フラグタイム

ふたりだけの時間が生む巨大な感情を見てくれ…!

フラグタイム さと
ANAGUMA
ANAGUMA

映画館でアニメの予告を見て「ハイパー爽やか百合作品じゃん…!」と思って履修したんですが、想像の200倍くらいクセ強めのマンガでした(最高ではある)。 人付き合いが苦手な森谷さんが手に入れたのは1日のうち3分間だけ時間を止められる能力。 人から話しかけられたときにその場を去ったり、かと思うと人の秘密を覗き見たり、小心者なんだか大胆なんだかわからない使い道を楽しんでいました。 そんな彼女だけの世界に、クラスいち華やかで社交的な村上さんが「入門」してきたことで物語が動き始めます。 時間停止中に村上さんのスカートめくってパンツ見てたのがバレた森谷さんは(何をやってんだ)村上さんの望むままに時間停止を行使し、さまざまな「いけないこと」に付き合わされていきます。 森谷さんも読者も一貫して村上さんというファム・ファタールに翻弄され続けるわけですが、森谷さんが村上さんに惹かれ、関係を築こうとする姿は純粋で、ほとんど涙ぐましいほどです。 村上さんの行動の不穏さと不安定さゆえ「どうにかこの関係がなんだかよくわからんがふたりにとってベストな形でうまいこといってほしい」…そう願わずにはいられなくなっていくのです…。 トリッキーな構成にドギマギしながら読み進めたのですが、最終2話を読んだあとには思わず腕を組んで唸りながらふたりの感情を噛み締めてしまいましたよ。 感情が…あるのだ…ここに。それもデカいやつが…。ふたつ…。 とにかく2巻一気に読んでふたりの関係と感情の行く末を見届けてほしいです。

愛蔵版 雲出づるところ

今日生きることを考える名作

愛蔵版 雲出づるところ 土田世紀
六文銭
六文銭

個人的に、土田世紀作品の中でも、心えぐるものとして「同じ月を見ている」と同等かそれ以上の本作。 もはや紙書籍が流通していないので、電子書籍が頼みの綱でしたが、愛蔵版として再配信されたことを本当に嬉しく思います。 洋の東西、メディアを問わず「生きること」をテーマにした作品は数あれど、これほど濃度こく煮詰めた作品はないでしょう。 絵に描いたような幸せ夫婦に訪れる不幸の数々。 子供を求めては幾度も失い、あげく妻が癌に侵され「自分は何のために生きているのか?」を問う姿。 なりふりかまわず努力しても、命がけで祈っても、何一つ報われない無力感。 生々しい感情や絶望は、読んでいて悲しいとか苦しいなんて言葉では表せない、脳でも処理できない、魂レベルで慟哭します。 書き手も命削って書いているとしか思えないです。 「生きることに意味なんてない」と主治医から一つの答えがでます。 だから、1日1日を懸命に生きるべきなのだと。 当時、自分もこの考えに非常に共感しました。 泣いたり笑ったり色々あるけど、生きることが好きだから生きる。 そこに意味はないのです。あっても、後付けでしかないのです。 ただの悲劇に終わらせない底力がこの作品にはあります。 読んだ時代、年齢で違ったことを考えさせられるので、チープな言葉ですが「名作」とはこういう作品をいうのでしょう。

綿谷さんの友だち

綿谷さんの"真っ直ぐな言葉"が心に響く

綿谷さんの友だち 大島千春
sogor25
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相手の言ったことを文字通りに受け取ることしか出来ない女子高生・綿谷さん。「凪のお暇」の凪が"空気を読みすぎる"人なら、彼女は"空気を読むことができない"人かもしれない。そんな彼女と、彼女を取り巻くクラスメイトとの物語。 ともすると綿谷さんは"発達障害"や"アスペルガー症候群"などの"病名"をもって語られる存在なのかもしれない。もちろんそうすることで得られる物語的な効果もあるとは思うけど、今作では特段そういう説明のしかたをせず、あくまでよくある高校での一風景として綿谷さんと周囲の日常を描いている。それによって、極端に空気を読まない綿谷さんの存在がより親身なものとして感じられ、現実感のある物語になっている。 そして、空気を読めないことが"真っ直ぐな言葉"となって周囲の人に届くことにより、分かり合えない」のすれ違いから友だちになるまでの過程が高校生活の1ページとしてキレイに可視化されている。 主人公の振る舞いが周りに影響を与えていくというのは「町田くんの世界」や「スキップとローファー」とも近いかもしれないが、興味深いのは基本的に各話の語りの中心が綿谷さんではなくその"友だち"の側にあること。それは各話サブタイトルが友だちの名前になっていることからも分かるし、後から思い返すと作品のタイトル自体も「綿谷さんの"友だち"」だったと気付かされる。そういう意味ではもしかしたら「桐島、部活やめるってよ」に近い演出なのかもしれない。ただ、他者視点が多いなかで綿谷さんの視点でも要所で描かれており、実際に読んでみるとかなり極端な存在なはずの綿谷さんに対しても感情移入できるように作られている。 綿谷さん視点でも"友だち"視点で見ても、いずれにしても作品全体の"真っ直ぐさ"が純粋に心に響く作品。 1巻まで読了。

ザッドランナー

最高すぎる青春部活マンガ

ザッドランナー カサハラテツロー
nyae
nyae

アトム ザ・ビギニングでおなじみカサハラテツロー先生の超絶傑作青春ラブコメ部活マンガ。個人的にはカサハラ作品でダントツ面白いと思っています。 部活と言っても、架空のスポーツ“XAD”を題材にしてます。 メカニックデザインに定評があるカサハラ先生の、遊び心と高い説得力により表現されたXADのマシンのビジュアル。この素晴らしさは中身を読まなくてもわかる人にはわかる。 更に、XADが走る姿を見れば「この漫画はあれだ、最高だ」というのを瞬時に判断できるはず。 本当は会う人会う人全員におすすめしたいほどなんですが、残念ながらちょっと中途半端な終わり方をしてしまってるんです…終わってしまってこんなに悲しかった漫画は他にないかもしれない。 主人公は心優しきピュア少年、ポテチ(愛称)。ポテチが恋するのは並外れた身体能力を持つ少女、小梅(実家はヤクザ)。 ポテチの親友マッキーや、顧問の白鳥先生、小梅の双子の妹たちや、他校のライバルなど愛すべき魅力的なキャラクターの宝庫なのもこの漫画の魅力です。 ああ、できることなら人類すべてに読んでほしい。 アニメ化とか向いてると思いますよ。

野宮警部補は許さない

ゲスをもってゲスを制す痛快ストーリー

野宮警部補は許さない 宵田佳
六文銭
六文銭

警視庁内にある「特別対応室」 ここは、警察内におこるトラブル(ハラスメントとか、怠慢とか)を表沙汰になる前に対応していく部署。 別に「監察」という部署もあって、ここはより大きな事件・不祥事を扱うので、特別対応室は、そのサポートというのが役目。 警視庁内も、一般企業以上にガバナンスが効いてて驚きます。 それだけ暴走しやすいということなのでしょう。 本作は、そんな「特別対応室」のお話。 警察官といえど全員が善人ではありません。 小悪党じみた輩がゴロゴロいます。 この作品が面白いのは、「悪は絶対許さない!」みたいな正義感をもった主人公が情熱的に対応する・・・という展開ではなく、外面だけが良い微妙に性格の悪い主人公野宮警部補が裁いていくところ。 逃げ場のない状態まで証拠を集め、時に嫌らしく、時にネチっこいやり方で、小悪党たちをこらしめていく様は、痛快の一言です。 悪口をノートに書いたりする大人気ない様も、どこかチャーミングに映るから不思議。 2巻以降は、監察とのセクショナリズムや権力抗争など、警察組織の闇が垣間見えてきて、物語にグッと奥行きが出て今後の展開が楽しみです。 ともあれば、基本はゲスをもってゲスを制す!的な展開は、読めば爽快感間違いなしな作品です。

こちらから入れましょうか?…アレを

夫婦の行き違いを描く実はセンシティブな物語

こちらから入れましょうか?…アレを 松田環
sogor25
sogor25

1話掲載の段階で結構話題になっていた作品。1話を読むとかなり突飛な設定のエロコメディに見えるけど、その実もっとセンシティブなテーマを扱ってる作品、のように見える。 夫・敦が「入れられなく」なった理由。それはひょんなことから妻の優の過去を知ってしまったことに起因する。夫婦だって当然今までの過去の全てを共有してるわけではないから優のほうに落ち度はなく、落ち度がないからこそ自身の現状に対して負い目を感じてしまっている。 一方の妻・優は「こちらから入れる」という方法でなんとか目的を達成しようとするのだが、以前よりは幾分かマシになったものの満たされたかと言われるとそんなことはない。そして自身の知られたくない過去をよく知る男の登場により、彼と夫との間で板挟みの状態になってしまう。 それぞれがやや特殊な秘密を抱えた夫婦だけど、この作品の1番のポイントはその秘密をお互いが相手に打ち明けることなく悩み続けているという点にあると思う。生きていれば誰にだってある"秘密"を極大まで強烈なものとして描いているけど、程度の差こそあれ相手のことを思うためにその秘密を打ち明けられず苦悩する様子には誰もが共感できるはず。むしろ、悩み自体にインパクトがあるからこそ、夫婦の両方に共感できる物語になってるような気がする。 夫婦2人の内面の描写も丁寧だし、内容的には少女マンガと言っても全然差し支えない。そう、アレさえなければね。 1話まで読了

理想と恋

地に足ついた最高の大人百合…!!!

理想と恋 日野雄飛
たか
たか

日野雄飛先生は、老若男女に好まれるであろうマンガらしい絵柄であらゆるシチュエーションの百合とBLを生み出す天才です。 その日野先生による初の百合短編集が本作「理想と恋」…! https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000078010000_68/ 収録作品は、元アイドル×配達員を描く「チャイムとアイドル」、アパレル店員×パン屋を描く「ピクニック」(はWEBでも読めますのでまずはぜひこちらをご覧ください)、そして劇団員×新入団員「れんげがさいたら」の3編。 大人百合がテーマで、自分の心に蹴りをつけた自立した女性たちがお仕事を通じて出会う、その地に足ついた恋のリアリティにギュンギュンします…。 3組ともカップルの片方が背が高くてどストライクで最高です…ありがとうございます。 そしていつも思うことですが、日野先生のコマ割りのセンスが最高すぎます…美しい。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「チャイムとアイドル」…元アイドル×配達員 推しが武道館いってくれたら死ぬを彷彿とさせるカップル。配達員っていう設定が良すぎる。2人とも再会をキッカケにそれぞれオシャレしたり、自分磨きに励むシーンがたまらなく可愛かったです。 https://i.imgur.com/Vop33ym.png 「つん」無理…好き…  (『理想と恋』日野雄飛「チャイムとアイドル」より) 「ピクニック」…アパレル店員×パン屋 ダメ人間との恋愛はNL・BL・GL問わずよく描かれ大抵は「掃除ができない/料理下手」程度に留められることが多いのですが、このお話はさらに掘り下げてリアリティを出していて、しかもそれが絵だけできちんと伝わるように描かれているところが最高でした。 「れんげがさいたら」…劇団員×新入団員 あとがきによると、「もともと舞台マンガを描きたいと思っていた」そうで、連載は怖いのでオムニバスの1つにしたとのこと。そのため劇中劇も演劇の世界の文化の描写もメチャクチャ読み応えがありました。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 絵が可愛い、女の子が可愛い、ストーリー・設定が上手い…!間違いなく面白い短編集なのでぜひお手にとってください。 https://twitter.com/youhe_o/status/1114371575967444992?s=20

ノブナガン

偉人の力で怪獣と戦うジュブナイル・ビルドゥングス・SFアクション

ノブナガン 久正人
ANAGUMA
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主人公のしおちゃんは女子高生。織田信長の偉人遺伝子が宿り「ノブナガン」として宇宙怪獣から世界を救う戦いに巻き込まれていくのですが、JKでミリオタで作戦参謀まで務めるっていうギャップが効いてます。 久正人作品らしくアクションのかっこよさ、偉人の逸話や能力を使った戦闘のギミック、怪獣のディティールや掃討作戦のカタルシスは文句なく最高です。久正人×宇宙怪獣の組み合わせに間違いがあるわけがない…。 『ノブナガン』がとりわけ魅力的だなと思うのは、しおちゃんの成長を描くビルドゥングスロマンでもある点でしょうか。 (甘酸っぱいラブロマンスもあるぞ!) 人付き合いが苦手で「オタク」として孤立しがちな彼女に手を差し伸べる親友にしてヒロイン、浅尾さんとの関係は読んでいるこちらが恥ずかしくなるほどにかわいらしく、そして美しいものです。 しおちゃんは浅尾さんのために銃を取り、やがて仲間と手を取り合うことを学び、最後には全人類のため、愛する人とともに戦います。 ひとりだったしおちゃんの世界が広がっていく、そのキッカケになるのは他ならぬ浅尾さんなのです。 自分はこの作品、かなり正統派のセカイ系マンガなのでは?と読んでいたのですが、壮大なストーリーの中心には必ずしおちゃんと浅尾さんの物語が据えられていたからだろうと思います。 特に終盤、進化侵略体との決戦が近づき戦闘がスケールアップしていくのと対照に、決着へ突っ走るための力強いエンジンとして彼女たちのミクロな関係性が描写されていくのは圧巻の快感があります。 パワフルなストーリーと巨大な感情が全6巻のなかにギッチリ詰め込まれてます。ボリュームたっぷりの一作、ぜひ読んでみてほしいです。

綿谷さんの友だち

正直に生きにくい人間の清涼剤

綿谷さんの友だち 大島千春
六文銭
六文銭

同著者の「いぶり暮らし」が好きで、その作家さんの新作ということで読了。 いぶり暮らしでは、グルメ漫画の面よりも、燻製生活を通しての同居人二人の関係や周囲の人間とのやりとりーーいわゆる「人間模様」が好きだっただけに、この作品はよりその点にフォーカスした作品で、個人的にドンズバでした。 綿谷さんは、周囲とあわせられず、空気も読めず、冗談も通じない、不器用な人間です。 「シャーペンの芯ちょっともらえない?」 と聞かれ 「ちょっとって、具体的にどれくらい?」 と聞き返すような感じ。 言葉通りにしか受け止められず、本音でしか生きられない。 皮肉も通じない。 なんと生きにくいだろうなぁと思いながら、どこか彼女を羨ましく思えてしまう。 周囲にあわせるだけの、風見鶏になっている自分としては。 最初は一人だった綿谷さんも、徐々に理解され、また綿谷さんも理解し(学習とも?)、友だちが増えていって、その過程も読んでいてい気持ちいいです。こういう人が報われるのって、嬉しくなるのです。 また、人間関係うまくいってそうなクラスメイトも、内面では色々問題を抱えていて、今後それがどう展開されていくか楽しみです。

餓狼伝

リアル感とドリーミイ感を共存させている格闘漫画

餓狼伝 板垣恵介 夢枕獏
名無し

最強の男は誰か、最強の格闘技は何か、を追求するなら 個々人の資質やセンスや体格や体力や修練度を 最高レベルで均一化したうえで、 打・投・極の全てをいかんなく発揮できるルールを作り、 身分や立場や金銭的なメリットデメリットなどのしがらみを 無くして平均化して、 多数が同時に心身ともにベストコンディションで 戦える場に選手一同を終結さけなければならない。 そんなことは現実には不可能だ。 だからこそ古今東西、漫画・小説・TV・映画という 夢を現実化できる世界で、数え切れないほどに テーマにされて作品化されている。 だがそれでいて、いまだに これが最高、これが究極、これこそがリアルだと 万人を納得させる作品は出現していない。 リアルとドリーミイのバランス取りが難しすぎるのだろう。 ある意味で作品化、描写が不可能レベルな難題で 「最強論漫画」は永遠の夢なのかもしれない。 その最強論漫画への挑戦・証明のための手法として、 リアリティとドリーミイをいい感じにミックスして 凄くいい感じに魅せてくれているのが 原作・夢枕獏、作画・板垣恵介の「餓狼伝」だと思う。 矛盾した言い方になるがリアリティとドリーミイが それぞれに充分に共存した漫画になっている。 空手・柔術・プロレス・ボクシングなどの 各種格闘技の(前記した条件を満たした)精鋭が 一同に会して闘うという 「現実にはありえんだろ」という世界を 小説(原作)や漫画だからドリーミイをある程度まで 魅せてくれている作品は他にも少なからずある。 「餓狼伝」もそういった、漫画だからこそ成立している ドリーミイな面はあるし、その面での描き方も凄く面白いのだが、 それだけではない板垣先生ならではの上手い描き方が 「餓狼伝」では、なされていると思う。 添付画像は第三巻からの抜粋だが、 夜の公園で闘っている二人の攻防のポイントを 的確に判りやすくコマ割りして絵にしている。 そしてそれだけでなく、 「電灯が揺れる」 シーンを間に挿入している。 たった一つのコマではあるが、 普通に格闘場面を描き、そこにリアリティを強調しようと だけ考えたら、なかなか揺れる電灯のコマなんて この流れの中に挿入出来ない、描かない。 だがこの一見、たいした意味のなさそうな一コマで 単純に技に入り決める動作を連続写真的に 絵にするだけの漫画よりも、 投げ、電灯、絶息、手のクラッチという流れにすることで リアルとドリーミイが判りやすく漫画として成立している。 こんな感じの、ただリアルを追求するだけの 絵やコマ割りだけではない、漫画手法としての ドリーミイがあちこちに描かれている。 それはもともとの夢枕獏先生の原作にそれだけの 要素が詰まっていたのだろうけれど それをまた板垣先生が上手く漫画化したんだな、 と感じている。