彼女と彼女の猫

『ブルーピリオド』山口つばさと新海誠がこれほど好相性とは…

彼女と彼女の猫 新海誠 山口つばさ
mampuku
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 若かりし新海誠の自主制作短編アニメーション『彼女と彼女の猫』が17年の時を経、『ブルーピリオド』でブレイクする少し前の山口つばさによりコミカライズされた。なんだその強い組み合わせは。つまらないはずがないではないか。  冒頭、『秒速』を観た人ならすぐに「ぽいな!」とピンとくるであろう文学的なモノローグから始まる。そしてやがて『秒速』や『言の葉』などを観たことのある人は、先の展開を予感して苦い気持ちになるだろう。しかしすぐに、山口つばさの筆力にめちゃくちゃ引き込まれ、さっきの嫌な予感などどうでもよくなる。『ブルーピリオド』のファンが現在この本を読んでもなんら物足りなく感じる要素はないはずだ。素人目ながら作者の才能は当時すでに完成の域に達しているように見える。  主人公の一人である「彼女」が抱える、人生の意義とか将来への不安や葛藤とか人間関係のわだかまりとかそういう普遍的な日常の懊悩を、「彼女に好意を寄せるペットの猫」という極めて独特かつ区切られた視点から描ききっている。ある意味、新海イズムを読み解く手がかりになりうるエッセンシャルな作品のように思える。この話をしだすと長くなるのでまた別の機会に……  この作品でとりわけ印象に残ったのは、まずひとつは主人公の片割れである「猫」の「彼女」に抱く愛情が形を変えていく様だ。与えられる側から与える側へ、恋から愛へ。取り巻く状況も、感情も目まぐるしく変わっていくなか、しかし交わす言葉を持たない二人は表面上変わらず側に在り続ける。「猫」が「彼女」の日本語を解している描写はまったくないということに、後半まで読み進めてようやく気がついた。お互いにお互いの考えていることがわかっていないまま奇妙な割り切った信頼関係が築かれているのだ。  もう一つは、漫画のレビューを書くとき毎回言及している気がするが、「彼女」が非常にチャーミングであることだ。『ブルーピリオド』には可愛い女子あるいは恋愛対象としての女子がほぼ登場しないため、山口つばさがこれほどのやり手だとは全く予想しておらず、無防備な後頭部から殴られたような衝撃を受けてしまった。ブルーピリオドはまだまだ続きそうだが、今後主人公の青年が恋をするような展開があるとすれば、少々気を引き締めて読まねばなるまい……(?)

いいなりゴハン

いやホルモン多すぎ〜!

いいなりゴハン 森繁拓真
nyae
nyae

最強の姉・東村アキコを持つ漫画家・森繁拓真は、姉と編集の言われるがままにグルメレポ漫画を描くように指示される。 はじめは姉が店を決め、姉と編集と三人で食べに行き、レポートをするというスタイルだったが、ご存知の通り東村アキコは超多忙。そのうちに店だけ指示されてひとりで行かされたり、時には「たまにはお前が店決めろ」と無茶振りされたり…本書の趣旨の通り、いいなりゴハンだ。 他のグルメレポ漫画と違うのは、料理ジャンルに偏りがあること。バランス良く色んなジャンルのお店を紹介!という気持ちは微塵もない事が読むとわかるはず。 しかしそれで成立しちゃうのは東村アキコの力だと思う。たとえ連続でホルモン屋を紹介されても、全部美味しそうだから行きたくなる。 あとは、広くて濃い人脈を使ってゲスト作家も多数呼ばれている。弟の方も清野とおるや押切蓮介など癖の強い方面の作家と仲がよく、それによりマンネリせずに2冊いっきに読み切れる。 一部を除きお店情報もちゃんと載ってるので、単純に美味しいお店を知りたいという人にもおすすめできます。 個人的には、弾丸で韓国旅行に行くエピソードが好きで、本気で韓国まで焼き肉とフライドチキンを食べに行きたくなりました。近々実現させる!

恋せよキモノ乙女

着物は大人の変身ドレス!

恋せよキモノ乙女 山崎零
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

OLの野々村ももの趣味は、祖母の形見の着物で外出すること。四季折々の柄を取り合わせ、特別な自分に変身!友達と、家族と、そして素敵なあの人と……軽やかに情緒を纏って巡る、関西周遊記。 ----- 週末になると、ももは外出先を選び、そこに似合った着物を選ぶ。そして、着付ける手順が毎話2〜3ページ費やして、丁寧に描かれる。 楽しい時も辛い時も、気を取り直して、すっと背を伸ばし、着物に袖を通す。ゆっくりくるりと帯を締めると、不思議と気持ちが華やいでいる。その瞬間、ももは「特別な女の子になる」と言う。 これは……「変身物」だ。 そう、魔法少女とかのアレ。 派手さはないけれど、確かに非日常の衣を身に纏うことで、奥手なももは、恋に新たな目標に、前向きに頑張れるようになる。毎話の着付けシーンは、特別な自分になる「変身シークエンス」のようだ。 勇気をもらえる、綺麗で落ち着く「魔法のドレス」としての着物。 この物語は、休日に日常を離れ、着物という法衣を着て世界を彷徨う、大人の恋の冒険譚……と言えるかもしれない。 ままならない恋模様に、ももが健気に頑張る姿を追いながら、ももが訪れる、着物が似合う関西の素敵スポットをチェックして、楽しみたい。 その内に着物の専門用語も、何となく耳慣れてくるので、大丈夫! 第5巻が2020年1月9日発売!

初恋、カタルシス。

恋の形の可能性について描く

初恋、カタルシス。 鳩川ぬこ
たか
たか

2017年にPixivで読んで衝撃を受けたハチャメチャにすごいやつ。まず絵がとても良いんですよ。生々しさと繊細さの両方を兼ね備えた画風、心の動きを見事に描写する美しいコマ割り、そして2人のコミカルな部分を表現するのにピッタリな独特のデフォルメ。最高すぎます。 そしてなにより**2人の人物像がすごく解像度が高いのが、良い。** 主人公の月島一騎(いっき)と先輩の唐木田透真はともに美術講師を努めるクリエイター。いっきは「誰かを好きになるけど性欲は一切ない人」。唐木田は「自分を好きになってくれた人の気持ちに応える人」。 どんなファッションが好きとか、お互いのいないところでどんな風に振る舞っているのかとか。**読み進めていくうちに2人のことが実写映画のようにハッキリ見えてきて、存在感が本当にすごい。** https://i.imgur.com/ln6cZ2P.png (『初恋、カタルシス。』鳩川ぬこ) 出会い、破局、交際…1年にわたりいろいろな場面での2人のやりとりを追っていくことで、大長編を読んだような充実感があります。 この作品は起承転結のストーリーがある物語ではありません。2人が壁を乗り越えたり、何かを手に入れたりという大きなゴールがない。そしてそれが、この物語の最大の魅力だなと思います。 **2人の日常をただ切り取って、絵と文章で丁寧に心の動きを追っていく。**あまりにも良すぎる…最高です。 そして**「まず恋愛をすることに焦点があって、それを語るうえでいっきのノンセクシャルの部分について言及が必要不可欠」**…という話の構図が作品を洗練されたものにしていると思います。** https://i.imgur.com/wscQM9W.png (『初恋、カタルシス。』鳩川ぬこ 「この部屋物が多くてバカみたいだ」っていうセリフは悲しみの底にいる人にしか出てこない素晴らしいセリフだと思います) 「本屋でどの本棚に置くか」と言われればBLなんだろうけど、一つの恋愛漫画としていろんな人に読んでみてほしい作品です。 https://www.pixiv.net/en/artworks/66054688 https://manba.co.jp/boards/111584 【おわりに】 「フィクションであっても正しく(理想的・模範的)に描かれるべき」という当事者の方の主張について意見することは避けますが、私は「初恋、カタルシス。」の描く現実的な不完全さ(唐木田の無理解・性暴力の強要)を理解したうえで大好きです。

世界でいちばん優しい音楽

短い恋と大きな愛の話

世界でいちばん優しい音楽 小沢真理
ぺそ
ぺそ

そのタイトルの意味は恋人たちが睦み合う音のことなのですが、愛情に満ちた母子家庭を描く漫画のタイトルとしてこれ以上相応しいものはないと思います。 1巻は主人公・菫子の娘・のぞみの視点で始まります。中学生になる彼女にはボーイフレンドがいるのですが、恋人としての関係を重ねる中で母のことを見つめ直します。 良いところのお嬢さんだった菫子は、高校生の時に幼い頃、親子三人で住んでいた一軒家を訪ねます。するとそこで性格の悪い年上の男の子と出会い次第に惹かれていく…。 両親を亡くしている菫子、裕福な家庭で将来を期待されていた皓(あきら)。二人は駆け落ち同然で結婚し、貧しいながらも幸せな生活を送るのですが、菫子が身籠っている時に、皓を事故で喪ってしまう。 菫子と皓の短くも美しい恋人時代。そして、まだ女性の社会進出が進んでいなかった90年代の日本でシングルマザーとして働き子育てするのんのんの幼少期編。 どこを読んでも困難がばかりで、でも同時に大切な人たちの愛情でいっぱいで…温かくて切なくていつも胸が苦しくなります。一人暮らしが長いため、家族の良さを忘れがちなのですが、「世界でいちばん優しい音楽」がいつも思い出させてくれます。 結婚したらこんな風に子供を愛したいなと思わせてくれる素敵な作品です。

少年の初恋は美少女♂でした。

タイトル通りの話(歓喜) 

少年の初恋は美少女♂️でした。 小林キナ
天沢聖司
天沢聖司

初恋の女の子が「女装していた少年」だった主人公・牛若が、転校先の高校でその少年・竜ヶ崎と再開するところからお話が始まるのですが、この竜ヶ崎がただもんじゃないwww 学校でも女装しているだけじゃなくて「女装部」なる部活も立ち上げて、色んな種類の女装少年たちとめくるめく女装ライフを送っているんです。 そしてなにより、めっっっちゃかわいいんですよ竜ヶ崎…!こんな可愛い子が女の子のはずがない。 そしてさらに可愛いのが、あんなに毛嫌いしているくせに女装した竜ヶ崎のことがまだ好きな牛若…!!「女装男子は男だろ!ありえね〜!!」と自分に言い聞かせるように振る舞ってはいますが、竜ヶ崎のことが好きなのはバレバレもう二人とも早く付き合って…頼むから。 登場人物・絵柄・コマ割り・背景・装飾、全てカリーノ(かわいい)なものだけで構成されているところも好き…! 1話を読めばこの作品の良さが完全にわかると思うのでぜひどうぞ…!かわいいは正義 https://comic.pixiv.net/works/5851 (画像は第1話より。久々に再会したときのこの表情!この第一声…!かわいいがすぎる…) https://i.imgur.com/kBglNij.png

観音寺睡蓮の苦悩(読切)

カエルDX、驚愕の百合マンガ

観音寺睡蓮の苦悩(読切) カエルDX
オタク

カエルDX氏といえばTwitterなんかでのオタクレポ漫画で人気の、ある種「ネタ漫画家」として半端ない腕前を発揮しているイメージの人だった。 のだが…。 なにこの普通にレベル高い漫画???女の子めっちゃかわいい。 いつもカエルの絵しか見てないから圧倒的な違和感がある…。絵うま…。 とはいえ、実は氏の画力の高さ自体はちょいちょい小出しにされていて、例えばこのポケモンのイラストとか。 https://twitter.com/kaeru_dx/status/1195842501057236992 それ自体に驚きはないのだが、単純にここまでかわいい女の子の表情を描かれると普通に降参という感じです。 余談だがメディア欄からこのツイートを見つけ出すまでにめっちゃ時間かかった。(飯とアニメグッズの画像が多すぎる) キャラクターとしても、完璧超人の観音寺さんが百合観測オタクとして女の子たちのキャッキャウフフするサマを眺めるのはヒネリが効いていて面白い。 観音寺さんとともにその様子をもっと見ていたいと思わせる出来だ。 この「見守りオタク感」というか、そういうアイデアは氏ならではの視点のようにも感じる。 いちカエルファンのオタクとしては、オリジナルマンガ作品での氏のさらなる活躍を望んでやまない。きららは是非ともカエルDXを激推していってほしい。 腕組みながら後方彼氏面で新たな作品を待つこととする。 カラーもめっちゃいいぞ! https://twitter.com/kaeru_dx/status/1209307806555398147

ディアボリク

神はどこにいるのか?

ディアボリク 丸尾末広
名無し

丸尾末広の今年二作目(おそらく)の読切「ディアボリク」。前回モーニングに掲載された「オランダさん」に引き続き、第二次世界大戦後とキリスト教がテーマ。 https://manba.co.jp/boards/104874 戦災孤児を収容するキリスト教養護施設に暮らす赤毛のミチオと神を巡るお話。「オランダさん」に登場した長崎の少年・マサルが素晴らしい宣教師と出会えたのに対し、こちらに登場する施設の園長・シュレック神父は神の教えを広める者として欠陥しかないまさに「diabolic(悪魔的)」な男。 シュレック曰く、日本は三等国で野蛮で神がいないらしい。 園で盗みを働きマリアを侮辱する浮浪者たちを描く中に、「最後の晩餐」を模したコマがあったのが印象的だった(その意図は自分には理解しかねるが)。 https://comicbeam.com/archives/008/201911/32d21816329fcc181a40ab534f7b33a3.jpg (『ディアボリク』丸尾末広) 救いのないシーンばかりが連続するが、最後の最後に、荒廃した町でサヨは12歳で殉教した隠れキリシタンの少年・ルドビコが死者を天国(パライゾ)に連れていく姿を見る。そしてミチオとサヨが優しそうな神父と出会ったところで話が終わる。 不幸ばかりだった2人だけど、「確かに日本にも神の国への道は開かれており、救いがあるらしい」。そんな読切だった。 【月刊コミックビーム2019年12月号】 https://comicbeam.com/magazine/magazine-10068.html