小梅けいと先生を知ったのは小説「狼と香辛料」のコミカライズ版だった。可愛らしい絵柄とは裏腹なディープで骨太なストーリーのライトノベルの名作だ。小梅氏の繊細なタッチで描かれた漫画のヒロインの少女もまた、目が大きく髪が柔らかそうで、氏の描く少女の魅力は年月を経てジャンルすら異なる本書「戦争は女の顔をしていない」においても発揮されている。

 本書に登場する女たちの多くは実際、戦争当時は少女だった。洗濯兵、衛生兵、狙撃兵……彼女らは様々な戦場で活躍し、そのいずれも悲惨で過酷で血の死にまみれていた。
 漫画や映画で描写される戦争はいつも凄惨だが、本書の特筆すべき点はやはり女性特有の(身体的、社会的)苦悩であったり、敵であれ味方であれ「人間同士である」ということが強く感じられるような心の触れ合いが描かれている点であると私は思う。この本の中の戦場では、女たちは男性に馬鹿にされまいと奮闘し、時に自身が女性であることを呪い、時にハイヒールやスカートに密かに憧れ、自らの足跡を経血で文字通り赤く染めながら行軍する。同僚の男たちとしばしばぶつかり合うが、しかし最終的には人々は互いにリスペクトしあっている。本書は原作者・スヴェトラーナによる従軍女性へのインタビューと、それを受けての生存者である女性たちによる回想で構成されているため、文字の大半が彼女らのモノローグからなる。おそらくは部分的に美化された記憶であるだろうことは想像できる。戦場の凄惨さと精神的に前向きな美しさの奇妙なコントラストが、小梅けいとの美麗で繊細な絵柄によって際立つ。戦争ドキュメントと、美少女を得意とする作家、一見ミスマッチにみえる組み合わせだがまさか狙ってやったのだろうか……?読み味が独特すぎて、新鮮さに痺れる。あの有名な「片隅」ともある意味では共通する面白さがあるかもしれない。

読みたい
戦争は女の顔をしていない

生きている内に一度は読むべき名著

戦争は女の顔をしていない 小梅けいと 速水螺旋人 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
兎来栄寿
兎来栄寿

ノーベル文学賞を受賞したジャーナリストであるスヴェトラーナ・アレクシェービチさんが500人以上の従軍女性に取材して書いた原作を、『大砲とスタンプ Guns and Stamps』などでも戦争の裏側で直接の戦闘行為を行わない人々の闘いを描いた速水螺旋人さんが監修し、『サフィズムの舷窓』のキャラクターデザインや『ビビッドレッドオペーション』のコミカライズを行なっている小梅けいとさんがマンガにする。 企画の勝利、と言う他ない作品です。ちょっと普通には思い付かないですし、思い付いてもやらない、そんなことをやってのけてこのクオリティで出してしまったことに敬服するしかないです。 こうして本にされることが無ければ絶対に意識もしなかったであろう戦時下の数々の事柄。様々な部隊、部署に女性でありながら従軍した者たちの実体験からくる生々しい苦しみの証言が今回マンガにされたことでより克明に伝わってきます。 兵士の服は誰がどのように洗っていたのか。 女性兵士はなぜ脚が緑色になるのか。 なぜズボンがガラスのようになるのか。 戦火の中での彼女たちが感じる幸せとは何なのか。 その過酷な答はすべて読めば解ります。 「戦争はなんでも真っ黒よ  血だけが別の色  血だけが赤いの……」 といった、心に深々と刺さる生々しいセリフも溢れています。 戦争は手段に過ぎず、双方が望まずとも起こってしまうこともあります。それでも、なるべくその手段を取らなくて済むように、かつて先人が味わわねばならなかったこの悲哀と辛苦をこの先の時代に生まぬように、人類が知識として未来へ伝承していかねばならない大切なものが詰まった本です。 『アンネの日記』や『夜と霧』などと同様に読み継がれて欲しい、あらゆる人に一読を推奨したい名著です。

MA・MA・Match

映画『怪物』みたいな構成の話だった

MA・MA・Match
mampuku
mampuku

いい意味で誤解や異説の飛び交いそうな、多層構造のストーリーだったように思う。 主人公の一人である芦原(母)は、生意気な息子とモラハラ夫を見返すべく、息子の得意なサッカーで勝負を挑む。 前半は、ママさんたちが友情や努力によって青春を取り戻しながら、悪役(息子と夫)に挑むという物語で、この悪役というのがちょっとやり過ぎなくらいのヘイトタンクっぷりなのだ。その場限りのヘイトを買うキャラクターは、ヒーロー役の株を上げるための装置として少女漫画では常套手段だ。だが『マ・マ・マッチ』はそういう物語ではないため、話はここで終わらない。 後半は時を遡り、息子と夫の目線で描かれ直す。母目線ではイヤ〜な輩にしか映らなかった彼らにも彼らの言い分や考えがあったのだと明かされる。 真っ先に私が思い出したのが、是枝監督の映画『怪物』の主人公の一人、安藤サクラさん演じるシングルマザーの早織である。 息子が教師に暴力を振るわれたことに抗議するため学校に乗り込むも学校側からぞんざいな対応をされ不信感を募らせる早織。その後教師や子供など、さまざまな視点が映し出されることでやがて全体観が像を結ぶ。 『マ・マ・マッチ』でも、後半部分を読んだあとに最初から読み返すと些か感想が変わる。息子や夫がイヤな奴らとして描かれているのは確かだが、先入観によって印象が悪化していたのも事実だ。なにより、序盤に出てくる夫のコマは母を嘲弄するような不快なものだったが、そもそもこれは芦原母の回想であり主観だ。その後実際に登場する夫は彼女と衝突こそすれ至って真面目だ。 つまり、それぞれの立場から不満を抱いたり譲れない部分でぶつかり合いながら、逐一仲直りしたり折り合いをつけているのだ、という話に畢竟見えなくもない。悪者退治という少女漫画にありがちなフォーマットで導入を描いて入り込みやすくしておいて、後半の考えさせる話でモヤモヤさせる。末次由紀先生、さすがの巨匠っぷりを見せつけた怪作だ。

テセウスの船

どちらかというと『テセウスの船』というより『動的平衡』じゃない?

テセウスの船
mampuku
mampuku

時間遡行をして人生をやり直したとしたら、それは本当に同一の自分といえるのか?という問いを有名なパラドックス「テセウスの船」になぞらえたタイトルだ。 ストーリーに関しては論理的整合性や感情的整合性においてやや粗い部分も感じられたもののサスペンスとして緊張感もあり、ラストは新海誠監督『君の名は。』のような美しい締め方だったし概ね面白かった。 ただ、タイトル『テセウスの船』がイマイチストーリーにハマっていない感じがした。 どちらかといえば「動的平衡」のほうが比喩としてしっくりくるのではないだろうか。 「動的平衡」とはシェーンハイマーの提唱した概念であり、日本では福岡伸一氏による著書『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』で有名になった言葉である。“生命”とは、取り込まれ代謝されていく物質、生まれ変わり続ける細胞どうしの相互作用によって現れる“現象”である、という考え方だ。 主人公の田村心は生まれる前の過去に遡り、そこで巻き起こる惨劇を阻止することで、その惨劇により自身に降りかかった不幸な運命を変えようと奮闘する。作品では、過去を改変して自らの人生を曲げようとする一連の試みをテセウスの船にたとえているが、やはりピンとこない。作中、田村心は殺人事件を未然に防ぐため凶器となった薬物を隠したり被害者に避難を呼びかけたりするが、その影響で心の知る未来とは異なる人物が命を落としたり、結果的に大量殺人を防げなかったばかりか予想だにしなかった事態を招くことになる。 この予測不可能性こそがまさに動的平衡そのものって感じなのだ。生命体は、船の部品のように壊れた部分を取り替えれば前と変わらず機能する、ということにはならない。ある重要なホルモンの分泌に作用する細胞を、遺伝子操作によってあらかじめ削除してしまったとしても、ほかの細胞がそのポジションを埋めることがある。これは心が殺人事件の阻止に何度も失敗したことに似ている。思わぬ不運や予想しない死者が出てしまったのも、脚のツボを押すと胃腸の働きが改善するなどの神経細胞の複雑さに似ている。 船は組み立てて積み上げれば完成するが、生命は時間という大きな流れの中で分子同士が複雑に相互作用しあうことで初めて現象する。『テセウスの船』での田村心の試みは人生あるいは歴史という動的平衡に翻弄されながらも抗う物語だったのかもしれない。

せんそうはおんなのかおをしていない
戦争は女の顔をしていない 1
戦争は女の顔をしていない 2
戦争は女の顔をしていない 3
戦争は女の顔をしていない 4
戦争は女の顔をしていない 5
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ビビッドレッド・オペレーションシリーズ

ビビッドレッド・オペレーションシリーズ

科学がすべてを解決した夢のような世界──。天真爛漫な14歳の少女一色あかねは家事を一手に引き受けるしっかり者の妹ももと、天才発明家だが、発明費で家計を圧迫しつづけている困った祖父健次郎といっしょに貧しくも温かな毎日を送っていた。天気がよければ、海の向こうに臨める人工島ブルーアイランド。そしてその島の中央にそびえ立つのが、世界中のエネルギー問題を一気に解決した画期的な発明示現エンジン。それはみんなが夢見た平和な未来。誰もが笑える幸せな日々──。しかし、世界を突然、危機が襲う。示現エンジンを狙って現れた謎の敵アローン。どんな兵器も通用しない絶望的な状況に大きな力を秘めた赤いスーツ“パレットスーツ”を着た1人の少女が立ち上がる──。

くじびきアンバランス

くじびきアンバランス

『げんしけん』の作中で斑目(まだらめ)たちが夢中になっていた漫画を再現したスピンオフ作品! 木尾士目がネームを切り、小梅けいとが描く超絶合作です!! すべてを「くじびき」で決める学園で巻き起こる、ラブコメありバトルアクションありの傑作! 木尾士目の描き下ろし『げんしけん』漫画や、アニメ版キャラ原案・八雲剣豪の特別寄稿もアリ!!

西暦2万年の刑事

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『大砲とスタンプ』『男爵にふさわしい銀河旅行』の速水螺旋人が再びバンチに登場! 今とは全く異なる様相を呈しつつ、随所に現代の名残も見せる東京。そこで発生した首なしゾンビ事件が…!?

同志少女よ、敵を撃て

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独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如崩壊した。急襲したドイツ軍により、村人たちそして母親が惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。母たちを奪った敵を倒すため、セラフィマは仲間たちとともに一流の狙撃兵になるべく訓練を重ねてゆく――敵を討つ、その想いに燃える少女たちの果てしない闘いの行方。2022年本屋大賞受賞作・2022年高校生直木賞受賞作・2022年〈いちばん売れた小説〉が待望のコミック化。『少年ノート』『しまなみ誰そ彼』の鎌谷悠希氏がコミカライズ!

靴ずれ戦線 ペレストロイカ

靴ずれ戦線 ペレストロイカ

ときは第二次世界大戦、ソ連とドイツの戦いのなか、ロシアの魔女ワーシェンカとお目付けナージャのコンビがあっちをうろうろ、こっちをうろうろと転戦する。お化けと戦争が交錯するローリングストーンな変てこ戦記が完全版として復活! ※こちらの作品は2011年に刊行された『靴ずれ戦線(1)』に新規読み切りや解説ページなどを加えた内容になっております。重複購入にご注意ください。

大砲とスタンプ

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“素人は戦術を語り、玄人は戦略を語り、プロは兵站(へいたん)を語る”銃の代わりにペンを持て!我らは「紙の兵隊」!!戦争の裏方、兵站軍所属の熱血官僚主義っ娘マルチナ・M・マヤコフスカヤ少尉。彼女の主な任務は物資の輸送や補給。前線兵士に馬鹿にされようが振り回されようが、私は信念貫きます!「私たちは書類で戦争してるんです!」唯一無二の“ミリタリー法螺”漫画!!

スパイの歩き方

スパイの歩き方

知恵と度胸、そして謎の人たらし力を駆使し、敵を、時には現地協力員のアーニャを始めとする味方をも欺き、あのスパイもびっくりの諜報活動をするペルツォフカ。「大砲とスタンプ」の作者が描くスパイまんがの傑作!!

螺旋人同時上映 速水螺旋人短編集

螺旋人同時上映 速水螺旋人短編集

『大砲とスタンプ』の速水螺旋人、はじめての短編集出しました!! 狂騒が似合う街・ボイラーグラードで、ナポレオンロシア戦役で、宇宙船で、第二次世界大戦カルパチア山脈で、わちゃわちゃドタバタ繰り広げられる速水螺旋人劇場!! コーラとポップコーンを両手に持って、いざ上映スタート!!

チェルノブイリの祈り

チェルノブイリの祈り

「戦争は女の顔をしていない」の著者で、ノーベル文学賞受賞者のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが執筆した魂のノンフィクションが遂にコミカライズ!原発事故という、当時未曾有の惨事に遭遇した人々の悲痛な願いと静謐な祈りを書き留めた日本人必読のノンフィクション、待望の第1巻。

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