「痩せる=キレイになる=幸せになる」は幻想でしかない──『脂肪と言う名の服を着て』の巻

「痩せる=キレイになる=幸せになる」は幻想でしかない──『脂肪と言う名の服を着て』の巻

少女マンガのブサイクヒロインは、しばしば自分の容姿に失望し、美しくなろうと努力する。「美しくなればみんなの人気者になれるかも」とか「片想い中のあのひとがふり向いてくれるかも」とか思っている。そこまでいいことが起こらない場合でも、美しくなることによる自己肯定感の高まりは、ヒロインの人生にとってプラスであるとされる。そこに働いているのは「美は力なり」という理論だ。

しかし、安野モヨコ脂肪と言う名の服を着て 完全版』は、美しくなろうとすることで逆に人生がヤバくなる女の話であり、「美は力なり」理論の逆を行っている。美が力にならないなんて、ひどく救いのない話だが、ブサイクヒロインもののお約束をぶっ壊しているという意味においてたいへん面白い。

『脂肪と言う名の服を着て(完全版)』安野モヨコ

ある日 脂肪はつき始めどんどん増殖しはじめる
体のどの場所へももぐり込んで離れない
あたしはまるでずっと脱げない
肉じゅばんを着ているようだ

主人公の「のこ」は、とある企業の一般職OLをやっている。平均よりも太っていて、平均よりも地味な女子。美醜をテーマにした作品のブサイクヒロインの多くがわかりやすくブサイクなのに比べると、のこはそこまでブサイクではないし、なんなら「その辺にいそうな感じ」ですらある。

しかし、のこは幼少時から現在に至るまで、細く長くいじめられ続けている。男たちからは「ブタめ!」「気持ちわりー」「ブス」と蔑まれ、「でも女の子とはいつも仲よかった」と回想するシーンはあるものの、現実には、美しくもサディスティックな同僚「マユミ」に、高校時代からずっと付き合っている彼氏「斉藤」を寝取られた上、仕事のミスを押し付けられ閑職に追いやられているのだから、回想の信憑性はちょっと怪しい。

 

平均よりちょっとブサイク寄りなだけでこんな目に遭うなんて可哀想だが、読み進めていくと、その原因が彼女の「気の弱さ」にあるとわかってくる。のこは、いやがらせをされても、なかなか反撃することができなかったり、我慢することで流してしまったりする。どうしても他者と正面から向き合うことができない。そして、ストレスを感じると、ドカ食いするかモノに当たるという方法を採る。

頭の中で声がする
食え!!
食って食ってくいまくれ!!
そして力をつけるんだ
食べて力をつけるんだわ
大丈夫
食べてれば大丈夫

先ほど「美は力なり」と書いたが、のこにとっては「食は力なり」である。食べることは「力をつける」ことなので、元気を出したいときも、ストレスを発散したいときも、とにかく食べる。食べることでパワーアップし、全てを解決しようとする。

これはこれでひとつの処世術であり、実際、この方法はのこは人生をサバイブしてきた。しかし、マユミに斉藤くんを寝取られたことで、このやり方にも限界を感じるように……。ある時、のこはテレクラを通じて出会った謎の老人「藤本」にその豊かな肉付きを褒められるが、こう反論する。

あたし………
太っていることでずいぶん……イヤな思いしてきました
彼も浮気をして……会社でも嫌われて
もうイヤなんですあたし
やせたい
こんな肉もういらない
やせてキレイになりたい

これを聞いた藤本は、「やせるために使うも食事をするもあなたのご自由に」と、89万円を置いて去り、のこはこれを元手に本格的なダイエットをはじめることになるのだが、これまで「食は力なり」理論で生きてきたのが災いして、食べ吐きを繰り返すようになってしまう。彼女には、ダイエットのために食べる量を減らすことはできなかった。なぜなら、食べることで力をつけてきた人生だから。で、減らせないなら思いきり食べてから吐いてしまえ、となったわけである。

この不健康すぎるダイエット法でのこは30㎏の減量に成功する。何も知らない人から見れば若くてスリムな女の子が完成したことになるが、読者はすでに「痩せる=きれいになる」ではないことに気づいている。

しかしのこ自身は、太っていた頃だったら怖くて入れなかったオシャレなショップで買い物したり、髪色を明るくしたりと、痩せた自分を楽しんでいる。しかし、それで人生が好転したかというと、決してそんなことはない。会社では、痩せて誰だかわからなくなった彼女の周りから人が離れていき、愛しの斉藤くんに至っては、相変わらずマユミと会っているどころか、なんとのこをフッてしまうのである。

斉藤がのこをフッたのは、太っているのこが好きだったからだ。いわゆる毒親育ちの彼は、かなり歪んだ女性観を持っていて、彼女のダイエットに反対、というレベルではなく、はっきりと嫌悪感を示している。太っている女が好きなのは何故か……彼は、のこみたいな野暮ったい女を見捨てない自分に酔いしれることでしか自尊心を保てないタイプだったのだ(厄介!)。

女なんて何もかもゆるくて間抜けなほうがいいに決まってるんだ
やすらぎなんだから
あいつらに求めるのはやすらぎだけなんだから

たまに そんな女でしか安心できない自分がイヤになって
マユミのような女にも手を出してみるけど疲れちゃうんだよな

呆れるほど自分勝手な女性観である。しかし、のこは、こんなヤバい彼氏であっても、絶対に嫌われたくなくて、不器用な女の子であり続けた。なんと不毛な交際だろう。こうして、過激なダイエットに挑戦したのこは、結果的に、人生を好転させるどころか、仕事や恋人など、これまで手にしていた(手にしていると思っていた)ものを全て失うことになる。

斉藤と別れ、会社を辞めたのこは、コンビニの店員として再起を図ろうとする中でまた少しずつ太っていく。かつて彼女が通っていた痩身エステのスタッフは、そんな彼女を見て「たぶん繰り返すわね/身体じゃないもの/心がデブなんだもの」と言う。心がデブ。彼女の意志薄弱ぶりに対する容赦ない批判だ。でも確かにそうなのだ。マユミのような美しい女を見れば痩せようと思い、斉藤や藤本に太っているお前がいいんだと言われれば、そんな気にもなってきて……自分で自分を愛せないから、どんどん中身が空っぽになって、他人の価値観によってそのすき間を埋めるしかなくなってしまう。この構造に気が付かない限り、幸せはやってこない。

つまり彼女はダイエットなんかしている場合じゃなくて、もっと頭を使って考えるべきだったのだ。自分がどんな人間で、周囲からどんな扱いを受けていて、どうすればそこから脱出できるのかを(まあ、それができれば苦労はしないのだけれど)。

のこの悲劇を他人ごととして済ませるのは難しい。なぜならわたしたちもまた多かれ少なかれ他人の価値観に左右されながら生きているからだ。自分で自分を全肯定し、誰に何を言われても気にすることなく生きられたら最高だが、ふとした瞬間に、まるで悪魔に魅入られでもしたかのように、他人の価値観に捕捉され、否応なしに蹂躙され、つい自分を手放してしまうことがある。そうなったとき、この作品のことを思い出して欲しい。のこが身を挺してわたしたちに見せてくれたこの悲劇が、きっとあなたの支えになってくれるだろう。


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