ラブらず 恋が分からない男女の話

現代人に激しい共感を生む「ラブらないコメ」 #1巻応援

ラブらず 恋が分からない男女の話 梅里汐
兎来栄寿
兎来栄寿

結婚するときに「互いの好きなものを尊重して否定しない」というのは大事な条件だと思います。世間ではたまに夫の鉄道模型やガンプラが留守の間にすべて処分されるなどの悲劇も起こってしまっています。お互いに同じものが好きであれば理想ですが、せめて自分にとっては興味がなくとも相手の中ではそうではないかもと想像できるとこの世の悲しみは幾分減ります。趣味嗜好がより細分化していっている現代ではなおさらでしょう。 私の家族は「ジャンルは何にせよオタクはオタクと結婚するのが幸せ」と主張しています。自分に命より大切にしているものがあるからこそ、相手のそれを侵さないということを自然に行える人が多いからです。 1話を読んだときから大好きになって、こうして1巻が発売して紹介できるのを楽しみにしていた『ラブらず 恋が分からない男女の話』のふたりは、そういう意味では夫婦としてはある種理想的です。 塚瀬清春と早見りこ。恋愛という感情をまるで理解できない同僚の男女同士が、互いに協力してその気持ちを何とか理解してみようと悪戦苦闘する「ラブらないコメ」です。現代ではこのふたりの考えに共感できる方も非常に多くなってきているでしょう。 清春は、握手会などにも行く推しに生かされているドルオタ。一方りこは、鉄オタで同人誌を作って即売会にも参加するほどの熱量。このお互いの趣味に対して、無関心でいてくれるならそれだけでもういい伴侶でしょう。しかし、清春はりこのサークルの売り子として即売会に参加するのみならずりこの本を熟読してツボを押さえた感想を述べてくれるし、りこはりこで清春の推しへの想いを最大限に尊重しながらも握手会にも付き合ってくれるのです。 もちろん、実際に結婚して一緒に生活するとなったら他の細かい部分に関する許容値の多寡も問題になってきますが、入口はパーフェクトではないかと思わされます。 ふたりは本物の恋人同士がやるようなこと、例えば高いレストランに行ったり綺麗な夜景を見に行ったりといったことにも一生懸命トライするのですが、それでも恋愛が理解できず変な思考と言動に陥る様は笑えながらも人によっては強く共感するところでしょう。 私自身、三次元の人間と恋愛したりましてや結婚したりする気はさらさらなかったので、清春とりこの気持ちは非常に解ります。ただ、気付けば至極円満な結婚生活を送って数年。私も恋愛という過程はほぼ経ずに「何だか一緒にいることによるストレスが全くないなぁ」で結婚に漕ぎ着けたので、彼らもきっと夫婦になったらいい関係性でやっていけるだろうと思います。 そこまで行くかどうかはわかりませんが、普段は穏やかでありながら熱い心も持ち思い遣りに溢れたふたりのやり取りだけでも微笑ましく楽しいので、今後も見届けて行きたい物語です。

本好きの下剋上 第一部

本がたくさん読める幸せ

本好きの下剋上 第一部 椎名優 鈴華 香月美夜
ゆゆゆ
ゆゆゆ

「本は須く(すべからく)うらのもの」がネーミングの由来という、本の虫というか本がすべての女性「本須麗乃」が本に潰されて死に、マインという虚弱少女に異世界転生して、「本がないなら作ればいいじゃん!!!」と死にかけながら本づくりを転生パワーで突き進めるお話。 マインの本を読みたい熱に巻き込まれる家族、友達、知り合い、すごい人、偉い人、いろんな人。 本人は本と家族がいれば十分なのに、巻き込む勢いが大きすぎてそうはいかず… 原作が長編すぎるせいか、コミック版「本好きの下剋上」は複数人の漫画家さんが並行して描いている。 第一部と第二部は鈴華先生によるもの。 Web小説からのコミカライズや書籍は途中打ち切りの作品が多いというのに、アニメ化されたとはいえ、同時進行とはなんと気前の良い振る舞いだろう。 出版元は印刷博物館とのコラボをしていたり、作中で登場していそうなアイテムをグッズ化してどんどん売り出していたり。 「本好きの下剋上」ワールドは沼が深い。 私は原作「本好きの下剋上」が好きだったので、コミカライズ版も読んだクチ。 マンガ版では小説の挿絵では描かれなかった、細かいところま描き込まれている様子に感激した。 漫画だと視点が完全な主人公視点ではなくなるので、小説版でしばし起きた「主人公視点によるミスリード」がどう描かれるかも見物だった。 まずはマンガ版を読んでみてほしい。 おもしろいなと思ったら、小説版を。 無料で読める「小説家になろう」版もおもしろいし、書籍版はなろう版より加筆されているので、それはそれでまたおもしろく読むことができる。

白地図のライゼンデ

大注目の測量士ファンタジー #1巻応援

白地図のライゼンデ パミラ
兎来栄寿
兎来栄寿

大昔はRPGをプレイするときに自分で紙にダンジョンのマップを描いて攻略していて、悪質な罠や凶悪な敵に阻まれながらも少しずつ乗り越えていくのが楽しかったなぁと思い出します。 その頃、方向音痴なマッパーを主人公とする大人気ファンタジーライトノベルにハマっていたので、地図を作るという行為に対しては基本的に好意的な思い出しかありません。オープンワールドで少しずつ未開拓の地図を広げていくのも大好きです。 本日1巻発売の『白地図のライゼンデ』は、正にそんな地図作りがキーワードとなる物語。測量士が主軸となる、今年注目のファンタジーです。『ヤングマガジン』で連載されていますが、どちらかというと『シリウス』や『good!アフタヌーン』などに載っていそうなタイプのお話です。系統としては流行りのなろう系ではなく、独自の世界観を作り込んでいる純然たるファンタジーです。個人的には断然好みです。 この世界においては、″未測定領域″と呼ばれる地図の空白部分からは魔物が生まれてくるという大きな設定がまずあります。未確定領域を狭めるために、この世界の住人たちは測量士たちの力によって地図で描かれた場所を拡大していっています。そして、並の測量士と比べてもとんでもない力を持つ少女との突然の出逢いから、この物語の歯車は動き出します。もしこの能力を伊能忠敬が持っていたら日本の測量史も大きく変わっただろうなという詮無い感想はともかく、単に地図を作るというだけでなくその行為自体が戦闘面でも有用というのが独特で面白味を生んでいます。 特にこの作品で好きなのは、ところどころ見開きで描かれる壮大な世界。実際に歩いてみたくなるような豊かな自然の風景もあれば、旅の目的地となる廃都アムステルムのように禍々しくも美しさを感じさせる光景もあり。ここではないどこかであるファンタジーの世界を絵で魅力的に表現してくれる作品は堪りません。作者のパミラさんはpixivで公開されている「モルブスの子供たち」からしてファンタジーに向いた味わいのある絵の上手さを感じましたが、更に研鑽して遂にこの『白地図のライゼンデ』を結実させたのは素晴らしいことです。 旅を進めるごとに新たに個性豊かなキャラクターが加わっていくのも、実にRPG感があります。そんなキャラクターたちにも、そして世界にもさまざまな謎がありそれらが少しずつ解き明かされていくのが楽しみです。 ファンタジーが好きな方、作り込まれた世界観に酔いしれたい方にお薦めします。

シビは寝ている

愛猫の死に向き合う素晴らしい読切

シビは寝ている 矢野満月
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)

他人の価値観や死に向き合う非常に良い読切でした。 ある朝、拾って11年ものあいだ生活を共にした愛猫・シビが死んだ。 タカオはパートへ、マキは仕事を休んでシビのことはやっとくと言うので任せることに。 傷心のまま働き帰ってみるとシビは冷凍庫で冷たく凍っていて、剝製にするとマキは言い出す。 シビを埋葬しようと考えるタカオと剝製にしたいマキの気持ちはすれ違い…。 https://comic-days.com/episode/3270296674423092399 心を揺さぶられたし、単純に話運びも面白かったし、同時に考えさせられた。 いかにも一般常識側の「普通」っぽく振舞うタカオだが、他人からしたら異常性を感じる部分もあって自らを省みることになる。 「共感できないからって人の気持ちを否定していいわけないですよね」 他人に気持ちを否定されたことで、初めて自分も色眼鏡でマキを見てしまっていたことに気づくシーンがよかった。 二人は互いの気持ちの開示とコミュニケーションが足りていなかったのだ。 これを機会に二人の関係ももう一歩進んだようで読んでいて嬉しかった。 死の受け入れ方は人それぞれだ。 「シビ」って、フランスで猫によくつけられる名前だっけと思って調べたらそっちは「シピ(Chipie)」だった。