プレゼントフォーユー

誰かに贈りたくなる、贈り物のお話

プレゼントフォーユー 四宮しの
兎来栄寿
兎来栄寿

『銀のくつ』や『とんだりはねたり』の四宮しのさんの最新単行本……と言っても知らない人の方が多いかもしれませんね。 皆さんには表紙だけで「きっとこのマンガはいいマンガだ」と予感できた体験はないでしょうか。四宮しのさんの作品は比較的マイナーなレーベルから出されることが多いのですが、押し並べて表紙を見ただけで内容の面白さを予感させてくれるタイプであり、本作も真白地の中央に水彩のようなタッチで描かれた制服を着た女の子が曖昧な表情でバナナを差し出しているというシンプルな表紙ですが、この表紙から何かを感じ取った人には間違いなく訴求するものがある作品です。 内容は、タイトルが示す通り「プレゼント」という事柄にフィーチャーした連作短編集です。 贈り物をする時には、当たり前ですが必ずその相手がいます。人が人と関わり合う、その中で生まれる絆。そんな絆を保持したり、より強めたり、あるいは生み出すための「プレゼント」にまつわるお話。 具体的な内容については読んでいただくとして、全体を通して表紙絵から予感するような胸に広がる柔らかな温かみで心が満たされる一冊となっています。 発売したのが丁度クリスマス前でしたが、まさにクリスマスプレゼントにこういう一冊を贈るのもとても素敵ではないでしょうか。 四宮しのさん、多作ではないですがこれからもこういう作品を描いていって頂きたいです。

カワイイなんて聞いてない!!

ストレスフリーで感じられるギャップ男子の魅力 #1巻応援

カワイイなんて聞いてない!! 春藤なかば
sogor25
sogor25

少女マンガの"かわいい年下男子"が大好きな女子高生の河原まどか。 ただ現実の彼女は、実家の食堂の手伝いもあり、なかなか新しい出会いがありません。 そんな折、その実家の食堂に1つ年下の男子・志倉百喜がバイトとしてやってくるところから物語が始まります。 初対面のまどかに対する志倉の態度はとても悪く、第一印象は最悪。 しかし、志倉のその態度が“ただ女性を警戒していただけ”ということが判明し、それと同時に彼の可愛らしい素顔が顔を出してきます。 この作品、出会った瞬間の印象は最悪だった無愛想なイケメン男子のかわいい内面が徐々に見えてくるというギャップが魅力の作品ですが、志倉が無愛想だった理由が序盤に説明されて、それによって彼の本来の性格の良さがすぐに読者に伝わる作りになっています。 また、志倉が女性を警戒する理由についても特に暗い過去があるような描かれ方をしておらず、作品に対して余計なストレスを感じることなく、純粋に志倉のキャラクターのギャップ、そしてまどかとの関係性の変化を楽しむことができる作品です。 1巻まで読了

親友は悪女【単行本版(オリジナル描き下ろし付)】

単なる胸糞女討伐漫画ではないのだ

親友は悪女【単行本版(オリジナル描き下ろし付)】 和田依子
野愛
野愛

広告でよく見る漫画はなんやかんやで気になります。 特に嫌な女に振り回されるお話は最後まで見てスッキリしないと気がすまなくなってしまいます。 という訳で読んでみました。 SNSを通じて高校時代の友人と会ったらヤバ女で男取られた、乱暴に言ったらそんな話です。身も蓋もない話のようですが、真奈と妃乃の人物像の解像度の高さに引き込まれてしまいました。 人を疑うことを知らない純粋無垢なお人好し・真奈。 人の男を寝取るためなら手段は惜しまない悪女・妃乃。 善人と悪人のコントラストが過剰に描かれているようでありながら、どちらも絶妙に「いる」んです。 真奈を見下し、彼女の恋人をあの手この手で奪おうとする妃乃が許せないのはもちろんですが、妃乃を疑いもせず最後まで親友であろうとする真奈にも苛立ちを感じてしまいます。真奈の純粋さを受け入れられない自分に気づくと、なんとなく妃乃の気持ちも見えてくるような…。 本音を言えば、妃乃の過去や心のうちを深追いしたらもっと面白くなりそうな気はしますが、短くてスピーディーな物語の中に人間のいいとこやなとこがちゃんと凝縮されています。 単純なハッピーエンドではない終わりかたもわたしは好きです。最後まで真奈は真奈だし妃乃は妃乃らしくて素敵だなと思います。

人間回収車

恋愛面でろくなことしない地雷女たち

人間回収車 泉道亜紀
名無し

やはりどうも下記の2作の少女は、恋愛面でろくなことをしないために酷い結末になっている気がします(自業自得である気もする)。 また、共通点としては父親が暴力的なんですよね。 そもそも虐待は犯罪であり、能動者も受動者もろくな者に成長しないのにと思います。 「回収リスト 飯田 万里」の万里 ・友達より男を優先する。 ・自分が幸せであれば、他はどうでも良い。 ・友人に忠告されても、自分の恋愛にものを言わせて無視する(これは後藤も悪いが、自分以外の女子を邪魔に思うなよ、万理)。 「回収リスト 村上 絵里」の真咲 ・絵里が隆司を好きであることを知りながら、平気で隆司と付き合う(好きであることを知っているなら、隆司と絵里の関係を認めて身を引けよ)。その上で隆司に「他の女子と関わらないで」と脅して束縛する(ただのデートDVだぞ)。 ・クラスメイトを誑かしている。 ・地味だからという理由で特定の1人(ここでは絵里)をはぶり、絵里に平気で嫌味を言う(絵里が歪んだのは真咲のせいである)。 ・自分が幸せであれば、他はどうでも良い。 ・自分が悪いことをしても、自分のいじめに等しい行為を棚に上げて被害者ぶる。

新婚だけど片想い

黒髪クールイケメン男子高校生が垣間見せる優しさにやられたい人へ

新婚だけど片想い 雪森さくら
兎来栄寿
兎来栄寿

『箱庭テレパシー』、『微熱男子のおおせのまま』などの雪森さくらさんがなかよしで連載している新作です。 ヒロインの皐月は頭脳明晰・才色兼備の女子高生。旧名家の家柄ではあるものの経済的に苦しい家の事情で、IT社長の息子であり囲碁七段のプロ棋士である久遠と政略的な婚約を果たし、高校生同士にして同棲を開始。 しかし、「氷の王子」の異名を持つ久遠は家でも囲碁一筋で皐月に対して超塩対応。部屋にも常に立ち入り禁止の札を掲げて付け入る隙も与えてくれない……というところから始まります。 ただ、久遠は基本冷たいんですが、そこは少女マンガですので極稀にプレミア感のあるデレの瞬間をくれるわけですね。否応なくキュンキュンしてしまいますね。 少し現実離れした設定、クール9割デレ1割の絶妙なヒーロー、申し分のない甘々さ。こういうのですよね、こういうのが良いんですよ。ヒーローが強すぎて当て馬が完全に噛ませ犬になっているところも明快爽快。 雪森さんの絵もかわいくてカッコいいですし、なかよしの王道恋愛マンガとして求められている成分が必要十分しっかりと詰まっています。

ホームドラマしか知らない

都戸さん、好きです(直球)

ホームドラマしか知らない 都戸利津
兎来栄寿
兎来栄寿

『嘘解きレトリック』の都戸利津さんによる、通算20冊目となるコミックスということでおめでとうございます! もう都戸さんの作品であれば絶対に面白いことに疑いはなく、全幅の信頼に本作でも応えて頂いています。 特筆すべきは、花ゆめAiというレーベルの作品ですが、少なくとも1巻部分では恋愛要素からは完全に解き放たれて完全に家族愛にフィーチャーした物語となっているところです。 少女マンガであればおおよそ恋愛要素はmust、少なくともあるのがbetterという暗黙の了解がありそうですし、実際同じ花とゆめAiという雑誌でも雑誌名に違わず「恋」や「婚」といった文字が使われている作品も多いのですが、『ホームドラマしか知らない』はそうした縛りから解き放たれた感じがあります。 子供っぽくて生活力皆無な義兄と、家庭環境のせいでしっかりし過ぎている義弟。不器用な二人が織りなすドラマがとにかく心に沁み渡ります。 誰にも必要とされたことのない義弟の視点が主軸となりその心情がたっぷりと語られるのですが、苛立ちも喜びも落ち込みも、まるで自分が体験しているかのように共感してしまいます。 どういう落とし所になるか解りませんが、この義兄弟には幸せでいて欲しいと願うばかり。 やっぱり都戸さんのマンガ、好きだなぁ……。

重版出来!

人間臭さで包み込んでくる漫画編集漫画

重版出来! 松田奈緒子
名無し

「編集王(作画・土田世紀先生)が好きだったので、 同じく漫画編集部を舞台にした漫画と知って読んでみた。 とても面白かった。 編集王が読者の心に男臭さで切り込んでくる漫画ならば 重版出来!は読者の心を人間臭さで包み込んでくるような 漫画だと感じた。 編集王が1990年代の漫画で重版出来!が2010年代だから 当然なのだが、同じ漫画編集部漫画であってもかなり異なる 世界を描くことにはなっている。 重版出来!には当然SNSとか電子書籍とか出てくるわけで。 それだけ漫画を取り巻く環境は変わり、多様化したと言える。 それは結論が一つ、という世界ではなく、 人それぞれに結論がある、という世界のようにも感じる。 編集王は、数話ごとに話を区切りながらの連載の仕方ながら なんだかんだといっても区切りごとに土田世紀先生が 先生なりの「俺はこう思う」という感じの結論を ドーンッとぶつけてくるラストが多いと感じた。 重版出来!は、わりと「皆さんはどう思いますか」 みたいな区切りが多いように感じた。 それはこういった時代の変化に即した結果の違いなのかもしれない。 だがそれはそれで考えさせられる凄く後味のいい区切り方に感じた。 それと単なる偶然かもしれないが 編集王の主人公のカンパチが元ボクサーで、 重版出来!の主人公が元柔道選手という設定で、 なんか漫画編集の世界ってアスリート視点での 見方や感じ方が、インドアの典型みたいな漫画家との対比で 物語として面白くなるのだろうか、などとフと思った。 時代が変わっても、その辺は変わらないのかな、と。

東京貧困女子。

月に3万円足りなくて苦しみながら買われる女子医大生

東京貧困女子。 中村淳彦 小田原愛
兎来栄寿
兎来栄寿

『漫画ルポ 中年童貞』などでもお馴染みの中村淳彦さんが、東洋経済オンラインで「貧困に喘ぐ女性の現実」と題した2016年からのシリーズ連載で1.2億PVを突破した記事を書籍化した『東京貧困女子。―彼女たちはなぜ躓いたのか』をコミカライズした作品です。 その後、筆者の中村淳彦氏は『新型コロナと貧困女子』という本も上梓していますが、このコミカライズに当たってはコロナ禍も非常に意識されていてコロナ以前・以後が明確に描かれています。 連載時のように数話につき一人の人物にフィーチャーして語るという内容ですが、様々な現代の地獄絵図が描かれます。 一番最初の「広田優花」から、国立大学の医学部に進学しながらも親から金銭的援助が受けられないという状況で奨学金制度という名の多額の借金を背負い、普通のバイトでは稼ぎも時間も足りないのでそちらの道へ進み、客である中高年男性から「楽して稼ごうなんて良くない」と説教されるという吐き気を催すような構図が描かれます。買われる女性と買う男性は、視点を引いてみれば格差社会における強者と弱者という構図で、弱者はもっと強者に怒って良いはずなのになぜか強者が訳知り顔で弱者を糾弾し、あまつさえ自己責任だなどという歪んだ構造は是正されていかねばなりません。 別に、ブランド物を買い漁って贅沢したい訳でも何でもなく、成人もしていない女の子が、普通に大学に通い普通に勉強して普通に部活をしたいという極当たり前の欲求を叶えるために、望まぬ道に身を堕とす様は読んでいて酷く居た堪れない気持ちになります。小田原愛さんの描く女性がとてもかわいらしく、その一方で気持ち悪いおじさんも十全に描いていることもあって臨場感たっぷりです。自分の意思としては絶対にやりたくない行為を、お金のためにやらされる苦しみ、そしてやってしまった後の強い後悔と不快感が痛いほど伝わってきます。 とりわけ日本では奨学金制度は度々問題として取り沙汰されますが、高等教育を受けるために裕福な家庭に生まれなかった人は身も心も磨り減らさねばならない状況というのは絶対に間違っています。世界でも圧倒的な少子高齢社会なので全体的に見て衰退していくのは避けられないとしても、そうであるからこそ尚更教育には国の予算を割いて然るべきだと思います。 おそらく、こういう状況を想像もできない政治家や上の世代の人も多いことでしょう。お金に困ったことがない人、大学で全然勉強せず大学は遊ぶところだと思っている人……そういった人たちにこそ、この本を読んで現実を知って欲しいです。

クモノイト~蟲の怨返し~

「虫」というハードルはあるが先が気になる作品 #1巻応援

クモノイト~蟲の怨返し~ 荒巻美由希
なかやま
なかやま

作品のタイトル通り「虫」です! 全話余すところなく「虫」!苦手な人は生理的に受け付けないはず そこを無理に「虫は出てくるけど、いいですよ!」で読んでもらうのはちょっと違うと思うので、虫は嫌いだけどちょっと気になった人は、作者さんの過去作 時忘の捨姫 をどうぞ あらすじ 主人公の恩田は子供の頃から虫が好きだった ただ、誰しもが持っている子供時代の無邪気な無残さによって多くの虫を興味本位から殺してしまっている 大人になった恩田にその虫たちが【怨】を返しに来る・・・ 私の感想ですが「虫」が出るは出るのですが、イメージとして"グロい"というのは感じませんでした、どことなくギャクテイストです。 これが意図したものなのか?それとも読むハードルを落とすためのものなのか?が個人的に非常に気になっています。 この作者さんの作品を読むとなかなか知的な主人公たちが登場するので、現状「虫」たちにかき回されている恩田くんがバケる可能性も大いにあるかと思っています。 先の展開も気になる作品です。 そしていい感じに着地点が見えないのも個人的にポイント高いです。 完全に「怨」で終わるのか、それとも「恩」が出てくるのか? 完全にバッドエンドで終わることも、この主人公だったらみんな納得はできるけど、もう少し足掻く部分を見てみたい気もする! そしてタイトルの クモノイト ですが、1巻時点では蜘蛛は出てきていません・・・ 二巻が気になる注目作です

電波の城

テレビ局の表と裏の話だけではない

電波の城 細野不二彦
マンガトリツカレ男
マンガトリツカレ男

テレビ界で色々な駆け引きをしながら謎の女、天宮詩織が「電波の城」であるTV局の頂点を目材していく物語を天宮詩織の近いところにいた真摯なジャーナリストである谷口ハジメの回想録という形で進んでいく。 最初の方はTV局での女性同士の戦いがメインで天宮詩織が問題に対処しながら徐々にTV局での主導権を握っていくことになる少しづつ天宮詩織の過去が小出しになっていき謎は深まっていく。中盤からTV/ジャーナリストの未来と天宮詩織の過去が並行して進んでいくが途中から天宮詩織の過去にとって重要な宗教団体などが絡んでくる。この宗教団体は80年代後半から90年代を生きていた人に忘れられない某宗教や、ジム・ジョーンズの人民寺院を思い出させる内容だった。 天宮詩織の過去を知ろうとするジャーナリスト、関係者同士の意図していない繋がり、最愛の父の病状などが絡み合って伏線を回収しながら最終回に向かっていく。 最初からこういう最後を考えて進んでいたかどうかはわからないが、天宮詩織に起きる出来事の順番が少し違うだけでも全く違うラストが想像もできた。この終わり方はある意味納得できるから好きかな

ほろ宵セレナーデ

真面目系クズなヒモ男の絶妙なリアルさ

ほろ宵セレナーデ 玉置勉強
兎来栄寿
兎来栄寿

顔は良いのに社会生活を送るのに少し向いてない若い青年が、ダブルワークの女性に体目当てで養われる物語。 絶妙なのは、青年が基本的な気質は真面目であるにも関わらず、純粋に仕事ができないのとコミュニケーション能力にも長けていないことで、自分にもっとできることはないかと日々罪悪感を覚えながらヒモ生活を送るところです。女に稼がせて自分は悠々自適、というヒモとは一線を画します。 しかしながら、そんな中でもナチュラルなクズっぷりも各所で発揮していき、総体として表出する人間らしさのリアルな描写に感じ入ります。 単巻で綺麗にまとまっており、読後感はとてと良いです。夜の街に漂う世の中の酸い・甘いをしみじみ味わいたい方にお勧めです。 巻末で触れられている、ゴリラスロウ名義での『ツインズシング』も面白いのですが、玉置勉強さんはこういったテイストの作品で一際輝きを放むと感じます。 勤め先のバーで起こる、「ワリヤス」に頼み忘れてドリンクが足りなくなってしまうことや、少し空気の読めない客への対応など、バー的なお店をやっていた身として共感を覚えるシーンも多々ありました。

やがて君になる

役を生きる、私が生まれる。

やがて君になる 仲谷鳰
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

恋が分からない侑と、彼女に初恋を覚える先輩・燈子、そして燈子の親友・沙弥香。彼女達の心は、難解だ。 恋を知る私は、恋が分かない侑に感情移入しにくい。燈子の完璧さが隠す物も見えないし、沙弥香の燈子への心もどこか胡乱だ。 侑に甘えながら心を開き切らない燈子。燈子を受け止める侑の優しさ・苛立ち・変化。二人を見る沙弥香の複雑な心情。それを表現する彼女達の言葉は、時に鋭いが時に遠回り。 相手の事は思い遣れるのに、自分の心は掴めない三人。そのモノローグを追ううち、私は彼女達の本当に言いたい事を、未だ形にならない心を、考えずにはいられなくなる。 まるで人の複雑な心に踏み込む舞台の脚本の様な、彼女達の心理描写。そこには私を考え込ませ、よろめかせる強い引力がある。 ☆★☆★☆ 物語は、彼女達の心の変遷と生徒会劇の製作とをシンクロさせて進む。元々は燈子が自分の「人生の役」を完成される為に仕組んだ生徒会劇。図らずも燈子の内面と重なってしまった台本を巡り、三人の心は絡み・切迫し・圧縮されていく。 燈子のために侑が望んで変更した結末。そこに込められたメッセージを受け取った燈子は、舞台で役を生き切った時、「人生の役」から解放されていく。 舞台の完成と、燈子の新生。それが同時に表現される時、難解だった心情はシンプルになって私の心に届く。6巻まで積み上げた先に広がる光景は、凄い創作物を見た喜びと、燈子への祝福に満ちていて、脳が焼けつくような多幸感で煌めいている。 凄い創作物を見た時に、新たな発明品の目撃者である事と、純粋に描かれた内容に感激する事は、両立する事もあるし、そうで無いこともある。そして『やがて君になる』は、確実にそれらが両立する作品だ。 切ない人達の心の解放と新生を描いた、心に残る創造物が、創られ届けられた事に、深く感謝したい。

夏へのトンネル、さよならの出口 群青

夏への扉、ではなくトンネル。青春とSFの気持ちいい融合

夏へのトンネル、さよならの出口 群青 八目迷 小うどん くっか
兎来栄寿
兎来栄寿

原作は、ガガガ文庫でガガガ賞と審査員特別賞を受賞した小説で本作はそのコミカライズ版。 原作未読ですが、作画担当の小うどんさんの綺麗な絵柄にまず惹かれました。人物はカッコよく、またかわいく、そして田舎の夏の熱気や草いきれが伝わってくるような背景もまた魅力的です。 ストーリーは序盤から都市伝説のように流布されていた「すこしふしぎ」に近いSF的要素がミステリ感も持って描かれ、その謎を解き明かすべく動いていく展開に続きが気になります。 主人公・塔野カオルのキャラクターは複雑な家庭環境で育ったが故に典型的な主人公像と少しずれた部分があり、ライトノベルらしさも感じられる少し捻ったその設定が面白味に繋がっています。 また、ヒロインの黒髪ロング美人、東京からの転校生で何でもできる花城あんずの男の不良にも殴りかかっていく毅然とした強い性格も非常に良いです。青春SFでは魅力的なヒロインの存在は大事ですね。 裏表紙を見ると、今後は更にサブキャラクターの2人の男女にもスポットライトが当たって行きそうで楽しみです。 夏になると読みたい一作になるかもしれません。

青い花

恋の舞台裏は、みっともない。

青い花 志村貴子
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

『青い花』の中で一番印象的な人、と問われると、私は実のところ、主人公の奥平あきら(あーちゃん)や幼馴染の万城目ふみ(ふみちゃん)よりも、ふみちゃんの先輩の杉本恭己を思ってしまう。 杉本先輩は所謂「王子様」。あらゆる女子の好意を一身に浴びる彼女は、ひと時ふみちゃんと付き合うものの、すぐに破局する。 彼女を印象付けるのは、完璧な仮面の裏に潜ませた、どうしようもなく幼い片想い。そのみっともなさは、美しい外面と落差がありすぎる……まるで派手な舞台と、その舞台裏の埃臭さのような。 舞台裏は暴かれてしまえば、表の煌びやかさを失わせる。しかしそれを観る事もまた、興味深い。舞台裏の必死さとツギハギな工夫、人間ドラマは、飾った美しさとはまた別な良さがある。 ◉◉◉◉◉ 演劇部の活動を通じて、しっかり者だがどこか幼いあーちゃんは、裏方からメインキャスト、部長として大きく成長し、幼さを捨てて変貌していく。一方ふみちゃんは、自分を振った先輩を叱り、あーちゃんに対する恋心から逃げないと覚悟する強さを得る。 しかしそんな二人の裏には、やはり美しくない物が隠される。 成長したあーちゃんだが依然恋心が分からず、それでもふみちゃんを傷つけたくなくて付き合う事に苦しむ。そしてふみちゃんは、この恋で傷ついてもいいと思いながら、いざ傷つくと泣いて執着する。 真摯で優しい二人の物語だが、決して美しい所ばかりでは無い。こうありたいと願う美しさの裏に、ままならなさと必死さを隠して、それはある時、ふと見えてしまう。しかしそんな彼女達の覚束なさを見る時、私は演劇公演の舞台裏を覗く様にドキドキし、剥き出しの心に同調する。うん、そういうこともあるよね、と。 心は不可解で、美しいのにみっともない。そう『青い花』は繰り返し描く。私はそんな美しさもみっともなさも、どうしようもなく好きなので、何度でも『青い花』を手にするのだ。