こんにちは、Mk_Hayashiです。少しは暑さがやわらいで、食欲も復活したことだし、何か美味しいものでも食べたい……と思ったのですが、よくよく考えたら365日、絶えず「うまいもん喰いてぇ」と思っているし、酷暑だからといって底なしの食欲が1ミリたりとも落ちていなかったことに気づきました。
美味しいものへの執着と意地汚さに関して定評のある自分は、SNSで誰かが美味しい差し入れをされている様子を目にする度に、非常に羨ましくなってしまいます。ましてや、その差し入れが、いつか食べてみたいと思っていた銘菓だったりした日には、見ず知らずの相手に嫉妬以上の何かを抱いてしまうという、尋常ではない精神状態に陥りがちです。
そんな、俺も「こんな差し入れをされたい欲」にかられてしまったとき、行き場のない欲望を(ひとまず)満たすために読むマンガとして、前編では『おもたせしました。』(新潮社)をご紹介しました。後編となる今回ご紹介するのは、マンガ家・中村明日美子さんと小説家・榎田ユウリさんがタッグを組んだ『先生のおとりよせ』と『先生のおとりよせ 2』(共にリブレ)です。
美味しい〈おとりよせ〉が深めていく、凸凹作家コンビのブロマンスな関係性
〈マンガ家と小説家がタッグを組んだ作品〉と聞いて、〈小説家が原作を担当して、それをマンガ家がマンガに落とし込んだ作品〉だと思われるかもしれませんが、実はこの『先生のおとりよせ』シリーズは、マンガと小説がリレー形式で展開していくという、ちょっと珍しいスタイルの作品。
主人公となるのは、官能小説家として数々のベストセラーを出している榎村遥華(えのむらはるか)と、巨乳美少女を描かせたら右に出る者がいない人気マンガ家の中田みるく、というふたりの〈先生〉。物語は出版社から〈榎村の原作、中田の作画〉というコラボ作品企画を持ちかけられたふたりが、顔合わせをするところから始まります。
しかし「中田の描く自画像(編註*中田の代表作『ぷるぷるはにぃ』の巨乳女子ヒロイン、はにぃタンのイラスト)を真に受けて、ぶるんぶるんのぴっちぴっちの可愛い子ちゃんが来ると思っていた」榎村は、目の前にあらわれた中田がヒゲ面の(フェミニン男子を自称する)男性だったことにショックを受け、思わず「おっさんじゃねぇか!!」と糾弾してしまう。
実はこのふたり、お互いにファン同士で「著作はもちろん全巻持っている。読書用、布教用、保存用と三冊ずつ持っている」という、〈ファンと作家〉という関係性においては相思相愛だったのですが……
自分より年上の榎村にオッサン呼ばわりされたことにショックを受けた中田も、榎村のことを断固拒否。ふたりのコラボ企画は、あわや暗礁に乗り上げてしまう事態に。
ところが、ひょんなことから榎村も中田もお互いのために差し入れを〈おとりよせ〉していたこと、そして両者とも〈おとりよせ〉が好き(を通り越して、もはや生活の主軸にしている)という共通点があることが判明。「相手は憎いが、美味しいものに罪はない」と言わんばかりに、ひとまず休戦し、双方の担当編集者を交えながら、互いの〈おとりよせ〉を食べることに。
まずは中田が持参した、京佃煮と京菓子の老舗である《永楽屋》の〈琥珀 柚子〉を賞味し、独特のサクサク食感と滑らかな舌触りに衝撃を受ける榎村(尚、榎村は感情が昂ぶると故郷の津軽弁が出てしまう設定で、コマ中の「めじゃ!」とは「旨い!」の意味)。さらに中田の「日持ちもするし 個包装なんで お土産にすごくいいんですよ〜 舞台の差し入れとかにも」という何気ない一言に、「な…なるほど 気が利いてやがる!」と(心の中で)中村が侮れない相手だと実感する。
続いて榎村が持参した、京都の老舗料亭が手がけるおもたせの店《紫野和久傳》の〈れんこん菓子 西湖〉を賞味する一同。レンコンのでんぷんが生み出す絶妙なモチモチ食感と生笹による移り香に、思わず恍惚状態となる中田は、榎村のことを「なかなかのおとりよせ通」と(第2話中で)認めざるを得なくなる。
〈おとりよせ〉交換を経て「確かに人物像は大暴投だが…」「食の趣味はイイ…!」と、心が揺らぎ始めるふたり。ここでダメ押しと言わんばかりに掲載媒体の編集長・九堂今日子のビジュアルが、お互いのドツボ(巨乳かつ女王様的)であると判明し、コラボ企画をあっさりと快諾。そんなこんなで誕生した凸凹コンビの榎村&中田が〈おとりよせ〉を通して、仕事のパートナー以上の関係へと深まっていく様子を全20話を通して描く『先生のおとりよせ』シリーズ。
前編でご紹介した『おもたせしました。』と同じく、作中に登場するアイテムは全てが実在するもの。読者である我々が、リアルに味わうことも可能という、美味しいもの好きにはたまらない作品でもあります。
「でもさ、自分のための〈おとりよせ〉と、誰かのための〈差し入れ〉って、本質的に違くない?」と疑問を感じていませんか? よくぞ、気づいてくれました! 実は榎村/中田が、中田/榎村のために何かを〈おとりよせ〉するエピソードが、この『先生のおとりよせ』シリーズ全体における物語のキモとなっているのです。
第1話でこそ、相手のために〈おとりよせ〉をしていた榎村&中田ですが、互いが同じマンションに暮らす隣人だと判明する第2話以降は、たまたま自分用に〈おとりよせ〉していたものを、ふたりで(お互いの家で、時に押しかけ/押しかけられながら)シェアするという展開が続きます。
美味しいものへの情熱レベルが同等のふたりが、「同じ釜の飯」ならぬ「同じ〈おとりよせ〉」を食う。さらに、その美味しさに共感しあい、同じテンションの高さで味わいを称えまくる。
この〈美味しさへの感動を(自分と同じレベルで)共感してくれる〉という、食いしん坊にとってこの上ない喜びを覚える応酬と同時に、心の中にしまいこんでいた悩みや、作家として抱いている創作への想いについても分かち合っていく榎村&中田。話数を重ねるごとにふたりの絆が深まっていくのは、もはや自然の摂理といえるでしょう。
そして、お互いの存在が単なるコラボ作品におけるパートナー以上のものとなる──あるいは、榎村&中田の「親友以上、恋人未満」のブロマンス的な関係が確固たるものとなる──様子が描かれるのが第8話。
立て続けにおきた不測の事態によりコラボ作品の最終回の制作が遅れ、修羅場を踏んでしまう中田。そんな中、曽祖母の訃報が入るも「親ならともかく、曽祖母なのだから」と、死への悲しみと、ある秘密を最期まで彼女に打ち明けられなかった後悔の念に駆られながら、原稿を優先する中田。一方、榎村は中田には何も告げず、葬儀へと参列するために群馬へと足を運び……と、やや重めのシチュエーションで始まる第8話。この中で登場するのが第1話以降、初めて榎村が中田のために選んだ〈おとりよせ〉なのです。
《人はなぜ、美味しいものを誰かと分け合いたいと思うのか?》というテーマが、通奏低音として全20話をつなげている『先生のおとりよせ』シリーズですが、特に《一緒に食べる相手への想い》に満ちているのが、この号泣必至の第8話。この話以降、誰かと分かち合うことを前提とした〈おとりよせ〉が増えたことからも、作品上のターニングポイントとなったことが伺えます。
またシリーズ最終話となる第20話(『先生のおとりよせ 2』収録)は、中田が榎村のために〈おとりよせ〉をするという、第8話の対となるストーリー。これまた涙なしには読めない最終話の感動は、第9話から第19話の流れがあってこそ生まれるものなので、ここでは内容については触れないでおきましょう。
榎村&中田による凸凹コンビの行く末(と、どんな美味が作中に登場するのか)が気になった方は、ぜひ『先生のおとりよせ』と『先生のおとりよせ 2』をあわせて入手した上、お楽しみください。私の意地汚い「こんな差し入れをされたい欲」が浄化される程度には、単なるグルメ作品以上の“何か”を得ることができる作品ですので。
と、まぁ自分でも呆れるくらいに、今回も延々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございます。
なんだか心が荒んでしまうような出来事ばかり起こる、なんとも世知辛い昨今ですが、榎田さんが『先生のおとりよせ 2』のあとがきに書かれていた……
時々つらいことや悲しいことがあっても、なにかを「おいしい」と感じられたら、まだきっと大丈夫。そしてそれを誰かと分かち合いたいと思えたら、もうぜんぜん大丈夫。
……というメッセージを胸に、心も体も健やかに生きてまいりましょう。それでは、また来月の今頃に。
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