木洩れ日のひと
贖いの果てに仄見える光 #1巻応援
木洩れ日のひと 川端志季
兎来栄寿
兎来栄寿
『宇宙を駆けるよだか』、『箱庭のソレイユ』、『僕のオリオン』、などでお馴染みの川端志季さんの最新作です。 基本的には集英社系のレーベルでキャリアを重ねてきた方ですが、前作の『世界で一番早い春』で『KISS』を経て祥伝社で連載を開始したときにはとても納得感がありました。 川端志季さんの作品が纏う、仄暗さを纏った空気感。そして時代感覚を捉えた鋭敏なセンスから生み出されるキャラクターたちは、『FEEL』系とも絶妙にマッチしていると思ったからです。期待通り、本作でも開幕からその持ち味を出していきます。 議員の娘である白瀬皓子が国民的人気アイドルグループの烏墨真弘を轢いてしまい、彼女はその贖罪として意識を取り戻さない彼の下で10年の月日を看病に費やしていました。そして、遂に真弘が目を覚ましたことで物語の歯車が回り出します。 ヒロインが重い罪を背負い贖罪をし続ける状態で始まる男女の関係というのは流石になかなか『マーガレット』系列では見られないもので、媒体の特徴も活かした建て付けになっています。父親が参議院議員でその名誉に奉仕するよう定められた運命の不自由さ、息苦しさの描写も流石です。 そういった抑圧がしっかり描かれてていることで、皓子が外の世界を知って束の間の開放感や多くの人が普通に味わう感情を得ていく瞬間のえもいわれぬ良さが際立ちます。 真弘は、皓子のことを恨んでおらずむしろ10年間も付き添ってくれていたことに感謝しているというのがポイントです。ふたりの穏やかならぬ事故から始まった関係が今後どのようになっていくのか。10年間のブランクの先で真弘はどう生きて行くのか。 また、彼らを取り巻く家族や同じアイドルグループのメンバーたちなど脇役も魅力的なのですが、その関係図も複雑に絡み合って今後ますます盛り上がっていきそうです。
海はとおくに満ちて往く
綴られる繊麗な感情 #1巻応援
海はとおくに満ちて往く 日々の杏
兎来栄寿
兎来栄寿
遥か彼方まで続く海やそこから寄せては返す波は、それ自体に意味はありません。しかし、人はそこに何かを感じ取ります。ある人にとっては何でもない風景・何でもない言葉が、誰かにとっては特別で掛け替えのないものであることもあります。 『世界にさよならのキスをして』の日々の杏さんがこの短編「海はとおくに満ちて往く」は、波打ち際で粒立つひとつひとつの泡が砂に染み込んでいくように、誰かの心の深いところに繊細に浸透していくであろうシーンやセリフが満ちています。 知らず知らずの内に、誰かが誰かを救って回っているこの世界の営み。その構造の断片だけにでも触れられたとき、愛しみを覚えずにはいられません。 鍵となるアイテムが、メッセージボトルというのも象徴的です。手紙というのは本来誰か特定の相手に想いを届けるものですが、ボトルメールはそれが届くかどうかもわからないし、誰に届くかもわからないし、いつ届くかもわからない。それでも、そのときそこに込められた確かな想いは存在する。そのときにしか込められなかったものが。 「自分が幸せになることを許せない」という想いを抱いたことのある人には、特に響くであろう作品です。