ひさぴよ
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2021/02/26
士郎正宗から黒田硫黄に辿り着く発想力がヤバい
まず、この本を企画した人の発想と、本当に実現させてしまう力量が凄いと思います。士郎正宗原作を黒田硫黄に依頼するなんて考え方、一体全体、何をどうしたら思い付くのでしょうか。私はアップルシードも、黒田硫黄作品も好きでしたが、何かが激しく合いそうな気がする一方で、これはどうなんだという両方の気持ちが同居する作品でした。 蓋を開けてみれば、作風は真逆ながらしっかりとハードSFしてまして、特にごちゃごちゃした「雑多さ」なんかは、本家とは別の方向でしっくりくるものがあります。いやいや、原作版アップルシードと全然違うじゃないか!とおっしゃる方もいるかと思いますが、私にはこのアップルシードαはもう一つの世界のアップルシードとして存分に楽しめました。 とはいえ、アップルシードの世界観にはいまひとつマッチしてない部分もあったのは確かです。特に戦闘シーンは泥臭くスタイリッシュさがないなんてことは言いませんが、黒すぎて何が何だかわからない場面が少なからずありました。まぁ元々、相反する性質のものが融合してるので、それくらいは仕方ないという気持ちもありつつ、何ならアクション抜きの「アップルシード」でも全然良かったのになぁと思ったり。
ひさぴよ
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2021/02/17
原作未読でも、お笑いファンでなくとも入り込める
原作・又吉直樹氏の「火花」のコミカライズ作品。話題作だけど未読、という人は結構多いんじゃないでしょうか。私もその一人です。まず原作を誤解してた所があって、芸能に関心がある、お笑いファン向けの作品だと勝手に勘違いしてました。決してそんなことはなく、人間は誰しも漫才師である、という言葉の通り、お笑い好きに限らず広く開かれた物語でした。 読めば純粋に面白い作品で、作画の武富健治氏の絵の力によって、ページをめくる毎に物語に引き込まれていきます。原作未読ながら、小説とは別の魅力を存分に引き出されている…と思えてしまうほど、心に迫るものがあります。 芸人の現実を描く一方で、神谷のように才能がありながら、袋小路に向かってしまう人間に対して、厳しくも優しい眼差しを作品全体から感じました。 物語の中心人物である徳永か神谷、どちらに感情移入するかは読む人によって異なると思いますが、下巻で徳永が神谷に投げかけた一連の言葉がすべてのように自分には感じられました。 上下巻で長さも丁度良いです。原作未読でも、お笑いファンでなくてもおすすめです。
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2021/01/01
これからも必要とされる物語
2020年11月、マンバ通信の新連載「壊れやすい卵のための21世紀マンガレビュー」の第1回「淀川ベルトコンベアガール」は、これまで読んできたマンガ系レビューの中で最も記憶に残る記事の一つとなりました。なぜなら、取り上げた作品のレビューが素晴らしいだけでなく、自分の中で、漫画とはどういう存在であったかを、改めて考えるきっかけを与えてくれたからです。 https://manba.co.jp/manba_magazines/11638 書き手の可児洋介さんは、文芸誌ユリイカなどで漫画評論を執筆されている方で、文章からも真面目で誠実な雰囲気が伝わってきて、個人的に好きなライターさんです。 まず、記事の序文で村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチになぞらえて、拡大を続ける物語世界の現状と、漫画というものの文化の立ち位置を示されています。 「壊れやすい卵を無慈悲なシステムの壁から守るものが物語である」とするならば、これは絶対に読まなければ、という思いに駆られまして、気付いたら全3巻を読み終わっていました。それ以降も、二度三度と繰り返し読み直してますが、レビューの通り、本当に素晴らしい漫画でした。作品の見所についてはマンバ通信の記事中で、余すところなく紹介されていますので、そちらを読むことをおすすめします。 個人的に感じた事としては、10年前に完結した漫画ながら、2021年の今読んでもそこまで古さを感じさせないテーマである、という部分にあります。今の日本社会を取り巻く状況があまりにも変わってないせいなのか、この作品が孕む幾つものテーマが、今後も間違いなく必要とされる物語であり続けるであろうと感じました。 何一つ不自由なく幸福な人生を送っていたとすれば、その人にとって、もしかして必要のない物語かもしれません。ただ、生まれ育ちによってそれぞれの置かれた状況があり、価値観も何もかも異なる他人がいるということを知るということ、立場の異なる他人の人生にどれだけ思いを馳せることができるかということを、この作品からは投げかけられているような気がします。 変更された最終回について。 東日本大震災を契機に、村上かつら先生が表現したものは、うまく言葉にはできませんが「他人のために祈るという行為そのもの」であったのではないかと感じました。かよちゃんが祈る対象が、自己から他者へと次第に移り変わり、他人のために心の底から祈る姿に、私は心を打たれ感動したのだと思います。もはや宗教や神様なんてものは何でもよくて、真に他人を思いやる気持ちこそが、すべての始まりなのだと。そう受け取りました。 最後に、マンバ通信の記事でも触れられていますが、各巻のあとがきにて作品の生まれた経緯や時代背景、作品に込められたメッセージが記されています。それと、CUE3巻に本作の元となった読切作品「純粋あげ工場」が収録されていますので、余裕があればそちらも読んでみると良いです。本編で前作と繋がりがあるコマの存在に気付けます。 https://manba.co.jp/boards/16324/books/3 さらに完全に蛇足ですが、あとがきネタでもう一つ。 取材先の食品工場というのが、「日の出食品」「太子食品工業」と書いてあります。いずれもスーパーでよく買う油揚げを作ってるメーカーさんだったことに気付きました。日常的に食卓でお世話になってる人も多いのではないでしょうか。特に太子さんのは他より美味しいので、おすすめです。🦊 http://www.taishi-food.co.jp/?pg=143530690610828
ひさぴよ
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2020/12/31
ネタバレ
ゆるそうに見えて良質なハードSF漫画
少しネタバレありの感想。 一見、ゆるそうな日常を描いた漫画に見えますが、中身はとても良質なハードSF漫画です。 地球に外星生物が漂着するようになる少し先の未来。 外星人たちによる迷惑行為・事件を解決するため、「首都圏民営警察外星生物警備課」なる警察組織が対応するのですが、やることはご近所トラブルの対応から地球を脅かすレベルの危機まで何でもアリの業務。 近隣住民や所轄の警察官から、早く処理しろ!と小言を浴びながら、言葉の通じない外星人に交渉しては、必死に言うことを聞いてもらうという、実に苦労の多いお役所的な組織なのです。イザという時は外星人「クタムさん」に協力を仰ぎ、何とか解決に導くまでが話の基本になります。 クタムさんをはじめとした外星人の外見がグロテスクで、主人公たち人間側もそれほど美形キャラには描かれてはいません。ややもすると見た目で敬遠されてしまうかもですが、主人公と外星人の会話の掛け合いが何より面白いので、セリフや設定に注目して読んでもらうのが良いと思います。 全体的に力の抜けた雰囲気でまったり読めますが、作中には練り込まれたSF要素が巧妙に溶け込んでおり、非常に緻密に作り込まれた世界であることが分かります。 最終章では、これまで積み上げてきたハードSF要素が炸裂します。想像を超えた方向へと物語が進み、怒涛のラストを迎えるのです。SF作品ではある種の不思議な感動を「センス・オブ・ワンダー」と呼びますが、この作品のラストはまさにそれで、素晴らしい読後の余韻を残してくれました。 ある程度、SF好きな方であれば間違いなくオススメで、そうでない方でも(SF漫画の中では)比較的読みやすい部類だと思います。お試しあれ!
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2020/12/31
ユリイカ/マンガ系の特集号
青土社から刊行されている月刊誌『ユリイカ』のバックナンバーから、漫画作品・漫画家の特集号をまとめました。 ---- ユリイカ2020年9月号 特集=女オタクの現在 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3472 ユリイカ2019年3月臨時増刊号 総特集☆魔夜峰央 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3270 ユリイカ2018年12月号 特集=雲田はるこ http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3236 ユリイカ2018年9月臨時増刊号 総特集=山本直樹 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3195 ユリイカ2018年4月号 特集=押切蓮介 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3150 ユリイカ2017年11月臨時増刊号 総特集=志村貴子 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3091 ユリイカ2017年3月臨時増刊号 総特集☆東村アキコ http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3011 ユリイカ2016年11月号 特集=こうの史代 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2985 ユリイカ2016年11月臨時増刊号 総特集=赤塚不二夫 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2977 ユリイカ2016年3月号 特集=古屋兎丸 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2191 ユリイカ2016年2月臨時増刊号 総特集=江口寿史 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2188 ユリイカ2015年1月臨時増刊号 総特集=岩明均 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2193 ユリイカ2014年3月号 特集=週刊少年サンデーの時代 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2213 ユリイカ2013年8月号 特集=今日マチ子 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2237 ユリイカ2013年3月臨時増刊号 総特集=世界マンガ大系 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2229 ユリイカ2012年12月臨時増刊号 総特集=永野護 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2258 ユリイカ2012年12月号 特集=BLオン・ザ・ラン!  http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2259 ユリイカ2012年1月号 特集=武富健治 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2245 ユリイカ2010年12月号 特集=荒川弘 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2288 ユリイカ2010年2月号 特集=藤田和日郎 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2276 ユリイカ2009年10月号 特集=福本伸行 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2502 ユリイカ2009年7月号 特集=メビウスと日本マンガ http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2498 ユリイカ2009年3月号 特集=諸星大二郎(都留泰作) http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2493 ユリイカ2008年6月号 特集=マンガ批評の新展開(インタビュー:荒川弘、島田虎之助) http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2512 ユリイカ2008年10月臨時増刊号 総特集=杉浦日向子 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2517 ユリイカ2007年12月臨時増刊号 総特集=BLスタディーズ http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2535 ユリイカ2007年11月臨時増刊号 総特集=荒木飛呂彦 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2533 ユリイカ2007年9月号 特集=安彦良和(対談:伊藤悠) http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2530 ユリイカ2007年6月臨時増刊号 総特集=腐女子マンガ大系 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2527 ユリイカ2007年1月号 特集=松本大洋 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2521 ユリイカ2006年7月号 特集=西原理恵子 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2542 ユリイカ2006年1月号 特集=マンガ批評の最前線 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2536 ユリイカ2005年9月号 特集=水木しげる http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2560 ユリイカ2005年2月号 特集=ギャグまんが大行進 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2552 ユリイカ2004年7月号 特集=楳図かずお http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2570 ユリイカ2003年8月号 特集=黒田硫黄 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2588 ユリイカ2003年11月号 特集=マンガはここにある・作家ファイル45 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2592 ユリイカ2002年7月号 特集=高野文子 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2603 ユリイカ1988年8月臨時増刊号 総特集=大友克洋 http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2907 ユリイカ1987年 詩と批評 特集 マンガ王国日本 ユリイカ1981年7月臨時増刊 総特集少女マンガ ---- 以上で、マンガ特集号は全てだと思いますが、他の号でマンガ情報が載ってる情報ありましたらご指摘お願いします。 ちなみに持っているバックナンバーは8冊程度で、古本でコツコツ集めている途中です。いずれは全号集めたい…。 他にもおすすめの特集号/インタビューなどあればぜひ語っていってください。
ひさぴよ
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2020/12/26
大好きな姉を蘇らせたい主人公は禁術を求め道教の世界へ飛び込む
これの前作の「もっけ」では日本の妖怪を描いてましたが、 今作は近代中国を舞台にした、道教における仙術・妖怪漫画です。 ざっくり説明すると、大好きな姉を蘇らせたい主人公が、道教の世界に足を踏み入れる、という物語です。 中国の道教の世界観が本格的に描かれているので、日本でお馴染みの仙人やキョンシーとはイメージが大分異なります。 仙術や世界観について細かい説明はされないですが(そもそも道教とは明確な定義が無いらしい)、それ故に道教へのリアリティを持たせているように感じます。 巻末などの参考文献を見る限り、作者の熊倉隆敏氏は妖怪に対する深い造詣を持つだけでなく、道教についても相当調べられているように思います。 まぁ道教の知識がなくともマンガは楽しめるのですが、それだと魅力が伝わりきらない可能性はあるかもしれません。 図書館などで参考文献の本を借りて読んでみたり、ネットで少し道教について調べるだけでも、より深く作品を楽しめるのは間違いないです。言葉では説明できないような奇想天外な展開ばかりですから。 仙術バトル以外にも、ぎょっとしてしまうようなエログロも多いので、やや読者を選ぶタイプの作品かもしれませんが、全4巻で伏線もきっちり回収し、綺麗に終わっていて読後感の良い作品です。