重さと軽さが同居する、命の話
大好きな漫画です。 学生の頃、この漫画に狂っていた時期がありました。 友人全員にこれを読めとしつこく勧めて、 読んだ人に対してはお前はこの漫画の何もわかってない!と浅い考察を語る最悪のオタクでした。黒歴史です。 つまり、人を狂わせるほど魅力ある漫画ということとも言えます。言えますね。 とはいえ、こちらは既に多方面で紹介され尽くした人気作でもあります。 今さら自分の稚拙な語彙でレビューしても読むに耐えませんので、 ネットの海に散乱した情報に少しだけ補足をして、読むことを迷っている方の壁を取り払えればと思います。 この漫画が話に上がる時についてくるのが、とんでもない鬱漫画だという話題。 これが読み手の1つのハードルになってしまっていると思います。もったいない! 大丈夫。救いはあります。怖くないです。 確かに取り扱うテーマは重く、展開に心が締め付けられることはありますが、この作品の魅力はそこだけではないです。 素晴らしいのは重厚な世界観の中に、ポップさのエッセンスを忘れず組み込んでいること。 (ここで言うポップさとは、いわゆる大衆に寄り添う心のこと) 会話のテンポ、 キャラの関わり、 かわいらしいジョークのセンス。 そういう要素の節々に、作者である市川春子氏の人柄を感じられます。 そしてその人柄から読み取れるのは、 この人は読者の心をズタズタにしたい訳ではないよ〜。 ということ。 きっと最後まで読み切った方なら共感してくれると思います。 苦しさの先に希望がある。 これは人間の話。命の話。生と死の話。愛の話。宇宙の話。 火の鳥超えてます。ガチ。
読んでて嫌〜な気持ちになったしんどい読切。というのも主人公・たけしと、小学生の時に仲が良かった女子・くじらの関係や抱えている悩みがあまりに中学生すぎて「もうやめて…!」となるから。
思春期の怒り苦しみでグチャグチャした感情なんて、もう二度と思い出したくない…。頑張って苦い表情をしながら読み通しました。岡田麿里作品のようなつらさがありました…。
ベリーショートで背が高くて、給食が全然食べられない静かな女の子だったくじらは、中学に入るころには明るい性格に。
一方、くじらにグイグイ話しかけ、ドッジに連れ出し顔面ヒットさせたり・されたりしてゲラゲラ笑ってたたけしは、教室で女子(くじら)に話しかけられるのを嫌がるほど内向的に。
特にたけしの変化は「うわ〜こういうやついた…」と、あまりのリアルさに当時の気持ちが蘇りウヘェとなりました。あいつ今何してんのかな。
そして後半、くじらが自分の抱えている気持ちを吐露するシーンでは「も〜!やだそういうの聞きたくない!!」がMAX。
人が思春期でのたうち回っている姿を見せつけられるのは、自分がかつて同じようにみっともなく悶え苦しんで喚いていた姿を目の前で見せられているようで耐えられない…。
人をこんな風に苦しませるほど、的を射たキャラクター・お話作りが丁寧で…敵ながらアッパレ(?)というような気持ち。
#やめてくれ…そのセリフは俺に効く。
まさに同じようなことを当時心のなかで思っていた確信があります…。もうやめて!私のライフはゼロよ…。
選考委員を務められた萩尾望都先生の講評は、「思春期の少年と少女の気持ちを丁寧においかけて、ありふれた表現になりがちなそれをちゃんと自分の言葉で描いて、とても面白かったです。」とのこと。
繰り返しになりますが、自分は苦い気持ちになって全然楽しめませんでしたが、それは間違いなくお話作り上手さゆえです。私のこの悶え苦しみを、褒め言葉としてお受け取ってもらえればと思います。
【アフタヌーン2019年12号】
https://afternoon.kodansha.co.jp/afternoon/2019/12