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石井隆は、既に定評ある映画監督として長いキャリアを築いている。
今はもう、その漫画作品を読もうという人はいないかもしれない。彼の漫画単行本が最後に出版されてから、たぶんもう20年近くが経過しようとしているだろう。
石井隆のエロ劇画は、まさに革命だった。
(「三流エロ劇画ムーブメント」という呼称を、石井が心の底から憎んでいるらしいことを知っているので、あえてエロ劇画と書く)
ガロ系作家がエロを仕事で描いたり、中島史雄や森山塔(山本直樹)あたりから始まるエロ漫画家がメジャーシーンに活動の場を移したりしていくのも、すべて石井隆以降の話だ。
劇画で「大友以前・以後」という線引ができるなら、現在のエロと一般を普通に漫画家が行き来するような状況について、「石井以前・以後」という画期の基準になるほどの、大きな存在である。…というのは、あの時代を知る者にとっては、ごく常識ではあるのですが。
本書は、「名美」物を編んで、いろいろな読み物を加えた、映画『死んでもいい』公開記念刊行っぽい単行本だが、さっき密林で検索したら、ワイズ出版の本とも思えないほど中古が安く売られていた。
…そうか、やっぱりあんまり今は求められていないのか。
でも、この本は、つげ義春との対談とかかなり充実したもので、石井隆に興味がある人なら持っていて損はないと思います。つげの『義男の青春』のエロ写真や『懐かしい人』についての「エロ話」がたっぷり読めるのも楽しい。
個人的には、双葉社のアクション・コミックスで出た『少女名美』という単行本が好きなのですが、まあ、それを上げるのも、ちょっとどうかと思うので。(エロ感弱めのセレクションです。「ヒットガール」という短篇が本当に大好き)
とにかく、石井隆の劇画は、哀しみと優しさと切なさが世間の闇に溶け込んでいるようで、強烈に格好いいんです。
日活・東映からATG経由して、ロマンポルノの名作(これは当たり前ですね)あたりの映画が好きな人には、タマラナイものがある。
と、前フリが長くなりましたが、ここで書きたかったのは、この『名美Returns』にも収録されている短篇「少女名美」の、あるディテールについてなんですね。
この作品はラストシーンに、サウンドトラックかエンディングテーマのように、サザンオールスターズの『いとしのエリー』が“流れる”。
自分は、この「流行歌がラストシーンに流れる」タイプの漫画が、やけに好きなんですよ。
登場人物が作中で歌っていたりレコードで聴いたりしているんじゃなくて、映画みたいに漫画のバックで“流れる”感じが、特に好き。
他にパッと思い浮かぶのは、高野文子「デイビスの計画」(『おともだち』所収)のラストに流れる『夜霧よ今夜もありがとう』だな。やっぱりすごく好きだ。
「ダンシング・オールナイト」が流れる漫画も記憶にあるんだけど…あれはなんだったっけ。
土田世紀『俺節』は、これを盛大にやっていたので、それだけでも大好きでした。
最近ないですよね、流行歌(はやりうた)が流れる漫画。
また誰かやってくれないかなあ。
邦画でも、エンドロールでかけることはあっても、作中で流すのはあんまり観ないからな。もう無理かなあ。
漫画作品の他、映画監督作「死んでもいい」の完全版シナリオ、つげ義春との対談も収録。364ページ/1993年刊