兎来栄寿
兎来栄寿
8ヶ月前
普段は意識せずごく当たり前のものとして享受していることが、少し時や場所が変われば当たり前ではないということはままあります。本作は、日本でデビューを目指すBL作家を通してそういった当たり前の大切さを気付かせてくれる作品です。 小6で男性同士の恋愛シーンに出逢って目醒めた主人公・夢言(ムゲン)。26歳になった現在もBLを愛好し漫画家として活動しているものの、中国国内において表向きBLは禁止されている状況で、担当編集にもBLを描けないとダメなら切ると言われ本当に好きなものを堂々と描けない苦しみを受けます。 かつては好きなようにマンガを描いてpixivにアップロードしていたものの、国の規制でブロックされてしまいVPNを使っても繋がらないことが増えてしまったという現状。 しかし、そこに日本の編集者からのメッセージが届きます。それと同時に、かつて自分の描いたマンガを破り捨てた幼馴染の致遠(チエン)との縁談が持ち上がり、夢言の運命は一気に加速していきます。 日々さまざまなマンガやアニメ、ゲームや小説、映画やドラマなどに触れている私たちですが、日本に住んでいると政府による検閲や表現規制、インターネット規制がごく当たり前に行われている社会がすぐ隣にあるということは忘れてしまいがちです。アジアを見渡しても、まだまだ各種表現への規制は厳しいところが多いです。 それらは決して対岸の火事ではなく、一歩間違えれば日本もこれから同じようになっていってしまう可能性があります。さまざまな理由で表現を規制しようとする人と、たとえ自分が嫌いなものであったとしても表現の自由は守ろうという人が日々鬩ぎ合っています。 街の書店でBLマンガを買って読んで、同じものを好きな人とネット上で知り合い語り合う。日本人なら当たり前のようにできるそのことが、どんなに難しくて稀有なことなのか。逆に言えば今この日本における状況がどれだけ恵まれたものなのか、ということを改めて思い出させてくれます。 この作品は、作者の史セツキさんが自身の体験も基にして描いているので、日本の作家ではなかなか出せないであろうリアリティが随所から滲み出ています。 興味深かったのは序盤の「双親角」。子供を結婚させたい親同士が互いの子供について情報交換をする場所のエピソードです。そこでは年齢・身長・卒業大学・仕事・年収が訊かれる様子が描かれているのですが、こういう場でも身長が特に重要なステータスとして出されるのだなぁと。中国人は面子を重んじるので身長も高いことが尊ばれ男女問わず身長が低いと侮られやすいとは聞いていましたが、特に女性に関してはそこまで身長を気にすることはない日本人からするとなかなかの文化の違いを感じさせられます。 『魔道祖師』などのように、国境を越えて大人気を博していく作品がこれからますます生み出されていくことでしょう。しかし、この作品の夢言のようにそれが叶わず苦心している人も世界にはまだまだたくさんいるはずです。そうした人たちが堂々と自身の才能を世に発していけるような世界を作る一助になるために、より一層仕事を頑張りたいと思わせてくれた作品です。
まみこ
まみこ
8ヶ月前
オムニバス雑誌『ごはん日和』掲載作品を一冊にまとめたもの。 …と言うか、『ごはん日和』の性格と言うか構成を知っている人、どれ位居るのでしょうか? 一冊で、テーマが決まっていて(例えば「ハンバーグ」とか)、各作者がそのお題に従った、一話完結の話を描くんですね。 なので、一話ごとに主人公もシチュエーションも違います。 それを作者ごとに一冊にまとめる、と言うのですから、かなり強引ですよね。 一応、この作品は第一話と最終話が、同じ登場人物と同じ寿司屋なので、サイクル構成になってはいる、と言う感じですが。 題名に「下町」って入ってますが、下町で食べる話は全体の1/3位ですし、そういう下町ならではの知識も、ほんのちょっとだけしか出てきません。(まぁ、江戸の下町とか、今となっては、ほぼ「異世界」ですしね) でも、『ごはん日和』自体に、それなりの効能はあるんです。 多分、時事的なネタを扱っていないからだと思うのですが、話に普遍性があるので、暇つぶしにダラっと読むのも良いし、一話だけ読んでも良いですし。 かく言う自分も、2週間位入院した時に『ごはん日和』を2冊買ってきてもらったら、安定して暇もつぶれて入眠も楽だったので、なるほどそういう働きもあるんだな、と言う感じでした。