白地図のライゼンデ

大注目の測量士ファンタジー #1巻応援

白地図のライゼンデ パミラ
兎来栄寿
兎来栄寿

大昔はRPGをプレイするときに自分で紙にダンジョンのマップを描いて攻略していて、悪質な罠や凶悪な敵に阻まれながらも少しずつ乗り越えていくのが楽しかったなぁと思い出します。 その頃、方向音痴なマッパーを主人公とする大人気ファンタジーライトノベルにハマっていたので、地図を作るという行為に対しては基本的に好意的な思い出しかありません。オープンワールドで少しずつ未開拓の地図を広げていくのも大好きです。 本日1巻発売の『白地図のライゼンデ』は、正にそんな地図作りがキーワードとなる物語。測量士が主軸となる、今年注目のファンタジーです。『ヤングマガジン』で連載されていますが、どちらかというと『シリウス』や『good!アフタヌーン』などに載っていそうなタイプのお話です。系統としては流行りのなろう系ではなく、独自の世界観を作り込んでいる純然たるファンタジーです。個人的には断然好みです。 この世界においては、″未測定領域″と呼ばれる地図の空白部分からは魔物が生まれてくるという大きな設定がまずあります。未確定領域を狭めるために、この世界の住人たちは測量士たちの力によって地図で描かれた場所を拡大していっています。そして、並の測量士と比べてもとんでもない力を持つ少女との突然の出逢いから、この物語の歯車は動き出します。もしこの能力を伊能忠敬が持っていたら日本の測量史も大きく変わっただろうなという詮無い感想はともかく、単に地図を作るというだけでなくその行為自体が戦闘面でも有用というのが独特で面白味を生んでいます。 特にこの作品で好きなのは、ところどころ見開きで描かれる壮大な世界。実際に歩いてみたくなるような豊かな自然の風景もあれば、旅の目的地となる廃都アムステルムのように禍々しくも美しさを感じさせる光景もあり。ここではないどこかであるファンタジーの世界を絵で魅力的に表現してくれる作品は堪りません。作者のパミラさんはpixivで公開されている「モルブスの子供たち」からしてファンタジーに向いた味わいのある絵の上手さを感じましたが、更に研鑽して遂にこの『白地図のライゼンデ』を結実させたのは素晴らしいことです。 旅を進めるごとに新たに個性豊かなキャラクターが加わっていくのも、実にRPG感があります。そんなキャラクターたちにも、そして世界にもさまざまな謎がありそれらが少しずつ解き明かされていくのが楽しみです。 ファンタジーが好きな方、作り込まれた世界観に酔いしれたい方にお薦めします。

シビは寝ている

愛猫の死に向き合う素晴らしい読切

シビは寝ている 矢野満月
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)

他人の価値観や死に向き合う非常に良い読切でした。 ある朝、拾って11年ものあいだ生活を共にした愛猫・シビが死んだ。 タカオはパートへ、マキは仕事を休んでシビのことはやっとくと言うので任せることに。 傷心のまま働き帰ってみるとシビは冷凍庫で冷たく凍っていて、剝製にするとマキは言い出す。 シビを埋葬しようと考えるタカオと剝製にしたいマキの気持ちはすれ違い…。 https://comic-days.com/episode/3270296674423092399 心を揺さぶられたし、単純に話運びも面白かったし、同時に考えさせられた。 いかにも一般常識側の「普通」っぽく振舞うタカオだが、他人からしたら異常性を感じる部分もあって自らを省みることになる。 「共感できないからって人の気持ちを否定していいわけないですよね」 他人に気持ちを否定されたことで、初めて自分も色眼鏡でマキを見てしまっていたことに気づくシーンがよかった。 二人は互いの気持ちの開示とコミュニケーションが足りていなかったのだ。 これを機会に二人の関係ももう一歩進んだようで読んでいて嬉しかった。 死の受け入れ方は人それぞれだ。 「シビ」って、フランスで猫によくつけられる名前だっけと思って調べたらそっちは「シピ(Chipie)」だった。

明日食べる米がない!

タイトルのパワーよ

明日食べる米がない! やまぐちみづほ
六文銭
六文銭

『明日食べる米がない』 このタイトルに釣られました。 え?日本ですか?と思ったが、日本の話なんです。ええ。 主人公は、両親の離婚により、母親と2人暮らしに。 母親も、それまで働いたことがないから、いわゆるフリーターで、その給料だと当然極貧になってしまう。 その生活を描いた実録エッセイ漫画。 個人的に恐ろしいと感じたのは父親で、冒頭、急に離婚を切り出して、家を売却したから、二人を強制的に引っ越しさせるという流れ。 離婚の理由は特にない。 主人公にしてみれば父親は、家庭を顧みない、1人行動してしまうタイプなんだと軽く記載してましたが、いやいやいや・・・恐ろしいって。 なんで、そんなことできんだろ?って不思議に思ってしまった。 母親も母親で、よく言えばポジティブ、悪く言うと考えなしなところがあり(若干スピリチュアルも入っているし)、主人公が色々振り回されてしまう様が不憫でしかたなかった。 それでも、この逆境に大した不満をもたず、おもしろ可笑しく表現する著者の精神はすごいなと思った。 自分自身も貧乏だったので、貧乏話とか読むと思い出してトラウマなのですが、この作品は明るく笑えて良かった。 また最後には、著者(主人公)の生活が軌道にのっているのも安心しました。

私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記

老成せざるを得ない子供の悲しみ、辛み

私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記 水谷緑
兎来栄寿
兎来栄寿

「ヤングケアラー」という言葉を知らない方や、自分が実際にそうである・そうだったという人に切実に届いて欲しい一冊です。 「ヤングケアラー」とは、「介護や病気、障がいや依存症など、ケアを要する家族がいる場合に大人が担うような責任を引き受け、家事や看病、感情面のサポートなどを行っている18歳未満の子ども」のことであると幕間のコラムで解説されています。 発売から3ヶ月が経ちましたが、本日発売の電子ストアもあるということで、改めてこのタイミングで推薦しようと思います。 本作は、さまざまな子供たちの実際のエピソードを元にして作られたあるヤングケアラーの少女のお話で、単なるフィクションではないことが明示されて始まります。 統合失調症の母によって物理的にも精神的にも傷付けられる日常を送る主人公・ゆい。父親も弟も助けてくれず、認知症の祖父もおり、家事は自分がやって当然。年相応に遊ぶことが生業である同級生たちとは、まったく違う生活を強いられていますが、なかなか自分の境遇が特殊であるとは当事者は気付きにくいものなんですよね。それがたとえ、妄想の中では何度も母親を殺したり、ぬいぐるみを破壊しては直したりして何とか心を保っているような、危うい状態であったとしても。 また、そんな窮状を何とか大人に伝えられる機会があっても、事勿れ主義の権力を持つ輩によって闇に葬られてしまい、子供一人ではいかんとも動かし難い状況の絶望感も描かれます。助けを求めることすら諦めてしまうようになる、そんな悲しいことがあるでしょうか。 私も認知症の祖父を自宅で介護したり、一親等以内ではないですが統合失調症の身内がいて途方もない大量の妄想を子供の頃からじっと傾聴したりして生きてきました。また、幼い頃からネグレクトやDVその他により強い殺意を抱かされ絶対にこの遺伝子を後世に残さないと決意させられた父親とは、若い頃に絶縁して久しいです。なので、多少形は違えど共感できるポイントが多々ありました。 本当の自分の感情を切り離して辛い事象をワンクッション置いて俯瞰的に捉えるやり方などもそうですし、冒頭のミヒャエル・エンデの『モモ』を読みながら「夜 皆が寝た後一人で本を読んでいるのが安心で安全な時間」と綴られるモノローグは正に自分と重なりました。バラバラになりそうな心を繋ぎ止めてくれてたのは、私にとってはマンガを始めとする物語やキャラクターたちでした。 恐らく、この本を読んで初めて「自分も助けを求めていいんだ」と思える子もいることでしょう。そういう子たちに届くように、ぜひ色々なところに置かれていて欲しい作品です。当事者の子供にも読めるように、と総ルビになっているのは素晴らしい配慮です。 また、現実に存在する個々別々の地獄を知っておくことは、社会でさまざまな人に出会った際の想像力の助けになります。そういった意味でも、広く読まれる意義のある作品です。