手に入れられないのなら、壊してやる。憎悪がすごすぎて手が付けられない。

このときのすずの顔をぜひ見て欲しい。キュッと上がった口角は、ふつう美しい笑顔を作るものだが、すずの口角は、口裂け女ばりにつり上がり、もはや美しいとは言えない。口元のほくろも、一般には色気があるとされるものだが、すずの場合は、無駄に大人っぽくて、なんだか怖い。大きな目だって、本来なら最大のチャームポイントなのに、淡く描かれた黒目のせいで、何を考えているかわからないときている。「美しさ」の範疇にあるはずのものが、その枠をはみ出し、見ている者に緊張感を強いるなんとも言えないブサイク感を醸し出してゆく。

クラスメイトの男子は、すずを「美人じゃないけどかわいいな」と言う。確かに、本来すずは「美人じゃない」くらいの顔立ちで、極端にブサイクというわけではない。というより、愛嬌があって、かわいい方なんじゃないだろうか。しかし、美乃の前では、「表の顔」から「裏の顔」が、まるであぶりだしのように浮き出てくる。表情が「ガラッと一変」するのではない。同じ顔なのに、悪い汁みたいなものがじわじわとにじみ出てくる。そのことが怖いし、マンガ表現として面白くもある(ホラーマンガのこういう表現、本作以外にもいろいろありますけど、どれも最高ですよね!)。

ちなみに、本作はシリーズもので、すずはこの後もいろいろな人のもとに現れては生活を蹂躙していくが、それに抗える者はひとりとしていない。事実、美乃はすずに立ち向かおうとして、更なる地獄を見てしまった。他の者も似たような感じである。つらい。

顔面に現れる「違和感」を見落とすな。そういう顔と出会ったら、迷わず逃げろ。今のわたしには、それしか言えない。


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