Dark Moon

猥雑という使命

Dark Moon 矢萩貴子
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

矢萩貴子のクチコミを投稿しようと思い、マンバの作品一覧を見たら、そのあまりの猥雑さに、ほとんど感動した。 ご興味のあるかたは、この「矢萩貴子」の名前をクリックしてみてください。 そして、そこにズラズラと並ぶタイトル(?)やあらすじの、ド直球で明け透けで奥行きのない下品さに、言葉を失っていただきたい。 その後でぜひ、この『Dark Moon』の試し読みを開いてみて欲しいのだ。 オープニングのカラーから巻頭数ページだけで、この漫画家が持つ画力の精緻で凄絶なクオリティーの高さが、まざまざと分かると思うから。 かつて、レディースコミック誌というジャンルがあった。 当初は少女マンガを卒業した読者のための、男性向けでいう「ヤング誌・青年誌」のようなくくりを意味していたと思うが、やがて多様な進展を示して、主に短篇読み切りの成人女性向けエロをメインとする一群が隆盛し、そして、BLやTLの発展と入れ替わるように、急速に衰退していった。 多くのレディコミ漫画家は少女誌デビュー後にその発表の場を移してきており、作風自体は(少し古い)少女マンガのものだった。 一方で、牧美也子や川崎三枝子、あるいは森園みるくのように、(かなり古い)劇画テイストを手に入れた作家もいて、彼女たちはレディコミ界のケン月影とも言うべき無視できない漫画家たちである。 そして、それらとはまったく異なる光芒を放つ硬質の個性として、矢萩貴子は存在したのだ。 「東京芸術大学で油絵を専攻。卒業後、絵画教室の講師や高校の美術の非常勤講師をしながらSMを題材にした同人誌を作り、1987年(略)デビュー」(Wikipediaより)だそうだ。 まるで団鬼六ではないか。 つまり、矢萩貴子は、伊藤晴雨や喜多玲子と一直線に繋がる「闇の絵師」なのである。 エロを描くという志にその身を捧げた凄腕の絵師は、歴史上枚挙に暇がないが、レディコミというあだ花なジャンルにおいては、矢萩貴子こそが無比の存在だとつくづく感じる。 ただ、現在の読者にとって「面白い」作品かと問われれば、少し言葉を濁すことになるのだけれど。 彼女を心から賞賛するまでには、私たちの時代はまだ成熟していない。

向こうの人【電子限定描き下ろし付き】

痛々しいのに目が離せない

向こうの人【電子限定描き下ろし付き】 上野ポテト
たか
たか

読んでいてメチャクチャ辛いのにページを捲りつづけてしまった作品。面白い…! 辛い、と感じたのは、主人公・たくまの性格と振る舞い。 妹に対して身内の特有の無礼さでモノを言い、Twitterで毒を吐き、会社の人間がいかにくだらないかを愚痴る(暗に自分は違うと言いたい気持ちが透けて見えるところがまたムカつく)。 始まって3ページで「うわ、こういうやつ無理だわ…」と思わせる主人公はなかなかいない。 自意識過剰で自尊心が強い小物。 現代文で習った懐かしの「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という言葉が頭に浮かんでくる男。それがたくま。 そんな小物・たくまの振る舞いは見ていて痛々しいのだけど、読者である私もまた小物の自覚があるので、いつの間にか主人公にガッツリ共感していた。 ここまでかなり悪しざまにたくまを語ったけれど、たくまはちょっぴり嫌なヤツなだけで、悪いやつではない。読み進めるに連れて、その人間臭さがとても愛しく感じられる。 「たくまがTwitterでずっと繋がってて時々やり取りするだけのフォロワーの『エス』が、じつは今をときめく人気俳優の『なるさや』だった」という設定だけ読むと、BLでありがちな突飛で薄っぺらい展開のように思うかも知れない。 しかし実際は、2人の感情の動きを非常に丁寧に、かつ最初にたくま視点で描かれた場面をエス視点でなぞり直すため、かなり生々しい物語となっている。 ひたすら2人の内面のゆらぎに焦点をあてた読み応え抜群の作品。エロもないので、ぜひ普段BLを読まない人にも手にとってほしいです。 (画像は3話より。たくまはこ〜〜いう、しょうもねぇところがあるんですよ。で、このあと自己嫌悪する。そこがいい…!)

鍵つきテラリウム

目を奪われる美しい色彩の終末世界で

鍵つきテラリウム 平沢ゆうな
兎来栄寿
兎来栄寿

平沢ゆうなさんと言えば『僕が私になるために』という実録性別適合手術エッセイマンガが非常に面白くためになったのですが、それからいくつかの短編を経て始まった待望の連載が『白百合は朱に染まらない』、そしてこの『鍵つきテラリウム』です。 『鍵つきテラリウム』は、(コミックスにも掲載されている)webで掲載された0話にあたるフルカラーのプロローグを初めて読んだ時、そこに描かれていた美しいポストアポカリプスのコロニーの風景に一瞬で心奪われました。元々、私は廃墟萌えの性質があり終末世界系は大好きですし、特に人の手によって造られた建造物が崩壊してそこに草花が生い茂っている感じも大好物。それはもう堪りません。 更に、人間とロボット的なテーマも入ってきて心の奥底まで優しく、時に切なく響き渡るストーリー。それらが生み出すハーモニーは非常に上質で心地良いものでした。ずっとこの世界に浸っていたいと思える稀有な作品です。平沢ゆうなさんのカラー背景がとても良く単行本の店舗購入特典各種も素晴らしいので、ずっと描いてて頂きたいと願ってしまいます。 『少女終末旅行』、たつき監督作品、ニーアオートマタなどが好きな方にもオススメしたい一冊。

ワンダンス

スタイリッシュでエネルギッシュ、カッコよくてかわいい。

ワンダンス 珈琲
兎来栄寿
兎来栄寿

今、毎回とても楽しみにしている作品です。『のぼる小寺さん』や『しったかブリリア』はそれはそれで面白く読んでいたのですが、珈琲さんの最新作がまさかこんな胸を熱くさせてくれるダンスマンガになるとは! 元々、女の子が非常にかわいい珈琲さんの絵ですが、とりわけこの『ワンダンス』のヒロインである湾田さんのかわいカッコよさと来たらもう。部長の恩ちゃんもまた推せる逸材です。 マンガはアニメと比べると絵が動かないメディアではあります。ややもすれば動きのあるスポーツ、とりわけ本作のテーマであるダンスのようなものを描くのであればアニメの方が向いているというのが普通の考え方かもしれません。しかし、逆に言えばマンガは連続して存在する世界の中の最高の瞬間を最高の切り取り方で留め置くことができるものでもあります。美しい一コマに出逢った時に、停止ボタンを押す必要もなくずっと止まって眺めていることもできるのがマンガというメディアです。 そういう意味でこのワンダンスの決めゴマはまさにマンガ表現の特性も十全に生かした素晴らしいものであり、大いなる美しさを感じました。決して動きがないと言いたい訳ではなく、むしろ読んでいるとダンス未経験の私でも自然と体を揺らしたくなってしまうくらいの躍動感もあります。 女の子への憧れと、未経験の競技への挑戦、努力と成長という王道的な要素でしっかりと熱くなれつつ、スタイリッシュな表現があいまって上質な時間を満喫できる一作です。

マンガに、編集って必要ですか?

マンガなしで生きられない人にこそ読んで欲しいマンガ

マンガに、編集って必要ですか? 青木U平
兎来栄寿
兎来栄寿

あまりにも切実で、あまりにも強く共感する所があって、読んでいて名状し難い感情に襲われます。大好きです。 近年持て囃される「編集者不要論」。誰しもが情報を発信できるようになった今の時代、作家も個人で電子書籍を出版することが可能になり、宣伝も編集者より作家がSNSを活用して行った方がむしろ効率的な場面すらある世の中。 旧来の枠組を超えた現代の編集者に求められる仕事というのも沢山あると思いますし、編集者がいなかったら即打ち切られていたりそもそも誕生もしなかった名作がどれだけあるだろうと思いもするのですが……。ともあれ時代と共にマンガの在り方が変わり、それに伴って編集者や出版社、その周辺の在り方も変化を余儀なくされている過渡期であるのは事実であると思います。 そんな時代背景をベースに、ファッション雑誌編集部からやって来たマンガのことなんて全然解ってなさそうな若い女性編集者に気を揉むベテラン作家のお話として始まる本作。最初は少しゆるい感じで始まりながら、1巻は強烈な終わり方をします。その後の展開を解った上でまた1話から読むと何とも言えない味わいがあります。 単行本の続きがすぐwebで読めますし、そこからが真骨頂となっています。特に 「私が世界と繋がれるのはマンガだけだから」 というセリフは共感というレベルを超えて「これは私だ」と思わされて泣けました。ぜひ最新話まで追ってみて欲しい傑作です。

トランスジッター -歪な外側-

「女になるってこういうことなのか」望まぬ異性化の果てなき苦悩

トランスジッター -歪な外側- 咲次朗
兎来栄寿
兎来栄寿

本作は極めてシリアスに性差と心と体の問題を描き問い掛けて来る物語です。 主人公は元々同性愛者であり、自分の想い人に想われている幼馴染のヒロインからの告白をむしろ疎ましく感じてしまうという状況下で、1000人に1人が罹患する「異性化症」という疾病によって主人公とヒロイン両方が異性化するという所から歪んだ物語が始まります。ただでさえ深く悩んでいた彼らに、更に追い討ちをかけるように降り注ぐ過酷な運命。 人は自分の性に対する不満や異性になってみたいという欲求がどこかにあるものです。実際にそういった部分をテーマとして描く作品も近年増えています。ただ、その内の多くはコミカルな要素を持って描かれるもので、本作のようにシリアスに徹して男女それぞれの抱える辛さについて肉薄するものは珍しいです。 途中で起こる事件は非常に痛ましいものですが、そうであるからこそ読者の心に爪を立てて問いを喚起するものとなっています。世間で言われていたことを他人事として受け止めていた主人公が我が身でそれを体験した時の 「女になるってこういうことなのか」 というセリフに確かな重みが与えられています。 商業デビュー作とは思えない筆力で叫ぶように描かれた本作が主人公たちをどういう結末へと導きどういう結論に達するのか。必ず最後まで見届けたい意欲作です。 咲次朗さんのpixivアカウントでは他の作品にも触れられますので気に入った方はそちらもどうぞ。

この音とまれ!

『凝縮された少女漫画』で最高のエンタメ!!

この音とまれ! アミュー
たか
たか

ブロッコリーのことを「凝縮された森」と呼んだ天才にならい、『この音とまれ!』のことは「凝縮された少女漫画」と呼びたい。この作品はジャンプSQ.で連載されていますが、コマ割りが少女漫画であるため勝手に少女漫画と呼ばせていただきます。 4月にアニメ化されるということで放送前に読んでみたのですが、まあ〜すごい作品でした。何がすごいって、**とにかく見所が多すぎる…!** **・主人公の過去が凄惨(不良に琴職人の祖父の家を焼かれる) ・琴の名家に生まれたヒロインのお家騒動がヤバイ ・顧問が実はめちゃくちゃすごい人 ・ライバル校のキャラがやたら濃い** 辛い過去、ハードな練習、美しい演奏描写、琴の知識、熱い友情、恋の予感と、とにかく注目すべき要素が多いんです。 **私が思う少女漫画の名作の条件の1つは、「ドラマチックな悲劇が起こりそれを愛・友情で乗り越えていく」こと。**『この音とまれ!』はその条件に当てはまる部分がすぎていて、**凝縮された少女漫画としかいいようがない。** まずそもそも**作者(とそのご家族)がお琴の経験者で、琴の演奏描写が非常に優れていて読み応えがある。**そこへさらに、先に挙げたようなヘビーな設定を次々持ってくるもんだから、ドラマが洪水のように襲ってきて読者は感情を付さぶられまくる。そして、思い出したようにヒロインといい感じの雰囲気になるシーンが挟まる。 んもう、最高にエンターテイメント…!! またテーマである**「琴」の演奏シーンの作画は常に大迫力**で、読み終わってソッコーで本物の演奏を比べてしまったほど。作中に登場した、アミュー先生の家族がこの作品のため書き下ろした楽曲はYouTubeで聴くことができます…! https://www.youtube.com/watch?v=Y_Db88Ef6FQ ちはやふるやナナマル サンバツなど、熱い文化部漫画が好きな人は間違いなくハマるので、ぜひ手にとってください!(※なおアニメはおすすめしません!)

シュート!

久保建英や大谷翔平、井上尚弥の出現により、スポーツ漫画に求められる変革とは

シュート! 大島司
mampuku
mampuku

若干18歳にしてA代表に選出され、ビッグクラブへの移籍も確実視されている日本サッカーの至宝・久保建英。いま連載されている主要なサッカー漫画に、彼と同等以上の活躍をしている高校生はいません(まぁ現実にもいないんですけど)。アオアシの栗林もBeBluesの久世も、主人公の遙か先をいく圧倒的存在として描かれていますが、久保建英はそのさらに遥か先を行っています。 かつての名作には名門バルセロナで活躍する大空翼、メジャーリーグで投打に燃えた茂野吾郎などがいました。漫画だからこそ自由に描けた夢に、現実が追いついてしまいました。それによりスポーツ漫画に求められる役割が少しずつ変わってきたような気もしています。 読者が憧れるヒーローや漫画ならではのスペクタクルといったものから、競技そのものの面白さ・奥深さ、競技を取り巻く人々のドラマなどにスポットライトが移ったような印象です。 代表的なのがサッカーなら「フットボールネーション」「アオアシ」「サポルト」「ティエンポ」、野球なら「バトルスタディーズ」「グラゼニ」「ラストイニング」など。 本カキコミのタイトルに井上尚弥の名を上げておきながら不覚にも次世代的なボクシング漫画の例が思いつきませんでした……。ティエンポみたいなボクシング漫画、読んでみたい!

仄見える少年(読切)

2018年ジャンプで一番おもしろかった読切!!

仄見える少年(読切) 松浦健人
たか
たか

今週からトーキョー忍スクワッドが始まったので去年のはちゃめちゃに面白かった読切を再読。 絵の巧さ・キャラクターの個性・演出・コマ割り・カメラワーク・ストーリー。 どれもずば抜けていて何度読んでも面白い完璧な読切…! なんでこっちで連載しなかったのか謎なくらいひたすら最高。 この読切を読むために250円払って2018年39号を購入しても後悔はないのでぜひポチってください。 https://jumpbookstore.com/item/SHSA_JP01WJ2018035D01_57.html 物語の舞台が、学校から恐ろしい黒猫が現れるトンネルへ移ると、作者の素晴らしい演出で緊張感がグッと高まる。その緊張感が、主人公の能力が明らかになって一気に解放されるのが爽快…! あの猫は一体なぜ七瀬を守ってたのか。 お姉さんは一体何者なのか。 景はなんで電話をするときわざわざ右手で左耳に当てるのか。 景になぜクソやべーやつが憑いているのか。 読切で明かされていない、余白の部分にワクワクして止まらない。 「怪奇ホラー路線が呪術廻戦と被っていなければ、連載に採用されていたんだろうなぁ」と思わずにいられないほどの完成度。 今回読み直してみて、改めて新作への期待が高まりました。 (画像はトンネルに入るシーン。ここで飛び出し坊やをアップにするのすごい好き。このあと急激に緊張が高まってバーン! と景の能力が明かされるのが最高…!) 【追記: 2020/09/02】 連載版の感想はこちら↓ https://manba.co.jp/topics/25125