登らなければ落ちないのににコメントする

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名無し
1年以上前
神々の山嶺は、まず夢枕獏先生の小説を 読んで感動した。 だが、谷口ジロー先生による漫画版は なかなか手にとらなかった。 もともと谷口ジロー先生の絵柄が好きじゃなかったので。 凄く描き込んでいらっしゃるけれど、 硬質というかクールというか、 登場人物の表情が冷めている感じがして そのあたりが好みでなくて読んでいて ノレない感じがして。 それに加えてというか、そう思っていたからというか、 小説で感じた自分の感動とは、全く違う視点で 漫画版は描かれているのではないかと思ったので 漫画版を読むまでには時間がかかった。 けれども実際に読んでみて恐れ入った。 そもそも自分は登山なんかしたことはない。 8000m級の山の眺めなど写真でしかみたことがない。 そんな実際に見たことが無い風景をまるで 自分が今、見ているかのように感じさせて くれたのが夢枕獏先生の神々の山嶺だった。 しかし谷口ジロー先生の漫画は、 自分が小説で感じて心に描いた山の風景を 迫力でも超えながら幻想的にも見せてくらわせてくれた。 そのうえに、私が嫌いだった硬質な表情の登場人物たちが 表情の下にある感情を感じさせてくれた。 登山なんて美味い空気と良い眺めは味わえるかもしれないが、 疲れて危険で下手すりゃ代償として死ぬかもしれなくて。 たとえ世界最高峰に到達してもワリがあわない世界だと 感じていた。 今でもそう感じてはいる。 だが、そんな世界に身を投じなければ 生きている価値を感じない、 生きていると実感出来ない、いや、 生きている意味が無いと感じる男もいるらしい。 けして滑落死や凍死をするために登るわけではない、 だが、落ちることがありえない日常では 生きていると実感できない。 山男が皆がそうではないだろうけれど、 そういう男も山男の中にいる、ということかと 朧気に想像している。
神々の山嶺は、まず夢枕獏先生の小説を
読んで感動した。
だが、谷口ジロー先生による漫画版は...

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名無し
1年以上前
神々の山嶺は、まず夢枕獏先生の小説を 読んで感動した。 だが、谷口ジロー先生による漫画版は なかなか手にとらなかった。 もともと谷口ジロー先生の絵柄が好きじゃなかったので。 凄く描き込んでいらっしゃるけれど、 硬質というかクールというか、 登場人物の表情が冷めている感じがして そのあたりが好みでなくて読んでいて ノレない感じがして。 それに加えてというか、そう思っていたからというか、 小説で感じた自分の感動とは、全く違う視点で 漫画版は描かれているのではないかと思ったので 漫画版を読むまでには時間がかかった。 けれども実際に読んでみて恐れ入った。 そもそも自分は登山なんかしたことはない。 8000m級の山の眺めなど写真でしかみたことがない。 そんな実際に見たことが無い風景をまるで 自分が今、見ているかのように感じさせて くれたのが夢枕獏先生の神々の山嶺だった。 しかし谷口ジロー先生の漫画は、 自分が小説で感じて心に描いた山の風景を 迫力でも超えながら幻想的にも見せてくらわせてくれた。 そのうえに、私が嫌いだった硬質な表情の登場人物たちが 表情の下にある感情を感じさせてくれた。 登山なんて美味い空気と良い眺めは味わえるかもしれないが、 疲れて危険で下手すりゃ代償として死ぬかもしれなくて。 たとえ世界最高峰に到達してもワリがあわない世界だと 感じていた。 今でもそう感じてはいる。 だが、そんな世界に身を投じなければ 生きている価値を感じない、 生きていると実感出来ない、いや、 生きている意味が無いと感じる男もいるらしい。 けして滑落死や凍死をするために登るわけではない、 だが、落ちることがありえない日常では 生きていると実感できない。 山男が皆がそうではないだろうけれど、 そういう男も山男の中にいる、ということかと 朧気に想像している。
神々の山嶺は、まず夢枕獏先生の小説を
読んで感動した。
だが、谷口ジロー先生による漫画版は...
神々の山嶺
「これしかない人生」を歩む
神々の山嶺 谷口ジロー 夢枕獏
名無し
僕の地元・長野県には、中学校集団登山という拷問のようなイベントがありました。一学年240人がみんなで3000m級の山に挑むという荒行です。しかも、登る予定の山で起きた遭難事故を描いた新田次郎の「聖職の碑」の映画版を見せられるという、嫌がらせとしか言いようのないオマケもついていました。とはいえ、このイベントで山に目覚めた人もいないわけではなく、それなりに意味のある行事な気もします。僕は下山中に便意に襲われ、6時間死ぬ思いで我慢するという、これまでの人生で一番の苦行を味わったので、二度と山には登らないと決めています。  とはいえ、山ものの作品を読むと、山もいいかもしれないと思ってしまうのです。『神々の山嶺』は数多い名作を生み出し、海外でも評価の高い谷口ジローのまさに最高峰だと思っております。   『神々の山嶺』には羽生丈二という一人のクライマーの姿が、カメラマンの深町誠の視点から描かれます。  この羽生丈二、初登場シーンから圧倒されます。「その時…むっと獣の臭いが店内にたちこめたような気がした」。この存在感がどこからくるのか、深町は彼の過去を調べていくのです。  羽生を関係してきた様々な人に取材していくうちに、彼の孤高としか言いようのない半生が明らかになっていきます。  羽生は可愛げのない、根性はあっても鈍重で無口な男でしたが、クライマーとしては抜群の才能を発揮。しかし、全てを山に集中する羽生は、普通の生活を送る人間と温度差がうまれ、山岳会でも孤立していきます。誰もが登れなかった壁を登り、山岳界の話題をさらうものの、羽生自信は不遇のまま。海外の山に挑戦することができません。  誰よりも山を想っているのに資金や人脈や名声がないだけで、挑戦できない苦しみを味わい、自分を慕う人間の死があり、やがて羽生は自分から孤立していきます。そして消息を断った羽生がなぜカトマンズにいたのか?彼がなにをしようとするのか、物語は加速していきます。  羽生の姿は、新田次郎の小説ではないですが、まさに「孤高の人」なのです。孤高の人は、人の共感は求めません。自分でも言葉にできない衝動に突き動かされるまま、「これしかない人生」を送るのです。  羽生はいいます「いいか。山屋は山に登るから山屋なんだ。だから山屋の羽生丈二は山に登るんだ!!」また、なぜ山に登るのかという問にこう答えます。「そこに山があったからじゃない。ここにおれがいるからだ」  「これしかない人生」を送る男の寂しさと美しが同時に描かれ、僕もこのような生き方に強く憧れるのです。  いや、既に僕は僕にとっての「これしかない人生」を歩んでいるかもしれない。この、マンガとゲームにあふれた人生は。
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