本能と個人の感情のせめぎあいを楽しむ『恋する絶滅遺伝子Ω』

『恋する絶滅遺恋伝子Ω』(影木栄貴/蔵王大志、 新書館)は、オメガバースの世界を舞台に、三角関係を描くBL作品。バースという本能と誰かを好きになる個人の気持ちの間のせめぎあいが、三角関係を通じて心地よく描かれます。

オメガバースとは、生物学的な男女のほかに、「α(アルファ)」「Ω(オメガ)」「β(ベータ)」という遺伝子が規定する性が存在する世界。海外の二次創作で描かれていましたが個人の翻訳を経由して日本の二次創作界隈に浸透。数年前から商業BL作品でもその設定が積極的に使われています。

優秀な遺伝子を持つとされるアルファが支配階層、男女問わず妊娠可能な身体構造を持ち、定期的な発情(ヒート)による自覚せずにアルファやベータを誘惑するオメガが下位層で、アルファとオメガが「番(つがい)」という特別な関係になることができるという基本設定をベースに、そこからどのように世界観を設定するかは創作者側にゆだねられています。

 その中で『恋する絶滅遺伝子Ω』は、こうしたアルファ・オメガの遺伝子が絶滅し、いわば普通の人であるベータばかりになった現代が舞台。その中で、幼なじみで女性にも人気のある姫野陸也にひそかに恋をしていた佐倉岬が、現代としては貴重になったオメガの遺伝子を持つ先祖返りであることが発覚するところから物語は始まります。前述したヒートを抑えるために、オメガはアルファと番になることが推奨される中、佐倉の前には同じく先祖返りでアルファの遺伝子を持つ八神海斗が現れます。

社会生活を円滑にするためにヒートを抑えたいオメガはアルファと番になることを望むと描かれることが多い。『恋する絶滅遺伝子Ω』の佐倉も突然襲ってきたヒート、そして男女構わず襲われる状況に慄きます。特にオメガが絶滅し、希少な存在となった世界ではオメガがアルファに頼らずに生きていくのは難しい。佐倉はそれまで恋をしていた姫野から離れて、八神の元に行くのか、それとも姫野を選ぶのかーーという振れ幅の大きい三角関係が描かれます。

オメガバースをテーマにした作品の面白さは、バースという遺伝子や本能に基づいた結びつきと誰かを好きになるという個人の感情のせめぎあいや折り合いのつけ方を描くところにあります。自分の心の一部をパートナーに明け渡す恋愛において、そのパートナーを選ぶ基準は動物のように本能や社会生活を楽にするものなのか、それとも自分の感情なのか。恋愛物語にオメガバースいう要素を加えることでこの2つの要素の間での葛藤がより際立ちます。

私はBL作品では圧倒的にハッピーエンドの物語が好きなのですが、そのハッピーエンドにいくまでのすれ違いやぎくしゃくも含めた過程を満喫してこその幸せな結末が際立つと思っています。その点で『恋する絶滅遺伝子Ω』の描く三角関係は、3人の過去からの思いを踏まえたうえで、「人間だけが本能を凌駕して恋をする」ことを描いています。

そもそもオメガバースは、アルファとオメガの関係をどう規定するのか、ベータの社会的位置づけをどう置くのかなど、世界観を左右する要素は多く、世界観の設定の自由さは非常に大きいテーマです。商業作品で多くのオメガバースを扱う作品が出ている中、今作ではすでにアルファとオメガの遺伝子が絶滅し、突然変異でしか発生しないという世界を描き出しました。まだアルファとオメガの遺伝子が存在する世界をすべて描き切ったといえないのにあえて絶滅させた設定に、面白さと同時にオメガバースの世界の自由さが感じられました。しかも大学の研究室で少子化対策としてオメガバースの研究がされているというおまけ付き。「まあ、国が目をつければそうなりますよね」とも思いました。

正直にいうと、BL作品かつ影木栄貴/蔵王大志両先生のこれまでの作品の中でもかなりしっかりと男性同士の性描写を描いています。もしかしたら読む人を選ぶかもしれませんが「それでも」という方には新しいオメガバースと、本能と個人の意思のせめぎあいの世界を味わっていただきたいです。

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