偉大なる凡人フジイ
会社で空気のような存在の藤井さんと休日に遭遇したらやっぱり変人だった。しかし他人からすればつまらなそうな人生を「楽しい」と断言する藤井さんはただ者ではないと思い始める。彼は本当に偉大な人かもしれない…!
まだ誰の眼中にもない真ヒーロー、フジイ! 職場では空気みたいな存在感の独身男性。なのに、その生き方は破格の格好良さ! コスパとかマウントとか承認欲求とか、そういうものの為に戦ってる人生がなんだかどうでもよくなってくる…我々の価値観の外側で生きる男がここにいる! 前作『リボーンの棋士』で才能を炸裂させた鍋倉夫氏が新たに生み出した令和のニューヒーロー「フジイ」が、みんなが囚われている「幸せ」の概念ごと、爽快にぶち壊してゆく!
『リボーンの棋士』鍋倉夫さんの新作です。
人間はどうしたって他人の目が気になる生き物。
SNS全盛の現代社会ではますますその傾向は強まり、承認欲求に囚われてしまう人は数限りありません。
しかし、そんな世の中の潮流に逆行するように自らの道をマイペースに突き進む男・藤井こそがこの作品の主人公です。
同僚から見れば、存在感がなく冴えない40歳の独身非正規社員。真面目ではあるものの鈍くて友達もいなさそうで、こうはなりたくないと思われるような存在です。しかし、そんな彼の中にはこのご時世では稀有な豊かさが宿っているのです。
映画や小説、昆虫の飼育、DIY、絵画や陶芸、ギターなど無数の趣味を持っていて、どれもさして上手くはないものの本人は心の底から好きで楽しんでいる。孤独であることを厭わず、何なら不老不死になってずっと永く人生を謳歌していたいというその在りようが、本当に素晴らしいです。藤井のように、真に豊かで自由な人生を謳歌できている人は少ないのではないでしょうか。
それ故に、すべてがつまらなくなってしまっていた青年・田中や、とある事情を抱える職場のクール美人の石川さんらの方に多くの人は共感しやすいことでしょう。ある種、藤井が鏡のように自らを写し出す存在としてさまざまなキャラクターの藤井との関わりを通して生まれる変化が描かれていきますが、その様子ひとつひとつに感じ入ります。
分かりやすい地位や名誉や物質的な豊かさ。多くの人が欲して憧れる、何ならそれを持つことこそが「普通」とされるものに特に興味を示さない。そのせいで、異端扱いされ疎外されても気にすることはない。私もどうしたってそんな藤井の生き方や精神性の側なので、それをこんな形でマンガにしてくださる鍋倉夫さんの着眼点や言語化能力の高さに感謝してしまいます。
『リボーンの棋士』より一層地味な主人公と物語ですが、静かで深い味わいがありこちらも大好きです。
余談ですがスピリッツ本誌の筆者コメントの欄で「漫画史上最高のカップル」というお題の際に鍋倉夫さんとジョージ朝倉さんが共に『狂四郎2030』の狂四郎と志乃を挙げシンクロしていたのが何とも言えない感慨がありました。