サカナ顔のヒロインがカップル幻想をぶっ壊す!——アンナさんのおまめの巻

サカナ顔のヒロインがカップル幻想をぶっ壊す!——アンナさんのおまめの巻

おかげさまで本連載はこのたび20回目を迎えた。少女マンガのブサイク女子、という縛りをかたくなに守り抜いての20回である。

だいぶ前のことだが、ネットを見ていたら、「脇役にブサイクはいても、主役にブサイクはいない」とか、「共感を集めにくいから、少女マンガの世界では、ブサイクをヒロインにはできない」とか書いてあった。証拠らしき証拠がなかったので「ほんとかな〜?」と思ったことが、本連載を始めるきっかけである。

実際に作品探しをしてみると、ブサイクヒロインは結構いた。早々に脇役のブサイク女子を探すことになるかと思いきや、今のところ、主役の分析だけで20回である。20人のヒロインは、みなそれぞれに個性がある。見た目それ自体が個性的、というより、見た目とセットになっている性格が個性的であることが多い。過剰に卑屈だったり、妙に打たれ強かったり、信じられないくらいピュアだったり。

で、今回紹介する『アンナさんのおまめ』の主人公「リリ」の性格は、クセの強さにおいてトップレベルにあると言っていいだろう。

リリは、19歳にして、自分がサカナ顔のブサイクであるという自覚がまだない(※)。特に何の努力もしていないが女優になれると思っていて、バイト先は基本的に制服のかわいさで選んでいる。心ない言葉をぶつけられても、それが自分の見た目のことだなんて思ってもいないし、それどころか、他の女子に対する褒め言葉でさえ我がものとして処理してしまう。強い。

リリは仲良しのアンナとルームシェアをしている。アンナはかなりの美人で、過去にそのことが原因でいじめられていた。そんな彼女を救ってくれたのがリリだった……と書くと美談のようだが、救い方がとにかくひどい(笑)。

「ねぇ あんたぁ?/ちょっとかわいいからっていじめられてるのってあんたぁ——?/あたしもさ——超かわいいせいかぁ——友達いないんだよねぇ——/あたし——友達になってあげよっかぁ——?/あ? やっぱあたしのひきたて役になっちゃうのがいや〜〜?」

アンナが「あつかましいやつだけど/キライじゃないよなぁ〜〜」と語るように、なんだかんだ言ってリリは優しいし友達思いだ。しかし、ベースに自分はモテ美女であるという勘違いがあるため、他人に迷惑をかけまくっている(本人は気づいていないけれど)。

本作でもっとも迷惑をかけられているのは、アンナの彼氏「恭太郎」だ。俺はアンナの彼氏だ〜アンナを愛してるんだ〜とどれだけ強調しても、リリは信じず、自分に惚れていると思い込んでいる。そして、先述の通り、優しくて友達思いなので、「やっぱぁあんましタイプじゃないし——っ」と言って彼を遠ざけようとしたりする。

告ってもないのにフラれる。恭太郎からすれば、腹のひとつも立てたくなるというものだ。しかし彼はリリの勘違いにどれだけ振り回されても、最後はアンナの親友だからと思い直し、彼女を許してしまう。リリがアンナの「おまめ」(美人のおまけ)であっても、決して排除したりしないのが、恭太郎という男なのだ。なぜなら、そんなことをして、ふたりだけの世界を作っても、どこかうしろめたさが残るだけなのを知っているから。それはアンナも同様で、恭太郎とふたりっきりになりたいと思うことは多々あれど、リリを巻いて逃げるようなことをすれば、良心が痛んで仕方ないのである(ふたりともすごく性格がいい)。

リリに恋路を邪魔されまくりながらも、アンナと恭太郎は交際を続け、結婚を決意するに至る。婚約までこぎつければ、もうリリの入り込むスキはない。「坂上恭太郎 アンナ」と書かれた表札を引き出しの中から見つけたリリは、それを持って出ていってしまう。

あのリリであっても、さすがに理解しただろう。誰もがそう思った矢先、リリが帰ってくる——「桃山リリ 西園寺アンナ 坂上恭太郎 リナ」と書かれた新しい表札を持って(リナは恭太郎が飼ってる犬、こんなところにもリリの優しさが!)。

最後まで状況を理解しないリリを、あなたはウザいと思うだろうか。勘違いブスは引っ込んでろと思うだろうか。そういう差別心を封殺するかのように、この物語は終わっている。「3人でいいいよね 3人と一匹がいいよね 結婚よりすてきな形ってあるよね」——異性愛者のカップル幻想をぶっ壊すまさかの展開。アンナ&恭太郎の結婚がウヤムヤになったまま、物語は幕を下ろす。

こんなことは現実ではあり得ないかも知れないが、フィクションではあり得る。フィクションとは思考実験の場であり、その中でも少女マンガは、半歩先の「あったらいいな」という未来を描いていることがあって、本作はまさに、ふつうの恋愛、ふつうの結婚を解体し、新しい人間関係(本作では婚姻によらない拡大家族)を獲得するわたしたちの未来を描いている。リリのお馬鹿っぷりに笑わせられながらも、既存の恋愛観・結婚観に激しくゆさぶりをかけられるこの読了感は、他に類を見ない。

※ブサイク女子を描く際に、メガネ、そばかす、困り眉、みたいな「欠点の積み重ね」を行う作家がいる一方で、サカナ、ゴリラ、ブタ、といった「生き物への引き寄せ」を行う作家がいるのはとても興味深い。ちなみに、本作を手がけた鈴木由美子先生は、整形美女をヒロインにした『カンナさん大成功です!』の作者。いずれの作品においても、美醜の問題をコミカルに扱う術にとにかく長けている。


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