アラフォーリーマンのシンデレラ転生

おっさんも美少女になりたいんだ

アラフォーリーマンのシンデレラ転生 荒木宰 原田まりる 森倉円
兎来栄寿
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人間には変身願望という本能があります。現実の自分の姿や状態に満足できず別の何者かになりたい、という感情を持つことは古今を問わず普遍的なものです。 とりわけ現代社会では、おっさんはおっさんであるというだけで虐げられることも多いです。もし自分が冴えないおっさんではなく、誰からも憧れられる美少女になれたら……。意識したことはなくとも、あなたも潜在的にそんな願望を持っているかもしれません。 そんな、ifが起きた時の物語がこちらです。アラフォーのおっさんが、キラキラ輝く美少女アイドルの体に入ってしまったお話です。 とにかく荒木宰さんの描く女の子は常にかわいいのですが、フルカラーの本作ではより魅力に磨きが掛かっています。最早、暴力的。そして、そんなかわいい女の子たちの絡みがたっぷり描かれ、女の子同士の交流に心ときめく嗜好をお持ちの方は満たされること請け合いです。 夢のような状況ですが、主人公は側から見ているだけでは解らなかったアイドルの水面下の苦労などを実際に体験することで、考え方を変えていきます。 結局、どんな人にとっても他人の芝生は青く見えるけれど、そこには本人しかない苦労があるのだと思います。 最後に彼はどういった着地をするのか、華やかな世界の芳しさを味わいながら楽しみに見届けたいです。

咲-Saki- re:KING’s TILE DRAW

まさかの女性向け・美少女男体化『咲-Saki-』!?

咲-Saki- re:KING’s TILE DRAW 小林立 極楽院櫻子
兎来栄寿
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『咲-Saki-』シリーズをこよなく愛しており、どんどん増えて多層化していく世界観から織り成される重厚な魅力を愛して止まない私ですが、このスピンオフは予想外でした。 まさかの、元祖『咲-Saki-』のメイン登場人物をほぼ男女逆転させて、ストーリー展開はまったく同一で進めていくというもの(異性化していないのは今のところ須賀京太郎くらい)。 「美少女麻雀物語」が「美男子麻雀物語」となった訳です。数多ある作品を読んできた私でも、これは予想外すぎる展開でした。 しかし、元々『咲-Saki-』は美少女要素を抜きにしても非常に熱いストーリーが魅力のひとつ。故に、美少年になっても理論上は熱いスポ根青春作品として読めるはずです。そして、美男子が増えた分、今まで興味のなかった女性が楽しく読めるようになっているのではないかと推察します。 ただ、私は冒頭に述べた通り『咲-Saki-』シリーズが好きすぎて思い入れが常軌を逸しており客観的に見ることが難しいので、皆さんが読んでみた感想を、特に今まで『咲-Saki-』シリーズを読んだことがない方や女性の感想を聞いてみたいです。

俺だけレベルアップな件

現在トップクラスの人気を誇る縦スクマンガ

俺だけレベルアップな件 DUBU(REDICE STUDIO) Chugong
兎来栄寿
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ピッコマで連載されているWEBトゥーンの中でも特に人気を博している作品で、2019年12月には「ピッコマ BEST OF 2019」マンガ部門第1位を受賞しました。 そして、2020年3月には、 何と月間販売金額が9800万円を突破。4月には1億円を超えました。これはマンガ業界全体においてもエポックメイキングな出来事でした。 従来では、マンガは単行本を売ることで儲けるビジネスモデルでした。雑誌はあまり部数が出なくて赤字でも、単行本売上が立てば成り立つので何しろ単行本を売ることが大事で、そこに注力する出版社がほとんどでした。 しかし、この『俺だけレベルアップな件』に関しては、単行本に頼らず配信のみで月間売上1億円を叩き出したのです。これがどれくらい凄いことかというと、500円の単行本を20万部売ると1億円と言えば伝わるでしょうか。月刊作品だと年に2回ほど単行本が出るのが平均的なペースですが、月刊作品換算なら120万部売れているほどの大記録です。 「WEBから大ヒットは生まれない」と言われてきましたが、これはもう本当に時代が変わったと思います。 そこまで人気を博す本作ですが、その内容はタイトルが示す通りRPG的な世界観をベースに、元々は最弱と言われていた主人公が極限状況を生き延びて躍進していく物語となっています。 いわゆる「俺TSUEEE」系作品ではありますが、無条件に強くなる訳ではなく強くなることに逐一理由付けがなされており、納得感は損なわれていません。 また、とにかく展開に澱みがなく、非常にテンポよく物語が進行していくのも気持ちよく読めるポイントです。 何より、スタイリッシュで迫力あるフルカラーの絵柄が物語の没入感を深めています。従来のマンガにあった見開きなどが使えない分、WEBトゥーンならではの演出も効果的に行われています。 普段縦スクロールマンガを読まないという方も、こちらから触れてみてはいかがでしょうか。

塀の中の美容室

心も美しくなる女性刑務所の美容室のお話

塀の中の美容室 小日向まるこ 桜井美奈
兎来栄寿
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『ぼくの忘れ物』、『アルティストは花を踏まない』の小日向まるこさんの新作。本作は、桜井美奈さんの小説をコミカライズしたものとなっています。 原作は未読なのですが、女子刑務所内で受刑者が美容師を務める美容室という題材の非日常感で興味深く読めました。受刑者との雑談は禁止であるためお客さんは横につく刑務官としか話してはいけない(でもそれは受刑者を守るためでもある)、900円という料金の安さなどなど初めて知ることが多々ありました。 ただ、何と言ってもこの作品の魅力は人間の繊細な心の機微です。これまでの作品でもそうでしたが、小日向まるこさんは写実的でありながら優しい絵柄があいまって心の奥深くにまで沁みる空気感を醸成してくれます。 本作も、悲しい瞳が印象的な受刑者で美容師の葉留(はる)から発される嫋やかな言葉が、雑多な日々にささくれた心を穏やかに慰撫してくれるようです。 また、刑務官の菅井さんや78歳のお客さん・鈴木さんなど、歳を重ねた登場人物たちのエピソードは絶妙で巧いです。とりわけ、鈴木さんのお話では「生きる」ということそのものを感じさせられ、今後高齢化がますます進行する社会にあって大切なものを描いていると思いました。読む人の年齢によってさまざまな心情を寄せながら読める作品でしょう。 残念なことに短期集中連載のため全1巻なのですが、もっとずっと読んでいたい魅力に溢れていました。 幸いにもTwitterでご本人による1話試し読みが広く拡散され、多くの人が知るところとなりましたが、SNSなど使ったことのないような方、普段マンガを読まないであろう方にもお薦めしたい、優れた作品です。

B/W

君はコオロギの闘いを観戦したことがあるか

B/W 渡邉紗代
兎来栄寿
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日本人にはあまり馴染みがないですが、中国ではコオロギ同士を戦わせる「闘蟋」は唐の時代から大人気で、現代でも夢中になっている人が多くいる歴史あるものだそうです。 映画『ラストエンペラー』でも、闘蟋の戦士であるコオロギがラストシーンで紫禁城の玉座から印象的に登場していました。 本作は、まさかのそんな「闘蟋」をテーマにしたマンガ! 改めてマンガの「何でもあり」な懐の深さを感じる作品です。『少年の名は』ではイギリスの寄宿学校を、『ギャラクシートラベラーズ』では宇宙の旅を描いた渡邉紗代さんがどうして「闘蟋」に行き着いたのか興味も尽きませんが…… ともあれ、やはり全然知らない世界のお話というのはそれだけで興味深いものです。「闘蟋」という競技に生活や命を賭けている者たち、強いコオロギの見分け方、それを育てて管理する者、実際の蟋蟀同士の迫力溢れる闘いの様子など、この作品でしか見られないシーンが目白押しです。 また、主人公である青年・バービーの悪漢ぶりも本作の特色。バービーには蟋蟀に対するリスペクトなど一切なく金蔓としか思っておらず、「クソ虫」と罵り惨殺します。また、虫だけでなく人間に対しても私利私欲を満たすための道具として利用するだけ利用します。酒と女と金が大好きでありながら、女の子から好意でもらったアイスクリームを悪びれず道に捨てるなどサイコパス的言動のオンパレード。しかしそんな一貫したクズっぷりが不思議と魅力的でもあります。 バービー以外のサブキャラクターたちも魅力的で、香港という都市の猥雑な空気感も見事に表現されている一作です。

大長編ドラえもん

メジューサやギガゾンビやニムゲが本気で怖かったあの頃

大長編ドラえもん 藤子・F・不二雄
兎来栄寿
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『ドラえもん』の単行本セットを一式、幼馴染みの御母堂からいただいたことでマンガ人生が始まった私ですが、その中には『大長編ドラえもん』の単行本もありました。 そこからコロコロコミックでのリアルタイム連載を追っていた作品もありますが、『大長編ドラえもん』シリーズも本当に思い入れの深い作品です。 不思議と今でも特に強く思い出せるのは、各作品から与えられた「恐怖」の感情です。 『小宇宙戦争』での、『1984』のパロディである将軍の肖像の監視装置。 『魔界大冒険』で、タイムマシンで航行する亜空間の中すら追ってきて石にするメジューサ。 『海底鬼岩城』で海底の家を大王イカに攻撃される時。 『鉄人兵団』で地球を滅亡させてくる悪のロボットたちが、鏡の世界に気付いてこちらの世界に侵攻してくる時。 『パラレル西遊記』でおかしくなってしまった世界や人々。 『日本誕生』で割れても自動再生して襲ってくる土偶やギガゾンビ。 『アニマル惑星』に登場する得体の知れないニムゲや禁断の森。 今思うと何でそこまで、と思うのですがそれらすべてが心から恐ろしかったです。それらを経て日常の『ドラえもん』に帰った時の安心感は、非常に強いものでした。 しかしながら、ただ怖かっただけではなく怖さもありながら純粋に質の高いエンターテインメントとして楽しんでいたのも確かです。 描く題材が尽きないのかなと子供心に心配になったくらいにありとあらゆる場所へ冒険し、仲間と共に助け合いながら困難を乗り越えていくドラえもんとのび太たち。 『大魔境』のラストの展開などは子供心に大変興奮しました。『竜の騎士』でスネ夫が珍しく単独で見せ場を作る構成も好きでした。『ワンニャン時空伝』で一旦幕が閉じられた時は寂しさを覚えました。 『ドラえもん』があるから日本人はSFを難しいものではなく身近なものとして楽しめるという言説がありますが、私は『ドラえもん』によって物語の楽しみ方を沢山教わったと思います。

そんな奴ァいねえ!!

シュール雑学4コマの金字塔

そんな奴ァいねえ!! 駒井悠
兎来栄寿
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4コママンガに端を発しマンガ以外の業界へも広く影響を与えた吉田戦車『伝染るんです』が1989年に登場したことにより、90年代は大不条理ギャグマンガ時代が到来しました。『そんな奴ァいねえ!!』も、1994年にそんな潮流の中で現れた作品です。 本作は奇人変人ばかりが集う学校を中心にした群像劇4コマです。 やたら毒物に詳しい冷笑家のイケメン佐藤。 オカルト知識に長けた陰のある美少女相田。 博学で女装が似合う小柄な美少年高橋。 度を超えたナルシストの山田。 他にもオタク、ギャンブル狂、ダジャレ愛好家、マゾヒスト、組織の人間、元レディースの頭etc... 無数の個性的なキャラクターたちと、彼らに巻き込まれる割と普通な人々が破天荒で笑える掛け合いを繰り広げてくれます。 この作品の大きな特徴は、キャラクターたちが披露する雑知識が溢れているところ。パンダの学名は「アイルロポーダ・メラノレウカ」であること、「丁寧」とは元々中国の軍が警戒を知らせるための楽器であったことなどためになることから、決してマネしてはいけない危ない知識までてんこ盛り。読むと笑いながら賢くなれます。 単行本では作者による歌舞伎町の面白いお店に行った際の体験レポートマンガなどもおまけで収録されており、こちらもとても楽しい内容となっています。 2009年まで連載して一旦完結しましたが、2014年からは『大人のそんな奴ァいねえ!!』としてその後の大人になった彼らの物語の再連載がスタート。変わらないテイストで今も楽しませ続けてくれています。 シュールギャグが好きな方、雑学に興味がある方、変人奇人が好きな方、読んでみてはいかがでしょうか。

姪っ子の歌

完璧な読切がここにありました。

姪っ子の歌 ますだ悠
兎来栄寿
兎来栄寿

現在、マンガワンで『暑がりヒナタさんと寒がりヨザキくん』を連載中のますだ悠さんによる読切です。こちらの作品で「第1回YGマンガ大賞]入選&審査員特別賞」を獲ったそうですが、さもありなん。あまりにも完璧な読切で身震いしました。もう大好きです。 “今思うとずっと姪のことを憐れんでいたと思う” という手書きのモノローグから始まるこの物語は、物書きになりたいという夢を果たせずOLとして無感情に働くさゆりと、彼女の姪であり夢を追いギターの弾き語りをするゆづはの二人に焦点が当てられ進行していきます。 さゆりが如何にして夢を抱き、それを叶える為に周囲の反対も跳ね除けて努力し続けて、そして結果的に挫折するに至ったか。それは悲しい物語ですが、夢を持ちながら叶えられなかった多くの人が共感する在り方でしょう。 姪には自分と同じような想いを味わって欲しくないと思いながらも、渦中のゆづはは目を輝かせながら夢を叶える為に邁進していく。その時の複雑な胸中が見て取れます。それはやがて今の自分のようになってしまう可能性が高いという単純な心配や憐憫だけではなく、もしかしたら嫉妬のような感情も入り混じるものだったかもしれません。 最後まで連綿と続く手書きのモノローグと、「姪っ子の歌」というタイトルが重なった時、破れた夢の果てに生まれた物を目の当たりにした時、最大の感動が押し寄せました。かつて自分から生じた情熱が今は冷めてしまっていても、往時には新たな土で萌芽を誘っており、そこで咲いた小さな花が再び冷めた自分にも熱を灯す。そんな在り方に尊さを覚えました。 二人の絆に胸が暖かく、熱くなる素晴らしい物語でした。会社が違うので難しいかもしれませんが、『暑がりヒナタさんと寒がりヨザキくん』が単行本化される際などに収録して欲しいなぁと思います。話題にならずに埋もれてしまうにはあまりにも惜しい作品です。

アップルシード

鬼才・士郎正宗の鮮烈なデビュー作

アップルシード 士郎正宗
兎来栄寿
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『攻殻機動隊2045』がNetflixで公開され話題となっている昨今。『攻殻機動隊』は日本で生まれたあらゆるSF作品の中でも巨大な金字塔です。スティーブン・スピルバーグやジェームス・キャメロンからも絶賛を浴びる士郎正宗の想像力と創造力がなければ、『マトリックス』や『パシフィックリム』といった作品もこの世に存在していなかったかもしれません。その作者である士郎正宗のデビュー作が、この『アップルシード』です。 元々、士郎正宗が学生時代に同人誌として発行していた『アップルシード』の前身に当たる設定のある『ブラックマジック』という作品が存在し、その後関西大学SF研究会の創設者ら関西のSF好きによって創設された青心社から『アップルシード』が連載形式ではなく単行本として出されました。小さな会社であり当初の発行部数も多くなかったにも関わらず、『アップルシード』はその圧倒的なクオリティにより全国区でカルト的な人気を博すこととなりました。 士郎正宗らしい緻密な描き込みや設定、膨大な情報量、そして女の子のかわいさはデビュー作から全開です。編集者によっては「文字が多すぎるし読み難いから削れ」と言われてしまいそうなほどですが、この雑然とした中に構築された確固たる世界観と細部に宿った神によって生じるリアリティにこそ酔い痴れるところです。『AKIRA』が1982年に始まりそのフォロワーが多く生まれた80年台ですが、この時代のSFマンガでこれほどの独自性・独創性を発揮していたものは他にないでしょう。 1988年にはガイナックスがアニメ化しているのに加え、2004年にはセルルック3Dアニメの先駆的作品として映像化され、国内で17万枚、海外で43万枚売れるという大ヒットを飛ばしました。原作は読んだことはなくとも、そちらのアニメは見たことがあるという方も多いかもしれません。 残念ながら連載は中断され、作者自身によって続きが描かれないことも宣言されてしまっていますが、士郎正宗ファンの間では『アップルシード』の続きが読みたいという声も根強いです。 『攻殻機動隊』とも繋がっている物語なので、『攻殻機動隊』好きで読んでない方はもちろん、SFに興味のある方は一つのマイルストーンとして映像化された物と併せて通っておく価値があります。

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