スラムダンクを読み返した。これは傑作だと思った。素晴らしい作品だと思った。あまりにも今さらの発言ではあるが。
今日はスラムダンクの名言を紹介したい。
しかし、主人公である桜木にたくさんの名言があることは、すでにみんな知っているだろう。三井や赤木や流川や宮城も同じ。ライバルや監督もそう。スラムダンクにおいて名言は尽きることがない。それはもう知っている。
だからこの記事では「ナレーション限定」での名言集をやってみたい。ここにスポットライトを当ててみたい。今回の再読で、スラムダンクはナレーションも魅力的だと気づいたからだ。
以下、いちいち「スラムダンクのナレーション」じゃ冗長なので、「スラナレさん」と呼ぶことにする。スラナレさんの職人芸を堪能してください。
0:まずはスラナレさんの基本仕事から
名ナレーションではないが、まずは普段のスラナレさんを紹介しておく。
神奈川県予選が終わって一週間——
(完全版17巻26ページ)
こういう仕事をしておられる方だ。時間が経過すれば知らせる。場所が変われば知らせる。「愛知予選会場——」と言うだけの仕事までしておられる。非常に泥くさいことを淡々とやる。それが普段のスラナレさんである。
それでは、7つの名ナレーションを紹介していこう。
1:牧はまだ本調子ではないのでは?
まずは海南戦の後半開始直後。
宮城はかつてないほど疲れていた。前半の20分間、超高校級と言われ、自分より16cmも大きい牧をマークしていたからだ。その意味で前半の影の殊勲者は彼だった。だが……前半が終わった時、彼はひとつの懸念を抱いた。
「牧はまだ本調子じゃないのでは……?」
(完全版11巻 106-107ページ)
ここから「いよいよ本調子になった牧」に圧倒される湘北が描かれる。スラナレさんは地味な仕事をするだけではない。ここぞという場面では饒舌に語り出し、マンガを盛り上げてくださるのだ。
2:反応できないのに?
同じく海南戦からもうひとつ。今度は試合終了間際。
牧の体に押された訳ではなかった。だが木暮はその場に尻もちをつきそうになるのをやっとのことでこらえた。牧は圧倒的に本物だった。木暮は今反応できない。牧はフェイクをひとつ入れた。反応できないのに?
その相手は木暮ではなく——赤木だった。
(完全版12巻 51-52ページ)
流れるような見事な名文。「押された訳ではなかった――やっとのことでこらえた――牧は圧倒的に本物だった」と「た」で韻を踏んでから、「木暮は今反応できない」とリズムを変えるところ最高。「反応できないのに?」という自問からの「その相手は木暮ではなく赤木だった」もしびれる。
3:シュートの練習は楽しかった
次は試合中ではなく桜木の練習シーンから。
初心者としてバスケ部に入部して以来、ドリブル・パス・リバウンドなどの地道な基礎練習を続けてきた桜木。その彼にとって、シュートの練習は楽しかった。
(完全版13巻 17-18ページ)
黙々と練習する桜木に寄り添うようなスラナレさんの静かな語り。饒舌なだけじゃなく、こんなナレーションもできるのかと驚かされる。本当に、桜木が努力しはじめたときのスラナレさんの優しさったらないのだ。この人は神様なんじゃないかと思う。
「左手は添えるだけ」と言うように、言葉もまた添えるだけ。余計な説明はしない。肩にそっと置かれる優しい手のように、スラナレさんは最低限の言葉を置いてくださる。
4:この試合最高のパス
天才・仙道を擁する陵南高校との、全国出場を賭けた試合から。
ディフェンスに最も必要なもの、それは技術ではなく気持ち――そう確信させるような湘北のディフェンスだった。もはや応援は陵南一色ではなかった。30秒オーバータイムのカウントダウンが始まったその時、仙道のこの試合最高のパスが魚住へ通った。
(完全版16巻 178-180p)
「この試合最高のパス」というフレーズ最高。じつはスラナレさんの勝手な断言なんだが、本当にこの試合最高のパスなんだろうな、と思わせる説得力がある。この手の断言がスラナレさんは本当に得意だ。「キメ技」とでも言ってしまいたいほどに。
そして、スラナレさんにはもうひとつ「キメ技」がある。最後の一文だけ、ポンと大ゴマで出すのである。例えばこのナレーションの場合、最後の一文はこんなふうに出てくる。
これがものすごく気持ちいい。小さなコマでナレーションを積み上げて、最後に大ゴマで爆発させておられる。
先ほどの「シュートの練習は楽しかった」でも、同じキメ技を使っておられる。
ナレーションを締める大ゴマ。これは最高である。「よっ!待ってました!」と言いたくなる。
5:しかし深津は動じない
次は、山王戦の試合開始直後。格上の山王相手に、桜木・宮城コンビがアリウープを決めた場面から。
湘北の”奇襲”は確かに山王を見に来た観衆の度肝を抜いた!!!
まだどよめきの残るコート上で——
しかし深津は動じない。
静かに同点にする。
(完全版20巻 117ページ)
ここでは、ナレーションの間に深津のこのセリフがはさまっている。
「同じ二点だピョン」
山王のキャプテンである深津とスラナレさんの絶妙のコンビネーションだ。つねにクールな深津と同じく、スラナレさんも動じていない。「度肝を抜いた!!!」と珍しく興奮されたと思えば、数行後には「静かに同点にする」とクールにおっしゃる。どんなに熱い試合展開になろうとも、スラナレさんはしっかりと自分の仕事をされるのだ。深津と同じように。
6:そのシュートは今までよりも高く美しい弧を描いた
山王戦もいよいよ終盤、ブランクの長い三井はすでに体力を消耗してフラフラの状態。それでもチームの勝利のためにシュートを放つ。ボールがネットを通る音が響く!
静かにしろい
この音が……
オレを甦らせる
何度でもよ
(完全版23巻 143ページ)
という、これは三井の名言のなかでも上位にきそうなところ。
そもそも三井というキャラクターには「更生した不良」という鉄板の設定がのっかっており、作中屈指の名言製造機みたいなところがあるから当然だろう。しかし今回はスラナレさん限定である。三井の名言の直前にさりげなく出てくる、スラナレさんの名ナレーションを見てほしい。
そのシュートは、今までよりも高く美しい弧を描いた
(完全版23巻 142-143ページ)
満身創痍の三井が放つ渾身のスリーポイントシュート。それをスラナレさんが見逃すはずがない。すかさず「言葉は添えるだけ」の名人芸をみせてくださる。桜木のシュート練習の時と同じだ。あくまでもこの場面の主役は三井だと分かっておられる。だからこそ、シュートの軌道を最低限のことばで描写なさるのだ。
「今までよりも高く美しい弧」という必殺の断言。「この試合最高のパス」と同じ、例のキメ技である。
7:ウソのようにボロ負けした
最終話から。
しかし、この写真が表紙に使われることはなかった。山王工業との死闘に全てを出し尽くした湘北は、続く3回戦、愛和学院にウソのようにボロ負けした――
(完全版24巻 232ページ)
これは名ナレーションと迷ナレーションの境界上にあると思われる。私もこれを名ナレーションとは断言できない。
ご存知の通り、スラムダンクは全国大会2回戦で山王に勝利したところで連載終了、3回戦である愛和学院との試合は「ウソのようにボロ負けした」というあっけない一言で語られている。しかし、さすがに入れるしかなかった。これがスラナレさんの最後の仕事だから。
〇以上で終わりです
お付き合いありがとうございました。
私はこの7つがとくに好きだが、他にも名ナレーションはたくさんある。泣く泣く削ったものもある。それだけスラナレさんはいい仕事をされておられるということだ。スラムダンクの面白さをさりげなく、しかし堅固に支えてくださっている。それがスラナレさんである。
私の生活もナレーションしてほしいくらいだ。
昼過ぎのコンビニは混んでいた。彼の心は焼きそばパンとコロッケパンの間で揺れていた。どちらを選ぶべきか? 反射的に顔をあげる。レジ際のホットケース、忘れていた第三の選択肢。
からあげ棒――
「からあげ棒――」をスラナレさん得意の大ゴマで。それでは。
文 / 上田啓太
この記事に関して語りたい人はマンバでどうぞ
スラムダンク スラムダンクで好きだったナレーション
マンバの記事で「スラムダンクの名ナレーション7選」が公開されましたが、皆さんは好きだった!というスラムダンクのナレーションはありますか?