兄の嫁と暮らしています。

"日常"の中に想いのすれ違いの切なさが見え隠れするストーリー

兄の嫁と暮らしています。 くずしろ
sogor25
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両親を早くに交通事故で亡くし、兄夫婦の元で暮らしていた女子高生の志乃。しかし、半年前に兄も病気で失ってしまい、始まったのは兄の嫁"希さんとの共同生活。 1話で志乃のモノローグとして語られる「今は 兄の嫁と 暮らしています ただ それだけの話しです」という言葉の通り、彼女たちの"日常"が淡々と描かれる作品です。2人の周囲の人々も過度な心配を見せずに普通の"日常"として彼女たちに接しており、発生する事件も高校生や社会人であれば充分起こり得るもので、基本的には明るい作風で展開していきます。このあたりは元々コメディ寄りの作品を中心に発表されているくずしろさんならではという感じがします。 しかしながら、物語の中でときおり彼女たちが感じる「後ろめたさ」や「心のトゲ」のようなものが見え隠れします。志乃のほうは自分が居ることで希さんの将来を縛ってしまっているという罪悪感のような感情、希さんは亡き夫の影や理想の生活を志乃の向こう側に見てしまっていることなど、お互いがお互いの事を想っているからこそのすれ違い、それが"日常"の中に見え隠れするという繊細な作りの作品です。 「百合姫」等で百合作品を多数発表されているくずしろさんの作品ということで、この作品を百合作品として見る感想も見かけますが、私としてはこの作品は百合ではなくむしろ家族愛に近い、でもそれともどこか違う、もしかしたらまだ日本語には存在しない愛の形の物語なのではないかと思っています。 近作でいえば「違国日記」や「春とみどり」、百合作品との対比という意味で「たとえとどかぬ糸だとしても」などが好きな方には是非読んで頂きたい作品です。 5巻まで読了

児玉まりあ文学集成

最初の2ページ、そこで心を掴まれるか否か。

児玉まりあ文学集成 三島芳治
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文学部部長にして唯一の部員である児玉さんと、そんな文学部に入部しようと試みる笛田くん、2人の文学部の活動記。文字数の多い会話劇+モノローグが中心で絵の表現は最小限に抑えられており、限りなく文学に近い作品なんだけど、読めば読むほどこれはマンガなんだという印象を強くする。 これは多分最初の2ページで心を掴まれるかどうかっていう作品のように思う。私はがっつり掴まれたし、そこからはほぼ会話劇のみで繰り広げられる現実とも非現実ともつかないこの物語を読むのが楽しくて仕方なくなる。 冒頭から児玉さんの発言の文学的な雰囲気に圧倒されるけど、よく見ると笛田君のモノローグもかなり独特で、それ自体も文学性を感じる独特な印象を感じる。話が進むにつれて徐々に児玉さんに認められているような様子だけど、最初から笛田君は文学部に入部するに足る人物だったように思う。 一応巻数のナンバリングが付されてるけど、個人的にはこれで完結でもいいと思えるような美しい幕引き。というかこれで終わらせてるほうが"文学性"が高い気がする。 ともあれ続きがあるのならばこれまでとはかなり違った児玉さんの表情が見られると思うので、それはそれで楽しみ。 1巻まで読了

金のひつじ

あのときの気持ちを思い出せてくれるいいマンガになりそうな予感!

金のひつじ 尾崎かおり
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)

痛ましく切ない少年少女の葛藤を描き出した傑作『神様がうそをつく。』の尾崎かおり先生の最新作第1巻。 小学校の頃に大親友だった男女4人組。 主人公である継(つぐ)ちゃんは大阪へ引っ越し、そしてまた高校で戻ってきた。 3人と久しぶりの再会を果たした継だったが、関係性は当時のままとはいかず…。 かつてあった姿や関係の幻影を追い求め、すがり、幻滅するという話はたまにあるが、そういったとき主に描かれるのは青春の同時代を過ごした同士である友人などの大人になった姿だ。 しかし、『金のひつじ』では、スタートが小学生であり、再会は高校生。 思春期に起こる身体や精神の変化は著しく、必然だ。 僕自身、親の都合で転勤が多く、人間関係には振り回されたクチだ。 広島で小学生3年~5年を過ごし、親友と呼び心底信頼していた友人と、大学生になる前の春休みに久しぶりに連絡を取り東京で会うことになった。 しっかりと当時の面影を残した彼と再会したものの、会話は弾まず、当時の思い出を語るも覚えているのは僕ばかりで、彼は広島で彼の時間を更新し続けていた。 広島にいた3年間に囚われ郷愁の念を抱き続けてきた僕とは対照的に。 そして、お互いにだんだんと口数は減り、洗濯物を取り込まなきゃいけないとかどうでもいい理由をつけて別れを告げ、それ以来会っていない。 そんなものだ。 その帰り道、僕はノスタルジーと、言い表しがたい感情に締めつけられ無性に泣きたくなった。 大学生になる前の夜、諦めのようなものを覚えた瞬間だった。 僕と彼とはなんだったのか。 あの日々はもう二度とは戻らない。 といった感情は誰しもが持っていると思う。 思春期→大人という変化より、小学生→思春期の方が僕はよっぽど共感できる。 そんな感情を思い出させてくれるし、おそらくお話の結末には僕が成しえなかった救いが描かれるんだろう。 いやそう願っている。 どうか、どうか、なにとぞ。

骨の音

誠実な「原石」。

骨の音 岩明均
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

後に長篇の代表作を描く漫画家の、初期作品集が好きだ。 それも、ただその作家さんが(キャリア初期に)描いた短篇を集めた本というのではなく、「自分はなぜ漫画を描くのだろう…」と自問自答しながら足掻いている、そんな苦悶がページから匂ってくるような、不器用で地味な作品集が好きだ。 (「私はこういう世界が好きなんです」といろいろ表明している感じの初期短篇集が多いのですが、そうじゃない無骨なヤツ。もちろん「好きなんです」系の作品集にも優れた本はたくさんあります) 『骨の音』は、とても誠実で、地味で、絶対売れなそうだけど、でも、読んだ時に、こちらの心をギシギシ揺すってくるようなザラついた力に溢れていて、とても心に残ります。 これがあるからこその、『寄生獣』なんですよ!(『風子』もあるけど) 新井英樹『「8月の光」「ひな」その他の短編』とか、豊田徹也『ゴーグル』とか、伊図透『辺境で』とか、五十嵐大介『はなしっぱなし』もそうかな、同じ感じで、好きですねえ。 作者が「これは売れないだろうなあ…でも、今はこれしか考えられないんだよなあ、仕方ないよなあ。クソぉ」と思いながら描いていそうな感じ。(実際どうかは知りませんよ) ものを作ると決めて、見返りはないかもしれないけれど、誠実に漫画に向き合っている。 ダイヤの「原石」というのは、『骨の音』のような本のことを言うのだと思います。