ど天然図書館司書に癒やされる
さいろく
さいろく
8日前
気づいたら前のクチコミ2件のタイトル足して割ったみたいなタイトルをつけてしまってたんですが、ほんとそうで。 癒やしがある。 住野よる原作ということで、日本の今の文芸!って感じもなんとなーくあって、バーズコミックっぽさというかコミカライズはここで良かったなぁと感じられる作品。 続きを待とうと思います。
割り切るのは勘定なのか感情なのか
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名無し
18日前
共に食事をする男女の関係にも色々ある。 だが勘定が「割りカンで」ということであれば それはおおむね、相手と貸し借りを作りたくない、 距離を保ちたい、という関係の場合が多いと思う。 割りカンならすべてそうだとまでは思わないが、 積極的に相手との距離を縮めたいと望む関係ならば、 あまり割りカンにはしないだろう。 なのでこの漫画のタイトルに「割りカン」とあり、 それでいていかにもカップルっぽい男女の絵が 描かれているのを見たときには、 「ああ、常に割りカンという割り切ったカップルと見せかけて  実はそれでいて超親密とか、相思相愛とか、  ツンデレゆえに割りカンをする、とかいう感じのカップルの  ひと捻りしたラブコメ話の漫画なんだろうな。」 と推測した。 まだ全2巻のうちの第1巻しか読んでいないので、 その考えが間違っていたと結論づける段階ではない。 だがいまのところ、推測していたのとは違って、 結構そのまんま距離を保った男女のまま話は進んでいる。 まあ少しづつ、以前よりも互いを理解しつつあるし、 仲は良くなっていっているとは思うけれども。 今のところ普通の意味で「健全な大人の男女の飲食話」。 健全過ぎてエロ要素とか皆無なので、下衆な意味で 「とっとと喰っちゃえよ!」 と思ってしまう部分もあったりするが(笑)。 それと勘定がどうこうという話ではあっても、 どっちかがとか誰かが金持ちだとか貧乏だとか、 そういう金銭的なリアルさを感じさせるシーンも少ないですね。 ようするに無駄にドラマチックな展開とか、 意表を突くような展開とかは殆どありません。 少し不器用な関係と生き方をしている男女の生活を舞台に、 悩んだり、ホッとしたりとした感情の機微を中心に 話が進んでいる感じです。 それだけに最終回までにこの男女が、 この男女の日常ドラマがどう変わるのか、 それとも変わらないのか、 興味は沸きました。 これからもずっと割りカンで、と終るのか、 それともこれからは、で終わるのか。 (添付画像は第1巻からです)
共に食事をする...
日常はささやかな努力の積み重ね
野愛
野愛
約2ヶ月前
澤飯家のごはんは長男の光がつくっている。を読んだからにはこちらもと思い読んでみました。 なんでも作れて料理の楽しさに目覚めた光くんにも初心者の時代がありました。当たり前のことだけど、最初から完璧な人なんていないんですよね。 料理上手なお母さんが亡くなって、食生活がおろそかになっていくのをなんとかしないと!と中学生の光くんが奮闘します。なんていい子。 なんで自分ばっかり料理作らなきゃいけないんだ!と家を飛び出した回は切なくなりました。その後戻ってきてカレー食べて、自分の気持ちを整理する光くんはやっぱりいい子です。 毎日ご飯作るのめんどくさいなという人にぜひ読んでみてほしい。毎日ご飯作ってもらってる人にも読んでほしい。 ささやかな作業の積み重ねで日常が成り立っていること、今日食べたご飯が明日の自分を生かしてくれていること。光くんの姿を見て、様々な気づきを得られるはず。
食育の重要さを学ぼう
野愛
野愛
2ヶ月前
子どもの頃からの食育って大事だな〜と思わせられる漫画がバズってますが、こちらを読んでも食育って大事だな〜と改めて感じます。 澤飯家は父ちゃん、光、瑞穂の3人家族。母ちゃんが亡くなってから、長男の光がみんなの料理を作っています。 母ちゃんの美味しい料理が自分達を支えてくれたという思いがあるから、光くんも美味しい料理を作れるんですよね。 家のことが忙しいし…と部活を諦めていた光くんが料理部に入って楽しそうにしているのを見るとこちらまで嬉しくなります。 作るのも食べるのも楽しいことが一番なんですよね。 なんで自分だけとかめんどくさいとか思うことも、手抜きだったりカップ麺の日も何も悪いことじゃない。 無理せず楽しく、自分も家族も喜ぶご飯を作る光くんの姿が素晴らしい作品です。