兎来栄寿
兎来栄寿
6ヶ月前
ジョージ・ルーカスの半生、とりわけ『スター・ウォーズ』第1作のメイキングから完成に至るまでに尺を割いて描いたノンフィクションです。 お化け屋敷を営んで創造性を発揮する一面もありながら基本的には控えめな少年だったころ。命の危険にも晒され、人生の転機が訪れたティーンズ時代。コッポラやスピルバーグに出逢った若かりしころ。 登場するたくさんのビッグネームは、『スター・ウォーズ』を観ていない人でも楽しめます。 オーディションに来るのはまだ今のように有名ではなかったころのジョディ・フォスター、ジョン・トラヴォルタ、トミー・リー・ジョーンズなどなど錚々たる顔ぶれ。 ハリソン・フォードもまだ俳優業だけでは食べられず、他のバイトもしながら食い繋いでいたという時代で、撮影の際の裏話などもたくさん登場します。 スポンサー・配給会社とのタフな交渉に、現場の壮絶なマネジメント。多くの人が面白さを理解できず、SFなんてヒットするわけがないと言われていた時代に途轍もない記録を生み出した『スター・ウォーズ』第1作目ができるまで。 そんなの間違いなく面白いに決まってますし、帯文で山崎貴監督が言うようにこれ自体を映画として出したらそれも大ヒットしそうです。フランスでこちらが出版された際には5万部が即日完売したというのも頷けます。 今現在存命中の世界的に知名度のある偉人・有名人の中でも、こうした形で物語って面白い人物を考えたときにジョージ・ルーカス以上にうってつけの人はなかなか思いつきません。 映画を作るのが並大抵ではない苦労を伴うのは素人でも想像がつきますし、ましてや1000人規模の現場を回すに当たっては紙幅に収まらない辛いこともたくさんあったでしょう。1作目の段階で倒れるほど体調を壊してしまうのも仕方ないと思います。 しかし、いち『スター・ウォーズ』ファンからするとインダストリアル・ライト&マジック社を立ち上げてなしえた原初のSFXであったり、R2-D2やC-3POにまつわる舞台裏などは読んでいて楽しくて仕方ありません。 特に心に残ったのは『スター・ウォーズ』の最後のピースとなる音楽が最終段階でも決まっていなかったところで、契約に漕ぎ着けられたのは『ジョーズ』などでもお馴染みのジョン・ウィリアムズ。僅か3週間で90分分のオリジナル・サウンドトラックを完成させたという彼の曲を初めて最終的な形でルーカスが聴くことになる場面。 思わず私にもあの『スター・ウォーズ』のテーマ曲が脳内に鳴り響くと共に、感動と興奮が伝わってきてブワッと泣けてきました。その後、ルーカス氏はその素晴らしさを30分にわたって電話で熱弁したそうですが、それはそうでしょう! と。 音楽というものもまた、単体でも何十年経っても記憶に残るもの。特に『スター・ウォーズ』のあの曲は、あの字幕と共に脳裏に焼き付いています。 また、本書を読んで『スター・ウォーズ』を語る際にあまり出てこないもののとても重要な人物だと感じたのが、何度も何度も20世紀フォックスの上層部からストップがかけられるもののルーカスの映画に心酔して粘り強く説得し、最後には自分のクビまでかけて制作費の拠出がストップすることを凌いだアラン・ラッド・ジュニア。 本気の本気で行われたもの・創られたものはたとえ大半の人には理解されなかったとしても深々と刺さる人がいるもので、ジョージ・ルーカスが作ったものの本質的な部分がアランに伝わり、最初の熱狂へと繋がっていったことは胸が熱くなります。 ある意味でビジネスなどとも通ずるものがあり、iPhoneのように世界を革命する真に斬新なものというのは最初はその良さや凄さが真には理解されないものなんですよね。多くの人が反対し、そんなもの上手くいくわけがない、価値がないというものこそ断行する意義がある。アランがいなければ『スター・ウォーズ』も世に出ていなかったかも知れないと考えると、たとえ自分ひとりだけでも心が最高だと思ったものを、しっかりと最高なのだと推し続けることがいかに大事かとも思います。 『スター・ウォーズ』ファンはもちろんのこと、世界最高の映画がどのようにして作られたのかというドラマはファンでなくとも一見の価値があります。人類史における営みというマクロな視点で見ても、普遍的な価値をいくつも発見できるでしょう。
兎来栄寿
兎来栄寿
6ヶ月前
『総特集 佐藤史生』と同時発売となった、佐藤史生さんの傑作選です。 代表作のひとつ「金星樹」から始まって、 「レギオン」 「阿呆船」 「夢喰い」 「バナナ・トリップに最良の日」 「羅陵王」 「塵の天使」 「一角獣にほほえみを」 の8つの物語が収録されています。 また、巻末にはデビュー前にスケッチブックに描いたものもいくつか掲載されています。 まったく佐藤史生さんに触れたことがないという人に、最初に渡す1冊としては非常に良いものでしょう。 石ノ森章太郎さんと同じ高校の出身で、水野英子さんの「星のたてごと」を小学生のころに読んだのが原点という佐藤史生さん。 『総特集 佐藤史生』の方では、いわゆる大泉サロンに佐藤史生さんが出入りし、やがて自身の専属アシスタントも務めるようになったことや、60手前にして亡くなってしまった後のことなども萩尾望都さん自らがマンガで描かれています。『一度きりの大泉の話』で語られた以上の過去のお話はもう聞けないかと思っていましたが、こんな形で、こんなにも強く切なる想いの丈を知ることになるとはと目頭が熱くなりました。 佐藤史生さんはどちらかというと読み手として満足していた部分があったそうで、デビューは26歳と当時としては遅咲きです。しかし、そのデビュー前に描かれた「一角獣にほほえみを」などを読んでも非凡な才気が溢れているのは明白です。 表紙にもなっており代表作『ワン・ゼロ』に繋がる「夢喰い」や、SF専門誌に掲載された「阿呆船」なども今改めて読んでも完成度に唸ります。「金星樹」のラストは言うに及ばず大好きです。 メカを描くのは苦手だったそうですが、それを補ってあまりあるSFや神話などから広く着想を得た魅力的で壮大な世界観。そして、あくまで少女マンガにこだわりたいという想いからこめられている少女マンガ特有の繊細で美しいロマンティシズム。カラーもモノクロも絵が美しく、コマ割りのリズムも非常に巧みです。 70年代に高度に発展した少女マンガ、また少女マンガの領域におけるSFの遺伝子を色濃く継承し、発展させ後世に繋いだ第一人者としての卓抜した力量を存分に感じさせてくれます。 6月28日から米沢嘉博記念図書館でまた新たな原画展も始まるそうです。 この一連のムーブメントを機に、特にSF好きの方は触れてみてはいかがでしょうか。丁度先日、今年の星雲賞が発表されましたが、ノミネートまではされたものの1度も受賞していないのが不思議なくらいの方です。
兎来栄寿
兎来栄寿
9ヶ月前
何者かになりたくて何者にもなれない人。 報われないと解っている恋をしてしまっている人。 そうした人を優しく刺し穿つ力のある作品です。 貝塚道子29歳、通称カイちゃんは一流企業の食堂で最低賃金で働くフリーター。絵を描くのが好きで、他に取り柄はなかったけれど褒めてくれる人がいたから自分が存在していいと思えたという原体験を持っている女性。そんな彼女が心の支えにしているのが、その企業で働くイケメンの白鷺洸27歳。彼のSNSの裏アカウントを特定すると、 自分と同じ高円寺住まいであることが解り、こっそり遠巻きに眺めていた日々から、あるとき大きく運命が動き出します。 29歳で体験する初めての恋。すべてが行動力に結びついてしまうような無尽蔵のエネルギーが生まれるのも、ほんの少しの関わり合いが生まれただけで世界がまるで別次元のように輝きに満ちるのも、痛いほど解ります。それらを絵で演出したシーンは最高です。 とにもかくにもカイちゃんがあまりにも等身大の主人公で、弱い部分も狡い部分もたくさん見せてくるんですが、それでも愛して応援せずにはいられないんですよね。多くの人はどこかしらカイちゃんと自分が重なるところがあるのではないでしょうか。この絶妙なキャラ造形でもう勝ってると思います。 好きなシーンやエピソードはいろいろとありますが、特に好きなのはカイちゃんの新たな勤め先の同僚である、29歳の千林くん。彼は音楽の道を諦めずにいて、ある種自分と似た境遇にいる人物。そんな彼に対してカイが口にする言葉。それに付随する想いや感情。人間的な、あまりにも人間的な言葉と心で堪りません。 単純な画力の高低では表せない魅力も絵にあって、何よりマンガが上手いってこういうことだろうと思わせてくれます。こんな素敵な作品を描ける方が、どうして初単行本を出すまでに十数年もかかってしまったのか不思議でなりません。 かわいい絵柄ですが、深奥まで響く鋭利さを持った作品です。2月を代表するのはもちろん、2024年一押し作品にも数えていくことになりそうです。 あとがきマンガの中野ローカルな小話もすごく共感できて好きです。失われゆくものでもマンガの中にだったら永遠に残しておけるという感性が素敵です。